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歓迎パーティ 2

 レナートの言葉を一言一句聞き洩らさないように、貴族たちはじっと動かずに耳を傾けている。表向きは私たちの婚約祝いに訪れただけのアントーニウスを交えてのパーティのため、招待されたのは帝国に好意的な貴族を中心に選ばれたごく限られたものたちだけだ。壁際の隅っこの方には、祭服を着た教会の関係者たちも立っている。

 レナートが良く通る声で簡単な口上を述べると、すぐに扉が開き、アントーニウスが満面の笑みで入場してきた。その後ろをしずしずとアンシェリーンが続き、そこからは黒い軍服がぞろぞろと入ってきた。

 圧倒され後ずさる貴族たちには目もくれず、アントーニウスはレナートのもとへまっすぐにやって来た。無理やりレナートと握手すると、くるりと振り返って言った。


「今夜は我々の為に場を設けてくれ感謝する。ルビーニ王国との末永い友好関係を約束しよう。これから兄弟として」


 な? と力強く肩を叩かれたレナートは、ぷい、と横を向いてしまった。

 きょうだい……? と少しずつざわめきが広がり、人々の視線が私とアイーダに注がれる。ロザリアが知っているくらいなのだから、アンシェリーンが空色のドレスを着てやってきたことはそれなりに噂になっているのだろう。とはいえ、レナートに求婚していることまでは皆知らない。プラチドも青い瞳のため、どちらの色をまとっていたのかはわからないのだ。

 ざわめきを打ち消すように、楽団が演奏を始めた。すぐに私の手を取り歩き始めたレナートを、アンシェリーンの侍女たちがあぜんとして睨んでいた。アンシェリーン本人は、ぼんやりとした瞳のまま貴賓席へちょこんと座っている。

 まずは私とレナート、アイーダとプラチドが前に出て踊る。曲の途中から貴族たちが参加し、輪を作る。令嬢たちはドレスの色が被らないように気を遣っているので、たくさんの色が交じり合う。この華やかな瞬間が、私はとても好きだ。何もかも忘れて楽しくなった私は、ステップなんて無視してくるくると回ってジャンプしたが、レナートはしっかりと受け止めてくれる。思わず口元をほころばせるレナートの姿に、周りからため息がもれる。

 一曲だけで切り上げた私たちは、王族席へと向かって歩いていた。


「踊ったらお腹空いてきちゃったわ」

「では、ライモンドに何か食べ物を取りに行かせよう」

「そんな、ライモンド様に悪いです。自分で……」


 つい立ち止まってしまった私の前に、大きな黒い壁が立ちはだかった。そこには、不敵な笑みを浮かべたアントーニウスが私を見下ろしていた。ぐいっと腕をひかれ、レナートがかばうように私の前に立った。


「一曲お相手願おう」

「断る」

「何でレナートが断るんだよ」

「私に言ったではないか」

「お前がマリーア嬢の前に出てくるからだろ。あの奇抜なダンス、是非エスコートさせてもらいたいね。それとも、レナートを一人にするのは不安か?」


 アントーニウスは私の目を見てそう言った後、侍女に囲まれて座るアンシェリーンに視線を移した。彼女の深緑の瞳は、したたかにレナートに向けられている。

 めっちゃ不安ー! めちゃくちゃ不安なんですけどーー!

 という心の声は全力で抑え、私は近くに控えるライモンドにさっと目配せした。

―――レナートを頼んだわ。

―――お任せください。

 そういうやり取りがあったことにして、全力で首を横に振っているライモンドから目を逸らした。


「私のダンスについてこれるかしら」


 アントーニウスの差し出す手に、べちっ、と手を乗せると、レナートから氷点下の冷気が漂って来た。ごめんなさい、レナート。私は戦いを挑まれて尻尾を巻いて逃げるわけにはいかないのよ。


「お手並み拝見だな」


 アントーニウスが歩き出す。振り返り、口をへの字にしているライモンドにもう一度目配せをしたら、その隣にいたガブリエーレが胸の前でぐっと右手を握った。

 アントーニウスは私の足がもつれるように、わざと足早にエスコートしている。負けてなるものか、と、私も大股で歩いてこたえると、さらに足を速めた。結果、ものすごい勢いでフロアの中心へ躍り出た私たちは、着かず離れずの距離を取り睨み合った。

 異様な空気を感じ取った周りのペアたちが、少しずつ離れて行く。

 曲が変わり、前奏の間中、私たちは瞬きもせずに睨み合った。どちらが先に動くか。ゆっくりと息を吐き、相手の呼吸に集中する。じりじりと間合いを詰め、アントーニウスの腕に力が入った瞬間、私は少しだけ腰を落とし身構えた。すぐにアントーニウスも右足を引き、前傾姿勢を取った。

 会場には優雅な音楽だけが流れていた。周囲の客たちはおしゃべりを止め、息を呑んで私たちの一挙一動に注目している。

 両手を挙げたのはほぼ同時だった。

 頭上でがしりと手を合わせ押し合う。いわゆる手四つの力比べだ。上背のあるアントーニウスが上から覆いかぶさるように力を込め、小柄な私が両手を高く挙げそれを押し返す。想像していたよりも私に力があったことに驚いたのだろう、アントーニウスが目を見開きニヤリと笑った。

 アントーニウスの手に更に力が加わり、私の背が反る。おおおっ、っと歓声が上がった。すぐに私が体勢を起こすと、さらに歓声が上がった。

 曲調が変わり、アントーニウスが左足を踏みかえた。やはり、左足が痛むのだろうか。あまり長時間踏ん張ることができないようだ。

 突然バサッと私のスカートが翻り、三度目の歓声が上がる。

 左足を払おうと伸ばした私の足を、アントーニウスが寸前でかわしたのだ。そこからは足の払い合いがしばらく続いた。足首、膝、とランダムに打ち込む蹴りをかわしかわされ、アントーニウスが体勢を崩し腕のガードが下がれば、そこに上段の蹴りを入れる。バランスを崩しつつも腕で私の蹴りを受け止めたアントーニウスの表情が歪む。

 息を整える隙を与えずに、再び足払いを狙った。


「弱点を躊躇なく狙ってくるとは、卑劣な奴だな!」

「手加減せずに真剣に向き合う、それこそが相手に対する礼儀よ!」


 力比べは互角。その場を動くことなく続けられる足払いの応戦に、周りで踊っているペアたちが戸惑う。


「初めて見るステップだわ」

「何て素早い足の運びなんだ」


 漏れ聞こえてきた声に、これはダンスだった、とやっと思い出した私たちは、手を放しダンスの基本姿勢を取った。効き手の右手を掴まれてしまったのは痛い。背中にまわるアントーニウスの手のひらが、次を仕掛けてくるタイミングを狙っている。

 リズムを無視してぐいっと引っ張られた勢いを利用し、くるりとターンをする振りをして体を離し、回し蹴りを放った。同じくターンをして蹴りをかわしたアントーニウスが、眉間に深いしわを作る。

 再び組み合った私たちは、ごつりと音を立てて額を合わせた。そのまま押し合い、お互いに一歩も譲らない。


「ムーロ王国の秘密とは、お前のことだったか」

「何じゃそりゃ」

「ムーロ王国に送った間諜は、しばらくするとことごとくその任を放棄し、ムーロ王国に亡命してしまう。物心ついた時から厳しい教育を受けた優秀な間諜でさえ心酔する、あのちっぽけな小国は謎が多すぎる」


 そういや、お父さんにボコボコにされてたどっかの国の人がいたな。次見た時には弟子になってたけど。あの人のことかな。


「レナートがお前を重用する理由が分かった気がするぞ」

「いや、それ、気がするだけだと思うけど」


 アントーニウスが上から抑えつけるように、ぐっと手に力を入れた。ヒールが折れそうなほどの圧力に、私は全身に力を入れ迎えうつ。


「お前、帝国に来い」

「普通にお断りですぅ」

「そう言うな。俺にはすでに正妃を含め妻が3人いるが、第二妃にしてやろう。何だって買ってやろう。お前の為に宮を建ててやってもいい」

「そんなのいらないし」

「何が不満だ。お前のような女がこんな平凡な国でくすぶっているのは宝の持ち腐れだろう」

「自国の内戦どころか兄弟同士の小競り合いも諫められないような人いやよ。それに」

「それに?」

「好みじゃないわ」


 アントーニウスの額に血管が浮かび上がる。やば、本気で怒らせちゃった。

 いつの間にか演奏は止んでおり、全員が私たちを見つめている。

 手を放したとたん、アントーニウスがおもむろに右手で私のあごを掴んで軽く持ち上げた。


「俺の妻となれ、マリーア」


 そうつぶやくと、顔を傾けて近付けてきた。


 ガツッ!!


 手で額を押さえたアントーニウスが床に膝をついた。私は腰に手をあて、胸を張って言った。


「私に頭突きで勝とうだなんて、百年早いわ……よ……? うわあぁぁぁ」


 言い終わる前に、駆け寄って来たガブリエーレに腰のリボンを掴まれものすごい勢いで王族席まで引きずられた。


「皇族に頭突きなんてっ、ものすごくやっちゃだめですけどっ、今回ばかりは正解ですっ!」


 ぽいっと放り投げられたが、レナートに受け止められた。青ざめたライモンドが何か言っているが、訳がわからない。


「アントーニウスに何を言われた」


 少しだけ冷気が収まったレナートが尋ねた。


「プロポーズされました」

「!」

「いつそんな雰囲気に!? どう見たって決闘シーンだったでしょう!」


 驚くレナートと叫ぶライモンド。私は腕を上げ、ぐっと力こぶを作りキリっとした顔を作る。


「でも、好みじゃないって断りました」


 一瞬目を見開いた後、レナートがくすくすと笑い出した。ライモンドが両手で顔を覆って、外交問題……、とか何とかつぶやいている。


「ミミ、あなたったら、本当に、もう……」


 心配そうにやってきたアイーダは一人だった。


「あれ? プラチド殿下は?」

「腹筋が痛いっておっしゃって、控室に向かったわ」

「お腹痛いのかしら。心配ね」

「……そうね。私たちも一度下がりましょう」


 ちらりと振り返ると、アンシェリーンはもう会場にはいなかった。アントーニウスと一緒に退席したようだ。


「そうするといい。アントーニウスもすぐに戻るだろうから、その後は私とライモンドがなんとかする」


 レナートに背中を押され、私とアイーダは会場を後にした。


踊りなさい。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ミミちゃん最高 [一言] 男女のムーディなダンスが次第に柔道の乱取りになる…という昔のコントを思い出しました! ミミちゃんの場合は、ダンスフロア入場から既に格闘ですけどね^_^
[一言] ミミ嬢最高に魅力的!
[良い点] ミミちゃんかっこいー♪映像で観てみたい! [一言] いやほんと、踊りなさい(笑)
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