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ギガンティック・マシン -Outer Edge-  作者: 靖ゆき
3章 黒光丸
10/19

 スーツケースと鋼鉄製の角材を担いだまま雪原を走ること十五分、前方に人工物が見えて来た。カーキ色のティルトローター機。その手前に二つの人影があった。

 前に立つ背の高い中年の女性は銀髪と白いロングコートの裾を靡かせながら堂々と立っている。カスペルスキー・神楽。今回、景光をこの雪原の真ん中に呼び出した張本人だ。

 その後ろに立つ、青いベンチコートを着た金髪の若い女性は見たことがない。

 景光は神楽の前で止まるとスーツケースを置き、姿勢を正してから報告した。

「佐崎景光、只今到着しました」

 神楽はその名が示す通りロシア系の血が入っており、色が白く彫が深い顔立ちをしている。とび色の冷たい視線を向け、少し苛立った声で「マスクを取りなさい」と命じた。

 マスクを外すと途端に冷たい外気に晒され、少し震える。白い息を吐く。

「遅かったわね」

「申し訳ありません。途中で不審車両に遭遇し、戦闘に入りました。この不審者が……」

 話の途中で神楽に手を振られる。

「報告は受けているわ」

「もうですか?」とか「誰に?」とは聞かない。神楽は内閣府で課長である景光よりも上級職であるが、庁舎内ではその姿を見たことはほとんどない。日本軍も含めて幾つもの組織を兼務しており、日本中を、時には世界をも飛び回っている。彼女の本当の職務を知る者は皆無だ。

そんな神楽が持つ情報網は国内最高峰の諜報機関である内閣府特殊情報調査室よりも上だ。

「あなたはどこの者だったと考える?」

「上半分はディスプレイを被っていたので見えませんでしたが、アジア系の顔でした。車から変形するパワードスーツを作れるほどの技術力を持っている国は中国ぐらいだろうと思いますが、車の形状は米国品に見えました。ただ、米国にも中国系の人間はいくらでもいますし、形状もそれらしく偽装できます。よく調べてみないことには……」

「はいはい」

 神楽はまた面倒くさそうに手を振る。

「あなたの話は堅苦しくて疲れるわ」

「申し訳ありません」

 神楽は景光の堅苦しさにうんざりしているかもしれないが、景光も神楽にそんな態度を取られることに慣れている。ここまでの流れは型通りの挨拶のようなものだ。

「命令よ。この訓練場に未確認の侵入者がいるわ。発見し、排除しなさい」

「先ほどの者ではないのですか?」

「あの程度の者の相手をするのに、わざわざあなたを呼ぶわけがないでしょう。自分の力を自覚しなさい。詳細な情報は見ておいて」

 言いながら神楽は携帯端末を操作する。

 景光のスーツの携帯端末はマスクに内蔵されており、情報は目の部分に映し出される。つまりマスクを被っていないと見えないのだが、それが分かっていて送信するのがカスペルスキー・神楽だ。

「確認しておきます」

 それでも慇懃に答える。

「それと、この子を連れて行って」

 それまで不機嫌そうだった神楽は唐突ににやりと楽しそうに笑いながら後ろを示す。嫌な感じしかしない笑顔だ。

「この子……ですか?」

 自分に視線が集まっていることに気が付いて、若い女は半歩前に出て敬礼し、挨拶した。

「日本軍応用兵器開発局所属、斯波(しば)光流(ひかる)准尉です」

 緊張した声だった。目がせわしなくちらちらと動き、景光を観察している。

 強張っている顔には少し幼さが残っている。二十代前半だろう。東洋系の顔立ちだが、ボブカットの金髪。染めているのではなく、ウィッグを被っているように見える。

「内閣府特殊情報調査室の佐崎景光です。よろしく」

 景光が手を差し出すと、光流は少しの間の後、目を逸らしながら手を出して来た。

「よろしくお願いします」

「この子、初めての実戦だからよろしくね?」

「ああ、それで緊張しているのですか」

「緊張なんかしていません」

 神楽は可愛らしい顔を赤くしながら憤然と答える。

「そうなんですか?緊張しているならそれを自覚するのは必要なことです。恥ずかしがることではありません」

「訓練は十分に受けています」

「憧れの黒光丸に会えたから、意識しているのよ」

「憧れてなんていません」

 神楽にからかわれた光流はすぐに失言に気が付いて謝った。

「すみません。数々のご活躍は聞いていて、尊敬しています。していますが、その……憧れとは少し違うんです。えっと……」

「無理しなくて良いですよ」

「無理なんかしていません」

 またもや憤然と答える。なかなか難しそうな娘だ。侵入者を排除するよりもこちらの相手の方が難しいかもしれない。

「じゃあ、後は二人でよろしくやって」

 神楽はそう言ってひらひらと手を振った後、不穏な情報を付け加える。

「知らないだろうけど、あなたを送ってくれたパトロール隊に何かが近づいているみたい」

「何がです?」

「知らないわ。確認して」

 全部知っているくせに、嫌な上司だ。

「分かりました。基地に帰るならこのスーツケースを持って帰ってください」

そう言って投げたスーツケースは見事にティルトモーター機の搭乗口前に落下した。

「先に行きます。追いかけてきてください」

 光流の移動手段は分からないが担いでいくわけにもいかない。もし、景光と同じような身体能力を持つ者なのであれば、付いてきてくれれば良い。

 景光はマスクを被り、角材を担ぐと駆けだした。

 目の前のモニターに周囲の様子が映し出され、その上に様々な情報が表示される。とりあえず、真ん中に表示されていた神楽からのメールを隅に追いやり、レーダーを開く。地形と幾つかの光点が映し出される。神楽の言葉通り、パトロール隊に迫る未確認物体がいた。しかも別々の方向から四つ!

「救援部隊は何をしているんだ?」

 景光は呟く。救援部隊を呼んでからすでに三十分以上経過している。救援隊が航空機を使っていればすでに到着しているはずだが、レーダーにはそれらしき姿は見えない。

 次に上空に配備されている偵察ドローンからの映像を開く。四つの光点は全て先ほどのSUVだった。しかも二台ずつだ。

「八台を相手か……」

 苦戦を覚悟する。

 しかし本当の問題は別にある。SUVよりも先にパトロール隊に辿りつけるかどうかだ。レーダー内の動きから予測すると、景光よりもSUVたちの方が先に目標に到着する。パトロール隊の装備では一分も持ちこたえられないだろう。

 景光は足を速めるが、レーダーはそれでも間に合わないという無慈悲な予測を見せてくる。

「くそっ」

 その時、爆音が隣から聞こえ、同時に盛大な雪煙に襲われた。雪煙を避けながら隣を見ると、大型の赤いスノーモービルが疾走していた。跨っている者の顔はヘルメットで隠されているが、身体のラインを浮き出させる青いボディスーツから女性だと分かった。

「そこのスノーモービル。斯波准尉ですか?」

「はい」

 呼びかけると固い声が返って来た。

「乗せてください」

「……お断りします」

 しばらくの間の後、意外な返事が返ってくる。

「なぜです?」

「このスノーモービルは一人乗りです」

「席はなくても構いません」

「駄目なものは駄目です。これは私専用のスノーモービルですから」

 あまりの融通の利かなさに思わず声を荒げてしまう。

「非常事態なんだぞ。仲間が危ないんだ。君と同じ基地の者だろう」

「はい。だからもちろん助けます。追いかけてきてください」

 先ほど置いてきたことを根に持っているのか?そう思い到り愕然とする。それならばこちらも実力を行使するだけだ。

 景光は走り去ろうとするスノーモービルに向かって飛んだ。腰のベルトからチェーンを引き出すと、スノーモービル後部の牽引フックに引っ掛けた。そのまま後方に飛びながら、背負っていた角材を展開する。二枚の細長い板状にすると、それを足に履いて着地した。スノーモービルに牽引されながら、スキーの要領で雪上を滑る。

「これなら大丈夫かな?」

「……大丈夫です」

 了解が出たことに安堵する。

「では急いでください」

「了解」

 スノーモービルはかなり早く、敵よりも先にパトロール隊に合流できると思えた。

「佐崎さん」

 安堵していると光流から通信が入った。

「この姿の時は黒光丸と呼んで下さい。なんです?」

「分かりました、黒光丸さん。三時の敵に先に追いつけます。合流前に叩いて数を減らしますか?」

「パトロール隊との合流を優先してください。彼らがやられたら敵を倒しても意味がありません」

「了解」

 光点が一箇所に集まって来た。景光は再び光流との通信をつなぐ。

「斯波准尉。あなたの持っている武装はなんです?」

「機関砲が二門と小型ミサイル八発です」

「では、パトロール隊を中心に見て十一時と二時の敵にミサイルを撃ってください。当たらなくても構わないので時間稼ぎをしてください。私が突っ込みますので後方から支援してください」

「私だって闘えます」

 いちいち突っかかってくる娘だ。

「実力を知らない人と一緒に戦うだけの力が私の方にないのです。頼みます。ミサイル発射!」

 景光の声に合わせてスノーモービル後部の装甲の一部が開くと、ミサイルが発射された。上空で方向を微修正し、勢いよく飛んでいく。

 パトロール隊の姿が見えて来た。レーダー上では敵の一隊が今にも接触しようとしている。

景光はチェーンを切り、ジャンプ台のようにちょうど転がっていた瓦礫を足場に跳ぶ。空中で身体を捻ると、脚を振って履いていたスキー板を飛ばした。唸りをあげて飛んで行った二枚のスキー板は、一台のSUVパワードスーツの右腕を切り飛ばし、もう一台の胴体に当たって動きを止めた。雪原を転がり、勢いを殺さないままに走る黒光丸に注意が集まる中、横に回り込んだ光流から支援射撃が放たれる。

「ありがとうございます」

 光流に礼を言いながら跳躍すると、パトロール隊の上を飛び超え、右腕を失った敵の頭部に蹴りを入れ、倒す。地面に突き刺さっていたスキー板を取り、刀状に変形させる。残る一台に向かって突進すると銃撃されるが、弾を刀で叩き落す。敵が戸惑って一瞬銃撃が止んだ隙を逃さず、身体を低くして一気に差を詰め、脚部を薙ぎ払う。

 弾を撒き散らしながらうつ伏せに倒れる。すぐに立ち上がろうとするが、黒光丸は素早く背中に上り、剣を突き立てた。すると途端に敵の動きが停まる。予測通り、そこがバッテリーパックだったのだ。

 黒光丸が飛び去ると、一度軽い爆発が起こり、次に大きな爆発が起こる。最初の爆発はバッテリーパックがショートしたものだと思うが、二度目の爆発はそれが原因ではないように思えた。最初の敵も自爆したことを思い出す。

 黒光丸が跳躍した先には右手と頭を破壊されながらも起き上がった敵がいる。銃撃を刀で弾き返すと、敵の肩に手をつく。そのまま背中に回り込み、刀で貫いた。今度はすぐに爆発が起こった。

 爆風に巻き込まれた黒光丸は地面に叩きつけられて、ゴロゴロと転がる。

「また自爆したのか?」

 爆発したタイミングが早すぎた。となるとその可能性が高い。

「そこまでの敵なのか?」

 愚問だ。スパイの世界とはそういうものだ。

 今は戦争の真最中なのだ。勝敗を決める≪ギガンティック・マシン≫の情報は何よりも貴重なものだ。時には人の命よりも。スパイは自分の命を犠牲にしてでも情報を手に入れようとする。

 しかし、こんな派手に攻撃してくる連中がただのスパイだとも思えなかった。

「自爆する可能性があります。気を付けてください」

 念のため、光流に注意を出す。

「じ、自爆ですか?」

 光流の戸惑った声には答えず、黒光丸は落ちていたスキー板を拾うとパトロール隊の元に走った。

「戻ってきてくれたのか」

 芳賀隊長が嬉しそうな顔を見せる。

「全員無事ですか?そうですか、良かった。「まだ六体います。ここでじっとしていてください」

「六体だと?無茶だ」

「その時は全員であの世逝きです」

 黒光丸は刀とスキー板を組み合わせる。すると今度は巨大な手裏剣が現れた。身体を大きく捻り、巨大手裏剣を投げる。地を這うように飛んで行った手裏剣は、近づいてきた敵の脚部を吹っ飛ばした。

 接近しようとすると横から銃撃に襲われる。これまでよりも威力の強い弾頭らしく、避けても地面が大きく弾け、その衝撃を受けてしまう。

 なんとか直撃を避けて、先ほど倒した敵まで辿りついて盾替わりにするが、銃撃は弱まることなく、パワードスーツの装甲に次々と大きな穴が開いていく。味方がいても容赦がない。

 このままではまた爆発に巻き込まれると飛び出そうとした時、倒れた。ボロボロの敵に脚を掴まれていた。振りほどく間もなく、放り投げられる。

 その先には先ほどから攻撃してきている敵がいる。空中では回避行動が定まらないのに加え、放り投げられたために体勢を整えるのも難しい。

 容赦なく銃弾が撃ち込まれる。

 直撃の寸前で、黒光丸はそれらを弾いた。先ほどの投げた巨大手裏剣がブーメランのように大きく弧を描いて戻って来たのだ。それをしっかりと掴むと回転させて銃弾を弾き、そのまま敵へと落下していく。

 巨大手裏剣が敵の背中に突き刺さった。黒光丸はすぐに手裏剣を引き抜いて跳躍する。二体の敵が相次いで爆発した。

「半分」

 そう、まだ四機も残っている。そしてその四機の相手をしてくれていたのが光流だ。ヒットアンドアウェイを繰り返して敵を翻弄し、足止めをしてくれている。想像以上にやるものだと感心するが、さすがに限界のように見える。しかも戦線が徐々に長くなっている。

「斯波准尉、あまり深追いをしないでください。敵はこちらの戦力を分断する気です」

「りょ、了解」

 光流の声は少し荒い。体力もかなり消耗しているだろう。それは景光も同じだ。身体能力が飛躍的に向上していると言っても、持久力はそこまで上がっていない。人並を超えた力を使えば使うほど疲れるし、腹も減る。

 しかし今は泣き言を言っている場合ではない。

 巨大手裏剣を担いで雪原を走る。黒光丸に向かってくる二体の内、前の敵は刀のような武器を装備している。

 援護射撃を手裏剣を盾代わりにして防いだ後、二振りの刀に変化させる。

 大きく重い大刀が迫る。二本の刀で受け流しつつ懐に入ろうとするが、遠い。自分の間合いに入るのには後二歩必要だ。その二歩を詰める前に援護射撃が飛んでくる。避けると、今度はそこに大刀が襲い掛かる。今度は受け流すことができず、二本の刀を交差して受け止めたが、そのまま弾き飛ばされた。

 空中で体勢を整えて足から着地するが、そこにも銃撃が襲い掛かってくる。弾き飛ばされた勢いを殺さないようにスケートの要領で滑りながら避けるが、かなり遠ざかってしまった。

 パワードスーツでの戦いに慣れていて連携も取れている手ごわい相手だ。彼らの気を逸らす何かが欲しい。そう思った。

 二発のミサイルが空から降って来た。

 一発目は刀を持った敵に避けられたが、二発目は左肩に直撃した。

「今ので弾切れです」

 光流から通信が入る。

「ありがとうございます。離脱してください」

「まだ闘えます」

 赤いスノーモービルが射撃担当の敵に迫っていく。銃撃を華麗に避けるが、いつまでも避けきれるものではない。黒光丸は刀を手裏剣上に戻し、射撃担当に向けて放った。

 敵の気が逸れている間に光流は懐に入り込む。しかし弾切れのはずだ。体当たりでもするつもりか。

 軽くジャンプしたスノーモービルは変形し、人型を取った。意表を突かれた敵の隙を逃さず、手に持ったスティックを装甲の隙間に突き刺し、電撃を放った。

 敵のSUV同様、光流のスノーモービルも変形タイプのパワードスーツだったのだ。

「お見事です」

 そしてその隙に黒光丸も左腕を失った刀を持つ敵に近づいていた。大刀が上段から振り落とされる。それを両の掌で挟み込んで受け止めた。

 真剣白刃取り

 思いがけない行動を取られて、先ほどまでは巧妙だった敵の動きが雑になり、力任せのものになった。その、力任せの行動を逆手に取る。

 力の軌道をずらして、車モードで接近してきていた残りの二台に向かって放り投げる。一台はそのまま避けたが、一台はパワードスーツに変形して受け止めようとする、が上手に受け止められるものではない。激突する形になり、もつれ合って地面を派手に転がる。

 そこに黒光丸の考えが伝わったかのように光流のスノーモービルが近づき、変形すると電撃を放った。敵はもつれ合ったまま動きを止めた。

 残る一台は、黒光丸には向かってこず、迂回してパトロール隊の方に向かっていた。

 先ほど投げた手裏剣は光流の近くに転がっており、黒光丸からは少し距離がある。黒光丸は本日何度目かのダッシュを開始した。これが最後になることを願いながら。そして間に合うことを願いながら。

 しかし、予測では二つ目の願いは叶わないように見えた。SUVの方が早い。

「黒光丸さん」

 呼ばれて横を向くと、光流が走っていた。手裏剣を差し出してくれている。

「ありがとうございます」

 受け取るがSUVはまだかなり先にいる。

「お手伝いをお願いします」

 黒光丸は了解を取る前に手裏剣を槍状に変形させると跳び、スノーモービルの先端に立った。景光の考えを読みとったかのようにスノーモービルが加速する。その加速力も合わせて槍を放った。

 足場となったスノーモービルはバランスを崩して吹っ飛ぶが、光流はパワードスーツに変形して体勢を整えさせた。

 槍は冷たい空気を切り裂いて飛び、SUVに突き刺さった。SUVは前向きに一回転し、爆発した。

「ふう」

 黒光丸は膝をつきながらレーダーを確認する。敵性体も未確認物体も見えない。その代わりに味方の大型ヘリコプターが近づいているのが見えた。

「やっとご到着か」

 呟きながら立ち上がり、歩き始める。その隣に光流のスノーモービルが来た。ヘルメットを脱ぎ、赤く上気した顔がふうっと白い息をつく。汗だくだ。

「お疲れ様です。温度調節機能が正常に働いていないんですか?」

「……そちらほど良いスーツじゃないんです。値段も十倍違いますから」

 光流は目を逸らし、指でサイドの髪を伸ばしながら言う。

「そうなんですか?」

 景光は驚いてスーツを見るが、もちろん値段タグなどは付いていない。

「なぜご存じなんですか?」

「うちの開発局で開発したものですから」

「そうだったのですね。いつも快適に使わせてもらっています。もっとも、使用環境は劣悪なことが多いですけど。そういえば、先ほどは足場にして申し訳ありませんでした」

「それは良いんですけど……」

 光流の声は少し憮然としている。

「その……、その他人行儀な話し方はいつもそうなんですか?」

 光流の不満は意外なところにあるようだ。

「そうですね。仕事の時は、特に他の役所の方とお話をする時はこのような感じです」

「他の役所の方、ですか」

「ええ。役人の世界は色々と力関係が面倒くさいところがありますから、言葉使い一つで物事がなかなか前に進まなかったりするんです」

「私は、他のお役所の方と話をしたことがないので分かりませんけど、そういうものなのかもしれませんけど、そんな話し方だと、同じことに向かっている仲間だって思えません。一緒に闘っていても、よそよそしい感じがして、嫌でした。パ、パートナーじゃないって言われている感じがして、嫌でした」

「そうですか……」

 黒光丸は単独行動が多い。他の組織と合同作戦を取る際も、ペアで動くことはなかった。確かに、敬語で話されると距離を感じる者もいるかもしれない。

「分かった。改めよう。でも、友達にも真面目過ぎるってからかわれることがあるぐらいだから、少々固いのは勘弁して欲しい」

「分かりました。それと、私はあなたを黒光丸って呼んでいるんですから、私のことも名前で呼んで下さい」

「それは違うだろう。黒光丸はコードネームだ。公私の区別は付けないといけない。作戦行動中だぞ」

「……本当に固いですね」

 スノーモービルがすいーと先に行く。

「乗せてくれないのか?」

「駄目です」

 若い子の相手は難しいなと思いながら小走りで後を追う。そして、自分もまだ三十前なのに二十代前半を若いと思ってしまった事実に少しショックを受け、どっと疲れる。

 SUVの残骸に突き刺さったままの槍を引き抜く。パトロール隊の連中が手を振っているのが見える。しかしそれは黒光丸にではなく、若い女の子に向けての様にも見える。

完全に気を抜いていた。

 気が付いた時には背中を殴られ、宙を舞っていた。雪原で数度バウンドし、その後は転がる。痛みを堪えながら目を開けると、一台のSUVパワードスーツが見えた。考えてみれば、敵は二台一組で動いているのに、最初のSUVだけが単独行動だった。違うのだ。最初からもう一台いたのだ。

 更に、敵は八体ものSUVパワードスーツをこの地点に向かわせた。しかも最後の一台は黒光丸を無視してパトロール隊へと向かった。しかし考えてみれば彼らがパトロール隊を襲う理由はない。目的はパトロール隊ではなく、ここに潜む味方の回収だったのだ。そこまでして回収に来るということは、よほど重要な情報を入手したということだ。

 恐らく、最初のSUVがあっさり見つかったのは囮だったのだろう。パトロール隊を十分に引き離して、その隙に逃げるつもりがすぐ近くでやられてしまった。しかもパトロール隊も車を破壊されたため、その場から動かない。悪いことに救援が遅れる。敵は逃げるに逃げられなくなってしまったのだ。

 そして回収に来た味方は全てやられてしまった。残された手は単独突破しかない。しかも最大の障害になるであろう自分、黒光丸は油断して背中を晒した。

 景光は自分の甘さを悔やむ。しかし今は後悔している時間はない。目の前の敵は逃してはならない。

 痛みを無視して立ち上がろうとするが、なかなか力が入らない。

 光流のパワードスーツが襲い掛かるのが見えるが、あっさりと交わされ、反撃を受ける。

「無茶だ……。止めろ」

 今のパワードスーツが持っている武器はリーチの短いスティクだけだ。先ほどは意表を突くことができたが、敵は先ほどの戦闘を観察していたはずだ。よほどの実力差がない限り、勝つのは難しいだろう。

 敵の目的は逃亡だ。そうであれば、攻撃しなければ光流やパトロール隊は相手にされないはずだ。

 しかし黒光丸は違うらしい。

 敵は銃弾をバラまいて光流たちの足を止めると、黒光丸に向かって走って来た。

 光流が少し時間を作ってくれたおかげで身体の感覚が戻ってきたが、まだ完全ではない。

 どうする?

 考えている間にレーダー上にもう一つ、こちらに向かってくる光点が増えた。味方、光流のスノーモービルだ。「来るな」と言っても彼女は聞かないだろう。それならば力を合わせてこの窮地を脱するしかない。

 光流の接近に近づいた敵は、光流よりも黒光丸を片付けることを優先して、銃撃してきた。

 せめてもの救いは先ほど引き抜いた槍を手放していないことだった。盾上に変化させて銃撃を防ぐが、これも一時しのぎにしかならない。自分が動けない以上、光流に何とかしてもらうしかない。

 自分ならどうするかと考える。武器が電撃スティックしかないので、懐に飛び込んで関節にスティックを叩き込むしかない。しかしその間にはどうしても攻撃を受けてしまう。自分ならば、肉を切らせて骨を断つではないが、被弾覚悟で飛び込んでいく。しかし……

 景光の思考はそこで打ち切らざるを得なかった。なぜなら光流が敵に突っ込んでいったからだ。それは景光が考えていたような、被弾覚悟の突進に見えた。

「駄目だ」

 景光の考えは、この特殊スーツあってのことだ。光流のパワードスーツでは銃撃に耐えられない。銃撃を受ければ敵に辿りつけず、大きな被害を受けることは免れない。当然、死の可能性も高い。

 それを防ぐためには、俺が行くしかない。

 景光は身体の奥底から熱いものがこみ上げてくるのを感じた。燃え上がらんばかりの熱量は一気に体中に回り、活力を漲らせる。

 景光が、黒光丸が跳ぶ。間合いを一歩で詰め、そのまま腹部に拳を叩き込んだ。その一発で、決着がついた。

 急速に力が抜けていき、膝をついた。

 ヘリコプターの音が、耳に届いてきた。


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