約束 1
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今度は、仲間を私に踏みつけられた暗殺者がじりじりと距離を詰めて来る。手には短剣を握っている。兜をかぶっているからナックルを取ることができない。私はぐっと力をこめて手を握った。
一撃で仕留めたいところだ。できるだろうか。
ふう、と静かに息を吐くと、暗殺者たちが殺気立った。二人の護衛騎士が奮闘したのだろう、数人の暗殺者が地面に転がっている。残ったのはかなりの手練れが四人。
間を置かずに一人目が飛び込んでくる。想像していたよりもずっと早い。切りかかってくる短剣をギリギリかわし、素早くその腕をつかむ。そのまま回転し、暗殺者に受け身を取らせないまま地面に頭を叩きつけた。
起き上がる間もなく地面に剣が突き刺さる。
「あっぶな!!」
叫ぶより早く、私の蹴りが二人目の暗殺者の男のみぞおちに入っていた。素早く左に大きくよけ、地面に片膝をついて体勢を整えた。男は蹴りなど効かぬとばかりに飛び込んで来る。大きく腕を振って飛び上がり、男の頭を両膝で挟み、思い切り旋回した。男は王城の壁に頭を打ち付け、地面に落ちた。くるりとバク宙して着地した後、男の手放した剣をすぐさま蹴ると、そのまま回転してアントーニウスの足元へ飛んで行った。それを拾ったアントーニウスは、護身程度は戦えるらしく、アンシェリーンと侍女たちを背に身構えた。
護衛騎士たちが二人の暗殺者を何とか足止めしている。
兜のせいで視界が狭い。それでも顔をさらすわけにはいかない。私は身を低くして暗殺者に向かって走った。
「っは!」
「ぐっ」
騎士の剣を大きく受け流した暗殺者は、すぐにのけぞって私の拳をかわした。が、そのまま回転して打った私の後ろ回し蹴りを正面から受け止め、飛びすさった。背の高い木から伸びる枝に男が両腕を伸ばす。枝のしなりを利用して飛び込んでくるつもりか。身構えた瞬間、私の足が滑った。
しまった!
そう思った時、男の掴んだ木の枝がしなることなく、ぽきりといとも簡単に折れた。男は飛んだ勢いのままに池に落ちて行った。庭にいた全員が唖然としたが、私はすぐに上を見た。ベンハミンが手すりに頬杖をついたまま、こちらを見下ろしていた。
彼が、木の枝を一瞬で腐らせたのだ。
生き生きと茂っている大木の、一本の枝だけが腐り落ちるだなんてあり得ない。
「助けて、くれたの?」
何もしないって言ってたくせに。
剣と剣が激しくぶつかる音がする。護衛騎士が二人いれば、暗殺者一人なら何とかなるだろう、と兜をかぶり直した時、池から起き上がった男が胸元に手を入れた。
何かを投げるつもりだ!
私はすぐに走り出し、丸太を組んだラティスを駆けのぼって池の真上に飛んだ。そして、男の後頭部に膝を落とす。大きく腕を伸ばし、私は木の枝から下がっているロープに掴まる、はずだった……。
そうだった。ロープはベンハミンが腐らせた木の枝にくくりつけられていたのだ。
「ふ、うわぁぁぁーー!」
手が空を切り、前のめりにバランスを崩した。池に落ちる! と目をつむったら、ぐいっと引っ張られ視界が反転した。
「えっ? あれ?」
目を開けると、見覚えのあるピカピカの靴が目の前にあった。どんな場所を走ろうともけして汚れることのないチートなこの靴は……。
再びくるりと視界が反転し、抱き上げられた。ずれた兜の隙間から見えたのは、やはり。
「レ、レナート……」
「ミミ、怪我はないか」
「わわわ、ワタシハ、ミミデハアリマセーン。通リスガリノ兵士デース……」
「……ライモンド」
すぐ後ろに立っていたライモンドが、カポっと兜を取り上げる。頬に触れた空気の冷たさに、自分が汗をかいていることに気付き、私は両手で顔を覆った。きっと兜の跡もついてるわ。それをこんな間近でレナートに見られるなんて。どんどん背がのけぞるが、レナートの腕はしっかり腰にまわされていて逃げられない。
「なんと! あの兵士はマリーア嬢だったのか!」
愕然とした表情のアントーニウスが私を指さしている。隣では、ルビーニ王国の騎士に保護されたアンシェリーンが、青い顔のまま呆れていた。
「ミミ」
私の名を呼ぶレナートの甘い声に、私は身を固くした。これは、怒ってる……。
「ミミ、兜をかぶる時は髪を中に入れた方がいい」
「はっ!」
そうだった。私、いつも髪を下ろしたまま兜かぶってた。かぶり慣れないから、気付かなかった。
「と、いうことは」
「ああ、皆気付いていた」
「い、いつから」
「私の護衛としていつもついてきていただろう」
「最初っからー!」
皆、気付かないふりをしてくれていたということなの。優しさが痛い。そして恥ずかしい。
暗殺者たちはあっという間にガブリエーレたちに制圧され、拘束されていた。大勢が暴れたせいで、芝生も花壇もしっちゃかめっちゃかだ。あとで庭師さんに謝らなきゃ。
「あの、レナート」
「なんだ」
「私、汚れているので下ろしてください」
「断る」
私を抱き上げたまま、レナートは騎士たちに背を向けて歩き出した。その後ろに黙ったままのライモンドが続く。
「おい、待て! レナート、マリーア嬢」
追いかけてきたアントーニウスが声をかける。その後ろにはアンシェリーンもいた。彼女は青い顔のまま眉をひそめ、じっと私を見つめている。
だから下ろしてって言ってるのに、とレナートの肩を叩くと、何を勘違いしたのかもっと近くに抱き直された。違う、そうじゃない。
「ど、どういうことだ。マリーア嬢はいったい。暗殺者に立ち向かう女など、いるはずが」
レナートが首だけで振り向くと、アントーニウスが黙った。私からはよく見えなかったのだが、よっぽどレナートが怖い顔をしていたのだろう。アンシェリーンの顔色が青から白に変った。
「兄弟げんかはよそでやれ」
レナートがそう言うと、二人はぐっと息を呑み押し黙った。すぐに踵を返して歩いて行くレナートに、二人は付いてくることはなかった。
皇太子と皇女が襲われるという事件のせいでいろいろと影響があり、帝国の人たちの帰国が遅れそうになったが、さっさと帰れ、と言うレナートの一言によってお見送りは時間通り行われることになった。
あの後、レナートの執務室でものすごく怒られたが、着替えの時間になり解放された。強引に連れ出してくれた侍女の皆さんには頭が上がらない。
とっくに準備済だったアイーダが迎えに来てくれて、私たちは玄関へ急いだ。
「あら? あれは……」
廊下の向こうから、ぞろぞろと大勢の人が足早に移動してくる。黒い軍服の二人を先頭に、後ろにたくさんの侍女を引きつれたアンシェリーンだった。青ざめていた顔色を隠すように、少し濃いめに頬紅を引いた表情はとても険しい。キッ、と私を睨んだ後、歩くスピードを上げた。
私はすかさず廊下の中央で大きく足を開いて立ち、通せんぼをした。腕を組んで大股を広げた私の姿に、アイーダをのぞいた全員がぎょっとする。帝国の護衛騎士も次期王太子妃を突き飛ばすわけにもいかず、仕方なく立ち止った。
「……先ほどは、助けていただきありがとうございました。わたくしたち急いでおりますので、失礼いたしますわ」
アンシェリーンはよそ行きのかすれた声でそう言うと、私の横を通り抜けようと廊下の端に寄った。私もそちら側へ寄る。アンシェリーンが反対側に避ける。私もそちらへ移動する。
「いったい、何なんですの!」
アンシェリーンの素の声が聞けたので、私はにんまり笑った。
「まあまあ、そんなこと言わずに。私ともう少しお話しましょうよ」
「ミミ、それは悪党のセリフだわ」
アイーダに腰をつつかれ、私はやっと足を閉じた。アンシェリーンはじとりと私を睨み続けている。
「私、きちんと約束を守りました。だから殿下も約束守ってください」
「わたくし、あなたとなんか約束していませんわ」
「アンシェリーン殿下とアントーニウス殿下を守るっていう約束を私は守りました。だから、殿下も私と仲良くなるっていう約束守ってくださいよ」
「そんな約束、いつわたくしがしたって言うの!」
「おやおや、約束を反故にするって言うんですかい」
「ミミ、悪党ごっこは相手を選んでやってちょうだい」
笑顔のアイーダに今度は腕をつねられて、私はしぶしぶ姿勢を正した。
私とアイーダの様子を険しい表情でじっと見ていたアンシェリーンが、ぎりり、と奥歯を噛んだ。
次回で完結ですわよ^^




