ルビーニ王国へ 2
明日も更新します。隙間時間に読んでいただけると嬉しいです。
大通りから一本中通りに入ると、歩道は古いままで何度も修復された跡がありガタガタと起伏が激しかった。店の数は一気に少なくなるが、温かい橙色の街灯がたくさん照らされているので寂しい感じはしない。
やはり大通りに比べてぐっと人通りが少なくなったので、私はわざとらしくレナートの腕にしがみつくように手をまわした。暗がりに連れ込まれて誘拐なんてされたら大変だ。もちろん、レナートが、だ。
私の心配を知ってか知らずか、レナートはとても嬉しそうにしている。そんな顔をされると、私も悪い気は……しない。
「あら、これは何のお店かしら」
「煙管とタバコの店……かな」
ショーウィンドウに飾られた精巧な細工の施された煙管に見入っていると、店の中の明かりがやたらと揺れているのに気が付いた。カウンター越しに店主と客らしき男が口論をしている。豊かな顎髭を蓄えた店主の胸元を客が掴み上げ、今にも殴りかかろうとしている。ちらりと後ろを見ると、護衛の騎士の一人と目が合った。ライモンドがしぶしぶ頷くと、騎士は店の中に慎重に入って行き、仲裁を始めた。
どんどん減っていき、残り一人になってしまった護衛騎士。立て続けに起きる揉め事。いやな予感のする私とライモンドは、一度大通りに戻り近くの広場で休憩することにした。
広場にはたくさんの露店が並び、そこには簡易なテーブルとベンチが用意されており座って食べることができるようになっていた。レナートと私が同じテーブルに座り、ライモンドがその後ろのテーブルに座った。気を利かせた騎士が、露店に向かった。
「殿下はこうして露店で買った物を食べたことはあるのですか?」
「ああ、数えるほどだが、食べたことはある」
「へえ、何を」
「遅れてしまって申し訳ありません」
置き引きを追った騎士がやっと戻ってきた。しかし、その隣には険しい表情の警備隊員が立っていた。置き引きを捕まえ、事情聴取を受けたが、身分を明らかにすることのできない騎士が今度は逆に疑われてしまったらしい。ホイホイと王太子がここにいることを喋らないとは、なかなか口の堅い騎士だ。
ライモンドがこちらをチラチラと見ながら、警備隊と騎士を連れて人の少ない辺りに向かった。レナートのことは任せろ、とばかりに私はライモンドに頷いた。
「歩き疲れてしまったのではないか? 大丈夫か?」
か弱い女性扱いしてくれるレナートの優しさに、私はいつも心が震える。ルビーニ王国に来て良かった、と思わされる。
大丈夫です、と即答してすぐに後悔した。ここは、疲れちゃったぁ、と甘える場面だったんじゃあ?
テーブルに頭をがんがんぶつける私の髪をレナートがくるくると指に巻いて遊んでいる。露店で両手に袋を下げた騎士が戻ってきて、その美味しそうな香りに私は顔を上げた。
「わあ、これは何ですか?」
「イカ焼きです」
「いかやき?」
「ミミはイカを知らないのか?」
「ムーロ王国は海がないので、あまり海産物は食べたことないんです。絵本では見たことがありますが……形が違いますね」
レナートと騎士がびっくりした顔で私を見た。絵本で見たイカは白く、平べったくて頭の三角が大きく、胴体についた大きな目をぎょろりとさせていたが、騎士の持ってきたイカ焼きは、表面が紫色で体がぷっくりと膨れていた。
「胴体に目がないわ」
「なかなか恐ろしいことを言う」
騎士がまず一口食べて毒見して見せた。一切れ串に刺して口に放り込めば、香ばしい香りと柔らかい歯ごたえに手が止まらない。焦げたたれが良くしみこんでいて、私は初めて食べたイカに舌鼓を打った。
いつの間にか用意していたハンカチで、レナートがたれまみれの私の口をぬぐってくれる。いつかは鼻水を拭いてくれたこともあった。おわびにいつか、ハンカチをプレゼントしなければ、と思った。
「時間がかかっていますね、ちょっと様子を見てきます。ここから動かないでくださいね」
騎士はそう言ってライモンドの方へ行ってしまった。私とレナートは二人大人しくイカをつついていた。が、やはり慣れないせいか、いつの間にか私の手にたれがべったりと付いていた。
「ハンカチを濡らしてこよう。ここで待っていて」
「いえ、自分で行きますから」
「疲れてるんだから座っているといい」
レナートはすばやく立ち上がり、水飲み場の方へ歩いて行ってしまった。水飲み場はすぐそこで、何かあってもすぐに駆け付けることができるので、まあいいか、と私は座ったままでいた。
レナートが絡まれないかばかり気にしていたので、自分の前に誰かが立っていることなど気付かなかった。人の気配がして振り向けば、そこにはいかにも平民といった風の洒落た服装の青年が立っていた。
レナートもこうやって着崩せば、ちょっとは高貴なオーラを消すことができるのではないだろうか。私はつい、じっくりと青年を観察してしまった。
「お嬢さん、一人? 良かったら一緒に遊びに行かない?」
「え?」
あら、知り合いだったしら。そう思ってじっと顔を見たが、全く見覚えがない。
「えっ、もしかして、これがかの有名なナンパ……!!」
「……今までよっぽどモテなかったんだね……」
青年は哀れんだ顔をした後、あからさまに肩をびくつかせて驚いた。どうしたのだろう、と首を傾げたら、背後に笑顔のレナートが立っていた。
「すみません! 連れの方がいたんですねー!!」
青年は飛び上がるようにして逃げて行った。レナートは何もなかったかのように隣に座り、濡れたハンカチで私の手を拭き始めた。
「殿下、また気配もさせずに背後に。彼に一体何をしたんですか」
「何も?」
そう言って私にだけ見せる優しい笑顔が、いつになく恐ろしく見えた。これが王者、いや、覇者の風格……。
もしかして、レナートは私たちが守らなくても一人で何とかできるんじゃないか? と思い始めた頃、疲れた様子のライモンドたちが戻ってきた。
「正直、マリーア様がいてくれて良かったと言うか、相乗効果と言うか……ここまで巻き込まれるとは」
ライモンドが何かぶつぶつとつぶやいているが、よく聞こえなかった。
街歩きも楽しんだので(主にレナートが)、私たちはそろそろ宿に戻ることにした。なるべく明るく治安の良さそうな道を選び、私はしっかりレナートの隣を歩いて周りに目を光らせている。
「ライモンド、この街だが」
「はい」
「賑わっている分、好ましくない人々も増えたようだな。この地区の治安についてどういう対策をしているのか、領主に確認しておくように」
「は」
ライモンドがすぐに手帳にメモをした。自然と騎士たちの背筋が伸びる。
「気付いてらっしゃったんですね」
「そりゃあね」
「その割には、平然としてましたけど」
私が訊ねると、レナートはすっと目を細め王太子用の笑顔を見せた。
「どんな者であろうとも、私の大切な国民だからね」
私は思わずぎゅっとレナートの腕に縋り付いた。一生付いて行きます、王太子様! 私を含めお付きの者たちがレナートにメロメロになった。
「まあ、他国民だったら容赦しないけど」
「オゥ……」
すぐに眉間のしわを消したレナートは、さっそうと歩き始めた。
―――パチン!
激しく弾ける音がして、私はとっさに飛んできた何かを左手で掴んだ。
「あっつぅぅ!!」
淑女としてあり得ない叫び声を上げながら手を振ると、地面に焼き栗が転がり落ちた。
露店の焼き栗が弾けて飛んできたのだ。
「殿下に当たらなくて良かった……」
「何言ってるんだ、すぐに冷やさないと」
レナートはすぐに私の手を取った。慌てて駆けてきた焼き栗屋の店主が冷えたタオルと氷を持ってきて手当してくれた。
私も言えた義理ではないが、レナートってトラブルを引き寄せすぎではないだろうか……。
もしかしたら声に出ていたのかもしれない。ライモンドたちが非常に気まずそうな表情をしている。先が思いやられる、皆の額にそう書いてあるようだった。
この先、私と一緒にいてレナートは無事でいられるのだろうか。アイーダのような大人しい令嬢を選んだ方が、平穏な日々を送れたのではないだろうか。
私は柄にもなく少しだけ弱気になってしまった。
「ミミ、大丈夫か。痛みはないか」
「すぐに冷やしてもらったから、この通り平気です」
レナートが何度も確かめるように私の手を凝視している。その真剣な表情に、私はぎゅっと胸が締め付けられた。何だろう、この感情は。何かを口にしなければならないのに、言葉が出てこない。
「ミミ?」
見上げると、すぐ近くに心配そうな瞳のレナートがいた。
「大丈夫です。これからも、私が殿下を守りますからね」
私がそう言うと、レナートは一度瞬いた後、とても嬉しそうに微笑んだ。
「それは頼もしいな」
あまりにも麗しいレナートの笑顔に、周りの騎士たちも、俺も! 私もです! と続き、レナートはさらに嬉しそうにしていた。
「ほら、大丈夫なら、もう帰りますよ」
人差し指で眼鏡を上げながら、ライモンドがそう言い、私たちはゆっくりと歩き始めた。
宿の従業員は今か今かとレナートの帰りを待っていたようで、遅い時間なのに入り口に並んで出迎えてくれた。焼き栗屋の店主からもらったお詫びの焼き栗を従業員たちに配った後、私たちは自室に戻り、すぐに泥の様に眠った。
たくさんのブックマーク、評価、感想ありがとうございました。
大変励みになりました。来年もまた(コメディだろうけど)頑張って書きます!
来年もよろしくお願いいたします!
皆様良いお年を!




