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ギガンティック・マシン -Outer Edge-  作者: 靖ゆき
4章 君の聴いている音を聴きたい
14/19

 祐にとって三嶽(みたけ)克馬(かつま)の良いところは、自分のコンプレックス、つまり背が低くて童顔で声が高いことをからかったりしてこないことだ。克馬はやせ形で背が高い、髪の毛は天然パーマのもじゃもじゃ頭で、ニヒルな顔立ちの彼によく似あっている。

 摩子やみどりはもちろん、仲の良い類もたまにからかいのネタにするし、他のクラスメイトや、違うクラスの者たちだけではなく、後輩にもからかわれるが、克馬にはからかわれたことがなかった。

だから克馬と仲が良いのかというとそんなことはない。むしろ彼には辟易としていることが多いのだが、今日も相手をしているのは、克馬の相手をしている時は他の誰かにからかわれることがないからだ。

 克馬は政権批判の話をするのが好き、というかその話ばかりをするので、他のクラスメイトからは避けられている。祐をからかわないのではなく、反政府以外の話は興味がないのだと、最近ようやく気が付いてきた。

「同士、ニュースを見たか?」

 一時間目の授業が終わると、足早にやってきた克馬が勢いよく話しかけてきた。そういえば、『同士』って呼びかけも好きじゃない。

「レアキャラの配布率が操作されていたニュース?それとも、アイドルの浮気話?」

「そんなくだらない話じゃない」

 祐もそれほど興味のある話ではないが、周囲のクラスメイト達が熱心に語り合っている話題を克馬はくだらないと切り捨てる。

「もちろん黒光丸(こっこうまる)のニュースだ。今回は港湾地区で武器の貯蔵庫を発見したってデマだ」

「それのことか」

 そのニュースも話題になっている。しかし、

「ニュースではデマだなんて言ってない」

「そりゃそうだ。報道機関は政府のスピーカーでしかないからな。政府にとって都合が悪いことは隠すんだ。何度も言っているだろう」

 克馬は得意げに言いながらふんふんと鼻を鳴らす。

「でも、黒光丸が武器を発見したなんてデマ、何の意味もないと思うけど」

「そこだよ!そもそもだ。黒光丸とは何かってことだ」

「何って、正義の忍者……」

「正義の忍者!高校生にもなって恥ずかしくないのか?いや、もちろん同士が悪いんじゃない。そんな認識を一般市民に埋め込んでいる政府が悪いんだ。敵国のスパイと闘う現代の忍者『黒光丸』!秘密を守って働くはずのスパイだとか忍者だとかが、正体を明かしてどうするんだって話だろ。しかも最近は赤光丸(しゃっこうまる)とかいう(くのいち)まで現れた!完全に大衆向けのエンターテインメントであり、プロパガンタだ。こんな誤魔化しをやっていては戦争には勝てない!」

「武器庫は嘘だってこと?」

「嘘を上手につくコツと言うのは、嘘と真実を上手に織り交ぜることだ。そう考えると、武器庫は本当なのかもしれない。しかしそれが、敵国のスパイのものなのかどうかは非常に疑わしい!そもそもだ!スパイだ、黒光丸だというのが、真実から目を逸らさせるための方便なんだ。この戦争の肝は何だ?間違いなくギガンティック・マシンだ。黒光丸なんかじゃない。なのにだ!最近のニュースでギガンティック・マシンを見たか?朱雀も白虎も動きがない。五機目と噂されている金剛はいつまで経っても完成しない。ギガンティック・マシンの配備はうまくいっていないんだよ。政府はそれを隠すために黒光丸の小さな成果を大々的に報道しているんだ。マスコミは政府に協力しているんだ。真実を報道しなければならないはずのマスコミが権力のものになっている。我々はそれを取りもどさなければならないのだよ同士!」

「マスコミは我々のものなの?我々って誰のこと?」

「我々は我々だよ。一般大衆だ!」

 祐は克馬の意見に違和感を受けた。克馬の意見に違和感があるのはいつものことだが、今日のそれはいつもの違和感とは少し違う、言葉にはうまくできないひっかかりを感じた。それが何かを考えていると、昨日の類の言葉が浮かんできた。

美咲桜は美咲桜のもの。オレはおれのもの。

 克馬はマスコミを一般大衆のものにしたいのだろうか?それでどうするんだ?彼自身は何が欲しいんだ?毎回毎回こんなわけの分からない話を自分に話に来るのはなぜなのか?同士とか、自分だけをそんな特別な存在であるかのように呼ぶのはなぜなんだ?特別な存在。もしかして……、

「三嶽くんは、オレが欲しいのか?」

 ぐるぐると回った思考からこぼれた声は、それほど大きなものではなかった。騒がしい教室内では、克馬にしか届いていない可能性が高い。

 その時、教室の反対側でゴンと大きな音がした。

「おおーい、中神さん、どうした?大丈夫か?」

 柔道部に入っていて、身体も声も大きい河辺の声が響いてくる。どうやら祝子が壁に頭を打ち付けたらしい。朝から居眠りでもしていたのだろうか?保健室に連れて行かなきゃ、などと誰かが騒いでいる間に、休み時間の終わりを告げる鐘が鳴った。思わぬ騒動で手持無沙汰気味になっていた克馬は「我が欲しいのは同士だ」と言い残して去って行った。

 同士が欲しいって気持ちは色々な意味で納得するが、それに自分を加えるのは勘弁して欲しい。次の授業が終わると、祐はすぐに席を立ってトイレへと急いだ。廊下を歩いていると、保健室から戻ってきたらしい祝子とすれ違った。

 このエロガキが!

 昨日受けた衝撃的な言葉が思い出される。その言葉の真意を確かめたい気持ちもあったが、それを訊いて、新たな罵声を浴びせられる恐怖の方が勝った。祐はそのまま通り過ぎようとしたが、祝子が不意に立ち止まったので、なんとなく彼女の前で立ち止まる形になってしまった。

 うつむき気味だった顔が上げられると、紅潮していた。眼鏡の奥でぎろりと目が動く。

「へんたい」

 祝子は吐き捨てるように小声で言うと、祐の横を通り過ぎて行った。

 二日連続の罵声に、一日、勉強も何も手に付かなかった。


 帰り道、東の空を見上げると赤い塊が浮かんでいるのが見える。首都を防衛している≪ギガンティック・マシン≫朱雀だ。

 十年前に始まった第三次世界大戦は現在も継続中だ。この世界大戦が過去の二回と大きく異なる点は二つ、世界は二分されておらず、個々の国家として闘っていること。そして、大勢の兵士たちが戦場で闘い合うのではなく、体長百メートルを超える巨大人型兵器≪ギガンティック・マシン≫による決闘スタイルで行われるということだ。

 日本は、朱雀、白虎、青龍、玄武の四体の≪ギガンティック・マシン≫を所有している。各国が所有している数は公表されていないが、四体は多い方だと推測されている。

 今も朱雀が首都を防衛しているが、首都が攻められたことはない。敵が来るのは大抵、首都から離れた地方だ。だから祐は本当の戦場を見たことはない。普段の生活で戦争をしているのだと強く感じることはない。朝起きて学校に行き、授業を受け、類や友達と遊び、帰って家族と時間を共にし、眠る。その繰り返し。それはきっと、戦争のない世界でも繰り返されるルーチンだろうと思う。

 だから、黒光丸が首都圏内でスパイと闘ったというニュースを見ると、≪ギガンティック・マシン≫が遠くの戦場で闘ったという話を聞くよりも、戦争しているのだということを思い出させた。

「ああ、なるほど」

 自宅の玄関の前で祐は気が付く。

 黒光丸の役割とは、戦争を忘れがちな市民に戦争を思い出させることなのかもしれない。そうなると、克馬の言うことにも一理ある。

「ただいま」そんな思考を捨て去ったような明るい声で、祐は帰宅を告げた。


 夜、祐は昨夜と同じようにタブレットを取り出し、【レポート】と書かれたアイコンをタップする。外付けキーボードでまず『発言者:三嶽克馬』と入力し、その後に彼の発言を思い出せる限り入力していく。短い時間だったはずなのに、結構な量になる。入力が終わると送信し、タブレットを閉じてベッドに潜り込む。

 これが、立川祐と戦争の接点だ。


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