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ギガンティック・マシン -Outer Edge-  作者: 靖ゆき
3章 黒光丸
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1

「課長。課長」

 芳賀隊長が呼んでいる。

 昨夜から降り始めた雪はうっすらと降り積もり、原野を白く塗り潰した。重く立ち込める空からは、まだはらはらと雪が降り続いている。

 その中を、白く塗られた装甲車が二台走っている。芳賀は先頭の車両の車長であり、このパトロール隊の隊長だ。

 白迷彩の戦闘服を着ている芳賀は、後部座席で腕組をして寝ている黒いコートに黒いサングラスの男に再び呼びかける。

「佐崎課長、起きてください」

「あ、はい」

 佐崎(ささき)景光(かげみつ)は、今起きたかのように装いながら目を開ける。ばつが悪そうに頭をかく。

「すみません。課長って呼び慣れていませんので」

 それは本当だ。危険手当分の給料をもらうためだけの役職持ちなので部下は一人もいない。今日の出張も単独行動だ。

「そうなんですか。「黒光丸(こっこうまる)」とお呼びしたほうが良かったですね」

「やめてください」

 景光はわざとらしい苦笑いを見せるが芳賀は笑っていない。からかってきたのではなかったのか?調子が狂うな、と思いながら訊く。

「何かあったんですか?」

 本当は何があったのかは、ずっと起きていたので知っている。社内での会話は全て聞いていたし、サングラスの内側には外部カメラの映像も映っている。

「ええ。不審な車を発見した。申し訳ありませんが少し寄り道をします。よろしいですか?」

「もちろんです。それがあなた方の本来の任務ですから。私が無理を言って同乗させてもらっているのです」

 もうすぐこの原野、訓練場では日本軍のギガンティック。マシンによる模擬戦が実施される予定である。

 原野に入り込んでいる者の探索、およびその排除がパトロール隊の任務だ。横暴な上司に原野のど真ん中に呼び出された景光は、パトロール隊の装甲車に乗せてもらったのだ。

「黒光丸と同乗できるのは光栄です。皆も喜んでいますよ」

 黒光丸は景光のコードネームだ。正義のスパイとして日本政府のプロパガンダ的な役割を果たしており、忍者風のスーツのデザインも相まって、子供を中心に人気は高い。なお、黒光丸は軍ではなく、内閣府の所属だ。

「そう言ってもらえると嬉しいです。ところで、不審な車ですか?」

「ええ、SUVが止まっています。光学迷彩シートまで持っています」

 芳賀は少し険しい顔をする。

「私も出ましょうか?」

 景光は提案したが、芳賀は首を振る。

「いえ、潜伏レベルも低いし、マニアでしょう。ヒーローに出てもらうまでもありません」

「マニアですか?」

「ええ。ギガンティック・マシンの写真を撮って、マニアの間で交換するんです。まぁ、気持ちは分かりますけどね」

「同感です」軽口も言えるんじゃないか、と思いながら同意する。巨大ロボットは男の子の夢だ。

「しかし、模擬戦の実施は機密事項のはずなのに、どこから漏れているんだか。……では、少し待っていてください」

 芳賀が運転席に戻っていくと、景光はシートに深く座りなおした。



 身長が百メートルを超える巨大人型兵器≪ギガンティック・マシン≫の訓練には、広大な土地が必要になる。日本はコリア・ビッグバンによって壊滅した福岡平野(旧博多市から旧久留米市付近)を訓練場として使用することにした。二百万の命が失われた場所を兵器の訓練場とすることには反対の声もあったが、犠牲になった人たちのためにも国を守らなければならないという世論が勝った。

 激しい訓練の繰り返しによって廃墟は更に破壊されてバラバラになった。雪が降り積もった原野が広がる風景には、かつて多くの人々が住んでいた痕跡はない。



 二台の装甲車が停車する。周囲には何も見えないが、車内にあるモニターには目の前に車両が一台いることを示していた。周囲の景色を映すことによって自分の姿を隠す、光学迷彩を使用しているのだ。

『我々は日本軍福岡訓練場パトロール部隊である。隠れている車両は抵抗せずおとなしく出てきなさい』

 芳賀が呼びかけるが動きはない。相手に猶予を与えたりはせず、すぐに続ける。

『出てこない場合は強制的な手段を取ります。ごお、よん───』

 カウントダウンを始めると、モニターを見ていた隊員が大きな声で報告する。

「熱源温度上昇!エンジンをかけたと思われます」

「足を止めろ!発砲を許可する」

 雪原から突然白いSUVが飛び出して来た。車を覆っていた光学迷彩シートを破ったのだ。

 パトロール隊もすぐにその後を追う。雪を巻き上げて三台の車が疾走する。

「あの車、早いですね」

「ただのマニアじゃないってことだ。発砲しろ」

「了解」

 パトロール部隊の車の天井が開き、機関銃がせり上がっていく。固定されるとすぐに火を噴く。しかし白いSUVは銃撃を素早く避けた。

「やはり素人ではないな。二号車も攻撃を開始しろ」

 銃弾がSUVの後部に当たり始めるが大きな被害は見えない。

「防弾仕様か。何者なんだ?」

 いよいよただのマニアではない。しかし二台の装甲車からの攻撃にいつまでも耐えられるほどのものではなく、ほどなくして後部輪をから出火し、停車した。

「取り囲め。注意しろよ」

 二台の装甲車から銃を持った兵士たちが出て来てSUVを取り囲む。

『もう一度言う。大人しく出てこい』

 芳賀が車内から呼びかけるが運転手は出てこない。その代わりにSUVが再び動き始める。しかし走り始めたわけではない。手が生え、足が生え、頭ができ、人間のような形態を取った。

「変形しただと!」

 隊員たちから驚きと戸惑いの声が上がる。

「ロボットなのか?攻撃しろ」

 芳賀の命令に銃撃が開始されるが、効いていない。SUVは歩いて前進すると、長い手を振るった。隊員の一人に拳が当たった。

 その動きから、景光はロボットではなくパワードスーツだろうと推測した、乗っているのではなく、装着しているのだ。また一人、隊員が殴られた。

「銃では駄目だ。ロケット砲を出せ」

 部下がやられて芳賀隊長が怒鳴る。

「そんなのありません」

 対抗する術がない中、SUVパワードスーツはもう一台の装甲車を蹴り飛ばした。装甲車はゴロゴロと回転する。

次にパワードスーツは景光たちが乗る装甲車に向かってきた。拳を後ろに引き、横殴りしてくる。

乗員たちは衝撃に備えたが、その衝撃はなかなか伝わってこなかった。少し揺れたぐらいだ。

車外にいる隊員たちは装甲車の中から突き出された手が、鋼鉄の拳を受け止めているのを見た。

「すみません。大事な車に穴を開けてしまいました」

 振り返って後部座席を見た芳賀に景光は謝った。そして車外に突き出している腕に回転を加える。振り回されたパワードスーツはバランスを崩して膝をついた。

「いえ……」

 芳賀が生返事を返している間に景光は腕を引き抜くと、後部ハッチから外に出た。

 その間に置きあがったパワードスーツはやり返そうと再び腕を振り上げていた。振り下ろされた腕に飛び蹴りを入れる。腕は引きちぎれて飛んでいった。破壊された場所が軽く爆発し、パワードスーツはよろめいた。

景光はその隙を逃さず、脚を払う。巨体はあっけなく仰向けに倒れた。

「手を貸しましょうか?」

 装甲車から半身を乗り出した芳賀に景光は訊いた。

「手を貸すって……」

「お互いに公務員でしょう」

 芳賀はそれで了解してくれた。この場の治安を守るのはパトロール隊の、軍の仕事だ。部外者である景光が勝手に手を出すことはできない。少なくとも現場責任者の協力要請が必要なのだ。

 お役所の世界はいつの時代も面倒くさい。

「ああ、頼みます」

「承りました」

 景光は起き上がろうとしていたパワードスーツの膝の関節に蹴りを入れる。爆発が起き、再び仰向けに倒れる。素早く胸部に駆け上がり、パワードスーツの頭を掴み、もぎ取った。その下からヘッドマウントディスプレイを付けた男の顔が現れた。

 何者なのかを問おうとした時、男の口元がにやりと上がったのに気が付いた。すっと寒気が走る。

「ちっ」

 嫌な予感は的中した。パワードスーツは爆発した。爆風で装甲車は横倒しになり、外に出ていた隊員たちは吹き飛ばされた。

「全員、状況を報告しろ。黒光丸はどうなった?」

 装甲車から這い出た芳賀隊長が怒鳴った。

「私は無事です」

 赤く燃える炎の中から景光はゆっくりと歩み出た。顔の周りを覆っていたコートを取る。

「しかしコートは駄目になってしまいました」

 景光は引き締まった身体のラインを見せる黒いボディスーツを着ていた。胸部や膝に装甲的なパーツがある。

「普段からコートの下にはスーツを着ているんですか?」

「まさか。任務中だからですよ」

 質問に軽く笑って答えるが、やはり芳賀は真面目な顔を崩さない。

「申し訳ありませんが車が使えなくなってしまいました。今から車を手配しますが、かなり時間がかかってしまいます」

「大丈夫です。走って行きますから」

「走ってですか?」

 驚く芳賀隊長に「ええ」と答えると、景光は横倒しになっていた装甲車を起こすと、後部ハッチから中に入り、自分の黒いスーツケースを見つけ出した。足を振ってボロボロになった革靴を脱ぎ捨てると、スーツケースから取り出した専用シューズを履く。続けて手袋をし、マスクを被る。黒光丸の完成である。

 着替えの間に芳賀たちは被害の確認を行っていた。幸いなことに負傷者はいたが死者はいなかった。装甲車の通信機が二台とも駄目になっていたため、景光がスーツの通信機を使って基地に救援を送るよう要請した。

「お世話になりました。時間がないのでこれ以上のお手伝いできなくて申し訳ありません」

「とんでもありません。こちらこそ約束の場所までお連れできなくて申し訳ありませんでした」

「では、これで失礼します。皆さんご無事で基地に戻られるよう、祈っています」

「ありがとうございます。ええっと、一つお願いをしてもよろしいですか?」

 芳賀に恥ずかしそうに呼び止められた。

 黒光丸は、パトロール隊の隊員一同と集合写真を撮って別れた。これも大切な仕事だ。


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