ロックンローラーの怒り -エドガー
俺の名前はエドガー・ギャラン。天下不滅のロックンローラーだ。
え?ファンタジーの世界にもロックンロールがあるのかって?
ロックは誰の心にもあるぜ。誰もが持っていてどこにでもある。まあロックンロールを輝かせることができるのは一握りの人間だけだがな。
さて、俺は今、ある街に来てる。何で来たかって?それを語るには俺の大切な娘について語らなくちゃいけねえな。
俺には17になるリラって娘がいる。それはもう可愛くてな俺の両親なんかリラと会わせてやると泣いて喜ぶんだ。「リラが来ると空気がパァっと明るくなるねえ、リラは私たちにとっての太陽だねえ」ってリラを抱きしめて泣きながら頬擦りするもんだからビックリしたよ。
そんな俺の最高の娘なんだがな、二年前から病院で寝たきりなんだ。ある餓鬼に事故に遭わされてそれ以来全く目を覚まさない。
まあつまり、おれは今日この街に娘をあんな目に合わせた餓鬼に復讐してやるためにここに来たんだ。
え?事故だったんでしょ?わざわざ出向いて復讐なんてことしなくてもって?相手は子供なんでしょって?おいおいおい、分かってねえな。悪ガキってのは「反省するんだ、こんなこと二度としちゃいけないよ、わかったかい」「うん、わかった」で反省するほど甘くないぜ。
痛い目を見なきゃ学習しないものさ。ギャランさんに手を出したらどうなるのかってことをきちんと理解してもらわないとロックじゃねえからな。ロックンロールってのは自分に素直でいなきゃならない。自分がロックンローラーを名乗る以上あの餓鬼を許せねえという気持ちを見過ごすわけにはいかねえのさ。
そういう意味じゃギャングとロックンローラーは紙一重だと思うぜ。どっちも自分に素直に生きている。
違いがあるとしたら、人を殺してるかどうかだな。人を殺した時点で魂の等級は大きく下がる。人の怨念や怨嗟で汚れるからな。当たり前だ。その点、ロックンローラーの魂は高潔で美しい。
世間的に見ると生ゴミにしか見えないかもしれないがな。
ロックンローラーの一見、意味不明な行動は自身の魂に従って動いている時だから普通の人間が見ても到底理解出来るわけがない。
つまり何が言いたいかっていうと、おれには魂の等級を落としてでも地獄の窯に放り込こんで蒸発しきるまで眺めていたい奴がいるってことだ。
おれは今日、あの餓鬼を殺す。
その為にあらゆる準備をしてきた。
リアから笑顔を奪ったあの餓鬼が俺は許せない。だから俺は今日、内ポケットに拳銃を入れてきた。あの小賢しい餓鬼に立場の違い、魂の格の違いを知らしめるには拳銃は有効だ。わざわざ机の奥にしまってあった銃を取り出し、分解して錆がないか確認し、発砲時、音が鳴らないようサプレッサーも付けてきた。これで発砲してもガチャリとおもちゃの銃を撃った時程度の音で済ませることが出来る。準備は万端だ。
あの餓鬼の居場所に関しては昔、物騒な仕事をしてた時の知り合いに依頼して情報を集めた。拳銃もその時使っていたものだ。
あいつは今、この石畳で作られたこじゃれた街にいる。
おれは目的地に向かって歩を進めた。腕時計を確認し、聞いた時間を思い出す。時間通り。あと10分後にはあいつの頭を地面に擦り付けさせ、今までの行い全てを後悔させてやることができる。頬の緩みが止まらなかった。
そんな想像をしていた時後ろでガラスが割れる音がした。
振り向くと一人の子供が屋根を伝って走ってくる。その数秒後、爆発音とともにガラスが割れた二階建ての建物の外壁が吹っ飛んだ。
おお、ロックじゃねえかと感心してると屋根を走っていた子供が屋根を降り、こちらに向かって走ってくる。
面白そうだ、とおれは声を掛けようと思い子供を待っていた。しかし少し手前の道で細い路地に入っていった。
ちっ、つまんねーな。
まあいいさ、今日のメインディッシュはもう決まってるんだ、前菜やスープを逃したくらいでどうってこともない。
目的地の「ファイトクラブ」は目と鼻の先だ。
あの餓鬼は入って右側、観戦エリア個室ブースの奥から3番目にいる。
―――――――
おれは「ファイトクラブ」に到着した。のはいいんだが、建物があまりにも小さい。二階建てのその辺にある石造りの家とそれほど変わりがない。本当にここで合ってるのかって不安になっちまうぜ。選手が戦うためのリングがこんなに小さくて大丈夫なのかよ。まあでも住所も写真で確認してきた外観ともあってるしここで間違いないだろう。さて、行きますか。首洗って待ってろクソ餓鬼。
ギィと扉を開け、受付の店員に席料を支払う。
あまり見慣れない顔だからか初めてかと聞かれた。初めてだったが大体はどういうところは理解していた。説明を聞くのが面倒で取り敢えず金を出し、その場をやり過ごす。
ここはファイトクラブ。人と人がスターダストというスポーツの練習の為に集まるところだ。中は大きく二つに分かれている。対戦エリアと観戦エリアだ。おれは観戦エリアに用がある。観戦エリアはホテルのロビーの様な場所と個室とに分かれていて、あの餓鬼は生意気にも個室を陣取って対戦を観賞しているらしい。餓鬼は餓鬼らしくロビーの縁で大人しく座ってろっての。
店内へ進み個室エリアへと進む。個室エリアは案外閑散としており、客がいる様には感じなかった。
個室は人気がないのかもしれないな。
個室といっても壁で囲まれた完全な個室というわけではなくて、簡単な仕切りがあり向かい合って座れる椅子とテーブルそして手頃なサイズのテレビがあるだけだ。
奥から3番目、その座席には小柄な背中が見えた。内ポケットに入れた銃に手を伸ばす。席を通り過ぎ、振り返り様に銃を突きつけあの餓鬼を抑える。そうしようと作戦を立てた。
餓鬼に気づかれぬ様、殺気を抑え視線を送らない様に通り過ぎる。
振り返ろうと足を引いたところで視界がブツんと途切れた。
テレビのプラグをいきなり抜いたかの様な途切れ方だった。
何が起きたのか。方向感覚を失い、仰向けに倒れ込む。
「おじさん、残念だったね。昔の仕事仲間なんか信用しちゃダメだよ。ロックンロールを捨ててまで僕を殺しにきたのにやられちゃうんだよ」
大嫌いな人間の声が聞こえた気がした。
そこでエドガー・ギャランの意識は途絶えた。