敵か味方か 2
皆様のおかげで書籍が発売となりました!
書店で一度手に取っていただけると幸いです。
「マリーア様ー、殿下がお戻りです!」
「はあい、皆、準備はいい?」
「「「「はいっ」」」」
ここはレナートの私室のある棟。私付きの侍女たちがずらりと階段前に一列で並んでいる。執務の終わったレナートとプラチドが、廊下の向こうから姿を見せた。侍女たちは両手を広げ、くるくると回りながら笑顔で二手に分かれると、階段へとつながる道を作った。それを見たレナートが立ち止まる。プラチドはすでに両手で口を押さえて笑っている。さあ、ここで私の登場だ。
「ラララ~~レナートォ~~おかえり~~~ラララ~~おかえりなさい~プラチド殿下も~」
即興の歌を歌いながら、階段を一段一段下りてゆく。
「ラララ~~おかえり~~~おつかれ~~さ~ま~~!」
最後の「さ~ま~~」は侍女たちを加えて全員での合唱だ。階段の中腹からくるりと側転をし、そのまま飛び下りれば、レナートは両手を伸ばしてしっかりと受け止めてくれた。
「ただいま、ミミ。今日はミュージカル風か」
「ええ。お帰りなさい、レナート」
レナートの足元では、プラチドが蹲って笑っている。
「あはは……、はぁ、今日もすごく面白かったよ。ミミちゃん」
「今日は忙しくて時間がなかったから、あまり準備ができなかったの」
「いや、とても良かったと思うよ。ははは、毎日こんなお出迎えしてもらえる兄上がうらやましいよ、あはは」
「アイーダにもやるようにお願いしてあげましょうか?」
「いや、僕はいい。じゃあ、僕は自分の部屋に帰るよ」
仕事の疲れを労わるために、私は王宮に泊まる際にはこうして毎回趣向を凝らしてレナートを出迎えている。天井から吊り下げたくす玉から飛び出した時はとても喜んでくれたが、吹き抜けの二階から飛び降りるのは禁止された。このことを聞きつけたプラチドは、時間が許す限り今日のようにレナートについてきて、私のお出迎えを見てから自分の部屋に戻っていく。
「皆もいつもご苦労」
レナートが私を抱きかかえたまま、侍女たちに声をかけた。侍女たちは褒められたことに、きゃっきゃと手を叩き合って喜んでいる。
「ミミ、今日は忙しかったのか」
「帝国の役人の方が、ムーロ王国のことをいろいろ聞きにきたわ」
「なるほど。あまりムーロ王国に関する文献はないからな」
「そうなんですか」
「ああ、あの国は小国なのを良いことにあまり情報を開示していない」
平和すぎて特にお知らせするほどの出来事がないからじゃないかしら。私が首を傾げると、レナートはゆっくりと歩き出した。
「実はミミのことも巧妙に隠されている。アンノヴァッツィ家が代々王室付きの近衛であることは公表しているが、弟が生まれるまでは、ミミは優秀な婿を取り公爵家を途切れさせないための繋ぎであった、との噂をわざと流している。だから、帝国もミミは武術をある程度習っただけで、実戦で戦えるほどの強さだということは知らないんだ」
「そうなんですか。まあ、私もそのほうがいいけれど」
アイーダほどとは言わないけれど、どうせなら素敵な淑女としての噂を流してほしいわ。
そう思ったら、レナートが「噂ではなく、実際にミミは素敵な淑女だよ」と笑った。
「よいしょっと」
私が掴まっていた木の枝から手を離し、地面に華麗に着地すると、ベンハミンは膝に頬杖をついたまま目を見開き固まっていた。
「……あんた、今、いったいどこから現れた」
「いいじゃない、そんな些末なこと」
二階の窓から自分の庭を眺めたら、またもやベンハミンが池のほとりでぼんやりとしている姿があった。他に人がいる様子もなかったので、私はそのままベランダから木を伝って下りてきたのだ。
「一応、この庭は許可なく入っちゃだめなのよ。だいたい、帝国の人には離宮を用意してるじゃない」
「わかるでしょ、俺はあの体育会系の奴らとは合わないんスよ。離宮よりもこの寂れた庭が落ち着くんです」
「どこが寂れてるのよ! この生命力たっぷり、青々として生き生きとした庭の良さがわからないの!?」
「緑の覆い茂った、うっそうとした庭ですよね。人様の目に触れないように日陰を選んで生きてきた俺のような人間にはぴったりの庭です」
「うぬぬ……」
そう言われたらそんな気がしてきた! 私はベンハミンの隣に腰掛け、この庭の良い所を探した。うん、確かに日陰の多い、隠れるには最適の庭だわ!
「ねえ、あなたここでサボってるけど、アントーニウス殿下のそばにいなくていいの? あの人、私たちの婚約のお祝いに来たとか言って、視察にばかり出かけてるじゃない」
「言ったじゃないですか。俺はただ、ルビーニ王国への牽制に連れて来られただけって。何だか変な奴連れてきたぞ、って警戒したでしょ」
「出オチ要員なのね」
「それはあの婆さんだけです」
「そういえば、イルー婆様は見かけないけど、どうされてるの?」
「日当たりの良い部屋で日向ぼっこです。あの人は代々気象学を専門とした学者の家系の人で、普段は週間天気とか予想してるんです」
だいたい予想していた通りだったようだ。イルー婆は不思議な魔術を使って何かをどうこうできる人ではなかった。しかし、先日、ベンハミンの瞳の色が変わり、兵士が眠ったのは何だったのだろう。
「ねえ、あなたもイルー婆様の親戚なの?」
「いえ、まさか。滅多なこと言わないでくださいよ」
「じゃあ、あなたは呪いの専門家?」
ベンハミンは猫背をさらに丸めるようにして、苦笑した。
「はは。あんた、言いにくいこと平気で言うタイプ? うちは、俺以外はみんな医者ですよ。親兄弟、親戚まで医療に関わる仕事に就いている。俺のは、いわゆる催眠術みたいなもんさ。子供だましの詐欺師なんだよ、俺は」
そう言って、ベンハミンはひときわ大きなため息をついた。ぞんざいな口のきき方が、なおさら彼が本音を言っているように聞こえて、私は肩の力を抜いた。
「私にそんなにベラベラしゃべっちゃっていいの?」
「はあ。皆の期待のこもった視線にもう耐えられないんスよ。呪術師ってすごいですね、っていう言葉は誉め言葉じゃなくて、すごいことしろよ、っていう脅迫と同じですからね」
「それ、わかるわぁ。私も皆に、健康そう、って言われてたけど……それって、今思えば太ってるっていう意味だったのよね……」
「「はぁぁ~~~」」
二人同時にため息をつくと、カサカサと草を踏む音が聞こえた。
スカートを軽く持ち上げ、池のほとりをゆっくりと歩いてくるアイーダがいた。木々の隙間からこぼれ射す陽の光が池の水面に反射して、彼女の足元をキラキラと輝かせていた。
「はぁ……アイーダきれい……」
惚れ惚れとしながら息を吐いた私に、アイーダの表情がスン、と抜け落ちた。
「その方とずいぶんと仲が良いようね、ミミ」
ゆっくりと諫めるようなその声色に、私は青ざめた。そうだった、呪術師に近付いちゃダメって言われてたんだった。
「いや、あの、仲は別に良くなくて、ベンハミンさんが勝手に私の庭に」
そう言いながら隣を見たら、ベンハミンはいつの間にか立ち上がり右手を胸にあてきれいな礼をしていた。
私の時はめちゃくちゃぎこちなかったくせに! と私も立ち上がると、アイーダのずっと向こう、池の手前にアンシェリーンが立っているのが見えた。侍女がさす大きな日傘の下で、ぼんやりとこちらを眺めている。
「アンシェリーン殿下を私の庭へご案内することになったの。ミミに声をかけようとしたら……あなた、ベランダから飛び降りて行ってしまったから。アンシェリーン殿下がとても驚いていたわよ……このことは後で詳しく聞くわね、ライモンド様と一緒に」
「えっ。ラ、ライモンド様にはできれば内緒に」
「じゃあ、ガブリエーレ様ね」
「ガブガブはもっとだめよぉ!」
「ベンハミン様とおっしゃるのね。あなたもどうぞ、殿下とご一緒に私の庭へ」
「は。身に余る光栄でございます」
「私と態度が違ーう!」
アイーダの後ろについてさっさと歩いてゆくベンハミンは、池のほとりで待つアンシェリーンをちらりと見ると、その侍女たちの後ろに並んだ。
アイーダの侍女、アンシェリーンの侍女をぞろぞろと引き連れて、私たちはアイーダの庭に向かった。
ラ~ララ~明日、日曜日も更新す~る~よ~~~♪




