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ムーロ王国へ 7

最近どうも手が止まって小説かけなかったのですが、感想欄読んだら元気がでましたー!

ありがとうございます! これからがっつり書きます!

 襟元のボタンを開けて息をつけば、日陰の芝生でサンドラ姉さんとテオドリーコが手を振っているのが見えた。


「ミミ姉様、かっこよかった!」

「ありがと。早起きね。いつからいたの?」


 汗をかいているので距離を取って話しかけたのだが、テオドリーコは気にせず抱きついてきた。

 昨日の晩は、変顔数え歌を20までやってあげたので、爆笑に次ぐ爆笑でテオドリーコは笑い疲れて朝までぐっすりだったのだ。


「緑のお兄ちゃんたちにミミ姉様が囲まれたところから。でも、僕、姉様が勝つって分かってたから、ちゃんとえらい子で応援してたよ」

「テオ! テオ! 連れて帰りたーい!」


 ちなみに、テオの言う『えらい子』とは、行儀よく座っていることを言う。


「テオ、ミミはこれからお風呂に入って支度をしなければならないから、もう戻りましょう」

「えー、僕も遊びたい」

「昨日遊んでもらったでしょう」


 テオドリーコは姉に手を引かれ、何度も振り返りながら屋敷に戻って行った。時計を見れば、もう帰り支度を始めなければならない時間だった。


「じゃあ、皆、今日はありがとう。久しぶりに動いて楽しかったわ。これからもがんばってね」


 手を挙げれば、弟子たち全員が大きく手を振って送り出してくれた。彼らはこの後も厳しい練習が続く。私は既に彼らとは違う道を歩き始めているのだ。


 でも、きっとレナートなら許してくれると思う。


 レナートは私に甘いから、帰省した時には怪我をしない程度になら練習にも参加させてくれるだろう。今日が最後ではないのだから。


 鼻歌を歌いながら風呂に入り、旅行用のワンピースに着替えた。

 朝食を食べた後には、この部屋の片付けをする予定だ。ここは次期公爵の部屋。もう幼児ではなくなるテオドリーコにこの部屋を譲るのだ。

 家族の食堂へ向かうと、扉の前でテオドリーコがもじもじしながら私を待っていた。


「どうしたの、テオ」

「あのね、男の人は女の人の手を引いてお部屋に入るんだって。だから、僕、姉様をえすこーとしようと思ったの」

「やっば、可愛すぎる。本気で連れて帰りたい」


 ふらふらと倒れ込んだ私はテオドリーコをぎゅうっと抱きしめた。頬をふにふにして感触を楽しんだ後、手をつないだ。


「じゃあ、次期公爵様、参りましょう」

「はい! 扉よ、開け!」


 何か違う、と思ったが、あらかじめ待機していた使用人がゆっくりと扉を開けてくれた。満足そうに胸を張って歩くテオドリーコ。既に席に着いていた家族がほほ笑んで私たちを迎えた。さすがの父も笑っている。


「ミミ、レナート殿下への返礼の品のことだが」

「返礼の品? ああ、おみやげのお礼ってこと」


 父は食事の手を止め、私にそっと話しかけてきた。しかし、元の声がでかいので丸聞こえだ。レナートにそんな大層な品もらったかしら、と見せてもらった目録を思い返した。


「放牧している羊がいいか、それとも丸焼き用の牛がいいか……」

「お父さん、それは部族のお礼です」

「むむ、では何が良いのだ」

「普通に、この地方の特産品を馬車に乗せられる程度でいいです。そのうち挨拶に来るんだし」

「そうか、丸焼きはその時でいいか」


 迎え撃つのは止めたようなので安心したが、王子様に牛の丸焼きを食べさせていいのか。


「お父さん、私たちが結婚した時と同じでいいのよ。この間、領民が持って来てくれたワインやチーズが倉庫にたくさんあるでしょ」


私が口ごもっていると、ニーナが呆れた様子で言った。


「倉庫の在庫を殿下に贈るなど……」

「あちらの国の特産品をおみやげに頂いたんだから、うちの領地の特産品をお返ししたっていいでしょう。バルだって喜んでたでしょ」

「ええ、なかなか地方の物を食す機会がないので、頂けると勉強になります」


 しれっと家族の席に馴染んでいる王太子バルトロメイが朗らかに答えた。


「ふむ、そういうものなのか」


 父はようやく諦めたらしい。あやうく牛を引いて帰らされるところだった。ありがとう、ニーナ姉さん。

 私はムーロ王国式の朝食をぺろりと平らげ、再びテオドリーコにエスコートされて部屋に戻った。後ろには4人の姉たちもついてきている。これから一緒に、ルビーニ王国に持っていくものを取捨選択してもらうのだ。


「こんなドレスはいらないでしょ」

「むしろドレスは全部あちらで新調なさいな。王太子の婚約者が実家から持ってきたドレス着てちゃだめよ~」

「あんたってトレーニング用具以外はろくな物持ってないのね」

「今使う予定ないなら、今後も使うことないわよ。これも捨てなさい」


 姉たちが私のクローゼットや机からどんどん物を取り出しては床に放り投げてゆく。あれもこれもいらない、とどんどん山が大きくなり、結局持って行くものは濃紺の制服だけになった。


「ううむ、やっぱり私に最後に残るのは武術のみ……」

「むしろ他に何があるって言うのよ……」


 ひどい! と言うと、ジョンナが心底呆れた顔をした。そして、壁の棚から持ってきた救急箱を開け、薬や包帯の数を数えた。


「ほとんど減ってないじゃない。まあ、確かに王妃様って丈夫さも必要なのかもね」

「何で私を見て言うのよ。ミミほど頑丈じゃないわよ」


 ニーナが頬を膨らませて怒っている。確かに私は子供の頃から丈夫で、病気をしても体力があるのですぐに治った。もちろん練習中に大けがをしたこともあるが、医者もびっくりの回復力で、一度研究所に送られそうになったこともある。


「ミミを反面教師として、テオには跡継ぎ教育と同時に貴族としての教育も始めたのよ。がさつで乱暴者になったら、お嫁さん来なくなっちゃうでしょう」

「ああ。だから、えすこーとするぅ、って言ってるのね」

「僕、えすこーとするのじょうずー」


 テオドリーコがベッドの上でぴょんぴょん飛び跳ねながら言った。


「テオ、ベッドで遊ぶのは3回までよ」

「3回まではいいんだ」


 私が首を傾げると、イデアが「だって可愛いんだもん」と笑った。

 結局、私の部屋の物はほとんど捨てることになった。手に馴染んだ筋トレ用品は捨てがたいので、後日ルビーニ王国に送ってもらうことにした。重くて軍馬じゃないと運べないですねえ、と執事が困っていた。


 畳んだ制服を鞄につめ、馬車に持って行くと、ゴッフレードが荷積みをしていた。


「お嬢様、荷物はそれだけですか」

「そうなの。結局制服しか持って行かないことにしたわ。後は捨てるから、欲しいものがあったら持って行っていいわよ」

「ダンベルの一番重いやつ、あれくださいよ」

「えー、持って行こうと思ってたのに」

「王妃様になるなら、せめて中ぐらいの重さまででしょ」


 私たちがわあわあ揉めているのを横目に、マッキオが車輪のチェックをしている。帰りもこのメンバーなのか。嫌な予感しかしない。


「昼食後に出ますからね。日が暮れるまでに国境の宿まで行きますよ」

「はあい。じゃあ、テオと遊んでくるわね」


 テオドリーコを探して屋敷を歩いていると、父が気配を消さずに柱の陰からこちらを窺っている。見つかりたくないのか、見つかりたいのか、どっちなんだ。

 立ち止まり、ちらっと振り返ると目が合った。


「……」

「……」


 気付かなかったことにして再び歩き始めれば、父もまた後をついてくる。振り返ればまた柱の陰で目が合う。


「……」

「……」

「何か用?」

「……」


 父のでかい体は装飾の施された付け柱くらいでは隠れない。それでも父は柱と一体化しようとしている。


「テオと遊ぶんだから、邪魔しないでくださいよ」

「邪魔とはなんだ。父を邪魔とは」


 父が柱の陰からやっと姿を現した。ずっと見えてたけど。


「何か用でもあるんですか」

「ありすぎだ」


 開き直った父は、胸を張って腕を組み仁王立ちしている。背が高いので目元に影が出来ていて表情がわからない。とりあえず、ひたすらいかついのだけは分かる。


「本当にルビーニ王国の王太子と結婚するのか」


 レナート、とは言わずに、ルビーニ王国の王太子、と言うところに含みを感じる。一体どういう意味なのか。まさか、俺に勝たなきゃ結婚させぬ、とか言うんじゃないでしょうね。


「私に勝てる奴がいたら、そいつは即最高師範に就任だ」

「また言っちゃってた」

「その癖直さなくていいのか?」

「いいわけないんだけど、直らないのよっ」


 私だって好きで心の声が出てしまうのではないのだ。私が直す前に周りが慣れてきてしまっているのも、直らない原因のひとつだと思う。


「で、何だっけ?」

「王太子と本気で結婚するのか、と聞いている。ムーロ王国民ではなくなるのだぞ?」

「そりゃそうでしょ。分かってるわよ、それくらい」

「例えばもし、もしもだぞ、ルビーニとムーロで戦争が起きたとする。そうしたら、お前はルビーニ側になるのだぞ。我々とは敵となるつもりか」


 私は顔をしかめた。娘がやっと婚約者を見つけたというのに、何てことを言い出すのだ。父は相変わらず偉そうに私を見下ろしている。


「何言ってるのよ。首謀者をまっさきにぶん殴って、戦争なんて止めさせるわよ。私たちが何のために日々つらい鍛錬してると思ってるのよ」


 やっと下を向いて表情が見えた父は、少しだけ驚いた表情をしていた。気付けば私も腕を組んで仁王立ちしていて、同じポーズで見つめ合っていた。


「そうか、そうか、がっはっはっはっは」


 突然父が大声で笑い出した。その大声に家がちょっと揺れたような気もしたが、我が家は頑丈だから大丈夫だろう。

 やっといつもの父らしい父に戻ったな、と思った。偉そうに見下ろしてばかみたいな大声で指図して来て、飲みこまれそうなほどの大きな口を開けて笑う。弟が生まれてからは、何となく私に引け目があるような態度だった。以前の父は決して柱の陰から私の機嫌を窺ってくるような人ではなかった。

 そういえば、留学前には『そこそこの貴族の次男か三男を連れて帰って来い』って言ってたっけ。すっかり忘れてたけど。父は私を他国に出すつもりはなかったのだろう。他に持っている伯爵か子爵の爵位を与えて適当な領地をくれるって言っていた気もする。


「この髪飾りね、レナート殿下がルビーニ王家の紋章を基に作り直してくれるんですって。でも、この4つの輪は必ず残すわ。これがないと意味がないからね。結婚した姉さんたちも付けてるし、私もいつも付けておくつもりよ」

「……そうか」

「お父さんが留学させてくれたおかげで、レナート殿下と出会うことができたわ。ありがとう」

「うむ」

「殿下がうちに来た時、ちゃんとお出迎えしてね」

「任せろ」


 父が私の髪飾りを見て目を細めた。父とああでもない、こうでもない、と何日も話し合ってデザインを決めたこの髪飾り。いつか違うものになってしまうけれど、一生大切にしまっておこうと思った。


テオの言う『えらい子』は、北海道では『おっちゃんこ(おっちゃんでも可)』と言います。

テオはおっちゃんできる良い子です。

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― 新着の感想 ―
おぉ?道産子仲間だったんですね! 「おっちゃんこしてまってなさい」 とか、よく言われたものです〜
おっちゃんこ!!懐かしいです。 北海道出身の方だったんですね~~~。 元どさんこ仲間なので嬉しいです。 小説も楽しく読ませていただいております。 強い女の子の話、好きです。
[良い点] 毎回楽しく読ませてもらってます!登場人物がみんな明るくて楽しいですね♡ [一言] 愛知県では「ちゃんこ」って言います。小っちゃい子には「ちゃんちゃんしてね。」って声かけます。因みに九州でも…
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