ナヴァーロ村へ 7
賊は全員捕縛され、近隣の街から駆け付けた騎士たちによって、王都の牢へと移送された。活躍した村人たちは、初めて見る王太子に瞳をきらきらさせながら村へ戻って行った。
残った私たちはナルディ伯爵の屋敷の応接間に通され、簡易な食事とお茶で一息ついた。
大きなソファにはレナートと私が座り、その横の一人掛けのソファにはライモンドが座った。向かいのソファにウーゴとヴェロニカが寄り添って座っている。目の前にレナートがいることにひどく緊張したヴェロニカの震える手を、ウーゴがしっかりと握っている。
「この度は、本当にありがとうございました。そして、このような騒ぎを起こしてしまい、大変申し訳ございません」
ウーゴがソファを下り、膝をついて謝罪した。眉間にしわを寄せ冷静な表情をしたレナートが視線だけでそれを制す。びくりと肩を揺らし、おそるおそるソファに戻ったウーゴは、うなだれるように膝に手をついてうつむいた。
エッラから守るためとは言え誘拐騒ぎを起こしたこと、父親の不在中に賊の侵入を防ぐことができなかったこと。彼の責任は非常に重い。
「ウーゴひとりのせいではありません。私も、何もせずにただ守られていただけで……」
ヴェロニカが震える声を上げるが、途中で言葉が詰まってしまう。ただの村娘である彼女が直接レナートに声をかけることなど、普通だったら許されることではない。しかもレナートはいつも通りの厳しい表情をしている。私たちの後ろにはゴッフレードが控え、離れているとは言え壁際にはレナートの護衛騎士が並んでいる。気圧されてしまうのは当然のことだ。
青い顔をして固まってしまったヴェロニカを落ち着かせるように、レナートが軽く右手を上げた。
「騒ぎを起こしたのは事情があってのことだったのだろう。実際には誘拐されていなかったのだから無事でなによりだ。しかし、私の騎士が多数動いてしまったことは事実だな」
レナートの一言に、再び室内に緊張が走った。真っ青になったウーゴはもう倒れる寸前だ。レナートがすっと目配せをすると、ライモンドが心得たとばかりにうなずいた。
「殿下。それもそうなのですが、むしろ、マリーア様がナルディ伯爵の屋敷に不法侵入した件を先に謝罪すべきかと」
「ふほっ……、ちょちょちょ、ちょっと待って、ライモンド様」
「うむ、確かにそうだな。どうしたものか」
レナートが腕を組んで更に厳しい表情になった。私はあわててレナートの腕にすがりついた。
「うわーん、ごめんなさい、もう勝手に他人のお家に踏み込んだりしませんから!」
「いや、しかし、ミミは武器を持っていたと言うし」
「あれは護身用です! 今度から気を付けます!」
「だからと言ってやったことがなくなるわけではない」
「殿下ぁー! 何でもするから許して下さいーー!」
「ほう、何でも……。ライモンド、記録したか」
「は」
先ほどまでとは打って変わって雰囲気の柔らかくなったレナートに、ウーゴとヴェロニカが瞬いた後、二人で顔を見合わせて楽しそうにくすりと笑った。ヴェロニカに肘をつつかれてウーゴがおそるおそる口を開いた。
「不法侵入なんてありません。きっと最近思い違いをするようになった祖母が、玄関と間違えて窓からマリーア様を招いてしまったのでしょう。マリーア様には賊に立ち向かう勇気を頂きました。感謝こそすれ謝罪などとんでもありません」
「ウーゴ様ぁ、ありがとう」
レナートが足を組み、ソファの背もたれに背を預けて口の端を上げた。
「そうか、不法侵入は不問にしてくれるというのか。では、こちらも騒動を起こした責任については深く問わないことにしよう」
「良かったですねえ、マリーア様」
ライモンドの全く感情のこもっていない言葉に私は首を傾げた。何かおかしい気がする。
「え、あれ? 私だけ罰を受けてますよね!?」
「王族に滅多な事を言うと足元見られるって勉強になりましたね。殿下の機嫌が良くなったんだから、いいじゃないですか」
「謀ったわね! ライモンド様!」
ライモンドをがくがくと揺する私をゴッフレードが止めた。伯爵家の従僕がわざわざ淹れ直してくれたお茶を飲んで何とか落ち着いた私は、言わなければならない事を思い出した。
「ヴェロニカさんとウーゴ様は、愛し合っているのに引き裂かれようとしているのよ。殿下、何とかならないですか」
既に普段の冷たい表情に戻っていたレナートはちらりと私を見たが、とても優しい手つきで私の手をぽん、と一度叩いた。
「貴族の結婚に私が口を挟むことはない」
レナートの言葉に、ウーゴとヴェロニカが口を引き結ぶ。そこを何とか、と言いかけたが、私もぐっと口を閉じた。どうしようもないもどかしさに泣きたくなってしまった。
「しかし、結論から言うと、ヴェゼンティーニ伯爵令嬢との縁談はなくなるだろう」
「えっ?」
ウーゴがすがるような目で顔を上げた。レナートが黙ると、ライモンドが手帳を取り出し淡々と話し始めた。
「ヴェゼンティーニ伯爵は現在、王城に軟禁されています。先ほど捕らえた賊との関係はすぐに明らかになるでしょうから、そのまま拘留となるはずです」
「伯爵は……一体、何を」
ウーゴは本当に何も知らないのだろう。大きく見開いた瞳が不安げに揺れている。その様子をじっと見た後、ライモンドが再び口を開いた。
「時系列的に説明いたしますと、まず我々は、違法薬物の材料となる物質が我が国から他国へと流れているとの情報を得ました。物質だけの流出でしたので、それがどこから生成されたものなのかを調べるところから始めなければならなく、時間がかかってしまいました。どうやら臭いのきつい香辛料から取れる成分という結果から、ナヴァーロ村の作物が候補に上がったのですが、小さな村だけに間諜を送って探ることもできない」
ヴェロニカがはっとしたように口を押さえた。まさか自分の村の作物が違法薬物の材料となっているだなんて、思ってもみなかっただろう。ウーゴもその話に驚いているが、しっかりとヴェロニカの肩を抱いて支えている。
「ちょうどそこに、ナヴァーロ村の村長の娘が誘拐され、近隣では賊が多発しているとの報告が上がってきました」
「それでわざわざ王太子様が」
ウーゴが青い顔をさらに青くして目元を手で押さえた。今度はヴェロニカがウーゴの背中をさすってなぐさめている。
「いや、ほんとは来なくても良かったんですけど、あわよくばマリーア様に会いたいって言って」
「まだ自由に動ける身の内に、できるだけ国で起きている出来事は自分の目で見ておきたい」
レナートがライモンドの言葉を遮るように言った。王太子の声は余計なことは聞こえなくさせる作用があるのか、ウーゴとヴェロニカが憧憬の眼差しでレナートを見つめている。
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