鍛錬場にて 1
「信じてください! あのご令嬢がレナート殿下の婚約者だったなんて知らなかったんです。イレネオ様の下へ忍び込ませた侍女から、イレネオ様が最近また新しい若い女にご執心だ、と報告を受けていたので、少し嫌がらせしてやってふたりを別れさせなさい、と言っただけなんです!」
「その侍女からの報告書にはマリーア嬢については書かれていなかったのか?」
「そういえばまだいろいろ続きが書いてあった気がしますが、その、腹が立って、読んでいる途中で報告書をびりびりに破いて捨ててしまったので……」
ライモンドはイレネオの部屋を急襲した女の聴取に同席していた。
ザイラという女性はとある裕福な伯爵の未亡人で、イレネオの愛人の一人だった。非常に嫉妬深く、だんだんとイレネオの足が遠のいて行ったのを深く恨んでいたようだ。あの侍女はザイラの雇った間者だった。すぐに使用人を入れ替えるイレネオのもとに自分の配下の者を潜り込ませるのは容易だったのだろう。しばらく領地に籠って侍女からの報告を受けていたが、一向に自分のもとへ来る様子のないイレネオに業を煮やして王都へ出てきたそうだ。
夜会中のイレネオとマリーアが密会していると侍女から報告を受けたザイラは、現場に踏み込むために駆け付け、今回の騒動となってしまった。いざとなったらイレネオを自分の屋敷に閉じ込めてしまおうと思っていたらしい。
「確かに侍女には細かく指示はしなかったけど、私はドレスにお茶をかける程度の嫌がらせを命じたつもりだったんです! まさか、お、王城で、王妃様と一緒にいるところを暗殺者に狙わせるだなんて、そんなことっ、一体誰が想像するっていうの!?」
「では、侍女の解釈違いだったという事だな」
「そうです! すぐに来てくれる間諜を手配したら、あんなポンコツ侍女だったのよ!」
「ポンコツだからスケジュールがら空きですぐ来てくれたんでしょうね」
ライモンドがそうつぶやくと、ザイラは机に顔をつっぷして「こんな大事になるとは思わなかったわよー!」と泣き叫んだ。
ザイラを始め侍女にはそれなりの処罰が下るだろう。侍女を辿れば暗殺者組織にもつながるかもしれない。後のことをしかるべき部署に任せ、適正に処理するように指示をしてライモンドは聴取室を出た。
たくさんいる愛人のなかで、よりによって目を付けられたのがマリーアだったことについては、運が悪いのか、それともやっぱり、なのかはわからないが、マリーアで良かったと言わざるを得ない。
ライモンドは一度そう報告書に記したものの、すぐにその部分は削除した。巻き込まれて良かった、なんてことがあってたまるか。
マリーアはまだレナートの婚約者に内定しているだけ。正式な婚約者でなければ、今後何か起きたとしても王城の騎士団などを動かす事はできない。
早急に婚約の手続きを済ませなければ。もたもたしていたらあのご令嬢はまた何かに巻き込まれるだろう。
王家のためではない。全てはレナートの為に。
ライモンドは手帳を開き、レナートのスケジュールを確認した。立太子の祝いに各国から賓客が日々訪れ予定はびっしりだ。まるで複雑なパズルに挑むような気持ちでレナートのスケジュールの調整を始めた。
*****
夜会から3日。
私は王城の騎士団の鍛錬場にいた。
あの夜、イレネオにタルトを持って行ってワインを飲んだまでは記憶がある。美しい女性が訊ねてきたような気もするが、誰だっただろうか。酔った私はそのまま眠ってしまい、イレネオがレナートを呼んでくれたのだそうだ。
その後は目が覚めたら王城の客室で、おいしい朝食をごちそうになって帰った。こんなにおいしい朝食が毎日食べられるのなら、と婚約者としてやる気を出した私は王太子妃教育にも今まで以上に真剣に取り組むようになった。
「マリーア様、お待ちしておりました。それがアンノヴァッツィ公爵家の制服ですか?」
鍛錬場で各々励む騎士たちを眺めていた私に騎士団長が声をかけてきた。父と一騎打ちしたとか聞いていたが、父に比べればずっと若そうだ。背も高くマッキオ並みに筋肉が隆々としているが、大国の貴族なだけあって落ち着いていて品がある。
「ええ、動きやすくて気に入ってるんです。練習に参加させていただいてありがとうございます。実家から制服を持ってきて良かったわ」
「我々の方こそ、アンノヴァッツィ武術に興味のあるものばかりですから、皆楽しみに待っていたのですよ」
今日の王太子妃教育は午前中のみだったので、午後から騎士団の合同練習に参加させてもらうことにしたのだ。
あんなちょっぴりのワインで眠ってしまうなんて、体力が落ちている証拠だ。こんな体たらくではレナートを始め王城の皆を守る事なんてできない。
そう話したら、騎士団長が快く合同練習への参加を許してくれた。
騎士団長が声をかけると鍛錬場にいた騎士たちがすぐに集合し、私は簡単に自己紹介をしてから準備体操に参加した。
「ムーロ王国の警備隊員は皆、まずは武術を習ってから入隊すると伺っています」
円陣を組んでストレッチしている最中に、隣の騎士が目をキラキラさせながら話しかけてきた。その声に、周りの者たちも興味津々で耳を傾けている。
「全員ではありませんが、ある程度我が家で鍛錬してから警備隊に入る人が多いですね。ムーロ王国は平和であまり剣を抜いて戦うようなことが起きないので、接近して素手で戦えることの方が重視される部署もあります」
「へえ。でも、ここでだって街中で長剣抜くわけにいかないこともあるから、俺も習いたいなあ」
「俺も」
見た目通り体の硬い騎士団長が深くうなずいた。
「マリーア様、我々にも武術の基礎を教えて頂くことは可能だろうか」
「ええ、構いませんわ。私は師範の資格を持っていますから」
わあっ、と団員から声が上がった。
「では、まずは受け身からやりましょうか」
眩しい太陽の下、たくさんの人たちと鍛錬に励むのはやっぱり楽しかった。私は次期公爵になることよりも、こうして皆と目標に向かって鍛えて強くなりたかったのだと改めて実感した。
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