乙女ゲームの王子さまにマジで恋した私の話
「エミリア、僕は君との婚約を破棄する。」
カイト王子は、落ち着いた、だけどはっきりと通る声で宣言した。
私はカイトさまを見つめた。
金髪の髪と青い瞳。前世から憧れ続けた私の大好きな人。
前世の私は、乙女ゲームが趣味の日本のOLだった。
22歳でついにゲームの中のカイトさまにマジで恋をしてしまい、それからはもうひたすらカイトさまのルートをやり続け、気づいたら彼氏いない歴=年齢のアラサーになっていた。
そしてカイトさまのお誕生日(公式情報)にお祝いのケーキを買いに行く途中で車にひかれてあっけなく死亡。
前世の記憶=カイトさまを思い出したのは、平民の私が13歳でディアス男爵の養子になった時。
熱烈に私は思い出した。そして震えた。
あと3年で私は出会う。この国の第二王子カイトさま。
そして私はなんとヒロインだった。
カイトさまと恋に落ちる。マジか。
稲妻に打たれたような衝撃。
それから私はカイトさま。あなたに相応しい淑女になれるよう毎日毎日努力した。
「人の婚約者に寄生するなんて最低の女ね。」
カイトさまの婚約者、エミリアさまは乙女ゲームで見ていたよりもずっと過激だった。
燃えるような赤い髪と赤い瞳。イジメもゲームの比じゃないくらい苛烈で陰湿、ハードなものだった。
だけど、人の婚約者に横恋慕する私は最低な人間だと分かっていたし、どんなに辛い時でも三次元のカイトさまを一目でも見かけられれば私はいつだって幸福だった。
「このままだと君はマリアを殺してしまう。そうすれば僕は君を許せない。」
切実なカイトさまの声。こんな時でも愛しすぎる。
カイトさまに告白をされたのは卒業パーティーの前日、つまり昨日の夜だ。
鼻血出るかと思った。いや、それよりも幸せすぎて死ぬかと思った。だけど私は一つカイトさまにお願いをした。
「ディアス男爵!あなたのおぞましい娘を止めなさい!我がメリー伯爵家に逆らってどうなるかわかるでしょうに?」
エミリアさまは燃えるように微笑んだ。
お父様こんな私を引き取ってくださったのにごめんなさい。私が震えた時。だけどお父様はしっかりとエミリアさまを見て答えた。
「娘は少しもおぞましくない。教科書もドレスもズタズタにされた時でさえ私に何もねだらなかった。装飾品をこっそり売って教科書を買いかえるようなマリアのなにがおぞましいものか!」
優しいお父様が初めて怒鳴った。
私はお父様が気付いてらしたことに震えた。あまり裕福でない家庭で教科書を捨てられることはかなりの痛手だ。私はお父様にもう一度教科書を買ってほしいなどとねだれなかった。
「エミリア、君はマリアのことを何も分かっていない。
僕は君との婚約破棄を今日のパーティーの場でしようとしていたんだ。君がマリアを殺してしまいそうだったから。
だけどマリアは、それだけは止めてくれと願った。君のこれからの人生のために。」
カイトさまはそう言って私を見つめた。
そう、ここは卒業パーティーの場ではない。
そんなところで婚約破棄をされたらエミリアさまの人生がめちゃくちゃになる。
だから私は昨日カイトさまにたった一つお願いをした。
どうか正々堂々と国王さまに認めて頂きたいと。
卒業パーティーよりも前にしっかりと私たちの気持ちをお伝えしたいと。ここは国王さま謁見の間。
「エミリア。」
力強い声で国王さまがおっしゃった。
「学園に入ってからのすべてを我らは把握している。君がマリアにしてきたことも。すべて。」
「うっ、嘘です!すべてこの女の嘘です!私は何も!!!」
エミリアさまは燃えるような赤い瞳で私を睨み付けた。
「マリアは何も言っていない。マリアは君からのイジメを認めていないからな。」
「はっ!?」
「マリアは君からのイジメはなかったと証言している。」
国王さまの言葉にエミリアさまは、呆然と私を見つめた。
「私は、イジメなど受けていません。」
私は精一杯の声で言った。
「男爵家の娘が王妃などと前代未聞だが、マリアは、真面目で、誰にでも平等、それでいてカイト以外の男とは必要最低限しか話さず、休日には手作りの菓子を持って孤児院に通い、平民からも愛されている。」
王さまが私を見つめた。
すべてはカイトさまに相応しい人間になるため。それだけだ。
「メリー伯爵。エミリアの陰湿なイジメおよびマリアを階段から突き落として殺害しようとしたことは、婚約破棄にて不問とする。」
王さまの声が響いた瞬間、メリー伯爵は頭を垂れた。
「ありがたき恩赦。」
エミリアさまが私に視線を向けるのを遮るようにカイトさまが私を見つめた。
「マリア、昨夜の返事を聞かせてほしい。」
「カイトさま」
前世で2次元のあなたに恋をして、死ぬまで焦がれて10年間。
生まれ変わってあなたを思い出して、3次元のあなたに死ぬほど焦がれて4年間。
私はずっと、何にも変わらない。
「ずっと、ずぅっと、お慕い申し上げております。」
青い瞳をまっすぐ見つめて、私は14年分の思いを伝えた。
その瞬間、カイトさまのお顔が真っ赤になった。
スチルでも見たことない!
私は、乙女ゲームも、次元も超えて、ずっと、ずぅっと、大好きだった、ただひとりの人と想いあえた喜びをただただ噛みしめた。
たとえばそれから時が流れて、エミリアさまとほんの少し友情らしきものが芽生えることや、カイトさまから「父上」と初めて呼ばれたお父さまが感動で男泣きをしたことはまた別のお話。