真の敵 1
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帝国の人たちの滞在中は、騎士団の朝練に参加するのは禁止されているため、暇な私は早朝から兜をかぶり、レナートの護衛に勤しんでいた。
「おい、レナート。ちょっと待て」
突然不躾な声が飛んできて、振り返るとそこには朝っぱらからテンションの高そうなアントーニウスが立っていた。
「レナート、忙しいふりしてプラチドばかり寄こしやがって。明日の教会訪問は付き合ってもらうぞ」
「……そんなに声を張らなくても聞こえている」
すぐ近くまで寄ってきても声のボリュームを下げる様子のないアントーニウスに、レナートが迷惑そうに顔をしかめた。
「これは地声だから仕方ないだろう。お前こそ腹から声を出せ。マリーア嬢の活気を少し分けてもらったらどうだ」
突然出てきた自分の話に驚いて、私は二人の近衛騎士の後ろにそそくさと隠れた。二人もなぜか大きく腕を広げて後ろで組み、私を隠してくれている。
「……教会にはもとより付き添うつもりではあった」
「そうか! 俺の馬車に乗って行け。久しぶりに積もる話をしようじゃないか」
「私は話など無い。自分の馬車で行く」
「そう言うなよ」
「お前の暗殺に巻き込まれるのはごめんだ」
「赤髪の側近も連れて来るんだろ。だったら大丈夫じゃないか」
「巻き込むことは前提なのか」
仲が良いのか悪いのかよくわからない。さっさと歩き始めたレナートの肩を引き、むりやり一緒に歩き始めたアントーニウスは上機嫌だ。彼の護衛も私たちと一緒に歩きだす。
「おい、うちの妹と内談したそうだな」
「会談、だ」
「どうだ、アンシェリーンは可愛いだろ」
「お互いの国の社会情勢、経済について軽く情報交換した。こちらの地理などもきちんと理解していたので、非常に話が早かった。賢い皇女だと思う」
「そうなんだ。女は勉強などいらん、と言っているのだが、本ばかり読んでいて困っている。めずらしく人と会っていると思ったら、学者を呼んでは議論を交わしている。もっと女らしく茶会でも開けば良いものを」
なるほど。アンシェリーンはお茶会よりも勉強するほうが好きなのね。図書館に誘ってみた方がいいかしら。私がぶつぶつとつぶやいていると、声が聞こえてしまったのか、レナートがちらりとこちらを見た。あわてて口を閉じ、見張りに徹しているふりをした。
「彼女は深く国の将来を考えていて、お前なんかよりもずっと継嗣らしい」
レナートがそう言うと、アントーニウスはバカにしたように鼻で笑った。
「あいつがどう頑張ろうと、女は皇帝にはなれない。女はより利のある男と結婚して子を産むことだけ考えていれば良い」
「……帝国の女性蔑視は変わらないな」
「どこの国だってたいして変わらんだろ。そんなことよりも、今日の夕方はきちんと時間を取っているんだろうな」
「ああ。何の話があるのか知らぬが、どうせろくなことではないだろう」
「そう言うなって。お互いに利のある話だ」
レナートが肩にかかったアントーニウスの手をぱしりと叩き、振り返りもせずに去ってゆく。その後ろ姿をニヤニヤしながら見ているアントーニウスの表情に、私は何となく嫌な予感がした。
凛と建つ王城の影が長くなり、隠れるようにひっそりと咲いていた花がその花弁を閉じてゆく。
私とアイーダは広い応接室へ向かっていた。アントーニウスが言っていた『今日の夕方』に私たちも呼ばれていたのだ。
まだアントーニウスたちが訪れる時間ではないのに、賓客が訪れる際の通常の警備の五倍くらいの数の兵士が配置されていた。重装備の兵士もちらほらいて、非常にものものしい。扉の前で兵士たちに指示を出していたガブリエーレが、私たちに気が付いた。
「アイーダ嬢、ごきげんよう。中でプラチド殿下がお待ちですよ」
「ありがとう」
ガブリエーレの開けた扉をくぐったアイーダに続こうとすると、ぐいっと腕を引っ張られた。
「おい、マリーア」
「アイーダと態度が違いすぎない!?」
「いいから聞け。俺は部屋には入るが扉の前に立っている。何か起きた際には、お前はとりあえずレナートと自分の身を守れ。プラチド殿下たちは別に護衛がいる」
「わかったわ」
「本当にわかってるのか!? 身を守るだけで、攻撃するなって言ってんだぞ」
「攻撃は最大の防御で」
「黙れっ。早く中に入れ」
背中をドンと押され部屋に飛び込むと、ソファの一番奥に座ったレナートと目が合った。長い足を組みひじ掛けに頬杖をついたレナートの表情は、憂いを帯びてとても艶っぽかった。
「マリーア様はこちらへお掛けください」
ソファの後ろに控えていたライモンドが、レナートの隣に手のひらを向けた。ソファには、奥からレナート、私、アイーダ、プラチドが並んで座っている。それでも大きなソファにはまだ一人くらい座る余裕がある。テーブルを挟んだ向かいのソファに、アントーニウスが座るのだろう。バランス悪くない?
広い部屋とは言え、護衛騎士たちがうろついているため侍女は部屋にいない。ライモンドが手際よくお茶を淹れ、私たちに配る。そして、最後にレナートの前に置かれた山盛りのクッキーの皿に、私は目が釘付けになった。アイーダとプラチドの視線もそこで止まったままとなっている。確かに王城のお菓子はおいしいけれど、レナートってそんなにクッキー好きだったかしら……?
私の困惑した視線に気付いたレナートが組んでいた足を戻し、姿勢を正す。
「時間を取ってもらってすまない。アントーニウスが我々全員と話したいと言うものでな」
「アントーニウス殿下は何のお話を」
「それは私も知らないんだ。だが、くだらない話に違いない」
プラチドを見たら、眉を下げて頷いていたので、きっとアントーニウスはいつもそうなのだろう。
「うーん、僕、ちょっと不安だなあ」
「何がですか?」
「プラチド殿下、ご安心ください」
私がたずねると、茶器を片付けていたライモンドが笑顔でこたえた。そして、「ねえ、殿下?」と、レナートに振り返る。
「ああ。対策は用意してある」
対策? ライモンドとレナート以外の全員が首を傾げる中、扉をノックする音が響いた。ガブリエーレがゆっくりと扉を開けると、待ちきれないとばかりに足早にアントーニウスが部屋に飛び込んで来た。
「おう、全員そろってるな。ご苦労だった」
偉そうにそうのたまった後、どさりとソファの中央に腰掛けた。閉まらない扉に視線を移せば、侍女に先導されてアンシェリーンがしずしずと部屋に入ってきた。アントーニウスとは距離を置いて、アンシェリーンがソファの端に腰掛けたのを確認して、侍女は背後の壁際へ下がった。その隣に、アントーニウスの護衛が二人控えた。
アンシェリーンが来るとは思わなかった。二人揃って私たちに話したいこととは、いったい何だろう。
「なんだ、男の淹れた茶なんか飲まんぞ」
先ほどと同じようにライモンドが紅茶を出すと、アントーニウスが口を尖らせて抗議した。ちらちらと私とアイーダを見ている。もしかして、私たちにお茶を淹れろと言っているのだろうか。アイーダが感情の全くこもっていないほほ笑みを浮かべた。
「うちのライモンドの淹れるお茶はなかなかうまいんだ」
「ふん、男のくせに女のまねごとなど」
そう言うものの、素直に紅茶をすすったアントーニウスは「ほんとだ。確かにうまいな」と感心していた。プラチドが密かに自分の足をつねって笑いをこらえているのが見えた。
「それでだな、さっそくだが本題に入らせてもらうが」
いやいや、そんなバカな→ほんまや! のパターンを素でできるアントーニウスでした。




