番外編: 3月3日はミミの日です。
3月3日はウサギの日でもあるそうです ˚ᆺ˚
このお話は異世界ファンタジーですよ。
世の中には不思議なことがたくさんある。
無くしたと思っていた物が突然出てきたり、会いたいと思っていた人から偶然手紙が届いたり、次期公爵だと思っていたら次期王妃になっていたりもする。昨日と同じ今日が来ることはない。明日のことは誰にもわからない。
だから、先日まで無かったはずのお店が突然そこに現れたとしたって、何ら驚くことではないのだ。
こっそり一人で出かけた王都の街で、私はとある店の看板を見上げていた。
「願いが叶う店」
怪しい。怪しすぎる。
そんなに頻繁に街に来ているわけではないけれど、こんな目立つ街角にこんな怪しい店はなかったはずだ。古い板張りの小屋を覆うように緑の蔦が這っている。窓は曇っていて覗いても店内を見ることはできない。
「こんにちはー!」
私は迷うことなく店の扉を開けた。どんな店なのか確認せずに帰ったら、絶対に後悔する。
「はぁい、いらっしゃいませぇ」
店内はがらんとしていて、中央に小さなテーブルが一つ。向かい合うように安っぽい椅子が二つ置かれており、その一つにローブを被った黒髪の美女が座っていた。
「ここは……占いの店、ですか?」
「違いますよぉ、見た目で判断、しちゃあ、らめれすよぉ。わらしはぁ、願いを叶える魔女れすよぉ」
「あのう、もしかして酔ってます?」
「まっさかぁ、全然酔ってませんよぉ、これっぽちも、飲んで、おりましぇん! 営業時間中に飲むだなんて、そんな、ことは、しませんよぉ~。あはははは」
「あはははは。じゃ、そういうことでー」
「待って、待って! お願い事があるんれしょ。お姉さんが聞いてあげるから、そこ、座んなさい!」
美女が右手の人差し指をくるくる回すと、なぜか勝手に私の足はくるりと踵を返し、空いている椅子にすとんと座ってしまった。
「!?」
「いいからいいから、細かいことは気にしないの。で、願い事はなあに?」
まあいいか。相手は酔っ払いだから、適当に話を切り上げて帰ろう。
「ええと、そうですね。私、愛され淑女になりたいです」
「愛され淑女?」
「皆に愛されて可愛がられる、理想の淑女です」
「ふうん、愛されて可愛がられたいのねぇ~わかったわぁ~~。じゃあ、はい、これ」
美女が私の鼻先で開いた手のひらの上には、白い薬包が載っていた。薬包は小さく膨らんでいて、中には丸い物が入っているようだった。
「飴よぉ~。味もおいしい上に、願いも叶う~。私って本当に優秀なのよ~」
「……これ、願いが叶ったら魂取られるとか、そういうやつですよね」
「ばかね、魂で酒が買えると思ってんの。これでいいわ」
美女が胸の前でぱっと左の手のひらを広げた。
「ご……ごじゅう?」
「ごひゃくよ! これだから小娘は。そんなんじゃ酒のつまみすら買えないわよ」
「高っ。私、まだ学生なのに」
「あんたどう見たって、いいとこの貴族の令嬢れしょぉ。登ればオフコースって言うれしょおー!」
「ノブレスオブリージュのことかしら。もう、これだから酔っ払いは嫌なのよ」
私はお財布を開いて、しぶしぶ代金を払った。
「はい、ごくろーさまぁ。帰っていいわよぉ。帰るついでに、外の看板を閉店にしてきてくれる? このまま飲みに行くから」
「まだ飲むんですか?」
「私の夜はこれからよお!」
好奇心に負けたらとんでもない出費をしてしまった。お財布が空になってしまったので、私は待たせていた馬車に乗って王城へ向かった。今日はアイーダが王城でダンスのレッスンをしているので、迎えに行って一緒に帰る約束をしていたのだ。
王城に到着し、馬車を降りる前に件の怪し気な飴を口に放り込んだ。あんな店に行ったことがばれたら怒られちゃう。
アイーダのもとへ向かう途中で、証拠隠滅とばかりに飴を噛み砕いたら、くらりとめまいがした。
「え? 何? これ?」
急に体の自由が効かなくなり、私は受け身も取れないまま床に倒れた。が、打ち付けたはずの体は全く痛くない。両腕を伸ばして頭を持ち上げてみても、目線はほぼ床と同じ高さだ。じたばたと手足を動かしてみたら、足に何かが絡んでいる。
ん? 見覚えのある布……。
足に絡んでいるのは、先ほどまで着ていたはずの私の街歩き用のワンピースだった。まるで中身だけがすぽんと抜け出したような形でくしゃりと丸まっている。
え、じゃあ、私……今……どうなってるの?
慌てて体を見ると、毛むくじゃらのまあるいお腹が見えた。その横に、同じく毛だらけの短い手足が付いている。
何これ! 何これ! どうなってるの?
私はあわてて駆け出し、ピカピカに磨かれた柱を鏡に自分の姿を確認した。
そこには。
ぽかんと口を開けた、まぬけな顔をした白いウサギがいた。長い耳を立たせ、白目の無い円い瞳を見開き、鼻をピクピクとさせている。短い腕を伸ばして顔をペタペタと触ってみるが、そこに映っているのはどこからどう見てもウサギだった。
えーー!! 私、ウサギになっちゃった!!
あの怪しい飴のせいに違いない! どうしよう、まさかよりによってこの私が最弱な動物に変身してしまうとは!!
私はぴょんぴょんと飛び跳ねながら、レナートの執務室に駆け出した。助けて!! レナート!!
階段を駆け上がると、ちょうどライモンドが執務室に入る為に扉を開けたところだった。ナイスタイミング! とその隙間から部屋に飛び込んだ。
「うわっ!! え? ウサギ!?」
「どうした? ライモンド」
地面すれすれを走る私にはレナートの姿は見えない。声を頼りに駆け出せば、本棚の前に立っているレナートと目が合った。
「わあっ」
ぴょーんとウサギの跳躍力で飛びつくと、レナートは驚きつつもしっかりと私を受け止めてくれた。
「どうしてウサギが?」
「また誰かが連れてきたのでしょうか。最近の王城は野良動物が多いですね」
レナート、助けて。私よ、ミミよ。ウサギになっちゃったの。レナートなら気付いてくれるでしょう。
私はレナートの腕に抱かれたまま、前足で彼の胸を叩いた。
「はは。初めて触ったが、ウサギとは可愛いものだな」
全然伝わってなーい!!
一生懸命伝えようと、口をパクパクと開けるが当然声は出ない。レナート、ウサギじゃないの。ミミなのよ。
「口をパクパクさせている。お腹が空いているではないか? ライモンド、厨房から何かもらってきてくれ」
「かしこまりました」
伝わらなーい!
レナートは私の頭を優しく撫でながらゆったりと歩き、相変わらず優雅な動作でソファに腰掛けた。至近距離で見上げるレナートはやっぱりとても美しく、私は瞬きも忘れてうっとりと見入っていた。その間もレナートは私の背中を撫でている。
いつもは真面目な顔をしているレナートも、可愛い小動物にはこんな優しい表情を向けるのね。撫でられている背中もやけに気持ちいいし、何だかもうどうでもよくなってきた。
気付けば私はお腹を上にしてレナートの膝の上に寝ころび、彼の手のひらに頬を擦りつけていた。
「やあ、ウサギがこんなに可愛いとは」
レナートがそうつぶやきながら、私の前足をふにふにと摘まんでいる。えへへー、そうでしょう。可愛いでしょうー。もっと握手してもいいのよー。
「殿下、ニンジンをもらってきましたよ。うわあ、ものすごく懐いてるじゃないですか」
「そうなのだ。このまま私の部屋で飼おうと思っている」
わあい、行くー。レナートのお部屋に行くー。撫でて撫でてー。
って、違う! 私はウサギじゃない!!
がばっと飛び起きた私に、ライモンドがスティック状に切られたニンジンを差し出した。えっ、何なの、この食欲をそそる香りは……。勝手に口が開き、押し込まれたニンジンをがぶがぶ噛んでしまう。
「やっぱりお腹が空いていたんですねえ。可愛いなあ」
おいしい! おいしい! ニンジンってこんなにおいしかったかしら!? この眼鏡、なかなかデキる人間ね。もっと、もっとニンジンちょうだい!
ハッ!
だんだんと思考がウサギ寄りになっているわ。危ない危ない。しっかりしなきゃ。
「殿下、王城内は動物禁止でしょう」
「いや、でも小鳥などの籠に入れて飼えるものは許可が出る。檻に入れれば部屋で飼えるのではないか」
「ウサギは吠えないですしね。飼いやすいかもしれません。何よりもこんなに可愛いのなら手放せないですね」
「そうなのだ。可愛くて仕方がないんだ」
優しく撫でてくれるレナートの手に頭を押し付け、私は差し出されるニンジンをむさぼった。えへへ、そんなに可愛い可愛い言われると悪い気はしない。もっと撫でてもいいのよ。
ライモンドの手を前足で押さえてニンジンを食べきった、その時だった。
背筋にぴしりと刺激が走った。
手足ががくがくと震え、関節が外れるような痛みを感じた。
あ、これ、人間に戻れそう。
手足がぎゅうっと伸びるような、視界が持ち上がる感じがした。
が、瞬時に私の脳裏にある光景が浮かんだ。
私の服、廊下に置きっぱなしじゃない?
こ、このまま、ここで人間に戻ったら、もしかして、全裸なんじゃ……。
ダメ――! ここじゃダメ――!! レナートの膝の上で、なんて、絶対やめてーー!!
私は体を縮めて何とかこの痛みをやりすごした。突然うずくまって震えだした私を見て、レナートが慌てている。と、思ったら、ライモンドにがばっと持ち上げられた。
「危なかったですね。今、このウサギふんばってましたよ。殿下の服が汚れてしまうところでした」
バカ―! ライモンドのバカー! 乙女がこんなとこでふんばるわけがないでしょーー。信じられない、何てことを言うのよ! このバカ眼鏡!
「わあ、急に暴れだした」
「短い足を伸ばして蹴ろうとしているぞ。可愛いなあ」
「可愛いですねえ」
再び、私の体が震えた。
どうやら私は、可愛い、と言われ続けると魔法が解けるようだ。あの酔っ払い魔女が、愛されて可愛がられる、という言葉をそのまま受け取ったらしい。まずい、この二人と一緒に居たら、このまま人間に戻ってしまう。どうにかして服を回収して人のいない所へ逃げなければ。せめて、女性だけの所、そうだアイーダの所へ。
ライモンドの手から逃げようと身じろぎしていると、扉をノックする音が聞こえた。
「失礼します。兄上、先日の報告書を持ってきました」
「ああ、プラチド。ちょうどいい所に。これを見てくれ」
うわあ、男が増えたーー!
「えっ、兄上、ウサギ……ですか?」
「ああ。迷い込んで来たんだ。可愛いだろう」
「ええ、すっごく可愛いですね。よく懐いていて。僕も触って良いですか」
私がぶるりと体を震わすと、「ふるふる震えてる、可愛い」とプラチドがほほ笑んだ。やめて、可愛いって言わないで。
「アイーダがこちらに向かっているそうなので、ここで待たせてもらってもいいですか?」
「もちろん」
「ミミちゃんが迎えに来るって言ってたらしいけど、まだ来ないそうなんです。きっと兄上に先に会いに行ったんじゃないか、と思ったんですが。こちらにはいないようですね」
私はここよ! 気付いて! 心とは裏腹に、私は目を細めてプラチドの手に頭を擦りつけていた。ああ、ニンジン食べたい。
「アイーダにも早く見せたいなあ。アイーダの所に連れて行ってもいいですか?」
うわあ、プラチド様ーさっすが気が利くわね! 最高! このままアイーダの所へ連れて行ってちょうだい! 私はライモンドの手を蹴り、プラチドの胸に飛び込んだ。
「見てください、僕にも懐いてくれましたよ」
「なぜだろう、すごく複雑な気分だ……」
レナートが肩を落とした。ごめんなさい、レナート。でも、今はレディの沽券にかかわる事態なのよ。私はプラチドの胸をぺしぺしと叩いて、アイーダのもとへ早く行くよう促した。
再び扉をノックする音が聞こえた。
「ああ、アイーダが来ましたね」
アイーダー! 助けて! ウサギになっちゃったの。とりあえず、この場から連れ出してぇ。
「やっほー、レナート。俺、俺。外務大臣から頼まれた書類の確認してくれるう?」
「イレネオ様」
お前は呼んでなーい!
扉から顔を覗かせたのは、イレネオだった。いつも通りの軽い感じでひょうひょうと部屋に入ってきて、テーブルのお菓子を摘まもうとしたところで私と目が合った。
「ウサギじゃーん。可愛いーどうしたの、これ。俺にも触らせてよ」
「お前はダメだ。何となく」
「何だよ、レナートのペットなの? ちょっとしばらく貸してよ。麗しい俺が可愛いウサちゃん連れて歩いてたら、女の子が集まってきそうじゃない?」
ふざけんな、触るなイレネオ! 私はプラチドの腕の中から短い腕を伸ばして、イレネオにパンチを繰り出した。
「うわっ、凶暴なウサギだなあ。俺、動物にはたいてい好かれるのに。おかしいな。ああ、もしかしてこのウサギって、オス? って、痛ってえ! 噛まれた!」
「イレネオ様。そりゃあ、いきなり両足を持って広げられたら、どんな動物だって怒りますよ」
ライモンドが呆れた様子で噛まれたイレネオの手を確認する。うわーん! バカー! イレネオのえっちー! 私はプラチドの腕から飛び出し、全力で跳躍してレナートの胸に飛び込んだ。
「ほら、見たか。やはり私に一番懐いている」
レナート、聞いて。イレネオにひどいことされたの。早くあいつをやっつけて。
「イレネオ、書類は確認した。持って行け」
「マリーアちゃんもアイーダちゃんもいないし。ここにいたってつまらないから大人しく帰るか。んじゃあねえ、レナート、またねえ」
ひらひらと手を振ってイレネオが帰って行った。
三度目の正直。扉がノックされ、侍女が顔を覗かせた。やっとアイーダがやってきたのだ。
アイーダは部屋に一歩入るなり、挨拶もそこそこにレナートに抱かれる私を見て目を見開いた。
「まあ、可愛らしいウサギですわね」
ぶるり。やばい、戻りそう。アイーダ、早く私をどこかへ連れて行って。
私はアイーダに向かって両手をうんと伸ばした。
「こちらに来たいの? いいわよ、いらっしゃい」
「わあ、まるで子ウサギを慈しむ美しい女神像のようだね」
「やだ、何おっしゃっていますの、プラチド殿下。ふふ」
ねえ、いちゃついてる場合じゃないの。私、もう人間に戻りそうなの。助けて、アイーダ。
アイーダに抱かれる私の頭を、プラチドの手が優しく撫でる。わあ、気持ちいい! 目を瞑って伸びをすると、ライモンドがニンジンを口元へ寄せてくる。ニンジン大好き! おいしい! 気付いたらレナートが私の前足をふにふにと握って遊んでいる。あはは、楽しい! 楽しい!
全員にもみくしゃに愛でられていると、今までで一番体が震えた。やばい、これはもう……人間に、戻る……!!
「ウサギは臆病なんですのよ。皆で一斉に触ったら怯えてしまいますわ」
アイーダの一声で、全員がしぶしぶ手を引いてくれた。
やったあ、ありがとう。さっすがアイーダ。 賢い! きれい! ニンジンちょうだい!
「可愛いな。早くミミにも見せたいものだ」
「あら、そういえば、ミミはこちらに来ていませんのね」
そうなの、気が付いて! 私はここよ。もうこうなったら、あれをやるしかない。
私はアイーダの腕をすり抜け、ソファの背を蹴ってテーブルの上に飛び乗った。
いち! に! さん!
私は短い足をぴし! ぴし! と伸ばし、高くジャンプしてくるりと回った。
「うわあ、踊ってる! 可愛い!」
「芸をしこまれているとは、やはり誰かに飼われているウサギでしょうか」
プラチドとライモンドが私の可愛さに目を輝かせている間、レナートとアイーダは眉を寄せて私の動きを凝視している。
「これは……ミミの……」
そうよ、レナートとアイーダはこれを知っているでしょう? 変顔数え歌ウサギバージョンよ! これで私だって気付いたでしょ!
そう、はくはくと口を開いてアピールした時、バタン、と執務室の扉が乱暴に開かれた。
「殿下! お伝えしたいことが!!」
部屋に飛び込んで来た衛兵がレナートの前に跪く。レナートが瞬時に目を細め、厳しい顔つきになった。
「どうした」
「王城に到着されたはずのマリーア様がどこにもおられず、廊下にこれが……」
衛兵が上げた手には、私のワンピースが握られていた。部屋の空気が一瞬でひやりと張り詰めた。
「ミミのワンピースですわ。間違いありません」
「連れ去られたのか、それともミミ自ら動いたのか。どちらにしても何かに巻き込まれたのは間違いない。城中の兵に捜索させろ。服を着ていないのなら、どこかに隠れている可能性もある。女性騎士を総動員しろ」
「はっ!」
あわわ、大事になってしまった。威勢よく返事をした衛兵が顔を上げた瞬間、テーブルの上に直立していた私と目が合った。
「わあっ! 可愛いウサちゃんっ!!」
たくましい四角い顔を緩め、衛兵が叫んだ。見かけに反して可愛いもの好きか。綻んだ顔を慌てて戻し、衛兵は部屋を飛び出て行った。
「ミミ、どこへ行ってしまったの……」
アイーダの不安そうな声に返事をすることもできず、私はテーブルの上にうずくまって震えていた。あの衛兵の大きな声でとどめを刺されてしまった。もうだめ、耐えられない。人間に……戻ってしまう……!
私は歯をくいしばり、最後の力を振り絞ってテーブルを蹴った。驚くべきウサギの跳躍力のおかげで、ライモンドの肩を一度蹴り、二歩でレナートの執務机までたどり着くことができた。そして、そのまま机の下に潜り込んだ。
ガタガタッ。ゴンッ。
「痛っ!」
「「「「!?」」」」
しんと静まり返る室内。誰一人動く気配がない。
「今、ミミの声が聞こえなかったか?」
最初に口を開いたのはレナートだった。コツコツと、執務机に近づいて来る足音がする。
「お待ちください、殿下。わたくしが」
アイーダのヒールの音がレナートの足を追い越した。視界にふわりとドレスのスカートが広がり、アイーダが机の下に顔を覗かせた。そっと見上げると、アイーダは怒っているでもなく呆れているでもない、無表情でじっとこちらを見ていた。
「……」
「……」
「殿下、けしてこちら側には来ずに、ミミのワンピースを」
「……わかった」
レナートからワンピースを受け取ったアイーダが、私にそれを渡してくる。アイーダの言葉であちら側にいる全員が全てを察したのであろう、誰も口を開かない。
アイーダが背中のボタンを留めてくれ、私はおずおずと目だけを机から出した。
レナートが気まずそうに目をそらし、ライモンドが目を見開いてぽかんとしている。プラチドに至っては、ソファの背に顔を突っ伏して肩を揺らして笑っていた。
「ちょっ……ウサギに変身するとか、あはは……ほんと……ありえ……ない……。うくくく……生のニンジン、食べてた……もうだめだ、僕、もう……あははははは」
涙目の私に気付いたレナートが、ためらいながらも両腕を広げた。たまらず私はレナートの胸に飛び込んだ。
「うわあああん。皆の前で人間に戻ったらどうしようかと思いました」
「そ、そうか。そっちが気になっていたのか。何はともあれ、ミミに戻れてなによりだった」
レナートが私の頭を撫でた。何となく、ウサギを撫でていた手付きと似ている気がする。
その後、ライモンドが件の怪しい魔女の店を探させたが、店は既になく、街の人に聞いても「ここはずっと空き家だった」という証言しか得ることしかできなかった。謎は謎のまま、怪しい飴を勝手に食べた私がこっぴどく怒られてこの騒動は終了した。
もう二度と怪しい物は食べないと誓ったし、とりあえず、イレネオはいっかい殴ろうと思う。
逃げて! イレネオ!




