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ギガンティック・マシン -Outer Edge-  作者: 靖ゆき
4章 君の聴いている音を聴きたい
18/19

 その日、祐は類からの電話で起こされた。

「朝早くから悪い。急だけど転校することになった。実はもう、転校先に移動中なんだ」

「……」

「おーい、起きてるか?」

「起きてる。もう一回言ってくれ」

「転校するんだ」

 ようやく目が覚めた。

 珍しく早口の類の話をまとめると、類の父親が転校することになったらしい。父親は単身赴任するつもりだったが、転勤先の近くに類が以前から興味を持っていた学校があったらしい。ダメで元々で問い合わせていたのだが、なんと今朝突然に転校の許可が出た。ただし一つ条件があった。

「今日中に転校するならって、……なんで?」

「オレにも分からないけど、入れてくれるなら従うしかないだろ」

「……海洋牧場に興味があるなんて初めて聞いた」

「悪い。でも、こんな夢が叶うなんて思ったことなかったからさ。オレに海の男なんて似合わないだろ」

 そう言う類の声は弾んでいた。

「イケメンは何だって似合うよ」

「ははは、ありがとう。お前は今から学校だろ?また連絡する」

「うん。元気でやれよ」

「お前も元気でな」

 友人との別れは初めてではなかった。しかし、こんな唐突な別れは初めてだ。湿っぽくならず、爽やかに去っていくあたりがイケメンっぽい。

 突然の別れに美咲桜はどうするのだろうか?それとも知っていたのだろうか?

 泣くのだろうか?笑うのだろうか?

 考えながらベッドから出た。


 山谷先生が上原類の突然の転校を告げると、当然のことながら教室内は驚きの声で満たされた。阿鼻叫喚が響いたといっても良い。

 いつもと同じようににこやかにその様子を見守っていた山谷先生は、一分経ってから、パンと手を打ち鳴らし、その一発で騒ぎが収まった。

「大切な仲間を失って悲しい気持ちは分かりますが、あなたたちには今為すべきことがあります。授業を始めます」

 穏やかな迫力に、そういえばこの人の正体は軍人だった、と祐は実感した。

 休み時間になると、類と仲の良かった祐のところにクラスメイトが殺到したので、今朝聞いた話を何度も繰り返すことになった。類本人に連絡を取った者もいたが、今日は転校の手続きで忙しいという返事を最後に、連絡は取れなくなった。克馬は国家の陰謀だなどと喚いていた。

 クラス全体、情報が伝播していって学校全体がよりどころのないフワフワとした空気の中、時間が過ぎて行く。

 午後になってようやく質問攻勢が止んで落ち着いた祐は、祝子と話してみたくなった。先日の校舎裏でのやり取りの後、祝子とは話をしていなかった。彼女から接触してくることはなく、いつも通りヘッドホンをして机に突っ伏している。祐もメッセージを呟いていない。

 祝子は今でも盗聴を続けているのだろうか?

「中神さん、聞こえる?」

 呟くが、祝子は突っ伏したままで動きがなかった。

 聞こえていないのか?無視されているのか?

「中神さーん」

 再度呼びかけるがやはり動きはない。祝子を見ている間に違和感に気が付く。ヘッドホンが変わっているんじゃないか?そう思った時、手元のタブレットがポーンと鳴った。

 山谷先生からのメールで、「放課後、生徒指導室に来るように」と書かれていた。


 生徒指導室への呼び出しは二回目だが、慣れないな、と思う。前回は何故呼ばれたのか全く分からず、かなり緊張した。今回はバイトの件だろうと予想はできるが、それでも緊張することに変わりはない。

 少し重い気持ちを抱えて廊下を歩いていると、前から美咲桜が歩いてきた。類のことについて、色々と訊きたかった。

「羽村さん」

 しかし美咲桜は祐を見ることもなく、黙って通り過ぎて行った。見上げたその眼には涙が溜まっているように見えた。

 綺麗な後姿を見送り。再び歩き始めて、祐は美咲桜が生徒指導室から出て来たのだと気が付いた。

「お久しぶりね。立川祐君」

 生徒指導室では、カスペルスキー・神楽が蠱惑的な笑みを浮かべて一人で待っていた。

「今日はこれまでの成績を報告しに来ました」

 祐が席に座ると、カスペルスキーはすぐに話を始めた。

「一次試験合格です。おめでとう。二次試験に進む?」

「待ってください」祐は慌てて口を挟む。「試験だなんて聞いていません」

「話していないもの」

 カスペルスキーは全く悪びれずにさらりと答え、よどみなく説明を始めた。

「教室を作らなくてはならないの。特別な教室をね。その為の生徒を探しているの。候補に選ばれた生徒をテストして、本当に適しているかどうかを確認しているの。バイトだとか、適当な理由をつけてね」

「特別な教室ってなんなんですか?」

「ギガンティック・マシンの操縦士の一人は高校生、あなた達と同じ歳よ」

 国家の最重要機密のはずのことをあっさりと打ち明けて来た。

「今は学校には行っていないのだけど、戦闘や訓練で精神的に参ってしまってね、本人の希望もあって、学校に通うことになったの。でも、普通の学校に通わせるわけにもいかないでしょ。とはいえ、学校を新しく作る時間もないわ。だからせめて、特別な教室を作ることにしたの。理想的な教室をね。これはそのための選抜試験よ」

 いきなり浴びせられた情報の奔流に頭の理解が追い付かない。いや、理解はできているのだが整理できないし、どのように対応すれば良いのか判断できない。

「これからのことだけど、今まで行っていたレポートはこれまで通り実施してちょうだい。ただ、三嶽克馬君の……」

「待ってください」

 祐は必死で叫んで、一方的に話を進めようとするカスペルスキーを止めた。

「僕が、断ったらどうするんですか?」

「どうもしないわ。他の人にその役割が与えられるだけ。もっとも、転校ぐらいはしてもらうかもしれないけど」

 転校と聞いて、類の顔がピンと思い浮かんだ。

「もしかして、類は断ったんですか?」

 類もこのバイトをしていたのか?しかしカスペルスキーはあっさりと否定し、さらに衝撃の事実を告げる。

「いいえ。上原類君はテストの対象になっていないわ。彼の転校は、反政府的な活動が認められたため、この学校の生徒としてふさわしくないと判断されたからよ」

「類が……、反政府的な活動?嘘だ!そんなの、見たことも聞いたこともない!」

「そうでしょうね。あなたを巻き込まないように注意していたみたいだし。でも、通報があって調査した結果、事実だと確認されたので今回の処置を下したの」

「通報なんて誰が……」

「羽村美咲桜さんよ」

 意外過ぎる名前だった。それと同時に、先ほど見たばかりの涙を思い出した。あの涙こそが、カスペルスキーの言葉が真実だという証拠だ。

「そんな、ひどい、二人は付き合っていたんですよ。なのに、どうして」

「そうみたいね。でも、彼女は国家のために自分の為すべきことをした。私たちは彼女を高く評価しているわ」

 カスペルスキーの声色はやさしい。しかしその物言いに彼女は軍人なのだと思い出し、背筋に冷たいものが走る。

「類は、どうなるんですか?」転校というのは嘘で、本当は拘束されるのではないのか。

「本当に転校してもらっただけよ。余計なことを考えずに、彼が興味を持っている分野で、彼の能力を生かせるようにね」

 確かに、海洋牧場の研究をするという類の声は弾んでいた。つまり、自分は類のことを何にも分かっていなかった ということだ。

「克馬は、三嶽克馬はどうなるんですか?」

 祐は克馬の反政府的な言動をたくさん報告してきた。自分のせいで、もう一人、転校する者が出るのだろうか。

「なにもないわ」

「なんでなんです。僕の報告書を読んでいないんですか?」

「演説を詳細に再現されているのを読ませてもらったわ。他の人たちはすぐに面倒くさくなって、彼の発言は適当なレポートになっていったのに、あなたは真面目に記録していたわね。彼もしゃべったかいがあったんじゃないかしら」

「なんなんです?」

 目の前の大人は何を言っているんだ?

「彼も私たちのバイトをしていたのよ。彼の仕事の内容はあなたとは違って、反政府的なデマを広めることよ。私たちはそれに同意、賛同する者がいないかを監視し、また、あなた達が彼の言動をきちんと記録しているかを確認していたの。だから、これからは彼の言動は記録しなくて良いわ」

 呆然とする祐が返事をしなくても、カスペルスキーは勝手に説明を続ける。

「先生の言うことに黙って従うだけの生徒しかいない教室なんてつまらないでしょう。だから、色んな種類の生徒を用意しているの。アジテーター、セクシーギャル、筋肉バカ、中二病」

 カスペルスキーは開いた手を親指から追っていき、残った小指を右に向けた。

「どうしてそんなことをするんですか?」

「勝つため」

 簡潔明瞭な答えだった。だからこそ、高校生の浅はかな考えなど聞いてもらえないのだと、身に染みて理解した。自分たちが平和だと錯覚しながら学生生活を過ごしている横で、大人たちは戦争をしているのだ。

「僕の役割はなんですか?」

 だから、覚悟を決めた。 祐の問いに、カスペルスキーは嬉しそうな笑みを浮かべる。

「皆に愛される、クラスの愛玩動物的なキャラクターを期待していたのだけど、実際は違うみたいよね」

「良いですよ。やります」

「そう。無理しないようにね」

 残っていた小指を折り、話を終わらせようとしていたカスペルスキーは、タブレットを確認して声を上げる。

「ああそうそう、忘れていたわ。あなたと中神祝子はバイトのことを話したわよね。契約違反、ペナルティがあります」

 慌てる祐に、カスペルスキーはさらりと伝える。

「彼女を首にします」


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