夜会 1
「逃した魚は大きかったが釣りあげた魚が大きすぎた件」書籍になります!
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執務室をそっと覗くと、レナートもライモンドも昨日の疲れなど全くないかの様なさわやかさで机に向かっていた。私がしばらくの間、部屋にも入らずに扉の隙間から中を窺っているので、騎士が戸惑っている。騎士の邪魔をしても仕方がないので、おそるおそる扉を叩くと、レナートが顔を上げ、嬉しそうに目を細めた。
「ミミ、よく来たね」
「ご機嫌よう、殿下。ライモンド様」
「体調はいかがですか。お疲れではないですか」
全く心配していない顔でライモンドが言い、私の返事を待たずにお茶の準備を始めた。
「ミミ、母上がすまないな。疲れていたのに、昼食に呼び出したと聞いた」
「いいえ。ゆっくり休んで起きたところでしたし、美味しい物たくさん頂きました。お二人こそお元気ですね。早くからお仕事だったのでしょう」
「いや、今日はいつもよりもゆっくりだった。十分休ませてもらったよ」
「以前の殿下は不眠だった分、遅くまで一人で居残って早朝から仕事を始めていたので、今はとても健康的なんですよ」
「へえ、そうですか。そういえば、ええと、殿下、ご相談がありまして、私の実家に行った際には、眠る前の数え歌の話は決してしないでいただけると」
「そうだ、ライモンド、私のスケジュールはどうなっている。いつアンノヴァッツィ家に行くことができるのだ」
「そうですね、いろいろと調整しまして、殿下がいない間はプラチド殿下に代理を頼みますので、再来月くらいには何とか」
「遅いな。どうにかならないのか」
「プラチド殿下のご予定を調整していただきます」
「そうしてくれ。ミミ、あなたのご家族に会うのが楽しみだ」
「あ、はは。私もです」
言いそう! レナート楽しそうに私の変顔数え歌の話しちゃいそう!
私が頭を悩ませていると、それを不思議そうに見ていたレナートが思い出したように膝を打った。
「そうだった。ミミ、そろそろダンスの練習を始めないといけないな」
「何のダンスですか?」
「来週、王城の夜会があるだろう」
「あ! 忘れてた!」
レナートの婚約解消とプラチドの婚約などがあり、しばらく開催されていなかった王城主催の夜会が行われるのだ。それは非公式ではあるが、プラチドとアイーダの婚約披露と、レナートの婚約者に内定した私のお披露目となる予定だ。プラチド、アイーダと一緒に、二組でファーストダンスを任されているのだった。
「マリーア様は運動神経が良いのでダンスがお上手だと伺っていますが、せめて一度は殿下と練習しておいていただきたいです」
「えっ、特に上手というわけではないですよ。誰がそんなことを言ったんですか」
「プラチド殿下です。二度ほど、踊られたことがおありになるとか」
確かに学院の小さなパーティで、プラチドはまだあまり友達もいなかった私をダンスに誘ってくれたのだ。それがきっかけで気軽に話しかけてもらえるようになり、友人もたくさんできた。
「プラチド殿下がおっしゃるには、とても独創的なターンを入れてくるので初見ではびっくりすると」
「独創的……ちゃんとアイーダから教えてもらって、最近は大股で踊らないように気を付けています!」
レナートが口元に手をあて、何かを考えるように眉をひそめている。それに気付いたライモンドと私が黙ると、レナートがちらりとこちらを睨んだ。
「プラチドと踊ったのか……」
「気になるのそこですか!?」
ライモンドが呆れながらも「この後少しだけ時間取りますから、お二人で練習してきてください」と言って部屋を出て行った。
王子様のレナートはデビュタントの令嬢たちのお相手を務めることも多く、エスコートに慣れていたので、一度合わせるだけで私たちは上手に踊ることができた。ダンスの講師からもお墨付きを頂き、ライモンドを安心させた。
夜会当日、私はレナートから贈っていただいたドレスをアメーティス公爵家の侍女に着付けしてもらった。髪型もドレスに合わせて華やかに結ってもらい、私は馬車の中で浮かれていた。
ワクワクしながら窓の外を見ていたが、ふと、窓に映るアイーダと目が合った。
「アイーダ、今日もとっても素敵ね」
「ありがとう。ミミもとても美しいわ」
にっこりとほほ笑むアイーダは、オフショルダーのドレスがとても良く似合っていた。華奢な鎖骨が見えていて、アップにした髪型と相まってとても艶やかだ。私の目の前には、髪の一本ですら一分の隙も無い淑女が腰かけている。
それに比べ窓に映った私は、派手な髪型に大ぶりな花の飾りが付いたドレスを着ていて見るからに健康そうだ。鍛えられた二の腕を隠すための七分袖の繊細なレースだけが唯一上品さをアピールしている。
ウェディングドレスを着るまでには、二の腕を細くするんだから! 待ってて、レナート!
向かいの席で女神が口を押さえてくすくす笑っている。また聞こえちゃったようだ。
王城に到着すると、すぐに王族用の控室に通された。
アイーダの向かいのソファに腰掛け、高級な菓子に目を止めることなく背筋を伸ばした。見ちゃダメ、苦手なコルセットしてるんだから、お腹が苦しくなっちゃう。
正式な手続きはこれからだけれど、今夜からは王太子の婚約者として扱われるのだ。反対する声が上がることは間違いないが、少しでもその声が小さい物であるように、自分のできる限りのことはしなければならない。一生懸命淑女教育をしてくれた講師やアイーダの為にも。
「ミミ、少し頂いたら」
私のやせ我慢を見抜いたアイーダが侍女に目配せをした。すぐに紅茶を用意した侍女がやって来る。上品な手つきでいくつかお菓子を皿に取り、私の前に置いてくれた。
「ありがとう」
「足りなければお言いつけ下さい」
侍女は優しい笑顔で下がって行った。せっかく用意してくれたのだから食べなければ、でもコルセットが、と、悩む私をよそに、アイーダは静かに紅茶に手を伸ばした。が、すぐにその手が止まった。扉が開く気配がして、侍女が先に出迎えに行った。
「レナート殿下とプラチド殿下がいらっしゃいました」
私とアイーダは同時に立ち上がり、二人を待った。
開けられた扉から入って来た二人は、王族の盛装が良く似合っていた。壁際にいた騎士や侍女が頭を下げ、私とアイーダも礼をする。レナートがそれをすぐに手で制した。
「ここは控室だから、そんなに畏まらなくていい」
レナートはそのまま立ち止まることなく私の隣にやって来た。侍女にお茶を持ってくるように頼んだプラチドは、当然アイーダの隣に座った。
「とてもよく似合っている」
レナートが私の反応を楽しむかのように、真正面から褒めてきた。あわあわと声が出ない私をかばうように侍女が持ってきた紅茶に視線を移したレナートが、皿に盛られたお菓子に気付いた。それを一つ手に取り、迷うことなく私の口に持ってきた。
「食べる暇などないだろうから、今のうちに食べておくと良い」
「え、あの、でも」
戸惑う私の口にひょいひょいとお菓子を放り投げるレナートと、反射的に全部受けて止めてしまう私。プラチドがその様子をまるでサーカスでも見るかのように目をキラキラさせて見ている。
「レナート殿下、口紅が落ちてしまいます」
見かねたアイーダがレナートを止めてくれ、レナートがここ最近で一番の笑顔を見せた。めずらしいレナートの笑顔に、侍女たちが息を呑んだ。
アイーダが呼んだ侍女がすぐに化粧を直し、私はより窮屈になったお腹をさすった。
実はアイーダもレナートを止めることのできる有能な一人。
活動報告に、お正月小話を載せました。
コンビニで「マルちゃん 白い力もちうどん」を見た時に、皆さんの心がほっこりしますように・・・




