夜会 5
土日は更新お休みですが、11日(祝)は更新します。
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姿の見えなくなったマリーアが、中庭で窓越しにイレネオと会話しているのを目撃した人々が多数おり、レナートとライモンドはイレネオが常用している客室へ急いでいた。
会場にマリーアがいないことに気付いたレナートは、早々にダンスを切り上げ捜索を開始した。客に気付かれないようにライモンドと数人の騎士だけを連れ、王城の廊下を走った。
「監視のつもりで王城へ留め置いたが、やはりさっさと領地へ閉じ込めればよかった」
レナートはもどかしそうにぎりりと歯噛みした。
客室へと続く螺旋階段を上っていると、何かが激しく倒れる音が階下に響いた。
「ミミ!」
長い足をさらに延ばして階段を数段飛ばしで上り、イレネオの部屋の方向を見れば、扉は大きく開けられたままで廊下まで明かりが伸びており、中から男の叫び声が聞こえた。
扉の外にいた見張りの兵士が、レナートの姿に驚いて戸惑っていた。
見張りを無視してレナートが部屋に飛び込んだ時、床に腹ばいになったひげの男が青い顔をして花瓶を抱えていた。その横では堅強なハンガーラックの下敷きになった女がもがいていた。
「ミミ! だいじょ……う……」
レナートが言葉を無くしていると、やっと追いついたライモンドが部屋の惨状に眼鏡をずり下げて呆気に取られている。
扉の影に隠れるようにして、赤いドレスの化粧の濃い女が驚愕の表情を浮かべていたが、レナートと目が合うと開いていた口を更に大きくし、気を失わんばかりに床にへたりこんだ。ソファの前では兵士がひとり倒れていた。捕まえようとする二人の兵士の腕を器用に避けながら、マリーアが千鳥足で部屋中を動き回る。
「レナートにはぁ、ゆびいっぽん、さわらせないわよぉぉ」
ろれつの回らないマリーアの声が部屋に響き渡った。
兵士の右腕をのけぞって避けたマリーアは、背中を弓なりに反らせ地面に手をつき、勢いよく兵士を蹴り上げた。ふらふらながらもきれいに宙返りしたマリーアは、立ち上がったがすぐにバランスを崩し、背後の壁に頭を打ちそうになる。
「ミミ! 危ない!」
「へっ? レナート?」
のけ反った姿勢をいきなり戻したマリーアの頭に、激しく頭突きされたもう一人の兵士が床に倒れ込む。
一体何が起きているんだ。だが、こんなのどこかで見たことがあるぞ。
理解が追い付かないレナートとライモンドが同時に叫んだ。
「「すすす、酔拳ーーー!?」」
レナートの声がする方向に行きたいマリーアだったが、どうにも足がうまく動かない。よたよたとバランスを崩してはレナートを見失っている。体を支えようと掴まった花瓶や鏡をガラガラガッシャンと大きな音を立てて落としていく。
扉を押さえていた鎧を着た兵士が狼狽しながらも、マリーアに近付いて行った。
呆然と兵士の背中を視線で追っていたレナートは、ソファの背に隠れて腰を抜かしているイレネオを見つけて我に返った。
「殿下! 今、近付いたら危ないです!!」
ライモンドが止めるのも聞かずに、レナートは大股で兵士を追った。
千鳥足でくるくると回っているマリーアは、いつの間に抱えたのか大きなつぼをうっかりと鎧の兵士の頭にすっぽり被せてしまう。
「ミミ、落ち着くんだ」
つぼを被った兵士の背中をレナートが、どん、と押すと、視界をふさがれた兵士は前のめりになって壁に激突し、床に崩れ落ちた。
「レナート、どこぉ」
「ミミ」
振り回されるマリーアの両腕を器用に避けたレナートが、マリーアを抱きかかえた。
「レナート、ほんものぉ」
半開きの目を嬉しそうに細めたマリーアは、糸が切れたようにカクンと首を折って眠ってしまった。自分の胸にもたれかかってぐっすりと眠ったマリーアを見て、レナートは大きく息を吐いた。
床に転がっていた兵士たちは既に拘束されていた。騎士に両脇を支えられた赤いドレスの女が、「イレネオ様は私のものよー!」と叫びながら部屋の外に連れ出されて行った。ライモンドが扉の外に声をかけ、応援を呼んだ。
「ひぃ!」
ゆっくりとソファに振り向くと、イレネオが悲鳴を上げて床から飛び上がった。レナートが一歩近づくと、腰が抜けたままのイレネオが床に手をついて後ずさる。そのまま数歩近付けば、とうとうイレネオの背中が壁にあたった。
「イレネオ……」
「うわわ、話せばわかる! 違うんだ、聞いて! レナート!」
イレネオが両手を大げさに振ってレナートをなだめようとするが、レナートは瞬きもせずに彼の瞳だけを射抜くように睨んでいる。
「ミミとあの女性の様子からだいたいの事情は察したが、一応聞いてやる。ミミに何をした」
「違う、そんなつもりはなかったんだ! 一緒に一口だけワインを飲んで、ちゃんと会場に帰そうと思ってたんだよ」
「ほう。一口だけ」
「あの女が来たのは本当に、偶然で、こんなことになるなんて俺も予想外で」
「なるほど」
「ミミちゃんを帰そうとしているところにあの女が来ちゃっただけで」
「王太子様、その男はそのご令嬢をいやらしくデートに誘っていました!」
「あっ、このやろ、裏切ったな」
縄で拘束された侍女が恨みがましい声をあげた。しかし、レナートは瞬きもせずにイレネオだけをじっと見据えている。
「レナートは勘違いしている。俺は年長者としてミミちゃんの恋の相談に乗ろうとしていただけで」
「二度もミミを巻き込むとは」
「俺だってそんなつもりはなかったし、ミミちゃんがああなったのは不可抗力で」
「捕らえろ」
「レナートぉぉぉぉーーー!!」
騎士たちに縄でぐるぐる巻きにされたイレネオが、ずるずると引きずられて行く。
「一生牢から出すな」
「ごめんってーーー!! レナートぉぉぉ」
床を引きずられて行くイレネオは、悲しい叫び声と共に廊下の暗闇へ消えて行った。
花瓶を抱えて茫然自失となっている従者に怪我がないか一応確認していたライモンドが、レナートの元へやってくる。
「従者に聞いたところ、マリーア様はあのワインを半分ほど飲んだようです」
レナートは腕の中で眠るマリーアを見て、改めて安堵した。思わず力を込めてしまった腕に、マリーアが「ぐえっ」と言い、慌てて緩める。
マリーアは確か酒を飲んだことがなかったはずだが、これほど弱かったとは。いろいろと部屋を破壊していたが、怪我がなくて良かった。
しかも、何がどうなったのか分からないが、マリーアは自分を助けるために騎士をぶち倒していたようだった。
こんな緊急事態にもかかわらず、少しだけ、いや、かなり嬉しい、と思ってしまったレナートは、頬が緩みそうになるのを必死で堪え、眉間のしわを深くした。
「イレネオ様を本当に一生牢に入れるおつもりですか」
捕縛した者たちを連行する騎士たちがレナートから目を逸らす中、ライモンドだけはもの言いたげな目でレナートに尋ねた。
「そうしたいところだが、痴話げんか程度ではそれほどの罪には問えない。イレネオは襲われた側だ。一晩牢で今までの自分の行いを反省させる程度だろう。伯母上もうるさいだろうし」
「侯爵夫人から苦情が来たら、領地に送り付けますね」
「ミミには部屋を破壊したことは言わなくていい」
「かしこまりました」
レナートは壁に掛けられた大判の絵画を見上げた。部屋の調度品は散々たる状態になっているが、この絵画だけは傾くことなく堂々とその存在を訴えかけてきている。
イレネオも、昔のようにおとなしく絵を描き続けていれば良かったのに。
すやすやと無防備に眠るマリーアは、まるで子供のようで可愛かった。レナートはマリーアを抱え直すと、そっと扉を出た。
「どちらへ。レナート殿下」
薄暗い廊下の、レナートの足元にライモンドの影が重なる。レナートが気まずそうに振り返ると、笑顔のライモンドがレナートの服の裾を摘まんでいた。
「賓客用の客室はあちらですよ」
「……」
「結婚するまで、せめて正式に婚約するまでは二人きりにはしないって言ってるでしょう! 殿下とマリーア様を客室へご案内しろ! 決して殿下の私室に行くのは阻止しろ!」
ライモンドが近くにいる騎士たちにテキパキと指示を出す。
「……違う、そんなつもりは」
「はいはい、さっきも同じようなこと言ってる人いましたよー」
「私の部屋に行こうとしたわけではない。せめて近い部屋に寝かせようと思ったんだ」
「あなた夜会を抜け出して来てるんですからね、早いとこ戻ってもらいますよ!」
ライモンドが容赦なくレナートの背中をどしどし押し出し、レナートは騎士に囲まれ違う階の客室へ向かわされた。
一方その頃。ホールの王族席では、一人で大勢の令嬢の相手をこなしたプラチドがアイーダの甲斐甲斐しい介抱を受けていたのだった。
ぐっすりと眠ったマリーアは、次の朝、体の不調もなく清々しく目覚めた。そして、「何かちょっと老けたレナートの夢を見た」と言って元気よくアメーティス公爵家へと帰って行った。
物語も終盤になってまいりましたので、引き続き最後までお付き合いお願いします(*‘∀‘)
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