敵か味方か 1
本日、書籍発売です!!
ミミが「……はい?」って言ってる素敵な表紙が目印です(*´ω`)
よろしくお願いいたします。
それにしても、大変な話を聞いてしまった。偶然庭で立ち聞きしたことにして、ライモンドとガブリエーレにその話を伝えた。歓迎パーティの警備担当であるガブリエーレは「想定内」とは言っていたが、念のため兵士の配置を変更するらしい。
ベンハミンは本当にあの場を内密に何とかしてくれたようで、私が兵士を倒したことは誰にもバレていないようだった。私は一人、離宮の廊下を歩きながら、あの日のことを思い出す。
彼は、呪いをかけた、と言っていた。たいした術が使えるわけでもない、とも。どこまでが本当かわからないけれど、兵士が眠ったのは確かだ。
呪い、とは何だろう。何ができるのだろう。あの黒い軍服たちの中に、いったい何人の呪術師がいるのか。そして、アントーニウスはなぜ呪術師を連れてきたのか。
アントーニウスは、帝国は、ルビーニ王国でいったい何をするつもりなのだろう。
考えを巡らすうちに、私は目的の扉の前を通り過ぎていた。あわてて立ち戻り、扉をノックした。中からは返事がない。私はもう一度強めに扉をノックした。
「こんにちはー! マリーアです。アンシェリーン殿下、遊びましょー」
やはり返事はない。主が不在であっても、留守番の侍女くらい部屋に残っているはずなのに。だって、彼女はたくさんの侍女を連れてきていたのだから。
「まあ、いいわ。こうしてりゃ、いつか開くでしょ」
両手でドアノブをガチャガチャと激しく揺らすと、中から慌てて鍵を開ける音がした。すぐに少しだけ扉が開き、侍女が青い顔を覗かせた。
「申し訳ありませんが、殿下は不在です! お引き取りを」
私はすかさず靴のつま先を扉の隙間に挟んだ。
「まあ、どちらへ? 私、アンシェリーン殿下と仲良くなりたいの。中で待たせてもらっても?」
「いえ! 誰も中には通さないようにと言われております」
「そんなこと言わずに」
「こ、ま、り、ま、す!!」
廊下から扉を押す私と、部屋の中から扉を押す侍女。どうやら向こう側には数人の侍女がいて、皆で扉を押しているらしい。全力で押せば扉を開くことはできるだろうが、あまり困らせてもかわいそうだろう。諦めて挟んでいた足を引くと、扉は音をたてて閉まった。
どこへ行ったのかしら。本物のお姫様とお友達になりたいという夢を諦めきれない私は、王城に戻りあてもなく歩きまわることにした。
中庭や図書室、サロンなどを覗いたが、アンシェリーンはいなかった。もしかしたら、アイーダが一緒にいるのかもしれない。私はアイーダの庭へ向かうため、くるりと体の向きを変えた。途中、すれ違う使用人たちに声をかけたが、二人の姿を見た人はいなかった。あまり期待をせずに庭に入り、見渡したがやはりアイーダはいないようだった。庭の手入れをする時間だったらしく、数人のメイドたちがじょうろ片手に忙しなくウロウロしている。その中に一人、肩を落としトボトボと歩くメイドがいた。アイーダの部屋のある棟を担当しているメイドの娘だ。廊下を走ってはメイド長に怒られているのをよく覚えている。なぜなら、私もよく怒られるからだ。
「こんにちは! どうしたの? 元気ないわね」
「ひゃっ、マリーア様」
背後からそっと近付き、声をかけるとメイドは驚いて肩をすくめた。その目は少し赤くなっていて、さっきまで泣いていたのが丸わかりだった。
「また廊下を走って怒られちゃった?」
「いえ、今日は……とうとう花瓶を割ってしまって……物を壊すのだけは気を付けていたのですが……」
「あら、そうだったの。怪我はしなかった?」
「……はい、それは大丈夫だったのですが、花瓶が……」
「それは良かったわ。気を付けていたのに割っちゃったなら、仕方ないわ。そういうことってあるもの」
私がそう言うと、メイドの瞳にはみるみる涙があふれてきた。
「うっ、ア、アイーダ様もっ、そう言ってくださって……、怪我がなくて良かったって。マリーア様にまでそんなこと言われたらっ、ううっ、わたっ、わたっ、私っ」
「あらー」
両手で顔を覆い泣きだしてしまったメイドを、周りにいた同僚のメイドたちが遠巻きに振り返る。私は彼女の背中に手をまわして、ぎゅうっと抱きしめた。
「マリーア様!?」
「泣いている女性がいたら、こうして抱きしめて頭を撫でてあげなさいって、父に言われているの」
「マリーア様っ! 私のようなものに、お止めください!」
「泣き止むまで放さないわよー」
あわてふためくメイドをさらにぎゅうと抱きしめ、もう片方の手で頭を撫でる。私と同じくらいの身長だけど、華奢な彼女がどうもがこうと私の腕から逃れることなどできるものか。じたばたする彼女を、同僚たちは呆れつつも笑顔で見守っている。
「泣き止みましたあっ。お放しくださいませっ」
「遠慮しなくていいのよー」
「放してーー!」
周りから笑い声が上がり、私が腕を広げると、メイドは顔を真っ赤にして飛びのいた。すっかり涙のひいた彼女は「もう大丈夫ですっ、ありがとうございましたぁぁ」と叫び、じょうろを掴んで木の陰に隠れてしまった。
「そういえば、アイーダを探しにきたんだったわ」
「アイーダ様はいらしていませんよ」
私の声に、近くにいた庭師がこたえた。
「そう。帝国のお姫様は見なかった?」
「ああ、さっき木に登っていたら、侍女を引き連れて応接室に向かっているのが見えましたよ」
「あら、アイーダと一緒じゃなかったのね」
「あの、えっと、そうですね」
庭師がこたえにくそうに、口ごもった。私がじっとその言葉の続きを待っていると、気まずそうに一度帽子をかぶり直し、ちらりと二階の窓を見上げた。
「お姫さんが応接室に入った後、レナート殿下がやってきて、その、応接室に」
「あら、そう」
皇太子を介せずに直接二人きりで? 私が軽く首を傾げると、庭師も困ったように首を傾げた。
「ありがと。行ってみるわ」
「行くんですか?」
「ええ。私、お姫様と仲良くなりたいの」
「はあ、そうですか」
庭を後にし、私は応接室に向かった。ここから見える応接室は、王城の客人向けの応接室だ。レナートの個人的な応接室ではなかったことに、何となくほっとしてしまった私は、水筒のお水を一口飲んで心を落ち着かせた。
廊下を進んで行くと、数人の女性の足音が聞こえてきた。
「アイーダ」
侍女を二人引き連れて歩くアイーダの後ろ姿に声をかけた。振り向いたアイーダは、扇で口元を隠したままだった。
「ミミ。またあなたは一人で出歩いて」
「私なら大丈夫よ」
「何言っているの。この期間だけでも、身辺気を付けるようにって言われているでしょう」
「はあい。それでね、アイーダ。アンシェリーン殿下を見なかった?」
閉じかけた扇を再び開き、アイーダがかすかに眉を寄せた。
「アンシェリーン殿下に、何かご用が?」
「やっぱりお話しして仲良くなりたいなって思って」
「まだそんなことを言っているのね。ミミ、彼女はね」
たくさんの人が近付いて来る気配がして、私が廊下の向こうに視線をやると、アイーダも口を閉じてそちらを向いた。
「ちょうど良かった。アンシェリーン殿下だわ」
「……ミミ、ご挨拶だけにしましょう」
「どうして」
「いいから」
アイーダの侍女が廊下の壁際に下がり、私たちはスカートをつまんで礼をした。それに気付いたアンシェリーンも、同じように礼をする。優雅にふわりと揺れる髪とスカート。微かに粉っぽい香水の香りがした。
「ごきげんよう! アンシェリーン殿下」
私が笑顔で言うと、アンシェリーンはそっと目を伏せ微かに頷いた。
「旅の疲れは取れましたか? これから一緒にお茶でもいかがですか。帝国のお話をお聞きしたいわ」
アンシェリーンの後ろに控えていた侍女たちが、やおら目配せを始めた。真後ろにいた侍女がすっとアンシェリーンの隣に並び、扇を手渡す。
「申し訳ありません。わたくし、先ほどまでレナート殿下と二人でお話をさせていただいておりましたの。お聞かせくださったことを心に留めておきたいので、この後は少し休もうと思っております」
消え入りそうな声だったが、アンシェリーンはすらすらとそう述べた。言い終わると、わずかに上げた口の端を隠すように扇を広げた。漂っていた香水が、さらに広がった気がした。
「……殿下とのお話は非常に有意義なものでした。やはり、レナート殿下はわたくしの思っていた通りのお方でしたわ。無理を言って兄について来た甲斐がございました」
「そうでしょう! レナート殿下はとっても素敵なんです! では、またお誘いしますね。その時ゆっくりお話しましょう」
アンシェリーンは小さく頷くと、礼をした私の横を通りすぎて行った。すれ違う際に、ちらりとアイーダを見下ろしたけれど、アイーダは視線を下げたままだった。
「行きましょう、ミミ」
「うん。ねえ、アイーダ。もしかして怒ってる?」
「いいえ。ミミの鈍感さに呆れているだけよ」
遠くなっていくアンシェリーンの背を何度も振り返りながら、私はさっさと歩き始めるアイーダを追った。
書籍は発売されましたが、連載はまだまだ続きます。
明日も更新するよ!




