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クソったれの人生だ。他人の尻拭いばかりでクソまみれでどうしようもない。
だからオレはなけなしの金と荷物を、たいして使い道のなかったエナメルバックに詰め込んで家を出た。
当然ながら行く当てなんてもんはない。
とにかく遠くへ行きたかった。だが電車賃をケチった。だから自分の足で行ける限り行ってやる。
一日、二日と歩いた。公園でペットボトルに水を補充しながら、スーパーの売れ残りで食いつなぎ、月を追いかけるようにまっすぐ、足を動かし続けた。
魔女の弟子とりんごの木
深夜のさびれた商店街を行く。さび付いたシャッターとその上からヘタクソな落書きが並んでいる。
その足元にはホームレスが段ボールを布団にして横たわっていた。
汚ねぇ、と睨みつけながら俺は足早に通り過ぎていく。あんな奴らにはなるものか、と言い聞かせて。
商店街を抜け、そろそろ今日の寝床を探さなくてはならい。
人目につかないように裏道に入ると、街灯もなく、薄暗い月明りしかない狭い路地に足が止まりかけた。
そんな自分にムカついて、顔を上げて踏み出そうとした時、目に留まってしまった。
入り組んだ道の先、小高い丘の上に建つ館を。
暗がりの中でもわかるほど大きな屋敷のようだ。
オレは誘われるように、そこを目指した。自分でも制御できないくらいに、あの屋敷が気になって仕方がなかった。
坂を上がり、行き止まりにぶち当たれば迂回したり、越えられそうなフェンスなら乗り越えた。
どんどんと町の明かりは遠ざかり、不気味なほど静まり返った木々に囲まれる。
アスファルトで整備されていない土の道を、時に雑草に足を取られながらがむしゃらに進んだ。
そして遂に辿り着いた。
侵入者を拒むようにそびえ立つ鉄の柵。その先にある石造りの洋館。
そこに明かりの類は一切なく、いくつかの窓は割れていて無人となって長いことは簡単に見て取れた。
目の前の鉄の門にはツタが生い茂り、鎖のように入り口を固く閉ざしている。
オレは乱暴にその門に手をかけ、力任せに引っ張った。
派手な音をたててツタが千切れ、悲鳴にも似た耳障りな金属音が暗闇に響いた。
しかし全力でこじ開けようとしても、どこか壊れているのか、オレ一人が辛うじて通れる程度にしか開けなかった。
だが、それだけで十分だ。
オレはこじ開けた隙間に体をねじ込み、ついに敷地内に侵入できた。
そして、踏み込んで地面に足を付けた瞬間、言いようのない吐き気が込み上げてきた。
悪寒と震えが全身を覆う。
やばいやばいやばいやばいやばい。頭の中がその一言でいっぱいになる。
これ以上ここにいたくなくて慌てて引き返そうと門へすがるが、たった今入ってきた場所がどこにもない。
確かに門をこじ開けた。人ひとり通れる隙間を作った。音もなく塞がるなんてありえないだろ。
「どこだ…!どこだよっ!ありえねぇだろ!」
ツタをちぎって探すが、そもそも門などどこにもなかった。
ただ触手のように絡みつく草に覆われた鉄の柵が延々と続いていた。
「なんなんだよ…!ここは!」
訳が分からないがここに出口はない。だったら探し出して出て行ってやる。
柵を伝って行けばどっかに出入り口があるはずだ。
そう思い直し、踏ん張って顔を上げた瞬間、目の前が真っ暗になった。
いや、違う。
目の前に真っ暗な人影が立ちふさがっていた。
オレより頭一つ分は大きい。
顔はない。肌もない。手も足も胴体もない。
ただの巨大な人影だ。
悲鳴も上げれずにただ逃げた。もつれる足でも前に進むことは奇跡に感じた。
一歩一歩が遅く感じる。それでも少しでも遠くへと動かした。
そしてオレは正気を完全に置き去りにしてもいた。
なぜ外に逃げたいのに屋敷の中に飛び込んだのか、後から頭を抱えて考え込んだ。
ドアノブに手をかけ力任せに引く。
あっさりとドアは開きオレは屋敷に転がり込んだ。
何の意味があるかはわからないが、すぐさまカギをかけ、どこかどこか安全な場所を探す。
しかしヒヤリと鳥肌が立ち、止めろと怒鳴る自分に気づかず振り返るとガラスの向こうにそれがいた。
今度こそオレは足を止めずに逃げる。遠くへ遠くへ。
階段が目に飛び込み、手すりにすがりつきながら登って、てきとうな部屋へ駆け込み、ドアを閉めるがカギはなかった。
バリケードをはらなければ、と慌てて室内を見渡す。
その部屋は窓からの月の光で電気がなくても明るかった。
壁際の棚、机、イス、そしてソファ。オレは手近にあったソファから動かそうと小走りで近づき背もたれに手をかけ、
子どもと目が合った。
心臓と息が完全に止まった。
体重を支えきれずにオレは後ろへ倒れる。
派手な音を立てて尻が床に叩きつけられ、そのショックで時間が再び動き出した。
もう嫌だ。こんなところ。
無様でも汚くても、もうどうでもいい。だからここから出してくれ。
「ひとの顔を見て逃げ出さなくってもいいんじゃない?」
足に力が入らず、手ではって逃げだそうとしているオレに子どもの声が響いた。