ルビーニ王国へ 1
年越し寒波こわいですね。皆さまお気を付けください。
「今夜は次の街で宿を取っている。小さな街だが、遅くまでやっている店が多いから、夕食ついでに少し見て行こう。ミミは王都以外のルビーニ王国を知らないだろう」
「わあ、いいんですか」
「ああ、到着が遅いから多くは回れないが」
「見るだけで充分です。ありがとうございます」
小さなムーロ王国から来た私の為に、少しだけ街を歩かせてくれるらしい。
そういえばルビーニ王国に来てからは、アイーダの後にひっついてひたすら大人しくしていただけだったから、あまり街を見て歩いたことはなかった。第一王子の婚約者だったアイーダはお忍びで街に出ることはほとんどなかったのだ。
私は自国とは比べものにならない大きさの都会の街を歩くことにとてもわくわくした。休まずに駆けつけてくれたレナートは疲れているだろうに、私のことを考えてくれるなんて、やっぱりレナートはいい人だと思う。
街に到着したのは通りの街灯が灯るころだった。
大切に何度も補修され昔の面影を残した街並みは、古いけれど人の温かみを感じた。王都とは違って小さな窓のたくさんついた建物がぎゅうぎゅうにならび、その独特の色をしたレンガ造りの外装が異国を思わせた。
「わあ、やっぱりムーロ王国とは全然違いますね!」
私が馬車の窓に張り付いて言うと、レナートも同じ窓から外を見た。
「ここは建国の頃からある歴史ある街で、領主があまり街並みに変化を加えすぎないようにうまく保護しながら治めているんだ。だから流行によりいつも変化していく王都とは違って、昔のルビーニ王国を感じる場所として観光にも力を入れている」
「へえ、だから遅くまでお店がやっているんですね」
「その分観光客値段だがな」
「王子様も値段とか気にするんですね」
「物価というものを知っておかねば」
私が驚いて振り向くと、レナートも驚いたような顔をしていた。王家の人は湯水のように散財するものかと思っていたが、違ったのか。そういえばバルトロメイはそれほど着飾ってはいなかったな。
「ロバ乗ってるくらいだし」
「誰が?」
レナートとライモンドがきょとんとした。
「うちの国の王太子様が、ロバに乗って我が家に遊びに来てました」
「ロバって、ロバ?」
「民と会話がしやすいからって、一時間の道のりを三時間かけて来てました」
「なるほど……」
「殿下はだめですよ、国の規模が違うんですからね!」
ライモンドが再び身を乗り出して言い、それをレナートが笑って手で制していた。でも私はレナートならやりかねない、と少しだけ疑っている。
「ムーロ王国は……バルトロメイ殿下だったかな。私より少し年上の、穏やかな方だったね」
「はい。二番目の姉の夫です」
「そうだった! そうか、では公爵も私とミミの婚約にあれほど驚かなくても良かったのではないかな」
「え、うちの父が何かしたんですか?」
「王家の名を騙る詐欺師が書簡を送ってきた、と我が国に申し出がありました。なかなか信じてもらえなかったので、書記官から外務大臣まで果ては占い師まで派遣して説得しました」
「どこの国も最後は占い師に頼るんですか」
「いえ、最終的にはうちの騎士団長と公爵の一騎打ちがあったそうで。私にはよくわかりませんが、拳を交えればわかり合えるとかで、仲良くなったそうですよ」
なんだそれ、何やってんの。だから騎士団長がしつこく騎士団に誘ってくるのか。
馬車は大通りのひと際目立つ大きな宿に到着した。さすが王太子が泊まるだけあって、一番上の階を全て貸し切っていた。豪華な特別室がレナート、その両隣がライモンドと私だった。
部屋で一息ついた後、お忍びだと言うので一番簡素なワンピースを着て部屋を出た。平民の服装の護衛の騎士と一緒に廊下で待っていると、レナートの部屋の扉が開き、品の良すぎる平民の服装をしたライモンドが出てきた。似合いませんね、と笑っていると、彼は不機嫌そうに親指で後ろを指さした。
続いてゆっくりと部屋から出てきたレナートは、同じく品の良すぎる平民の服を着ていたが、全身から溢れ出す王子様オーラが全く消せていなかった。そう、全くだ。完全に高位貴族のお忍びなのがバレバレだった。
「わかりやすすぎて、逆に王太子のお忍びとは決して気付かれない、という高度な変装ですか!?」
私が呆然として言うと、ライモンドがずり下がった眼鏡を上げながら肩を落とす。
「殿下は自分の変装は完璧だと思い込んでいるので、合わせてあげてください」
「もっとこう、他に地味な服はなかったのですか」
「以前、使い古された平民の服を用意したのですが、違和感しかなく、余計に目立ってしまったのです。これが限界です。私たちは少し離れた所から付いて行きますので、マリーア様は決して殿下から離れないでください」
「分かりました。殿下を必ず守ります」
「敵を威嚇するだけで結構ですからね。人前で殴る蹴るは止めてくださいよ」
「極力」
「絶・対・に」
身を寄せ合って小声で話す私とライモンドに、レナートが訝しむような視線を投げてくる。
「殿下、時間がありませんのでさっそく出発しましょう」
「ああ」
それでもやっぱり、いつもとは違う地味な服装が嬉しいらしく、レナートは柔らかい笑顔で頷いた。宿の人たちに見送られながら外に出ると、レナートのすらりとした立ち姿に通りすがりの人たちが目を止めた。見られ慣れているレナートはその視線に気付くことなく、歩き出す。少し先を変装した騎士が先導しているので、彼に付いて行っているだけなのだが、レナートは時折足を止めて立ち並ぶ店のショーウィンドウに見入っている。
「お店に入りましょうか?」
私がそう言うと、レナートは慌てたように首を振った。もしかして私のためではなく、レナートのためのお出かけなのでは、という気がしてきた。
「普段は商人が城に持ってくる物を見るだけだから、こうして万人が同じ場所で同じ条件で同じ物を見ているという事が面白いと思うのだ。人々はこれを見てどう思うのだろうか、と考えることが楽しい」
確かに自分の為に選ばれた物しか見せてもらえない日々を送っていたら、自ら考えることができなくなってしまうかもしれない。他人の気持ちを推し量ることを忘れない事は王として是か非かわからないが、こういう所がレナートの慕われるところだと思う。
「ミミ、どこか寄りたい店があれば、わぁっ!」
「見てください、殿下!」
レナートの腕をぐいっと引っ張って、無理やり体の向きを変えた。柄の悪い男たちが、今にも絡んで来ようとこちらの様子を窺っていたのだ。絶対に目を合わせてはいけない人たちだ。
「あら、熊かと思ったら手芸屋のおじさんでしたわ。おほほほほ」
「はは、確かに似ているけれど、あれは人間だな」
レナートが後ろを向いている隙に、私と騎士たちで男たちに全力の殺気を送る。威圧された男たちが怯みながら人込みに姿を消した。
数歩歩いただけでこれだなんて、先が思いやられる。今までのライモンドたちの苦労が偲ばれた。その後もうまくレナートの視線をそらしながら、予約したレストランに辿り着いた時には、私たちは息切れしていた。レストランは特別個室なので、やっと気を抜くことができる。
王太子に毒見無しの物を食べさせるわけがなく、席に座ると用意済みだった食事が次々と運ばれてきた。王族の選ぶ店の食事はやはりとても美味しく、昼にたくさん運動した私は出された皿を全て平らげた。給仕の男性の表情が少し引き攣っていて、食べ過ぎた、と気付いたのはデザートに差し掛かった頃だった。
「ミミ、何か欲しい物はないか?」
「えっと、じゃあ、その苺を」
「どうぞ」
レナートは自分のケーキに乗った大きな苺を躊躇なく私の皿に載せてくれた。まさかケーキに一つしかない苺をくれる人がこの世にいるなんて。
「そうではなくて、どこかに寄って買い物をしようか、と言っているんだ」
「ええと、アイーダとプラチド殿下にお土産も持ってきたし……。普段は殿下は高くて良いお店ばかり行ってらっしゃるんでしょう。でしたら、殿下の入ったことのないようなお店に行ってみましょうか」
「そうか、では、安くておかしな店に行ってみよう」
「そんな店、興味しかない」
レナートのお忍びを成功させる会、会員一同は、絡まれそうになったりぼったくられそうになったレナートをさり気なくかばいつつ、見慣れない街の景色を楽しんだ。
見上げる空は真っ暗なのに、街はそこかしこに煌々と街灯が灯され、一向に閉店の様子の無い店が大通り沿いに並んでいる。まるで昼間のような明るさと人の多さに、私は時間を忘れそうになってしまった。
「置き引きだ! 捕まえてくれ!」
大きな物が倒れる音と、叫び声。
人込みを強引に掻き分け、何かを脇に抱えながら走って逃げる男が見えた。私たちの後方にいた騎士の一人がすぐに走り出した。見てしまった以上、無視するわけにはいかないのだろう。
ふたりをたまにはゆっくりデートさせてあげたい回です。