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幸いなことに家には柄の悪いヤクザの姿はなかった。素行は悪いがいとおしい家族だけだ。
車から降ろしたオートマタを奥の部屋に運び込み、オレがベッド替わりにしているソファに寝かせる。皆が見守る中、グイドが起動準備をテキパキと進める。首の後ろにあるメンテナンスハッチにコードが刺されているのを見て、改めてこいつがオートマタだって思い出す。本当によくできている。
「行くぜ」
グイドが合図をするが、しばらくは何も起きなかった。焦れながら見守っていると、ゆっくりとまぶたが開いていった。長いまつ毛に縁どられた、エメラルドのように輝く緑色の瞳が現れる。
美しい。もちろんこれが作られたもんだってのは分かってる。誰かがそういう風に作ったんだ。でも美しい。そう言わざるを得ない。この胸の高鳴りには嘘をつけない。こんなにドキドキするのは久しぶりだ。狭心症を疑うぐらいだ。
「エンドラ!」
だからそう叫んでいた。
「全然似てないじゃないか?」
ルイージが茶々を入れてくる。うるせえ、お前の眼は節穴か。似ているかどうかとかじゃない。こいつはエンドラなんだよ
「エンドラ!」
「それが私の名前ですか?」
上半身を起こしたオートマタ、いや、エンドラは落ち着いた、機械的な声色で確認してくる。
「ああ。お前の名前はエンドラだ」
「分かりました。あなたが私のマスターですか?」
マスター。その呼び方も心魅かれるが少し違う気がする。そんな主人と使用人みたいな関係になりたいんじゃない。だったら、オレはこいつとどんな関係になりたい。
エンドラとどんな関係になりたい?。
答えはすぐに決まった。
「いや、オレたちはファミリーだ」
「ファミリー?」
小首をかしげて動きが止まる。これは想定外のことを言われて困っているということだろうか?
かわいい。
「ああ、ファミリーだ。家族だ。家族の皆を紹介するぜ。こいつがルイージ、ロッコ、グイド、ダッデオ、ファブローニ、あっちでポテチ食ってるのがジェラルド、それどこの小さいのがティノだ」
エンドラは皆の顔を見回した後、「ファミリーを登録しました」と言った。
「登録しましたじゃない。覚えたわ、って言うんだ」
「覚えたわ」
「オレの声までマネしなくて良い。口調だけマネしてくれ」
「覚えたわ」
その言い方はエンドラそのものだ!
「この人は誰?」
事情が読み込めていないティノが首を傾げる。
「エンドラだ。新しい家族だぞ」
「家族……」
ティノはじっとエンドラの顔を見上げる?
「ママ?」
ママ。それは衝撃の言葉だった。思いがけない発想にその場にいる者が全員凍り付く。しかし考えてみれば当たり前だ。家族で女がいれば、それはママである可能性は高い。ティノは本当のママを知らないとは言え、本来ならママが恋しい年ごろだ。
「いいえ、私はママでは……」
「いいやっ!」
エンドラが否定しようとするのを制止する。
「お前はママだ。このファミリーのママだ」
エンドラは数度瞬きをした後、「分かりました。私はママです」と言った。
「違う。分かったわ。私はママよ」
「分かったわ。私はママよ」
今回は修正なしで完璧になり切ってきた。
そしてエンドラがママならオレの役割は決まっている。
「オレはマリオ。このファミリーのパパだ」
いや、お前らどん引いてんじゃねえよ。ノリが悪いな。ついて来いよ。
「分かったわ。パパ」
エンドラにパパと呼ばれる日が来るとは思わなかった。いや、想像はしていたが叶わなかった夢がここに成就した。
「すごい。パパにママだ」
ティノは突然現れた両親に素直に喜んでくれている。今日ほどお前をかわいいと思ったことはないぞ。
「ねえパパ」
かわいい子供が訊ねてくる。
「なんだ?ティノ」
「ママはどうして裸なの?」
女の形をしているとはいえ、さっきまではオートマタ、しょせん機械だと思っていた。しかし、動き、しかもママとなった今はその白い体が艶めかしく見えた。
「そうだ、服。ルイージ、服を持ってこい」
なんだか急にこっちが恥ずかしくなってきた。
「女物なんかねーぞ」
「とりあえずなんでも良い。バスタオルでも良い。持って来たら買いに行ってくれ」
「なんでオレが女の服を買いに行かなくちゃいけないんだよ!」
「通販で買えるけど、サイズが分からないな。誰が測るんだ?」とグイドが言う。
「そ、それはパパに決まってるだろ」
「体データは記録されていますので計測は不要です」
「パパに計られるのは嫌だってよ」
タッデオの突っ込みに、男たちは爆笑した。
笑え笑え。
その後はそれぞれがバスタオルを探しに行ったり、エンドラにどんな服を着せるかを議論したり、エンドラに自分をアピールしたりし始めた。
その光景を見ながら、オレは家族を持ったんだ、と、その高揚感で胸がいっぱいになった。
グイドに説明を受けるまでもなく、エンドラがボディだけではなく、頭もかなり良いのはすぐに分かった。知識量はもちろん凄いが、学習型人工知能(AI)の性能が素晴らしかった。エンドラらしい口調、エンドラらしい仕草を一つ教えれば、他の仕草の時にも応用していき、初めての行動の時でもエンドラらしく行動するし、エンドラらしく言うのだ。
エンドラらしくない点があっても、指摘すればすぐに修正する。最初の二日ほどは付きっ切りでエンドラらしさを教え込んだが、一週間経った今では普通の人間のように、エンドラがいるかのように過ごしている。考え方までがエンドラになってきた気がする。
「マリオ。私が今一番残念に思っていることが分かる?」
エンドラが拗ねた表情で聞いてくる。
「それはね。ご飯が食べられないこと。皆と一緒にご飯が食べられないなんて、すっごくつまんない。生きてるって感じがしない」
エンドラは、どんなにどん底にいる時でも、人間食べていればなんとかなるって考えの女だった。目の前にいるエンドラは人間の食事はできないから、そんなことは教えていない。でも、教えてもいないのに、こんなエンドラみたいなことを言いだしたのだ。
「ちょっと、なんでマリオが泣くのよ。私がつまんないって話をしているんですけど」
「ハハハ。オレ、泣いてたのか。いや、なんだ、エンドラが生きていて良かったなって思って」
「うわー、かっこわる」
エンドラはオレを慰めたりはせず、かっこわる、かっこわると言いながらリビングの方に去っていく。
まだ服の趣味は固まっていないらしく、男どもが自分の趣味のままに通販した服を順番に着ている。今日はロッコが注文した体の線が出ない緩やかなラインのカーキ色のツーピースパンツだ。ノースリーブで細い腕だけが出ている。いつもラバーフェチ物ばかり見ているロッコにしては意外なチョイスだ。
「ティノ聞いてー。パパがかっこわるいの」
「言うんじゃねえよ」
オレは怒鳴りながらも、幸せを感じていた。