ナヴァーロ村へ 2
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そして、誤字報告助かってます。見直してるはずなのに~どうして~
「ウーゴ様は誰ともお会いにならない! 帰れ!!」
屋敷の門を守る番兵は全く聞く耳を持たずに私たちを追い返す。アンノヴァッツィ公爵の名前を出しても、そんな名前は聞いたことがない、と取り合ってもくれない。そりゃあそうだ。地方の平民は隣国の貴族の家名なんて知りようもない。せめて取次くらいしてくれれば、貴族の子息であるウーゴは私の名前を知っているはずなのに。
私はナルディ伯爵の屋敷を見上げた。
さほど広くはないが、4階建てのしっかりとした建物だ。無駄に贅沢をしている様子もなく、庭はきれいに整備されていて比較的まともな貴族の様だ。
「仕方がないわ、私が救出に行ってくるわ」
「えっ」
ゴッフレードがやっぱり、とものすごく嫌そうな顔をした。しかし、私が言い出したら聞かないのは分かっているのでそれ以上は何も言わない。のん気な村人に惑わされてしまいそうだが、女性の誘拐事件は時間に猶予なんてないのだ。
「娘の居場所も分からないのに、どうするつもりですか」
「こういう分かりやすい建物に監禁するんだったら、一番上の階の奥の部屋に決まっているわ。地下はなさそうだし」
あの大きな木に登れば二階のベランダに上れるだろう。換気の為か少しだけ窓の開いた部屋があるから、あそこから中に忍び込めそうだ。
「ゴッフレードと村の皆さんはここで大騒ぎして門番を引き付けていて。できれば玄関まで押し入って、屋敷の警備兵たちを1階に集めてちょうだい。マッキオは私と一緒に庭に行って、私がベランダに侵入する手伝いをして」
マッキオがすばやく庭へ視線を走らせ、侵入経路を探す。ため息をついたゴッフレードが村人を引きつれて、再び門番へ詰め寄って行った。
「行くわよ、マッキオ」
「はい。お嬢様、くれぐれも無理はせずに」
垣根に隠れるようにしてマッキオと二人で庭に侵入する。マッキオは筋肉の塊のような大きな体を巧妙に折りたたんで後を付いてくるので、壊れた人形が追いかけてくるようで気味が悪い。おかげで少しだけ冷静になった私は、慎重に二階のベランダの様子を確認した。ここから見る限りでは、部屋の中には人気がないように思える。
「この木から二階のベランダに移るわ。肩を貸してくれる?」
「はい」
木に手を付き、しゃがんだマッキオの肩に左足を載せた。私の手が一番下の枝に手が届くように、マッキオはゆっくりと立ち上がる。私は枝の根元に手をかけると、懸垂の要領でひょいと木に登った。枝の強度を確かめ、丈夫そうな枝に移動しながらベランダへ近付いた。下を見れば、マッキオがじっと私を見ていた。もし落ちたら受け止めるつもりなのだろう。
「……よっ、……っと」
無事ベランダの手すりに着地すると、マッキオがほっとした顔をした。すぐにベランダに下り、身を低くして窓から中を窺った。優しい色使いの家具が置かれ、ここは女性の部屋のようだ。やはり誰もいない。
ベランダから顔を出し、玄関を指さしてマッキオに合図をする。マッキオは小さく頷いた後、すっと姿を消した。すぐにゴッフレードたちに合流してくれるだろう。
私は添うように壁に体を付けて身を潜めた。指で髪を梳くようにして、4つの輪に指を通して髪飾りを右手に装着した。実はこの髪飾りの4つの輪は私の指のサイズに合わせて作られた、ナックルダスターという鉄製の武器だ。拳にはめれば打撃の威力を増すことができる。海を隔てた西の国、アメリケンという国ではメリケンサックと呼ばれているらしい。アンノヴァッツィ公爵家の女は自分だけのナックルダスターを持って一人前と見なされる。
門を守っていた番兵は帯剣していた。屋敷内にいる者も武器を持っている可能性が高い。けがをさせるつもりはないが、これを装着していればある程度の武器に対抗することができる。
拳の握り具合を確かめ、私はもう一度開いた窓から部屋の中を確認した。よし、誰もない。
体を横にして、するりと部屋の中へ忍び込んだ。一歩踏み出したところで、レースのカーテンの陰でロッキングチェアに揺られながらレース編みをする白髪のおばあさんと目が合った。
「こんにちはー!」
「はい、こんにちは」
元気よく手を上げて挨拶をすれば、おばあさんも笑顔で返してくれた。そのまま大きく腕を振って部屋を横切り、扉を開けて廊下に出る。バタン、と扉を閉めて息をついた。
びっくりしたーー! 全っ然、いたわ、人!
扉に背を付けて呼吸を整え、ふと横を見たら、目を見開いて私を凝視している従僕がいた。おばあさんにお茶を淹れた後だったのだろう、茶器の載ったワゴンを押している。
「だっ……、おまっ、どこからっ……!!」
従僕が叫ぶ前に、とん、と首筋に手刀を入れて意識を奪っておいた。村人が持って来ていた煮豚用のたこ糸をもらっていたので、とりあえず従僕の手足をしばって柱の影に隠した。どうしよう、こんなにすぐに見つかるとは。自分のことながら先が思いやられる。
すばやく廊下の様子を確認すると、階段は奥の部屋の扉の向こうにあるらしい。数は少ないが、人のいる気配はしている。なるべく乱暴なことはしたくない。場合によっては、どこかの部屋からベランダに出て外から壁を上った方がいいかもしれない。
足音を立てないように少しずつ進み、柱の影に隠れながら階段へ近付いた。折り返しになっている階段には3人の気配がある。そっと覗いて確認すると、全員同じ警備兵の制服を着ていた。ひとりは階下の踊り場、二人は階段を上っていく。踊り場の一人次第で、私の出方が変わる。
上っていく二人は途中の踊り場を過ぎ姿が見えなくなった。階下のひとりは動く様子がなかったので、階段まで進み手すりに身をひそめた。少しだけ顔を出して階下の一人を見た。痩せた若い兵士が、壁に背を付けて雑誌を読んでいる。口をもぐもぐさせているので、何かを食べながらサボっているのだろう。こいつは放っておいても大丈夫そうだ。
頭を下げて手すりに添って階段を上った。上の二人の気配はまだ階段にある。駆け上がって隙をつくには、まだ少し距離がある。
ヒールがぶつからないように踵を上げ、手すりに体を擦りつけて一歩ずつ着実に近付いた。だんだんと二人の話し声がはっきりと聞こえるようになった。近い。
あと一段上った時が勝負だ。
息を殺し、右手のナックルダスターを握りしめた。
その時だった。
ぷぅ~~~。
「「「えっ」」」
慌てて口を押さえたが、遅かった。
「あはははは! 誰だよ、屁ぇこいた奴……、えっ、だっ、誰だっ!!」
階下のサボり兵がおならをしたのだ。階段ホールに響き渡ったその音に驚いた上の二人の兵士が手すりから顔を覗かせ、私は見つかってしまった。
「ちょっと!! 今のおならは私じゃないわよ!!」
間髪を入れずに階段を駆け上がり、左手を手すりにかけて飛び上がり兵士の一人の膝に蹴りを入れる。バランスを崩した兵士の背中を押して階段から落とし、もたもたと腰の剣を抜こうとしている兵士の右の肘に拳を入れた。
「ぐわあっ」
叫び声を上げながらもう一人も階段を落ちて行った。騒ぎに気付いたサボり兵が階段を上がってきた。
「おい、一体何の騒ぎ……」
「お前のせいだーー!」
私は手すりを乗り越え、そのままサボり兵の顔面に飛び蹴りを入れた。倒れた兵士を引きずり、踊り場で動けなくなっている二人の腕と一緒にタコ糸で結ぶ。糸の強度はイマイチだけれど、一人が動けば他の二人の腕が締まるから少しは時間が稼げるだろう。
後で必ず、さっきのおならはこいつだって証言させよう。
淑女が人前でおならしただなんて誤解は許されない。絶対にだ……! 一度サボり兵の首を絞めてから、3階を目指した。
躊躇なく他人の顔面に飛び蹴りをくらわす淑女、ミミ。