番外編: ライモンド、件の日を回想する
短編の時のライモンドの話。
この人の働きのおかげでミミは逃げられなくなりました。
活動報告にて書きおろし分、書籍特典のお知らせしています。
よろしくお願いいたします。
ルビーニ王国第一王子レナート殿下とアイーダ・アメーティ公爵令嬢との婚約が解消された。私は殿下から承った書類を宰相閣下に提出した。閣下は引き続きアイーダ嬢と第二王子プラチド殿下の婚約手続きに取り掛かるらしい。用のない私はすぐさま閣下の執務室を辞した。
冷静沈着で聡明な第一王子と評判だったレナート殿下の婚約破棄騒動は、あっという間に広まってしまった。予定されていた立太子の儀も延期となった。それらすべて、殿下の愚行を止めることのできなかった私の責任である。
生まれた時から次期王太子として教育され、期待に応えるべく自らを常に律してきた殿下。プラチド殿下のために何とかアイーダ嬢との婚約を円満に解消できないものかと頭を悩ませる日々が続き、殿下の不眠はどんどんひどくなっていった。山積みの書類の隙間から見える殿下の不健康な顔色を見る度に、私は自分の無力さを痛感していた。
卒業パーティでの婚約破棄計画を持ちかけられた時は、もちろん反対した。しかし、王族なのに身勝手な振る舞いすらしたことのない殿下の初めての我がままを、私は叶えてあげたいと思ってしまった。最悪、廃嫡となり僻地へ幽閉されることとなっても、殿下が健康で心安らかに暮らせるのならば。沈んでゆく紅い夕日に融けて消えて行ってしまいそうな殿下を見ていたら、私はそれでいいのではないかと、思ってしまったのだ。
殿下は現在、騒動にうっかり巻き込んだマリーア・アンノヴァッツィ公爵令嬢への謝罪の場へ向かっている。本来ならば私も同席するはずであったが、プラチド殿下の突発的なプロポーズのおかげで婚約解消の手続きを急ぐこととなってしまい、それは叶わなかった。殿下のどんくささがバレないか気が気ではないが、本番に強いタイプだから心配はないだろう。
とりたてて問題はなかった、と、謝罪の場に立ち会った侍女は報告してきたが、明らかに何かを隠している笑顔だった。きっと何か起きたに違いない。なぜなら、戻って来て仕事を再開させたレナート殿下が、時折、思い出し笑いをしているからだ。
「そうだ、ライモンド。明日の昼、マルバール亭に予約を入れておいてくれ。マリーア嬢と一緒に行くことになった」
顔色は悪いままであるが、すっきりと晴れやかな笑顔を見せて殿下が言った。久しぶりの彼のそんな表情に、私は瞬いた。
「かしこまりました。殿下、アンノヴァッツィ公爵令嬢とはどんなお話を」
「ああ、優良物件を紹介してほしい、と言われた」
「なんと! 殿下に婚約者の斡旋を頼むとは……!」
「まだ思案中だが、この国一番の優良物件を紹介しようかと思っている」
この国一番の? 婚約破棄騒動を収めるために奔走し、疲弊し鈍っていた私の脳が高速で動き始めた。
で、殿下。それは、やはり、そういう意味ですね?
一を以て万を知る側近である私は然るべき書類を用意し、殿下の新しい婚約者を迎えるべく諸所の手配をした。
「私が斡旋する物件をマリーア嬢は引き受けてくれるだろうか」
アンノヴァッツィ公爵令嬢を迎えに行く馬車の中で、殿下は独り言のようにつぶやいた。
「そもそも、優良と言えるのだろうか」
「大丈夫ですよ。あんな騒動の場でも、彼女は殿下に見とれていたではないですか」
「そうか。だったら良いのだが」
マルバール亭へ向かう馬車の中で、彼女に関する資料に目を通した。急だったためにそれほど詳しくはないが、周囲からの好感度は非常に高く身分にも問題はない。
馬車の中やマルバール亭でのふたりの逢瀬は上々。ムーロ王国へ向かう使者の手配も済んでいる。あとは私が合図をするだけだ。
そんな中、アンノヴァッツィ公爵令嬢が誘拐された。彼女を追った我々が見た風景は、想像をはるかに超えたものだった。最後、敵に強烈な頭突きを決めた彼女を見上げる殿下の表情を見て、私は即刻部下へ指示を出した。
たった一日で殿下を心身ともに健康にした彼女を逃すわけにはいかない。
殿下はしゃがみこんだ彼女のもとへ駆け寄り、護衛騎士たちは誘拐犯の捕縛に向かう中、私ひとりだけは馬車へ戻った。
これから忙しくなる。
私は手帳を開き、殿下のスケジュールの調整を始めた。
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8月から書籍化記念連載を更新します。毎日更新です。
よろしこ~(やすよともこ風)




