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ギガンティック・マシン -Outer Edge-  作者: 靖ゆき
4章 君の聴いている音を聴きたい
17/19

「おはよう」

「おはよう」

「顔色が悪いけど大丈夫か?」

「寝不足なんだ」

「新作のゲーム?面白かったら教えてくれよ」

「まだ始めたばかりだから」

 類と普通に朝の挨拶を交わした。昨日は少しショックを受けたが、落ち着いて考えれば大した嘘ではない。祐や美咲桜に隠したい秘密もあるだろう。何せ上原類はイケメンでモテるのだ。

 それよりも、今気にしなくてはならないのは中神祝子だ。まずは彼女が本当に自分を盗聴しているのかを確認しなければならない。祐は一晩悩んでその方法を考えて来た。


 祝子はいつもと同じように始業ギリギリで登校してきた。自分の席に直行して座ると、僅かな時間でも世界を拒絶する意思表示のように机に突っ伏した。いつも通りの光景なので、それを気にするクラスメイトはいない。

 チャイムが鳴り、皆が自席へ向かう。話し声が減り、ガタガタと椅子を引く音が響く。チャイムが鳴りやむ瞬間に祐は呟いた。

「おははよう」

 すっごく恥ずかしいけれども、できるかぎり甘い声で呟いた。

 その瞬間、祝子はびくっと身体を震わせ、頭だけを動かして祐の方を見たが、祐はすぐに視線を反らして前を見た。

 すぐに山谷先生が入ってきた。クラス委員の号令で全員が起立する。顔を赤くした祝子が頭を捻りながらヘッドホンを外す様子を盗み見して、祐は確信を強めた。それから休み時間のたびに「愛してる」とか「めちゃくちゃにして欲しい」とか「月がキレイだ」なんて言葉を会話の中に紛れ込ませた。類たちからは変な顔もされたが、祝子のリアクションを見ているのは面白かった。

 そして昼休みが終わる時、「聞いてるんだろ?放課後に屋上で待ってる」と告げた。


 なんとなく雰囲気で指定してみたものの、祐は放課後に校舎の屋上に来たことはなかった。一部の生徒の溜まり場になったりしていたらどうしようかと直前になって思ったが、幸いなことに人影はなかった。高いフェンスに囲まれたガランとした空間。手持無沙汰な祐はうろうろと歩く。高所恐怖症なので、フェンスから下を覗いたりはしない。

 それほど長い時間は待たされなかった。

 ヘッドホンを首にかけた祝子が現れた。すこしほっとしながら話しかける。

「やっぱり来たね」

「なんのこと?」祝子は不機嫌そうに顔をしかめる。「あんたはここで何をしてるの?」

「何って……」この祝子の反応は予想外だった。

「中神さんは、オレに呼ばれたからここに来たんだろ?」

「なんで私がそんなことしなくちゃいけないのよ。……そもそも呼ばれてないし」

「じゃあなんでここに来たんだ?」

「なんであんたにそんなことを教えなくちゃいけないの!……日課よ、日課。いつも、帰る前にはここで風にあたって帰るの」

「嘘だ」

 意外な展開に混乱した祐はそう叫ぶ。

「だから、なんであんたにそんなこと言われなくちゃいけないの。あんたは私の何を知ってるの?」

「盗聴してただろ?」

「意味分かんない」

 祝子は肩をすくめると背を向けた。

「今日は風が悪い。帰る」

 残された祐はどうしたら良いのか分からなかった。盗聴を見破られた祝子はその理由一切合切を打ち明けるはずだったのに、盗聴を認めることすらしなかった。全て自分の勘違いだったのだろうか?


 くじけそうになった祐を助けてくれたのは克馬だった。

 傷ついた心には克馬の演説は通常の三倍うざかったので、常日頃はスルーしていることを聞いてみた。

「いつも同じような話をしていて飽きない?いい加減、オレが真面目に聞いていないってことも分かってるだろ」

「あ、やっぱり真面目には聞いてくれてなかったんだ……」

 克馬はがっかりしたした表情を見せたが、すぐに復活した。

「ふん、そんなことは問題ではない。オレには確信があり信念がある。今の間違った社会を、政治を正さねばならんというな。その為には何度でも何度でも繰り返し訴える。もしかしたら飽きられているかもしれない。聞き流さているかもしれない。しかし何度も何度も耳にしていれば絶対に言葉は記憶される。心に届く。それでも異なる意見を持たれるかもしれない。お前は間違っていると言われるかもしれない。それはそれだ。まずは心に届かなければ同意してもらうこともできない。 オレは何度でも何度でも言い続ける。いつかオレが正しいと証明するために」

「そうか!」

「分ってくれたか!」

「ああ。愛してるぜ、克馬」

 教室の端でゴンと音がする。祐は自信を持った笑みを浮かべる。

 正直、克馬の主義主張に同意することはない。しかし、自分が正しいと思うことを何度でも何度でも繰り返すという言葉は心に刺さった。思い返してみれば、昨日の祝子は逆切れ気味だった。普段も丁寧な話し方だとは言えないが、あんなに芝居がかった乱暴な物言いはしていなかった。何かを隠すために乱暴な口調になっていたのではないか?盗聴している事実を誤魔化したのではないか?

 開き直り覚悟を決めた祐は作戦を続行した。何度も何度も祝子にメッセージを送り続けた。類たちとの会話の流れなんか無視して、メッセージを送り続けた。その結果、

「いい加減にして!」

 祝子は突然大声で怒鳴った。皆がぎょっと驚きの視線を向ける中、怒りに任せて教室から出て行った。

「どうしたんだろう?」類は目を丸くしている。

「どうしたんだろうな。ちょっと見てくる」

「もう授業始まるぞ」

 類の静止の声に止まることはなく、祐は祝子を追った。


 祝子が立ち止まったのは、校舎の裏手の、樹木が植えられて林っぽくなっている場所だった。ベンチなども設置されているため、憩いの場所として生徒にも人気だが、今は授業中のため人の姿はない。高所恐怖症の祐は、祝子が向かったのが屋上でなかったことに、まず安堵する。

 安堵はしたものの何の策もないことに気が付いて愕然とする。先日は自分が呼び出したのにこてんぱんに打ち負かされた。今回は呼び出させることには成功したが、そこから先のことは何も考えていなかった。ノープランだ。

「結構しつこいのね」

 祐が何も決められない間に、祝子がいらいらと先制パンチを放ってきた。ありがたい。

「疑問を晴らしたかっただけだ」

「で、どうするの?」

「どうするって?」

「私は盗聴をしていました。どうもすみません。それで、どうするの?」

「どうするって……」

「もしかして何も考えてないの?」

 祐はしばらく考えた後―――、黙って頷いた。盗聴しているかどうかを知りたいだけで、それ以上のことは特に考えていなかった。

「なにそれ!信じられない!この数日の私の苦悩を返して。あーバカみたい。てっきり、いけすかないおばさんの差し金かと思ってたのに」

 祝子は頭をかきむしりながら空に向かって吠える。

「いけすかないおばさん?」

「いるのよ!すっごい美人だけど、それ以上に嫌な感じのおばさんが」

「もしかして、カスペルスキーさん?」

「知ってるじゃん!」

 祝子は地団駄を踏む。

「中神さんもカスペルスキーさんを知っているの?」

「そこから?なんなのよもう。なんにも知らないじゃん。でも、あの女を知っているってことは、あんたも盗聴しているんでしょ」

「オレは盗聴なんかしてない。耳で聴いたことを報告しているだけだ」

「盗み聞きしているんでしょ。似たようなもんじゃない。あんたはいつからやってるの?」

「……ああ、このバイトのことか。一ヶ月ほど前から」

「じゃあ、私の方が少し先輩か」

「でも、それより前からヘッドホンをしていなかった?」

「バイトを始めるときにマイク付きの新しいのをもらったんだ」

「良いな。オレにはくれなかった」

「普段ヘッドホンをしていない人が急にヘッドホンをして来たら変じゃん」

「確かに」

「はぁ……。あんたって、結構抜けてるのね」

 祝子に言われても不思議と腹は立たなかった。

「でも、同じバイトをしている人がいるなんて思わなかった」

「そう?上原とかやってるんじゃないの?」

「聞いたことないな。秘密にしてろって言われたからオレも話してないし。もしかして、これって問題なのかな」

 祐がお互いを指で刺すと、祝子は心底疲れたという顔をする。

「もう、どーでも良いです」

 そんな祝子を見ていると、祐は少しおかしくなってきた」

「なんで笑ってるの?」

「いや、中神さんて思ってたよりしゃべるんだなって思って」

「ば、ばか。誰が盗聴しているか分からないのに、迂闊にしゃべれないでしょ」

「すぐに顔が赤くなるし」

「うるっさい」

 祝子は怒鳴って走り去った。見送る祐は自分の顔がにやついているのに気が付いていなかったが、なんだか楽しいことが起こるのではないかと言うわくわくとした期待が産まれてきていることは感じていた。

 中神祝子という今までただのクラスメイトでしかなかった存在が、自分の心の中にスペースを持ってしまっている。それが不思議で、でも面白かった。浮かれていた。

 だから、状況が次の段階に移りつつあることにも全く気が付いていなかった。


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