襲撃 1
部屋に戻り、侍女に髪を整えてもらっていたら、レナートの護衛の近衛騎士が迎えに来た。レナートが私を呼んでいるらしい。侍女の皆さんが慌てて走り回り、私は新調したワンピースに着替えさせられた。別にいつもの服でも良かったのに、と思いつつ姿見を見て私は固まった。
「あの、これ……また腰にリボンが付いているわ」
「はい。レナート殿下からの指示がございまして。殿下とお会いになるときはこちらをお召しになるようにと」
とても気になるけれど、レナートが待っているのなら急がねば。私は近衛騎士の後ろに付いてレナートの執務室に向かった。扉が開かれ中を覗くと、そこにはレナート一人しかいなかった。ライモンドとガブリエーレを探してきょろきょろとしながらソファに座ると、執務机についていたレナートが立ち上がった。
「ミミ、急に呼び出してすまない。まずはお茶でも入れ……あっ」
「わわわ、大丈夫? レナート」
立ち上がったレナートの上着に椅子のひじ掛けが引っかかり、バランスを崩してついたレナートの手がインク壺を倒した。ガタガタガッチャンと派手な音はしたが、ふたは閉まっていて大惨事にはいたらなかった。
「ふたをきちんと閉めるようにといつもライモンドに言われているんだ。あぶなかった」
「お茶は私が淹れますね」
「淹れることくらいできる。持って行くのはミミに頼もう」
「頼まれます」
テーブルに紅茶の入ったカップを置き、ソファに腰掛けると、レナートはわざわざ私の隣に座った。その近さにドキリとするが、悟られないように笑顔を保つ。
「ミミは今日何をしていたんだ」
「ええっと……お散歩? してました」
「ふふ、そうか」
レナートの淹れてくれた紅茶は美味しかった。目を逸らして紅茶をすする私をじいっと見つめるレナート。
「何か、報告することがあるのではないか?」
「へ?」
「ずっと待っていたのだが、なかなか言ってくれないので、待ちわびた」
「な、何を……」
動揺する私の目を見たまま、レナートはおもむろに水筒を指さした。はっ、そういえば、お水がお酒に変っていたことを報告していなかった。イレネオのやつ、チクったわね。私だって隠していたわけではなく、ベンハミンの仕業なのかどうかはっきりさせてから、と思っていたのだ。
「ええと、そうだったわー! 庭を走っていたらお水を全部飲んじゃって、その、厨房に行ったら誰もいなくて」
「ほう」
「そう、自分で注いだの。そしたら、間違っちゃったみたいで。えへへ」
レナートの視線が痛い。ぐぎぎ、と音が鳴るほど首を回して目を逸らしているのに、すぐにくるりと体勢を変えられてしまい、結局レナートと見つめ合っている。
「まあ、いい」
私は嘘をついてしまった気まずさから、もじもじと両手を擦り合わせ、うつむいた。
「レナートは、どんなことでもいつも許してくれるのね」
紅茶に口を付けていたレナートはぱちりと一度瞬きをすると、ほほ笑みながらカップを置いた。
「別に許しているのではない」
「ええっ」
「怒ってもいないし」
おかしそうに口元を手で隠して笑ったレナートが、横目で私に視線を寄こす。その瞳はとても優しくて、それでいてとても楽しそうだった。
「私はね、ミミ。王の仕事とは、天秤のわずかな傾きを正確に見分けることだと思っていた」
「はあ」
突然何の話だろう。きょとんとした私の頬にかかった髪を、愛おし気に指に絡めて払ったレナートが目を細める。
「しかし、ミミのことを知ってからは、その考えを改めた」
「私を?」
「そう。涙する全ての者に手を差し伸べるという家訓のアンノヴァッツィ家の娘をもらい受けるのだ。では私は、手中にある全ての者を守ろうではないか。その力がある限り」
うちの家訓って、いつも元気にレッツゴー、じゃなかったっけ? 泣いてる女の子を抱きしめているのが伝言ゲームみたいに間違って伝わったのね。私は余計なことは言わないように、黙ってうなずいた。
「え、ええと……、レナートの体調も心配だから、あんまり無理しないでくださいね」
「では、毎日ミミが私の帰りを待っていてくれるのなら、きちんと定時で切り上げることにしよう。ということで、結婚の日取りを早めようか」
「ひゃあ! そ、そんな、心の準備が」
急に恥ずかしくなった私は立ち上がろうとしたが、レナートに腰のリボンをしっかり掴まれていて逃げられなかった。
「あの、気になってたんですけど、このリボン……」
「そうだ、ミミの部屋の内装を考えようか」
「レナート、このリボンって私を逃がさないための」
「壁の色は何色が良い」
「聞いて!」
「対策はこちらでする、と言っただろう。ミミは好きに過ごすと良い」
「ものすごく頑丈に縫い付けてあると思ったのよ」
「家具はやはりミミの身長に合わせたサイズで作ろうか」
「色が派手なのもどこにいるのか遠くからでもわかるようになのね」
「扉は頑丈な鉄製にしよう」
「聞いてないようで聞いてるのはわかっているのよ! レナート!」
―――狙いは最終日。警備の手薄な所に誘い込む。
私は中庭で盗み聞きした帝国の兵士の話を思い出していた。
言っていた通り、パーティは何事もなく無事終えることができた。では、やはりアントーニウスの襲撃は最終日の今日、計画されているのだろう。
ピカピカに磨き上げられた廊下を歩きながら、ううむ、と首をひねる。王城をうろうろと歩いてみたが、どうにも警備の手薄なところなどないのだ。ムーロ王国の私の実家で修行してきた騎士たちも増えてきて、ルビーニ王国の警備は万全だ。
「うわっ、何ですか? その格好」
階段を三階まで上ったところに、ベンハミンが立っていた。私の騎士服姿にのけぞって驚いている。いつでもアントーニウスの救出に行けるように、と騎士服に鉄の兜をかぶって王城内を練り歩いていたのだが、視界が悪いので途中で兜を外してしまったのだ。顔を見られた以上、今さらかぶったってしようがないだろう。
「ええっと、ルビーニ王国では、流行ってる、みたいな?」
「あなた、嘘下手ですね」
「最近誰かにも同じこと言われた気がするわ」
ベンハミンはだるそうに目をつむり、首をこきこき鳴らした。
「別にあなたが何を着ていようが、どうでもいいスけどね」
「そうね、私が小脇に兜を抱えていたって、あなたの幸せには何の影響もないわ」
「……兜……かぶって何するんスか。嫌な予感しかしない」
「忘れなさい! 見なかったことにしなさい! と言っているのよ!」
「はァ……。そもそも影響のあるような幸せなんて俺は小脇に抱えるほども持ち合わせないですしね」
そう言ってベンハミンはちょっとだけ斜め上を見た後、私の顔をまじまじと見た。そして、こちらを向いたままゆっくりと歩き出す。
そもそも、この人はどうしてここにいるのだろう。王城にはどこに行こうにも見張りの兵士の前を通らなければならない。この辺りは王族の私的な書庫などのあるエリアだ。帝国の人間が一人でのこのこ入れるような場所ではない。
そうか、この人は一瞬で人を眠らせることができるのだ。見張りを眠らせてしまえば、どこにだって入り放題……。もしかして、この人さえいれば、警備の手薄な所なんていくらでも作れるんじゃ。あれ? お水をお酒じゃなくて毒に替えてしまえば、簡単に暗殺だって……。
さっと血の気が引いた。私は今、二人きりになってはいけない人と一緒にいる。
ヒロインがだいたい兜かぶってたり、着ぐるみ着てる第二章




