救世主の末路
「なんでお前がそこに居るんだ!?」
シュヴァルノ王国とランガルト帝国間で始まったこの戦争
その中の戦場の一つであるこの場所になんでユベリアが居るんだ?
「そんなものわかりきった事だろう?俺があの国の皇子だからだが?」
何を言っているんだこいつというように不思議そうな顔で答えられる
確かにユベリアは帝国の皇子だそんなことは知っている
でも母親が庶民出身だったからほとんど皇子としては扱われていなかったしなにより
「だってお前ずっとあの国が嫌いだって言ってたじゃないか」
留学中に聞いたことがある
祖国は父である皇帝の独裁状態でまともに政治も機能していない
皇子と言われていても扱いは悲惨で留学も厄介払いの意味が大きい
あまり言いたくはないがあの国には戻りたくもない
そう苦々しそうな顔で愚痴を零していたのを知っている
「あんな戯言を間に受けるとはそちらもなかなか平和ぼけしているようだ」
やれやれとこちらをバカにしたような表情はあいつと喧嘩していた時の表情によく似ていた
それは少し温かみのあった以前のユベリアと同じ優しい表情だった
けれどその表情も瞬間で消え去って目が氷のように冷たくなる
「全部そちらの国の情報を引き出すための嘘に決まっているだろう」
考える事すら嫌なものを思い出したかのように吐き捨てる
心底嫌気が差したとそんな表情で
全部が嘘だったとそう告げる
「あれが全部嘘だったって言うのか!!」
みんなで過ごした学院の日々も
互いに愚痴を言いあったあの時間も
人目を避けて遊びに出た懐かしい時間も
永遠にと誓ったあの友情も
全部全部嘘だって言うのかよ!!
「その通りだ。間抜けな王子様でとても助かったよ」
ふん、とこちらをバカにしたように息を漏らす
冷たい目で氷のような目でもううんざりだとこちらを見つめる
「ふう。さあこんなお喋りはもういいだろう。こちらもそろそろ飽きた」
1つ大きく息を吐いてユベリアはそう続けた
けれど俺は1つ聞きたいことがある
「最後に1ついいか。そんな人数でどうするつもりだ。差は10倍以上。そっちが勝つのは無謀だぞ」
こちらの人数は約13000人、それに比べて向こうの人数は1000人程度に見える
いくら向こうが精鋭を集めていたとしてもこの戦力差を埋めるのはかなり厳しいだろう
そんなことわかっていないはずがないだろうが……
「はっ。俺の得意分野を忘れたのか?このような戦力差程度……魔法でどうにでもなる」
そう言ってこちらの方へと手を掲げた瞬間、軍の足元に巨大な魔方陣が顕現する
ほぼ軍の全てを覆い尽くすほどの大きさの魔方陣……は!?
「っ!?」
魔方陣のあった範囲全てを覆い尽くすような爆炎と閃光、そしてその周囲へと広がる爆風
目を開けていられないほどの状態に思わず目をつぶる
「そら。これで戦力差は逆転したぞ」
その声を聞いて目を開けた俺の眼前に広がっていたのは人が居なくなった更地だった
燃え残ったであろう骨や鎧、武器の残骸
そしてぷすぷすとくすぶる炎の跡
そこに残っていたものはそれだけだった
「軍……全部を……消滅させた……!?」
魔方陣があった場所に居た軍の兵士全部を一撃で殺したっていうのか……!?
1万以上の兵士を一瞬で!?
くっ……残った兵士は数百人程度……
「さあどうする?降伏するなら捕虜としてそれなりの待遇をしてやろう」
にやりと笑いユベリアはこちらへと問いかけてくる
「降伏なんてするもんか。俺だってこの国の王子だ。守るべき人達のためにも、こんな所で挫けるわけにはいかない」
「確かにお前はそういう奴だったな。だがその人数でどうする気だ?」
軍の人数も残りわずかで戦況としては壊滅と言ってもいい
勝機がほとんどないのだってわかっている
それでも…俺は……負けるわけにはいかない!
「決まっている。こう……するんだ!!」
その言葉と共に前へと飛び出す
今の人数では普通に戦っても勝ち目はない
それなら大将であるユベリアを狙う方がまだ勝機があるはずだ
「ちっ……正面突破か……貴様ら!!反撃しろ!!」
ユベリアが軍へと号令を出す
その号令に呼応するように向こうの軍から攻撃が来るけどこの程度なら避けられる!
精鋭兵かと思ったけれど予想してたより練度は低いみたいだ
「そんな攻撃が通用すると思うなよ!!」
敵軍の頭上を飛び越えて一足飛びにあいつの元へと向かう
ユベリアも剣を構え応戦してくるが、俺の方が剣の実力は数段上だ
敵軍の他の兵は自軍の兵がどうにか足止めしてくれている
一騎打ちであれば負けることは絶対に無い
そんなことユベリアだってわかっていたはずだが……?
「くっ……」
自分の剣で向こうの剣を弾き飛ばしそのまま相手の首へと剣を突きつける
「チェックメイトだ。そちらの軍も剣を下ろせ。皇子をここで殺すわけにはいかないだろう?」
相手軍も皇子の首がかかっているという事で少しずつ剣を下ろしていく
ほとんど皇子として扱われていないと聞いていたけど、さすがに失うのは避けたいようで少し安心した
こちらの被害は甚大だがどうにかここを守りきることができた……はずだ……
それにしても……ユベリアはこんなに弱かっただろうか?
力無く垂れた彼の腕がなんだかとても寂しそうに見えた
ユベリアの魔法の力を頼りにしていたからだろうか
それから10日も経たないうちに戦争は王国の勝利で幕を閉じた
そして敗戦国である帝国の皇帝や皇子などの処刑が決定された
もちろんユベリアだって例外では無く、彼は地下牢で処刑される日を待っていた
俺はユベリアに何度も話しかけた
でもユベリアが返事を返してくれることは一度もなかった
「なあユベリア。どうしてあんなことしたんだ」
「…………」
「お前人を殺すの嫌いだったじゃないか」
「…………」
「なあ…なんとか言ってくれよ……」
「………………」
処刑当日になっても彼は静かだった
友人だったはずの俺たちにも何も言わず、ただ淡々と処刑されていった
その表情は穏やかで、処刑されたという事が信じられないくらいだった
「これで……よかったんだよな……」
彼の亡骸を見つめながら俺はこれでよかったのかと自分に問いかけた
答えは見つかることなく、疑問は空へと溶けていった
「ウォル。今大丈夫だろうか」
この声は…リーシュか
帝国の逆方向にあるブランデュ王国出身で俺たちの親友
戦争をする少し前から忙しくてほとんど連絡が取れていなかったけど何の用だろう?
「うん……今なら少し時間がある……リーシュが通信してくるなんて珍しいな……」
通信手段を持っている皆の中で一番通信回数が少ないのがリーシュだ
本当に重要なことや緊急の時くらいしか連絡しないのにどうしたんだろうか?
「ああ、そろそろ頃合かと思ってな。そちらの国内も安定してきただろう?」
「……?確かに安定はしてきたけど……それで何かあるのか?」
「そうだな……通信で言うのは難しい内容だから一度こちらに来てもらうことは可能だろうか」
通信で言うと難しい内容って何だろうか?
「ああ、少しなら行くことができるはずだ。父さんに伝えて日程調整をしてもらうよ」
「わかった。待っているぞ」
「ウォルフェルド王子!!」
ブランデュ王国に着いた俺を待っていたのは、あの戦争で死んだはずのみんなだった
混乱したまま彼らから離れリーシュの元へ戻る
「な……ん…………で……」
「なぜ生きているのか……あの時みんな死んだはずだ……か?」
リーシュは呆然とした俺へと問いかける
「ユベリアのおかげだ」
………………何だって?
「ユベリアの得意な物を覚えているか?」
ユベリアの得意技なら知っている
「魔法……だろ……」
そう、あいつは剣も得意だったけど一番得意だったのは魔法だった
「そう、魔法だ。そしてその中でも最も得意としていたのが……」
…………そうだ…あいつが一番得意だったのは……
「転移魔法……」
こくりと頷きリーシュは話を続けた
「そうだ。戦場とここの闘技場の空間を繋げ、その場にいる人物を全てここに用意してあった動物の骨や古い鎧などと交換で転移させる。その後、魔法で周囲ごと破壊を行いその場に居た人物が死んだように見せかける。それがユベリアの策だ」
地面に絵を描きながらリーシュはユベリアの策を説明していく
その策は理解できる
ユベリアの魔力ならできるだろうとはわかる
でも……
「な……ん……で……?」
そうだ
なんでこんな事をやった?
あいつには何の利益もなかったはずだ
「ユベリアは父親に逆らえない。けれどあの国の人も殺したくはなかった。雁字搦めになった状態で彼が抗えることはそれしか思いつかなかったのだろう」
「相談……してくれたって…」
そうだ…何で相談してくれなかったんだ
俺たちは友人じゃなかったのか?
相談する事すら嫌だったのか?
「相談する余裕もなかったんだろう。それに戦争をする相手であるお前たちに相談するというのもなかなか難しかったんだろうな」
「だからって!!」
それでも相談してほしかった
俺だって何かできたかもしれないのに
ユベリアが生き残れるようにできたかもしれないのに
「ユベリアは頑固だからな…」
困ったように笑うリーシュだって相当頑固なのに
一度決めたことは貫き通すやつだって知っていたけれど
「というかリーシュも教えてくれたっていいじゃないか!!」
「すまない……」
眉を下げながら困った顔で言葉では謝る
でも言うつもりは全くなかったんだろうってよくわかる顔だ
こういう顔をしてるリーシュは相当に頑固なんだ
よく知っているさ
でも……
「そりゃ……こんな事言いにくいのはわかる。でもほかの方法だって見つけられたかもしれない」
一つくらいユベリアが生き残る道があったかもしれない
何か何かできたかもしれない
「だがお前だってあれが最善だということはわかっているのだろう?」
冷静なリーシュの声が俺の意識を正気へと引き戻す
「…………ああ、わかっているさ」
わかっている
わかっていたんだそんなこと
リーシュに言われるまでもない
とっくに昔に理解していたんだ
「これがただの八つ当たりでしかないことも、戦争になった時点でユベリアが生き残る道が無かったことも。全部全部わかっていたさ。それでも……それでもっ……」
目の前が少し滲んでいく
「すまない……言いにくいことを言わせてしまったな」
リーシュはまた困ったような顔で謝った
自分の行動を曲げないけれど優しいリーシュはよくこんな顔で謝る
正直で真っ直ぐなところは俺も見習いたいくらいだ
うん
こんなことしている場合じゃないよな
「いや……いいんだ……ありがとう。リーシュ」
涙を拭って前を向く
もう先へ進まないと行けない時だ
「?」
リーシュはまたきょとんとした顔をする
自分が正しいことのために進むから感謝される理由がわからないとよく言っていた
でも感謝はしっかり伝えておきたかった
「ユベリアの助けになってくれて。みんなを救ってくれて」
俺は全然できなかったから
「友人のことだからな。できることはするさ」
みんなの助けになろうとする
そんな当たり前のことをもう見失っていたのかもしれない
「うん。そうだ。そうだよな。そんなことももう忘れてたや」
「そうか。また忘れないようにしないとな」
ああ
もう二度と忘れないよ
当たり前のことも
あいつの事も
みんなを救った救世主は
独りぼっちで死ぬしかなかったんだ
それが彼ができた精一杯の足掻きだったんだ
俺は忘れない
彼が救世主になってくれたことを
俺達をずっと好きでいてくれたことを