夜会 2
お城に王子様が2人もいるならそりゃあ、夜会! ダンス! ですよ。
ほとんどの招待客が揃ったとの連絡が来て、私たちはやっと立ち上がった。
王族はパートナーをエスコートしながら最後に入場するらしい。
そもそも私は鍛錬漬けの毎日だったので怪我をしていることも多く、自国でも夜会やらパーティやらにはあまり参加したことがなかったので、こういったルールには詳しくない。ムーロ王国は小国なので王族との距離も近く、わざわざ入場を分けたりはしないのだ。たまに参加したパーティでは、早めに到着して食事を楽しみ体育の授業のノリで学友の男子生徒たちとダンスをしていたので、今夜の様にエスコートされ注目を浴びてダンスするなど初めてのことだった。
豪華な衣装の人々をこんなにたくさん見ることも初めてだったし、参加者全員が上品な笑顔を浮かべてこちらを見ており、私はこれからどんな楽しいことが起きるのだろうとわくわくした。
扇で口元を隠し何かを囁き合っている女性たち。何か考える仕草をしながらこちらを観察している男性たち。
分かります、だって、私の隣と後ろには麗しい王子が二人と完璧淑女がいるんだもの。
馬車の中とは全く違う、口元に微笑みを携え背すじを伸ばしたアイーダを見て、私は高揚しすぎていた気持ちを少し落ち着つかせた。あやうく会場に入った瞬間に、こんばんはー! と叫ぶところだった。
国王陛下の挨拶の後、楽団の演奏が始まった。厳格そうな王太子の表情のレナートが私の手を取った。数歩遅れてプラチドとアイーダが続き、私たちのファーストダンスが始まった。
練習通りに上品に踊る私を見て、自国の学友たちは何て言うだろうか。はしゃいでジャンプしそうになる私を、レナートがうまくいなしてくれる。視界の端で意識していたプラチドとアイーダのことも忘れ、気付けば私はレナートばかり見ていた。
「楽しいですね! 殿下」
私がそう言うと、レナートは少しだけ表情を緩めてほほ笑んだ。めったに見ることのできないレナートの笑顔に、女性たちの嬌声が上がる、
終盤では練習より多めにくるくると回され、高めに持ちあげられた。その度に歓声が上がり、曲が終わった時には大きな拍手を頂いた。
「ミミが注目を集めてくれたおかげで、緊張せずに楽しむことができたわ。ありがとう」
アイーダがめずらしく頬をうっすらピンク色に染めてほほ笑んだ。
レナートとプラチドは、この後はしばらく女性たちのダンスの相手を務めなければならないらしい。
私とアイーダはその間、飲み物を頂いて休憩することにしたが、次々と挨拶にやってくる人たちの対応に追われることになってしまった。王太子妃、王子妃に名前と顔を覚えてもらうことに必死な人たちが行列を作っている。
全くそんな素振りは見せないが、きっとアイーダは疲れていることだろう。私が朝の鍛錬をしていた頃から、今夜の為の支度を始めていたのだから。
私は隙を見て近くにいた騎士にお願いして、アイーダを休憩させることにした。アイーダは正式なプラチドの婚約者なので王族席に行くことができるが、私はまだ行くことができない。
「ありがとう、ミミ。ごめんなさいね。疲れたら折を見て中庭に逃げるといいわ」
アイーダはそう言って騎士に連れられて行った。
私はその後もたくさんの人たちと挨拶を交わした。老若男女、様々な容姿と性格の人たちが入れ代わり立ち代わりやってきた。将来この人たち全員を覚えなければならないのかと思うと少しだけ気が重くなったが、よく見れば全員何かに似ているからあだ名を付けて覚えていけば何とかなるだろう、と楽観的に考えた。
そうしているうちに、歩き回ればあまり声をかけられないということに気付いた。歩いても歩いても端に到着しない広い会場をうろうろと歩き回り、声をかけられても足を止めずに挨拶だけで済ます。これはいい方法を思いついたな、と元気よく歩いていたが、人垣の隙間からレナートの姿が見えてしまった。
レナートはにこりともせずに無表情に踊っている一方、プラチドはにこにこと愛想の良い笑顔で踊っている。どちらもそれぞれ人気があり、次の相手は誰だ、と周りの人々が興味深げに話している。
レナートに手を引かれる令嬢は、髪も肌も艶々で、可愛らしいドレスが良く似合っている。長年日に焼けた私の髪も肌も、アイーダの侍女たちが日々手入れしてくれているおかげでかなり改善されたが、まだまだ彼女たちの足元にも及ばない。
明日からはほっかむりして日焼け対策して鍛錬しようかしら。
私はアイーダに言われた通り、中庭で休憩をすることにした。
テラスから中庭に出ると、涼しい夜風が肌を冷やして気持ちが良かった。中庭にいる人々は、それぞれ涼んだりのんびりと談笑を楽しんだりと、自分の為の時間を過ごしているので、私に気付いても話しかけては来ない。なるほど、確かにここなら休憩できそうだ。
人気の少ない辺りの花壇に腰掛け、持ってきたオレンジジュースをごくごく飲んだ。ぷはー、と息を吐いたら、木陰で逢引きしていた二人と目が合い、笑われてしまった。
休憩のための場所とは思えない、まるで庭園と言った中庭は、丁寧に手入れされた花木と花壇に囲まれ、人目を避けることのできるような木陰もありながらも、きちんとほんのり明かりが灯されており、人の気配を感じるようになっている。
これからずうっとこの大きな国で暮らしていくんだなあ。
改めてそう思うと、不安なような頼りないような、かつ、予想もつかない楽しいことがきっと起こるのだという期待感でわくわくした。いつ何が起きても対応できるように、体力作りだけはしっかりやっていこう、と心に決めた時、足元の明かりに影が差したように見えた。
振り返り見上げると、二階の窓辺に誰かが立っているのが見えた。
「イレネオ様?」
私が気付いたことに驚いた顔をしたイレネオが、そうっと窓を開けて身を乗り出した。
「あ、あぶなっ……!」
「はは、飛び降りないよ」
私がとっさに腕を広げて受け止めようとしたので、イレネオが笑った。
「そんな所で何なさってるんですか?」
「俺、王妃様に怒られちゃってさあ、しばらくこういった夜会には参加できないんだ。華やかなパーティ、艶やかな女性たちとのダンスと言えば、麗しの独身貴族イレネオ様だったのにさあ」
「まあ、ご自分で良く言いますね」
「これは紛れもない事実だから仕方がない。寂しくてここからこっそり雰囲気だけ味わっていたんだ」
窓枠に頬杖をついたイレネオは、本当に残念そうに会場へ続くテラスを見つめた。逆光になっているせいか、下から見上げるイレネオは少しだけやつれて見えた。よっぽど怒られたのだろうか。王太子候補として貴族に目を付けられないように振る舞った結果のこの仕打ち。この人だって好きで侯爵家に生まれたわけではないのに。
『レナートの敵ではないけれど』という言葉の意味がやっと分かった気がした。
「桃のタルトあったでしょ、食べた?」
「いえ」
「今夜の夜会で用意されるって聞いてたから、俺、楽しみにしてたんだあ。残念だよ」
頬杖をつき、片手を窓の外へぶらぶらと下げているイレネオは、とても幼い子供の様だった。どう見たって似ても似つかないのに、なぜか弟のテオドリーコの姿と重なって見えた。
イレネオもレナートも、そしてテオドリーコも周りに左右される運命を背負って生まれてきた。私もついこの間まではそうだったのだ。
「桃のタルト届けに行きます!そこにいてくださいね!」
「えっ、いいの? 抜け出して大丈夫?」
「レナートは今、他のご令嬢と踊ってるので、曲が終わるまでに戻れば大丈夫です」
「へえ、他のご令嬢と、ね」
薄暗い明かりの中で、イレネオが口の端を上げた気がした。
私は会場に戻り、一番大きな桃の載ったタルトを皿に取ると、近くの出入口からそっと廊下に出た。
ダメダメ! 行っちゃダメ!




