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ギガンティック・マシン -Outer Edge-  作者: 靖ゆき
2章 世界の中心でAIを叫んだ羊
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4

 幸いなことに家には柄の悪いヤクザの姿はなかった。素行は悪いがいとおしい家族だけだ。

 車から降ろしたオートマタを奥の部屋に運び込み、オレがベッド替わりにしているソファに寝かせる。皆が見守る中、グイドが起動準備をテキパキと進める。首の後ろにあるメンテナンスハッチにコードが刺されているのを見て、改めてこいつがオートマタだって思い出す。本当によくできている。

「行くぜ」

 グイドが合図をするが、しばらくは何も起きなかった。焦れながら見守っていると、ゆっくりとまぶたが開いていった。長いまつ毛に縁どられた、エメラルドのように輝く緑色の瞳が現れる。

 美しい。もちろんこれが作られたもんだってのは分かってる。誰かがそういう風に作ったんだ。でも美しい。そう言わざるを得ない。この胸の高鳴りには嘘をつけない。こんなにドキドキするのは久しぶりだ。狭心症を疑うぐらいだ。

「エンドラ!」

 だからそう叫んでいた。

「全然似てないじゃないか?」

 ルイージが茶々を入れてくる。うるせえ、お前の眼は節穴か。似ているかどうかとかじゃない。こいつはエンドラなんだよ

「エンドラ!」

「それが私の名前ですか?」

 上半身を起こしたオートマタ、いや、エンドラは落ち着いた、機械的な声色で確認してくる。

「ああ。お前の名前はエンドラだ」

「分かりました。あなたが私のマスターですか?」

 マスター。その呼び方も心魅かれるが少し違う気がする。そんな主人と使用人みたいな関係になりたいんじゃない。だったら、オレはこいつとどんな関係になりたい。

エンドラとどんな関係になりたい?。

 答えはすぐに決まった。

「いや、オレたちはファミリーだ」

「ファミリー?」

 小首をかしげて動きが止まる。これは想定外のことを言われて困っているということだろうか?

かわいい。

「ああ、ファミリーだ。家族だ。家族の皆を紹介するぜ。こいつがルイージ、ロッコ、グイド、ダッデオ、ファブローニ、あっちでポテチ食ってるのがジェラルド、それどこの小さいのがティノだ」

 エンドラは皆の顔を見回した後、「ファミリーを登録しました」と言った。

「登録しましたじゃない。覚えたわ、って言うんだ」

「覚えたわ」

「オレの声までマネしなくて良い。口調だけマネしてくれ」

「覚えたわ」

 その言い方はエンドラそのものだ!

「この人は誰?」

 事情が読み込めていないティノが首を傾げる。

「エンドラだ。新しい家族だぞ」

「家族……」

 ティノはじっとエンドラの顔を見上げる?

「ママ?」

 ママ。それは衝撃の言葉だった。思いがけない発想にその場にいる者が全員凍り付く。しかし考えてみれば当たり前だ。家族で女がいれば、それはママである可能性は高い。ティノは本当のママを知らないとは言え、本来ならママが恋しい年ごろだ。

「いいえ、私はママでは……」

「いいやっ!」

 エンドラが否定しようとするのを制止する。

「お前はママだ。このファミリーのママだ」

 エンドラは数度瞬きをした後、「分かりました。私はママです」と言った。

「違う。分かったわ。私はママよ」

「分かったわ。私はママよ」

 今回は修正なしで完璧になり切ってきた。

 そしてエンドラがママならオレの役割は決まっている。

「オレはマリオ。このファミリーのパパだ」

 いや、お前らどん引いてんじゃねえよ。ノリが悪いな。ついて来いよ。

「分かったわ。パパ」

 エンドラにパパと呼ばれる日が来るとは思わなかった。いや、想像はしていたが叶わなかった夢がここに成就した。

「すごい。パパにママだ」

 ティノは突然現れた両親に素直に喜んでくれている。今日ほどお前をかわいいと思ったことはないぞ。

「ねえパパ」

 かわいい子供が訊ねてくる。

「なんだ?ティノ」

「ママはどうして裸なの?」

 女の形をしているとはいえ、さっきまではオートマタ、しょせん機械だと思っていた。しかし、動き、しかもママとなった今はその白い体が艶めかしく見えた。

「そうだ、服。ルイージ、服を持ってこい」

 なんだか急にこっちが恥ずかしくなってきた。

「女物なんかねーぞ」

「とりあえずなんでも良い。バスタオルでも良い。持って来たら買いに行ってくれ」

「なんでオレが女の服を買いに行かなくちゃいけないんだよ!」

通販(ハマゾン)で買えるけど、サイズが分からないな。誰が測るんだ?」とグイドが言う。

「そ、それはパパに決まってるだろ」

「体データは記録されていますので計測は不要です」

「パパに計られるのは嫌だってよ」

 タッデオの突っ込みに、男たちは爆笑した。

 笑え笑え。

その後はそれぞれがバスタオルを探しに行ったり、エンドラにどんな服を着せるかを議論したり、エンドラに自分をアピールしたりし始めた。

 その光景を見ながら、オレは家族を持ったんだ、と、その高揚感で胸がいっぱいになった。



 グイドに説明を受けるまでもなく、エンドラがボディだけではなく、頭もかなり良いのはすぐに分かった。知識量はもちろん凄いが、学習型人工知能(AI)の性能が素晴らしかった。エンドラらしい口調、エンドラらしい仕草を一つ教えれば、他の仕草の時にも応用していき、初めての行動の時でもエンドラらしく行動するし、エンドラらしく言うのだ。

 エンドラらしくない点があっても、指摘すればすぐに修正する。最初の二日ほどは付きっ切りでエンドラらしさを教え込んだが、一週間経った今では普通の人間のように、エンドラがいるかのように過ごしている。考え方までがエンドラになってきた気がする。

「マリオ。私が今一番残念に思っていることが分かる?」

 エンドラが拗ねた表情で聞いてくる。

「それはね。ご飯が食べられないこと。皆と一緒にご飯が食べられないなんて、すっごくつまんない。生きてるって感じがしない」

 エンドラは、どんなにどん底にいる時でも、人間食べていればなんとかなるって考えの女だった。目の前にいるエンドラは人間の食事はできないから、そんなことは教えていない。でも、教えてもいないのに、こんなエンドラみたいなことを言いだしたのだ。

「ちょっと、なんでマリオが泣くのよ。私がつまんないって話をしているんですけど」

「ハハハ。オレ、泣いてたのか。いや、なんだ、エンドラが生きていて良かったなって思って」

「うわー、かっこわる」

 エンドラはオレを慰めたりはせず、かっこわる、かっこわると言いながらリビングの方に去っていく。

 まだ服の趣味は固まっていないらしく、男どもが自分の趣味のままに通販した服を順番に着ている。今日はロッコが注文した体の線が出ない緩やかなラインのカーキ色のツーピースパンツだ。ノースリーブで細い腕だけが出ている。いつもラバーフェチ物ばかり見ているロッコにしては意外なチョイスだ。

「ティノ聞いてー。パパがかっこわるいの」

「言うんじゃねえよ」

 オレは怒鳴りながらも、幸せを感じていた。


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