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ギガンティック・マシン -Outer Edge-  作者: 靖ゆき
2章 世界の中心でAIを叫んだ羊
7/19

5

 大金が入ったので、オレとしてはこの街を出て行きたかった。この街にいる以上は鎧塚さんたちと縁を切ることはできない。つまり、やばい仕事をしなくちゃいけないってことだ。このスラムを出るだけじゃ駄目だ。この街から出て行かない限り、奴らは追いかけてくる。

 もちろん、別の街に行くにしてもそれ相応の見返りは必要だろうが、それさえ渡せば追いかけてくることは無いだろう。

 オレは見返りとして今回手に入れた金のほとんどを使ってしまっても良いと思っていた。生活は苦しくなるかもしれないが、エンドラの笑顔が見られればいくらでも頑張れると思った。

 しかし、家族の何人かはこの街に残ることを主張した。産まれ故郷を離れたくないのだと言う。すでに故郷を捨てたオレにはその気持ちは分からない。しかし、一緒に捨てたはずのルイージがグイドたちの肩を持つのを見て、オレは頑強に主張するのを止めた。

 もしかしたらルイージは捨てたくないのに、オレに付き合って故郷を捨てたのかもしれない。そしてここを第二の故郷だと思っているのなら、二度も故郷を捨てさせることはできなかった。



 グイドは街を離れたがらないばかりか、大きな仕事をやりたがった。大きな仕事はやばい仕事で、危険な仕事だ。グイドはそこでエンドラの力を使いたがっていたのだ。

 皆で買い物に出た時だった。エンドラは肌を露出しない服を来て、サングラスをかけ、赤い巻き毛のウィッグを被っていた。まだ動きに少しぎこちなさが残る頃だったが、その姿は街のどこにでもいる連中がじゃれ合っているようにしか見えなかった。オレも調子に乗って良い気分でふざけ合っていた。

 だからティノが風船に気を取られて皆から離れているのに気が付かなかった。気が付いた時には、車道に飛び出したティノの目の前にバスが迫っていた。

「ティノ!」

 ルイージたちは走り出したが、どう考えても間に合わない。情けないことに、自分の無力さにオレは身体が動かなかった。呆然とするオレの眼に、エンドラの顔が映った。迷わずにオレは頼んだ。

「助けてくれ」

 瞬間、エンドラは消えた。

 代わってコンクリート片が巻き上がる。床には大きな穴が開いていた。

 エンドラは先を走っていたルイージたちを追い越し、立ち尽くしているティノの背中を掴み、そのままバスのフロントガラスに突っ込んだ。

 大きな音を立ててガラスが派手に割れる。バスはそのまま十メートルほど走ってようやく止まった。

「エンドラ!ティノ!」

 フロントガラスを失ったバスの前に立って中を見るが、二人の姿は見えなかった。脅えている運転手と、呆然としている乗客が見えるだけだ。

「おい、二人はどこに行った」

 ルイージは運転手に詰め寄る。その時オレは、乗客たちの視線からあることに気が付いた。バスの後部の窓ガラスも割れていたのだ。

「はい。助けたわよ」

 いつの間にかエンドラが隣に立っていた。抱えられたティノはびっくりした表情のまま止まっている。

 エンドラはフロントガラスを割ってバスの中に入った後、中を突っ切り、後部ガラスを割って外に出て、ここまで戻ってきたのだ。

「グラッツェ……、ケガはないか?」

 ガラスまみれのウィッグの角度を直してやる。サングラスはどこかに行ってしまったようだ。

「ええ」

 その後は警察が来る前に素早く退散した。

 闘ったわけではないが、エンドラが尋常ではない戦闘能力、判断力を持っているのは分かった。エンドラの体を見ているグイドはもっと凄い力を持っているのに気が付いているのだろう。その力を使えば大きな仕事ができるというのは分かる。

 しかしオレはそれにはどうしても乗れなかった。

 どんなに大きな力を持っていても、傷つくことはあるし、死ぬことだってある。エンドラは傷ついても修理することができるかもしれないが、家族をそんな風に考えるのは嫌だった。それにエンドラは無事に済むかもしれないが、エンドラをサポートする誰かが危ない目に会うかもしれない。

 そんなリスクを無理して犯したくない。

 しかしエンドラだってファミリーの一員だ。金稼ぎに加わってもらうのは歓迎だ。

 良い方法を見つけたのは電子ゲーム好きのロッコとダッデオだった。

 電子ゲームの中には格闘ゲームという、自分が選択したキャラクターを戦わせ合う人気ジャンルがある。そのゲームの大会はオンラインで年間を通して行われており、勝者には賞金が支払われる。二人はこの国で三十位前後のランカーらしいのだが、それだけでもオレから見れば凄いことだが、そのレベルでは得られる賞金はバイト代程度だった。

 格闘ゲームでは取れる行動にいくつかのパターンがあり、そのパターンをいかに間違わずに、適切に繰り出すかが勝敗の鍵を握るらしい。

 簡単に言ってしまったが、何が適切なのかを瞬時に判断するのが難しい。相手が変わればその戦術もくせも変わる、キャラクターによって、戦術を変えなければならない。相手との間合い、残りタイム、ライフを計算しながら闘わなければならない。

 しかしそれは高度な、しかも戦闘用にカスタマイズされたAIを持つエンドラの得意分野だ。正確に入力をするのも得意だ。と思っていたがトップランカーとの戦いでは、それまでのようには勝てなくなってきた。コントローラーのレバーとボタンを小刻みに、素早く動かす必要があるため、手に、マニピュレーターに想定以上の負荷がかかって痛いと言い出した。

 そこでグイドとファブローニが考えたのが、コントローラーを直接操作することだった。レバーとボタンを動かせば、電子信号がオンラインで送られて、キャラクターを操作する。であれば、コントローラーを操作したかのように電子信号を送れば、コントローラーに触れなくてもキャラクターを操作することができる。

 最初はそれでも勝てない相手がいたが、戦闘経験を積むことで勝利できるようになり、それなりの額の賞金が入ってくるようになった。

「でも、AIに対戦させるなんて、誰でも考え付きそうだけどな」

「ああ。AIにゲームをさせるのは昔からやっている。AIの性能を証明するために、チェスや碁のチャンピオンと闘ったりしてきた。でも、格闘ゲームっていうのは瞬時に適切な行動を次々に選択しなくてはならない。その分野では今でも人間の方が上だってことだ。いや、上だったってことかな。素人レベルでは開発できていないが、軍はこんなAIを持っている。しかもこのサイズに収めている。凄いことだよ、これは」

 まあ、グイドの説明はともかく、ゲームの賞金は良い小遣い稼ぎになった。



 稼ぎの額は少ないが、ジェラルドは絵の腕を生かしてタトゥー屋で働いている。オレやルイージが入れているのも、ジェラルドの作品だ。

 ある時、エンドラがタトゥーに興味を持った。

「これって、私にもできる?」

「そりゃ、正確な作業は得意だろうから、できると思うよ」

 ジェラルドはパンをかじりながら答える。

「違うわ。私に入れるのよ」

「それは……、入れてみないと分からないな。できるとは思うけど、どうなのかな。やってみる?」

 うちの科学班の分析によって、入れても大丈夫だろうということになった。

 そしてエンドラの左腕には、オレの右腕に入っているものと対のデザインの、赤い翼のタトゥーが入れられた。

 二人で肩を組んで逆の手を上げると、翼を広げているように見える。かっこいい!

 しかし、タトゥーを入れるときには腕の痛覚を遮断していたから痛くなかったってのは、ずるいよな。

 エンドラが入れたのを見て、今までは入れていなかったグイドが入れると言い始めたのは面白かった。

他の連中も、赤い翼のタトゥーを入れたがった。



 エンドラがピザ窯の使い方を覚えてからは、週に一度はピザパーティーをすることになった。今夜もピザを腹いっぱい食べて、ソファで寛いでいたところに、エンドラがやってきた。

「悪いな、片付けまで任せて。今夜もグラッツェ。美味しかったぜ」

「どういたしまして」

 エンドラは勢いよくオレの隣に座る。

「何をしていたの?」

「考えてたんだ」

「何を?」

「このまま、ピザ屋になるのも良いんじゃないかって。エンドラのピザなら、きっと大繁盛すると思うんだ。どうかな?」

「さあ。私は食べたことがないから分からないわ」

「そうか。そうだったな。悪い」

「忘れてたの?」

「そうだな。すっかり人間になったと思ってた」

「いつもあんたたちが食事をしているのを、恨みがましく見ているんですけどね」

「そうなのか?」

「嘘よ。食べられないのは悔しいけど、皆が食事をしているのを見るのは楽しいわ」

「食べられるようにしてやれれば良いんだけどな」

「そんなことは期待してないわ」

「何を期待しているんだ?」

「さあ。なにかしら?私は何かに期待することができるのかしら?」

「エンドラ……」

「ねぇ、私はエンドラそっくりになった」

 エンドラは腕を絡ませながら訊ねてきた。

「どうかな。オレは似ていると思うけど、ルイージは全然似てないって言う。オレの中で美化されたエンドラ像を押し付けてるってな」

「そう」

「でもそれだけじゃない。確かに最初はオレの中のエンドラ像を教えこんだかもしれない。でもその後のエンドラは、自分で考えて、自分で生きて、自分でエンドラになっていったんだ。それはオレだけじゃなくて、ルイージや、ティノや、皆からの影響を受けたエンドラだ。だからオレの記憶の中にあるエンドラには似ていなくても、エンドラはエンドラなんだ」

 自分でも何を言っているのか分からなくなった。しかしエンドラは、絡ませた腕の力を強め、身体を密着させてきた。

「じゃあ、私はこのままエンドラでいても良いのかな?ここにいさせてくれる?」

「当たり前じゃないか?」

「どうして当たり前なの?」

「お前が好きだからさ」

 エンドラはくくっと小さく笑った後、顔を近づけてきた。ルージュを引いた唇が少し開いている。

 ゆっくりと自分の唇を近づけていく。

 触れ合いそうになった瞬間、

「マリオ」とルイージが部屋に入ってきた。オレたちはパッと離れた。

「……お邪魔だったかな」

「大丈夫だ。どうした?」

 今度から鍵をかけないといけないな、と思いながら訊ねる。

「ティノがいないんだ。見なかったか?」

「ピザを食べている時にはいたよな」

「ああ。でもその後いなくなったんだ。ロッコたちが近所を探しに行ってくれているけど見つからない」

「分かった。オレたちも行こう」

 立ち上がった時、携帯電話が鳴った。画面に表示された発信者は鎧塚さんだった。悪い予感がしながら電話に出る。

「よおマリオ。お前んとこの子供がうちに遊びに来ているんだが、迎えに来てくれないか?」


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