ナヴァーロ村へ 5
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活動報告に、ミミのクリスマス小話を載せました。300字程度なので、あとでチラッとご覧くだされ!
私が横を見上げると、ゴッフレードがじろりとまた私を睨んだ。面倒ごとはごめんですよ、目がそう言っている。
倉庫の前には荷馬車が横付けされ、男たちが縄でくくられた作物を乱暴に運んでいた。
「お前たち、何をしている! 今日はもうそのまま帰れと言ったはずだ」
「ウーゴ様、せっかく来たのに帰れだなんて、ひどいじゃないですか」
黒髪の人相の悪い男がにやつきながらウーゴに近づいて来る。態度も体格も、ウーゴにはとうてい敵いそうもない大きさだった。
「これでは香辛料の材料がなくなってしまう」
「いいじゃねえか、それ以上の値で買うって言ってんだから」
二人がやり取りをしている間も、他の男たちがどんどん荷馬車に作物を積んでいく。
私をかばうようにゴッフレードが前に立っているため、彼の腕の隙間から無理やり様子を窺った。
「あ、やっぱり」
荷を積む男たちの中に、先日の賊がいた。やはり、彼らはこの屋敷から荷を積んでそのついでに貴族の馬車を襲っていたのだ。最近急に賊が出るようになった、という話も辻褄が合う。
「あいつらですね。どうします? お嬢様」
マッキオが小声で相談してくる。なるべくなら何もせずに帰ってもらいたいところではあるが、素直に話を聞いてくれるような相手でもない。どうしたものか、と思っていたら、あちらの方から私たちに気が付いた。
「頭領! そいつら、この間の邪魔した奴らだ!」
「なんであいつがここに!」
叫ぶ仲間の声に、ウーゴの前にいた頭領と呼ばれる男がこちらを睨んだ。
「ウーゴ様、そいつら最近この辺りで出る盗賊よ」
私がゴッフレードの腕の間から顔だけ出してそう言うと、ウーゴがとても驚いた顔で振り向いた。
彼だって本当は勘付いていたに違いない。急に現れた柄の悪い商人、そして賊。排除したいけれど、王都に大邸宅を持つ裕福な貴族とこの貧しい村を治める田舎の貴族では、同じ伯爵家でも格が違う。何しろ相手はさほど使い道のない作物を高額で買い取ってくれるのだ。領の今後のことを考えれば、多少のことにも目をつむりたくもなるだろう。村長が全く姿を現さないのだって、村の将来と娘の幸せを天秤で測ることができなくて悩んでいるからに違いない。
「おい、こいつか。例の頭のおかしい女って」
「失礼ね! あんたたち私のことどういう風にこいつに伝えたのよ!」
ゴッフレードを押しのけて前に出ると、頭領がぐい、と一歩私に近付いた。
「気の強い女だ」
「貴族の馬車を襲った後は、倉庫から堂々と強盗かしら」
じりじりと睨み合う私の腕を、ゴッフレードが引っ張る。無理やり私たちの間に入ったゴッフレードが、胸を張って頭領を見下ろした。
「とりあえず積んだ作物を全て下ろしてください。そうすれば今日は見逃します」
「何言ってるんだ、お前。こっちは何人いると思ってるんだ」
「何人かしら」
ひとりひとり人数を数えている私の指を、マッキオが握って止めた。
「お嬢様、クイズじゃないです」
「この家の兵士たちはヴェゼンティーニ伯爵に逆らえないだろうから、私たち3人で何とかできるかしら、って思ったのよ」
「俺とゴッフレードで十分ですから、お嬢様はここで見ていて下さい」
「できればそうしてほしいわ」
この屋敷の兵士たちには、おなら疑惑もあるし禁断のすり足も見られているし、これ以上の醜態を晒すわけにはいかない。こういう話は、どこからレナートに漏れるかわからないのだ。
私は先ほどのウーゴとヴェロニカの寄り添う姿を思い出す。あれが愛し合う男女の真の姿だ。今の所、私とレナートにはそんな雰囲気はなく、むしろ私がレナートを背にかばって守っているようなイメージすらある。いくらレナートが喜ぶからと言って、いつまでもこんな状態ではいけない。私もそろそろ守られる側になりたいのだ。
私たちの話を聞いていたウーゴが、悔しそうに口を歪ませてうつむいた。
もしここでこの賊を追い返してしまえば、ヴェゼンティーニ伯爵から手を引かれてしまうかもしれない。場合によっては香辛料の販売にも妨害をされる可能性だってある。自分たちだけではない、村人たちにだって影響がある話だ。
「わかる、わかるわよ。だからこそ、私たちがこの人たちをやっつけるから、大丈夫よ」
私はばしばしとウーゴの肩を叩いた。
「マリーア様、しかし」
「あなたとヴェロニカさんには幸せになってほしいの。だって、あなたたちは私の理想なのよ」
思わず全力で肩を叩いてしまったので、ウーゴはふらりとよろめいたが、すぐにハッとして立ち上がった。顔を上げて私を見た時には、先ほどまで不安げにしていた瞳はしっかりと前を見据えた強い光を伴っていた。
ウーゴはくるりと身を翻すと、頭領に正面から向かい合ってはっきりと言った。
「やはり帰ってくれ。もうあなたたちとは取引はしない。荷は全て置いていけ」
「今更そんなことができるわけがないだろう。あんな香辛料だけじゃ、この先村はつぶれちまうぞ」
「新しい取引先や作物の使い道は、私がこれから開拓する。もう、帰ってくれ」
「へえ、あんたそんなこと、勝手に言っていいの?」
頭領がにやにやしながらウーゴを見下ろす。
ゴッフレードが間に入ろうとしたその時、ガランゴロン、と鉄のぶつかる音がして、背後から村人たちが一斉に荷馬車に向かって走り出した。
「俺たちの作物を返せー!」
「お前たちなんかには渡さねえぞー!」
「そったら汚っねぇ手で触るんでねぇどー!」
フライパンを持った村人が賊に襲いかかり、作物を引っ張り合った。頭領は舌打ちをしながら、荷馬車の方に向かい村人たちを突き飛ばす。
屋敷の兵士たちも一瞬躊躇した後、走り出した。後方にいた数人を捕まえ、震えるヴェロニカを守らせた。私はゴッフレードたちと一緒に倉庫に向かって走った。
賊たちは腰に短剣を携えている。それを抜かれる前に、おさえこまなければならない。村人を人質にされたら、私たちも兵士たちも動けなくなってしまう。
マッキオが賊の首を掴んでぽい、ぽい、と放り投げていく。それをゴッフレードが片足で踏みつけた。
「危ないから、皆さんは後ろに下がって!」
私の声は全く届かず、村人たちは相変わらず賊と作物の引っ張り合いをしている。砂ぼこりが立ち始め、誰もが目を開けていられなくなったところで、賊の痩せた男が腰の刀を抜いた。
「お前ら、全員動くな!」
大きな鍋をかぶった村人の首に刀をあてながら、賊が叫んだ。
ち、とマッキオが小さく舌打ちをした。
「おい、お前ら、ありったけの草を積め!」
村人や兵士たちの相手をしていた賊が、地面に落ちた作物を拾い上げ、荷馬車に積んでいく。引っ張り合ったことで落ちてしまった作物も一本残らず拾って積んでいる。
よっぽどこの作物は高く売れるらしい。これは香辛料にするのではないだろう。もっと別のものに加工されるのだ。この賊が関わっているということは、きっと違法な物に違いない。
だったらもう少し手荒く捕まえたっていいだろう。むしろ逃がすわけにはいかない。
私はちらりとゴッフレードに目配せをした。ゴッフレードは小さく頷くと、その大きな体を揺らしてすばやく移動し、近くにいた頭領を捕まえその頭を脇に抱えた。
「頭領!」
私は一歩前に出た。村人を人質に取った賊が戸惑ったように後ずさりし、ちらりとマッキオの位置を確認している。あのゴッフレードがあんなにすばやく動けるのだ、マッキオが自分の所に飛び込んでくることを予想したのだろう。
「貴族が人質を取るなんて……!」
悔しそうに口を歪める賊に、私はにっこりとほほ笑んだ。
貴族が人質を取りましたよ、メリークリスマスイヴ!