ナヴァーロ村へ 4
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私たちは部屋を出て、オープンフロアの大きなソファに移動した。従僕が慣れた手付きで温かいお茶を淹れてくれた。ちなみに兵士は別室で丸刈りを介抱している。
「私と幼馴染のヴェロニカは、年明けにも婚約しようと思っていました。村長にも許可は取っていて……。それが、急にヴェゼンティーニ伯爵の娘のエッラとの婚約の話が持ち上がり……。私はヴェロニカと結婚する、と言ったら、エッラから彼女への嫌がらせが始まったんです。最近この辺りに賊が出るとの話ももしかして関係あるのかと、何とか兵を集めて彼女を屋敷で匿っていました」
ヴェロニカが悲しそうにうつむき、口に手をあてた。ウーゴは彼女の肩を優しくさすって慰める。
「うちの伯爵家では、ナヴァーロ村で取れる作物を加工して香辛料を作っています。しかし、最近になってヴェゼンティーニ伯爵がその作物をなぜか欲しがりまして。始めは少しだけだったのですが、今では大量に買い付けるようになり……。実際、香辛料を作るよりもずっと高い金額で買い取ってもらえるので、父は伯爵にあまり強く出ることができなくなり……」
「ふうん。よっぽどおいしい香辛料が作れるのね。あんなに臭いのに」
「あの作物をさらに高く買い取ってくれる客がいるようでして……。娘と私を結婚させ、あの作物をすべてヴェゼンティーニ伯爵家で取り扱うようにしたいようです」
確かに作物が高く買い取られれば、村の収入も増える。あの貧しそうな村のことを考えると、領主としてはヴェゼンティーニ伯爵をないがしろにするわけにもいかなかったのだろう。間に挟まれたナルディ伯爵と村長はきっととても悩んでいることだろう。
「その娘のエッラの嫌がらせからかばうために、ヴェロニカさんを監禁してたってこと?」
「監禁だなんて……。でも、そうですよね。私が黙って村を出てしまったから」
ヴェロニカが肩を揺らし目を潤ませた。これが可愛い女の子の仕草か。私は今後の参考にその姿を目に焼き付けた。私だったら嫌がらせに真っ先に迎え撃つ準備をしていたことだろう。
「父が王都に行っているうちに、私はもういっそのことヴェロニカを連れて逃げようと思っていたんです。しかし、ちょっとやっかいなことが起きてしまって、私はそちらにかかりきりになっていたもので、結果的にヴェロニカを閉じ込めたままになってしまいました」
「えっ、そそそそそれって、駆け落ちってやつ!?」
私は両手で頬を押さえ、がばっと立ち上がった。膝がテーブルに当たってカップがガチャン、と音を立てたので、壁際に控えていた従僕が顔を上げた。
「うわあああ、禁断の愛! 許されない恋! 愛し合う二人に迫りくる危機! 憧れるううう~~」
「あの、マリーア様?」
ヴェロニカが心配そうに私を見上げた。私は彼女の手を両手でしっかりと握り、その前に跪いた。
「えっ、マリーア様、そんなことおやめください!」
「ヴェロニカさん、私があなたたちを守るわ! 愛し合う二人を引き裂くだなんて、そんなことは許されない!」
私は握る手にぐっと力を込めた。ヴェロニカの青い瞳が揺れている。
「マリーア様……」
「そんな、しかし、どうやって。いくら王太子様の婚約者であっても、貴族間の政略結婚に口出しは」
「じゃあ、なあに、あなたヴェロニカさんを諦めるわけ?」
私がまっすぐにウーゴを見ると、彼は悔しそうに視線を逸らした。それを見ていたヴェロニカが、悲しそうに眉を下げたままほほ笑んだ。
「ウーゴ、あなたは貴族なのだから、私なんかに構っていてはいけないわ。ナルディ伯爵家の為、村の為にも、エッラ様と結婚したほうが」
「嫌だ! 私は君を諦めたりしない!」
「あああ、もうこの二人絶対応援する。どんな手を使ってでも応援する」
「ヴェロニカ、君が何と言おうとも、私はこんな政略結婚なんてしない」
「ウーゴ、でも」
「使いたくないけれど、レナート殿下に頼んで王太子の権力でどーん、と、ばーん、と、こう一発で」
「君無しの未来なんてあり得ないんだ」
「そんなこと、言わないで……ウーゴ」
「いや、殿下よりも先にライモンド様に話を通しておいた方が話が早いかもしれないわね」
「マリーア様、ちょっと黙っていてもらえませんか」
ウーゴがじろりとこちらを睨んで言った。私は肩をすくめて紅茶を飲み口を閉じた。
「ウーゴ、そんなこと言っちゃいけないわ。マリーア様は私たちのことを思って言ってくれているのよ」
「この人だって貴族だ。すぐに手のひらを返すに決まっている」
「ウーゴ、何てこと言うの」
ヴェロニカが立ち上がり、ウーゴの隣の席に移動した。並んだ二人は幼馴染なだけあって、雰囲気がよく似ていた。ヴェロニカに正面から見つめられ、ウーゴは頬を赤くしながら目を逸らした。
「マリーア様は、さっき、あなたがこの部屋に飛び込んで来た時に、前に立って私を守ろうとしてくれたのよ」
「……」
「それに、こんなに可憐な女性がひとりでここまで私を助けに来てくれたのよ。きっとたくさんの兵士がいてとても怖かったでしょうに……。ねえ、マリーア様を信用するにはこれで十分なのではないかしら」
ヴェロニカは笑顔で私に振り返った。先ほどまでの悲しそうな様子とは違い、日に焼けた肌も髪も健康そうで、笑ったら見える白い歯がとても魅力的だった。普段は明るく理知的な、村をまとめる村長の娘なのだろう。「いや、その人、兵士を倒して縛り上げてたけど……」と言う、ウーゴのつぶやきはヴェロニカには聞こえていなかった。
「どっちにしろ、玄関で村人が騒いでいるから、一度落ち着かせてあげてくれないかしら」
「えっ、皆が来ているのですか」
ヴェロニカがすぐに立ち上がった。
ウーゴを先頭にして私たちは階段を下りた。私が縛り上げた兵士たちは皆救出されていた。兵士たちは私から微妙な距離を置いて付いてくる。
「ヴェロニカちゃん!」
「無事だったか!」
ヴェロニカの姿が見えると、玄関で籠城していた村人たちが一斉に安堵したように床にへたり込んだ。一番後ろにいたゴッフレードとマッキオが疲れたように腰に手をあてて立っていた。
「みんな、心配かけてごめんなさい」
涙目で駆け寄るヴェロニカを、村人たちが優しく受け入れた。
「な、なぜ鍋を被っているんだ……?」
私の横でウーゴが首を傾げていた。ヴェロニカが驚かないところを見ると、村では見慣れた風景なのかもしれない。
「ウーゴ様……!」
「どうした」
屋敷の奥から番兵が慌てて走って来る。その様子に、騒がしかった村人たちも黙った。
「商人たちが、もう待てない、と言って勝手に作物を荷馬車に乗せ始めてしまいました」
「何だって! 今日は帰れと言ったはずなのに!」
目配せをすると、ゴッフレードとマッキオが私の隣までやってきた。これからさらにひと悶着ありそうだ。ここまで来たら乗りかかった舟だ。
「商人っていうのは、ヴェゼンティーニ伯爵が寄こした人たちなのかしら?」
「はい。初めはとても腰の低い親切な者たちが来ていたのですが、急にあいつらになってから横暴な振る舞いをしていくようになって。今日はとうとう倉庫にある作物を全てよこせ、と押し入ってきたのです」
「ふうん。それでさっきまであなたは不在にしてたってわけね」
「ヴェゼンティーニ伯爵に抗議する、と言って、今日はもう帰るように伝えたのですが」
「いいわ。行きましょう。うちの使用人も連れて行くから大丈夫よ」
ウーゴは私の隣にいる二人を見てちょっと驚いていたが、頷くと裏口の方へと歩き始めた。ヴェロニカも一緒に来たため、村人たちもぞろぞろとその後を付いてきて、かなりの大所帯で裏口から繋がる倉庫へ向かった。
「商人と名乗ってはいますが、柄の悪い奴らで。マリーア様たちは下がっていてください」
「私たちは大丈夫だから、ヴェロニカさんと村人をお願いね。何となく、その商人に見当はついているの」
「見当?」
「ええ、荷馬車を引いた柄の悪い商人たちでしょう。なあんとなく、知ってるような気がするわ」
ミミは口に食べ物が入っていれば、しゃべりません。