(17)初恋
文人と茜。
二人は幼馴染みであった。
タイムリープをした文人にとっては別れた後の元カノという存在。
タイムリープとは全く関係の無い茜にとっての文人とは…
【数年前の夏祭りの日】
「文人~!文人~!」
(あのバカ。本当にどこに行ったのよ…
このままだったらおばさんに会わせる顔ないじゃない…)
必死に境内を探し回る茜。
(あっ…もしかしたら…)
茜はとある場所へ向かうのであった。
「茜~!茜~!」
同じく必死に境内を探し回る文人は、茜に一刻も早く会って謝ろうとしていた。
(茜…どこに居るんだよ…)
〈ポツポツ〉
「雨…?」
足を止めた文人は空を見上げて呟く。
そんな文人の顔にはいくつもの雨粒が叩き付けていた。
(うわっ…結構降ってきた)
突然の雨だった。
夏のこの暑い季節特有の夕立である。
〈タッタッタッ〉
文人は慌てて雨宿りを出来る場所を探すことにした。
文人の周りに居た人たちも、時を同じくして一斉に動き出した。
「おい、えらい降ってきたじゃないか」
「どこか雨宿り出来るところ無いかしら?」
周りの流れに乗りながら、文人は雨宿りの出来そうな場所にたどり着いた。
そこは、神社の拝殿の屋根の下であった。
すでに沢山の人が集まっていたが、大きな拝殿であったことと、文人は拝殿のすぐ近くに居た事もあり、屋根の下を確保することが出来た。
「文人~!文人~!」
そんな文人はどこからか自分を呼ぶ声が聞こえた。
(はぁ…もしかしてって思ったけど…
ここにも居ないか…)
茜はとある場所に着いていた。
〈ポツポツ〉
(うん?何?)
茜も空を見上げた。
大粒の雫が茜の顔に降りかかる。
〈タッタッタッ〉
茜は急いでとある場所にあった、屋根付きのベンチの下で雨宿りをすることにした。
(もう最悪…早く文人を見つけないといけないのに…
陸たちは文人を見つけられたのかな…
あっ、そうだ。こんな時こそ電話。
私は文人と違ってちゃんと持ってきてるもんね~)
そう思いながら携帯を開いた茜だった。
「あんた何処に行ってたのよ!」
「か、かあさん!?」
突如、文人の前に勢いよく現れたのは文人の母親、洋子であった。
「んもう~あんたは心配ばっかり掛けて!
携帯も持たずにこんな人の多いところに来るなんて!
茜ちゃんも陸くんもどれだけ心配してたと思ってるの!
それに茜ちゃんのお母さんにも心配掛けて!
あと、ばあちゃんにも怒られたし…
それはまぁいいか。
とにかく、本当に会えてよかった!」
「あっ…
そう言えばあれ以外何も持ってきてなかったっけ…」
洋子と再会し、ようやく携帯すら持ってきていなかった現状に気が付く文人。
そんな文人を勢いよく抱き締める洋子。
「ちょ、ちょっと母さん。
こんなところでやめてよ…
それに痛いし…」
「あんたが悪いんでしょうが…!
心配ばっかり掛けるから…」
洋子は力いっぱいに文人を抱き締めていた。
「あの…
お取り込み中のところ悪いんだが…
茜とは会ってないよな?」
洋子の後ろからひょっこりと顔を出す陸。
「陸!?
どうして、母さんと一緒に?
茜と一緒に居たんじゃ?」
「居たよ。さっきまでは。
でも、お前が携帯を持たずに神社に来てるってのをおばさんから聞いて…
お前を探しに飛び出して行ったんだよ」
「俺を探しにって…
そうだ。電話。
母さん、いつまでもこうしてないで。
俺の携帯を貸して、早く」
「無駄だよ」
「えっ?
陸、どういうこと?」
「俺も、雨が降ってきたし、さっき心配になって電話を掛けたんだよ。
そしたら電源が入っていないため掛かりませんだって。
はぁ…
携帯を持ち歩くなら充電ぐらいちゃんとしとけよな…」
「とりあえずこの雨が止むまではここで待つしかないわね。
茜ちゃんも何処かで雨宿り出来ていたら良いんだけど…」
〈ザーザー〉
ところが、雨は止むどころか、徐々に強くなり、物凄い量の雨が拝殿の屋根に叩き付けていた。
〈ゴロゴロ〉
「うわっ…雷も鳴ってきたわね…」
「そう言えばあいつ、雷、苦手だったよな…」
洋子と陸が呟いた。
(茜…
俺のせいで…
今どこに居るんだよ…)
と、考えていた文人の耳にとある声が聞こえてきた。
「ねぇ、ねぇ、お母さん。
お月様見えなくなっちゃった…
どこに行ったのかな?」
「今は雲に隠れているだけでちゃんとそこにあるわよ。
雨が上がったらまた見えてくるからね」
とある親子の何気ない会話だった。
その会話を聞いた文人はあることを思い出した。
(そう言えば前に茜が言ってたよな…)
【数日前】
文人たち三人はいつもの公園で待ち合わせをしていた。
「あっ、文人~!
今日はもう来てたんだ。
珍しい。
陸はまだみたいだね。
ってことは文人が一番じゃん!」
茜は待ち合わせ場所の公園に到着し、すでに誰よりも早く到着をしてみんなを待っていた文人に言った。
「うん。たまにはね。
それよりこの前、母さんになんて言ったの?
あの母さんが三人だけで神社に行くのを、簡単に許してくれるなんて思ってもなかったのに…」
「それはね…
な・い・しょ。
まぁ強いて言えば三人の強い絆を認めてもらったって感じかな?」
「えっ?何それ?
全然分からないんだけど…」
「まぁ、文人は分からなくても良いんだって。
結果的に三人で行けるんだし細かいこと気にしない、気にしない」
「いや、俺の事でもあるんだし知る権利はあると思うんだけど…」
「それよりさ、もうすぐだよね…
三人だけで行くお祭り!
楽しみだよね~!」
「うん…そうだね。
俺たちだけで本当に行けるかな…」
不安の気持ちを拭えないでいた文人。
「行けるよ。私たちが三人居れば…
それにせっかくのお祭りだし悪い方向に考えないで楽しもうよ!」
「まぁ…そうだよね」
「そうそう。本当にそうやってウジウジ悪い方に考えるの文人の悪い癖なんだからね~
大人になる前に直さないとモテないぞ~」
「直したってどうせモテないって。
俺ってこんなんだから恋愛なんて出来るのか不安だよ…」
「そういうところを直したら好きになる人もいると思うけどな…
まぁ、モテるかは知らないけどね」
「なんだよそれ。
茜は良いじゃん。俺と違って、明るくて誰とでもすぐに仲良くなれる性格なんだし。
それに…
よく見たら可愛いし…」
「うん?何か言った?
ハッキリと言わないと分かんないじゃん」
「いや、別に。
もっと穏やかだったらなぁって思っただけ!」
「はぁ!?
別にあんたに言われなくても分かってるし!
せいぜいあんたは穏やかな子にでも好かれるようにそのウジウジした性格を直すことね!」
勢いよく茜は言ってそっぽを向いた。
「あ、あかね?
穏やかさが欲しいと思ったけど、やっぱりそのままでも良いとも思うかな…」
すぐさま、機嫌を取ろうとする文人。
「何それ?まぁいいや。
せっかくのお祭りが控えてるんだし。
お祭りに免じて許してあげる。
その代わりにさ、今度の夏祭りの日に、神社の中にある池に一緒に行ってくれない?」
「えっ?池ってあの人通りも少ないし、落ちたら危ないから絶対に近付くなって言われてる池?」
「そうそう」
「危なくない?ただでさえ俺らだけで行くのに…」
「あまり、近付かなかったら落ちることないし…
それに変な人がもし来たって、携帯の防犯ブザー引っ張れば大丈夫だって」
「そうかな…」
「もうまたそんなウジウジ悩んで!
そんなんだったらさっきの許してあげないんだから!」
「えっ…」
「で、どうするの?行くの?行かないの?」
「行くよ…」
「よし!じゃあ決まりね!」
「でも、どうして池に…?」
「夜になったらね。
池にお月様が映るんだって。
月の光が反射してとても綺麗だって聞いたから。
だから一度見ておきたいなぁって思って……」
茜は遠くに居た陸の姿を見つけてこう言った。
「陸にはこの事まだ内緒ね。
まぁ陸なら一緒に着いて来てくれると思うけど一応、ね」
【夏祭り当日】
(まさか…池に言ってないよな…)
そう文人が不安を過らせていた時だった。
「茜ちゃん、あんなに楽しみにしていたのに…
もしかして、あの事気にしていたからあんなに急いで行ったのかしら…」
洋子が呟いた。
「それってどういう事ですか?」
陸が洋子に聞き返す。
「実はね、何日か前。
そうそう、文人からお祭りの件を聞く前に茜ちゃんから連絡があってね。
もちろん、最初は子供たちだけで行かせられないって反対したんだけど…
茜ちゃんが…
『絶対に文人を一人にしないから!何があっても私が文人を送り届けます!』
って言ったのよ…
あんなに必死になって言われたら許可しない訳にもいかないしね。
でも、こんなことになったからって無茶しなければ良いのだけど…」
(茜…そんなこと言ってたなんて…)
と、文人たちが洋子から話を聞いていた時だった。
突然、空が昼間のように一瞬明るくなり、文人たちの目の前の、真っ暗だった夜空に大きな稲妻がいくつも浮かんだ。
その直後にとてつもなく大きく、おぞましい雷鳴が地響きを起こして鳴り響く。
拝殿周りにいた人たちは悲鳴を上げたり、その場で蹲る人も居るなど辺りは騒然とした雰囲気に包まれた。
「あれは何処かに落ちたかもな…」
「あんなのが落ちてきたら絶対に助からないって」
文人たちの周囲から様々な声が聞こえた。
「文人、陸くん。ここに居たら大丈夫だからね」
洋子が二人に対して言った。
「でも…茜が…」
「茜ちゃんならきっとどこかで雨宿りしてるわよ…」
と、陸に言った洋子は辺りを見回した。
「文人……」
そう洋子が発した直後…
再び稲光とともに大きな雷鳴が鳴り響く。
そして、同時に洋子は叫んだ。
「文人~~!!」
洋子が気付いたこの時には、すでに文人の姿はなかった。
〈タッタッタッ!〉
文人は勢いよく降りしきる大雨の中を駆け抜けていた。
大雨が身体中に叩き付けているのを気に留める事もなく。
(茜…
心配してくれてた茜に、俺はあんな酷いことしてしまったのに。
そんな俺を探すだなんて…
それに母さんにあんなこと言っていたなんて…
だとしても、こんな状況で俺なんかの為にそこまで無茶しなくていいのに…
茜は陸と楽しんで屋台を回っておけば良かったのに…)
色々な思いを巡らせ、駆け抜けていた文人だったが、そんな文人の目の前の夜空が再び明るく光った。
少し前と同様に無数の稲妻が夜空に浮かび、おぞましい雷鳴が鳴り響いた。
「うわっ!」
〈バッシャーン!!!〉
あまりにも、凄まじい雷に驚いた文人は足を踏み外し、大雨により出来ていた大きな水溜まりに真正面から突っ込んだ。
その状態で文人はしばらく動けなくなった。
(何やってるんだろ。
カッコ悪…
こんなずぶ濡れの格好で行ったって…
こんな俺が行ったって…)
文人は水溜まりに浸かり、大雨が全身を叩きつけている状態だった。
そんな文人の心は折れかけていた。
「きゃっ!」
池の近くにあった屋根付きベンチに座っている茜は、この雷雨により何度も泣き叫び、全身震えが止まらない状態だった。
心細さに恐怖心などが混ざり合い、足をベンチの上に置き、全身丸まった状態の茜はこう思っていた。
(怖いよ…
文人…
早く来て……)
(茜…)
水溜まりに全身が浸かっている状態である文人は、どこからか何かを感じ取っていた。
(まだこれは汚れてないよな…)
そう。
文人が手に握り締めていた二つのアクセサリーは、汚れないように握っていた為に未だに輝きを放っていた。
(茜にこれを渡さないと…
それに、茜はただでさえ雷が苦手なのに…
こんな状況に耐えられる訳がないよな…
誰か早く行ってあげないと…
俺が早く行って側にいてあげないと…)
文人は立ち上がった。
そんな文人の衣類や髪の毛などの全身からは、泥水が滴り落ちていた。
(タッタッタッ!!)
文人は再び走り出した。
茜がいるであろう池のある場所に向かって。
(茜…今行くから。
もう少しだけ耐えてくれ…
こんな俺でも…
お前を…
茜を守りたいんだ!!)
いくつもの雷鳴が鳴り響いていたが、この時の文人の耳には一切入ってきていなかった。
文人は、ただひたすらに迷いなく走り続けていた。
茜のいるであろう場所に向かって。
茜に謝る為。
茜を守るために…。
(文人…
早く来て…
文人……)
茜の頭の中では文人の名前を繰り返し何度も呼んでいた。
茜にとってこの状況で一番、側に居て欲しい人物であったが為に。
「あ…ね、か…ね」
大量の、雨粒が屋根に叩き付ける音に混ざり、一番聞きたかった声で自分を呼んでいるのが微かに茜の耳に聞こえた。
(あれ…?
私、ついに泣きすぎておかしくなっちゃったかな…
こんな大雨の中、こんなところに居るわけないのに…)
「あ…ね!あかね!」
(文人…?)
茜を呼ぶその声は徐々に大きくなって茜に近づいてきていた。
「茜~!茜~!」
そして、茜がベンチから立ち上がり顔を出したそこには…
「文人…」
「茜…」
全身ずぶ濡れになりながら呼吸を整えている文人の姿があった。
茜は慌てて手で、涙を拭いながら…
「こんな雨の中で傘も差さないで…
本当に何してるのよ…
風邪引くから早くこっちに入りなよ…」
そう言って文人をベンチへ誘導する。
「……茜」
息を切らしている文人はその先の言葉が出てこなかった。
茜は持っていたハンカチを取り出し文人の頭を拭こうとした。
「……あっ、大丈夫……大丈夫。
……俺もハンカチ……持ってるし。
……これで拭くから……気にしないで」
と言って、文人は自分のポケットから水浸しのハンカチを取り出した。
「そんなびちょびちょなので、どうやって拭くつもりなの?
これ、使いなよ。
風邪引いちゃうよ」
「でも…汚れるし」
「別に汚れても洗濯すればいいんだし。
ほら、早く」
「ありがとう」
と言い茜からハンカチを借りて全身を拭き始める文人。
そんな文人に対して茜が話し出した。
「文人、ごめんね。
さっきはしつこく聞いて。
文人も、ばあちゃんのことで不安だったんだよね……」
「聞いたんだ…」
と言ってずぶ濡れの文人は茜と少し距離を取ってベンチに座った。
「うん。さっきおばさんに会ったときに…」
「俺こそごめん。
せっかく心配してくれてたのに…
あんな言い方して…
それに…」
「あれは私が勝手に転んだだけだよ」
「えっ…」
言いずらそうにうつ向いて話していた文人は、慌てて茜の方を向いた。
「あれは、文人が動いた時と同時にたまたま、私が勝手に転けただけだよ。
そうじゃなきゃ、弱虫な文人がそんなことするわけないじゃん」
「で、でも…」
「あーもう。
私がそうだったって言ってるんだからそれで良いじゃないの。
それより、私のこと嫌になったりしてない?」
「えっ!?」
驚いた表情を見せる文人。
「ほらさ。
さっきもそうなんだけど…
私って、人の心に踏み込もうとし過ぎちゃう所があるじゃん…
文人もさすがに、そんな私のこと嫌になってきたんじゃないかなぁって思って」
茜が昼間の公園にて感じた不安を文人にぶつけた。
「嫌になんかなる訳ないよ。
茜のそういうところ俺は良いと思ってる」
文人は正直に茜に言った。
「文人…」
「それに、母さんにも俺を一人にしない!とか言って、説得してくれたし…」
「聞いたんだ…
偉そうに言って、結局文人を一人にしちゃったしね…
文人のこんな姿を見たらおばさんは何て言うか…
おばさんに顔向け出来ないなぁ…」
「俺は…嬉しかったよ。
あんなこと言ってくれるの茜しか居ないと思うし…
こんな姿なのは俺が勝手にしたくてしただけだし、茜は悪くないから。
母さんに何て言われようが俺がそうハッキリと言うし…」
「そうか……。嬉しかったか。
今日の文人は何か頼もしいね。
何か悪いものでも食べたんじゃない?」
「一言余計だって。
それにせっかく茜が母さんを説得してくれたんだし、雨が止んだら今度こそ陸と一緒に三人で回らないと」
「そうだね!
こうやって、文人とまた会えたわけだし。
てか、文人は今携帯持ってるの?
持ってなかったら私たちこのまま迷子のままってことも…」
「ちゃんと持ってきてるよ。
ほら」
と言って水浸しのポケットの中から携帯を取り出す文人。
「いや、めっちゃ濡れてるけど!
こんなんで使えるの、これ」
「使えるんじゃない?
一応防水だし」
と言って、携帯を開く文人。
「本当だ。電源入ってる。
これなら使えそうだね。
てか、こんな大事なものを忘れたまま人混みの中に入るってどう言うこと?
それじゃあ文人も迷子になるだけじゃん!」
「いや、どう言うことって…
茜に早く謝らないとって思って必死で…」
「へー必死だったの?」
少し嬉しそうなトーンで話す茜。
「そりゃ…このままってのもさぁ…
ってか、茜も人の事言えないと思うけど!
携帯の電源入ってないし」
「あっ、そうそう!
さっき陸に電話しようと思ったんだけど電源入ってなかったんだよね~
最近充電するの忘れてたからさぁ」
「いや、常に充電しとかないと。
それにこんないかにも必要になりそうな日に…」
「確かに。それは文人の言う通りかな。
あー良かった」
「うん?突然どうしたの?」
「ちょっと安心しちゃってね…
私ね、今はこうやって普通に文人と喋ってるんだけどさ…。
ついさっきまで、一人でどうしたら良いか分からなくて…
怖くて、不安で、寂しくて…」
「茜…」
茜の目元から幾つもの涙が溢れ出てくる。
暫くの間、茜は涙を流し続けた。
「止んでる…」
涙を流していた茜が、突然顔を上げふと呟いた。
ついさっきまで、あれほど降っていた大雨がいつの間にか止んでいた。
「茜?」
その直後、茜はベンチから立ち上がり、池に向かって一目散に歩いていった。
「それ以上進んだら危ないって!」
と言い、茜の腕を掴む文人。
「見て…」
そんな文人に対して、茜は池に向かって指を指しながらこう言った。
「綺麗だね」
「うん」
茜の問い掛けに小さく頷いた文人。
そんな二人の目には、雲の隙間から覗かせた大きな満月が、池に反射され、池を幻想的に光らせている光景が映っていた。
茜はその場にしゃがみこんだ。
そんな茜を見た文人も同じようにしゃがみこんだ。
二人は暫く沈黙の時を過ごす。
そして、茜が話し始めた。
「ねぇ、文人……」
「うん?」
「どう?
浴衣…
新しく買ってもらったんだけど…」
雨が止み、月明かりに照らされた真っ赤な浴衣姿の茜が、文人の方を向いて言った。
「茜っぽいね」
文人は、顔を赤らめながらも精一杯の発言をした。
「えっ?それだけ…?」
「うん」
「あ~もう。
もっと他に言い方無いかな~
本当に文人は女心が分かってないんだから~
そのままだったら大人になってもモテないんだからね~」
(ちゃんと言わないと不味いかもな…)
と、茜の機嫌が悪くなってきているのを感じ取った文人。
「似合ってる…」
「うん?なんて?
だからハッキリと言わないと…」
と、茜が言いかけたその時。
「だから似合ってて可愛いって!!!」
文人は全身を真っ赤にしながら大声で言い放った。
「もう…
何言い出すの…
てか、何その顔…」
と、言って茜は堪えきれずに笑い出す。
月明かりに照らされた文人の顔には、黒ずんだ泥が顔中にへばりついていた。
「もう!本当に可笑しいんだから。
そんな顔で言われてもね。
ほら、さっき渡したハンカチ貸して」
と言って笑いながら文人からハンカチを手にし、文人の顔を拭き始める茜。
「そんなので拭いたら汚れるって」
照れつつも拒もうとする文人。
「別にもうとっくに汚れてるって。
それより、どうしたらこんなにどろどろになるもんなんかな…」
「えっと、まぁちょっと色々とあって…」
「まぁ、どうせ転んで水溜まりにでも入ったんじゃない?」
「えっ!?」
「やっぱり。
文人の事ならある程度分かるんだよね。
何年も一緒に側に居るから。
でも、今日…
文人が苦しんでいたのは分からなかったんだよね…」
「それは俺が隠してたから…」
「こんなこと言ったら余計にウザがられるかもだけど…
私ね、これからも文人の事もっともっと知りたい!
文人が不安になったり、悩んでいたら助けになりたいから!
だから、何か悩み事とかあったら遠慮せずに教えて欲しい!
もちろん、私も何かあったら真っ先に文人に相談するし!」
「茜…
ありがとう。
俺のこと、いつも気にしてくれて……」
文人の言葉に対して首を横に振る茜。
「気にしてるんじゃなくて気になるんだよ。
いつもどうしようもないことして、ほうっておけないし。
それに、腹立つこともあるけど、いつも最後には笑わせてくれる。
そんな文人だからこそ、これからも側に居たいって思うんだよね。
だから、これからも私の側に居て、私を笑わしてくれる?
私には遠慮なく色々と打ち明けて、私を頼ってくれる?」
茜は文人の目を見つめて言った。
文人は恥ずかしくなり視線を反らしてしまう。
境内の中心から外れた位置にある池の周囲には、二人以外の人影はなく、遠くから再開されたであろう、お囃子の音がうっすらと聞こえてくるだけの状況であった。
「はぁ…
そう言えば、さっきから大事そうに手にずっと持ってるそれは何なの?」
茜は沈黙している文人に呆れた様子で聞いた。
「…あっ、これは……」
文人がずっと握りしめていた方の手のひらには、エメラルドグリーンのように光る双葉のアクセサリーが二つあった。
「何これ?
めっちゃ綺麗…」
目を輝かせながら文人の手のひらのアクセサリーを眺める茜。
「良かったら…
一ついる?」
「えっ?」
唐突な質問に困惑する茜。
「えっと…
実は、茜を探してた理由の一つにこれを渡したいとも思ってて…」
「そうなの?」
「うん。
さっきは心配してくれてたのに酷いこと言ってしまったのと…
いつも仲良くしてくれているお礼にと思って。
それにこれをこうやって重ねると…」
そう言いながら、二つのアクセサリーを合わせる文人。
「四つ葉のクローバーじゃん!」
「そう!
重ねると幸せを運ぶ四つ葉のクローバーになるってわけ。
だから、茜と仲直りしたいし、これからも仲良くして欲しいから、一つ茜に持っていて欲しくて…」
「文人…」
茜も頬を赤らめながら文人を見つめる。
「それから…
さっきの続きなんだけど…」
文人は顔を真っ赤にしながらも、茜の目をじっと見つめて話しを続けた。
「今日さ、雷の鳴っている中で茜が一人で居ると思うと、心配で居ても立っても居られなくて。
こうやってまた会えて、茜の笑顔を見れて、今はほっとしてる。
だから、これからもずっと茜の笑顔を側で見ていたいし、茜ほど頼りやすい子は他に居ないと俺は思う。
約束する。
俺は、これからも茜の側に居て、茜に誰よりも悩みを聞いてもらって、そんな茜を誰よりも笑顔に出来るよう頑張るよ!」
「文人…
ありがとう……」
文人を見つめながら、照れ笑いを浮かべる茜。
文人は不思議な状態であった。
普段はこのようなことを言えないはずの性格であるが、雨上がりのこの池での綺麗な景色が広がった状況で、二つのアクセサリーの不思議な光にも導かれ、いつの間にか茜と二つの約束を交わす雰囲気になっていた。
「ねぇ、文人も早く着けなよ」
茜はアクセサリーを首元に着けて言った。
「えっ!?俺も?」
「そりゃそうじゃん。
二つで一つなんでしょ?
文人が着けないと意味ないじゃん。
ほら、早く!」
茜は文人の首元にもう一つのアクセサリーをぶら下げた。
そして、茜は文人に近付き、二つのアクセサリーを重ね、文人の耳元でこう囁くのであった。
「このアクセサリーがある限り、さっきの二つの約束は絶対だからね!」
そんな二人のアクセサリーは四つ葉のクローバーの形になり、月明かりで燦然と輝いていた。
「文人もハッキリと言ってくれたし私も言わないとだよね…」
「うん?」
何かを呟いた茜。
そして、文人の方へ再び振り向いた。
「今日は色々とあったけど…
最後にこうして文人と、この景色を見ることが出来て良かった。
さっきの文人が叫んだのも…
嬉しかったよ。
実は…
本当のこと言うとね、陸にこの場所に来たかったこと、最初から伝えるつもりなかったんだよね……」
「えっ…?」
「だって、この場所には文人と二人っきりで来たかったから…
つまり私は、この景色は最初から文人と二人だけで見たかったんだよ。
ねぇ、文人。
月が綺麗だね」
茜は意を決して言った。
「そうだったんだ…
確かに綺麗だよね」
文人の答えはこうだった。
「だよね…
まぁ、こうなることは想像できたけど…」
茜はとある人物より、この言葉の意味を聞いていた為知っていた。
文人も含めて、普通のこの年頃の男子にこの言葉は、通じないことは理解したうえで伝えた、この時の茜にとっての精一杯の告白であった。
「うん…?」
「何でもない。
文人にはもっと分かりやすい方が良いと思って…
ここならさっき、拭いたし綺麗だよね…」
と茜が言った次の瞬間…
〈チュッ…〉
茜は文人に勢いよく近付き、頬に…
口付けをした。
この時、月夜に照らされた二人は、池の反射も混ざり燦然と輝きを放っていた。
二人の首元にある、二つのエメラルドグリーンの光と共に。
この時の二人はお互いに初めての恋をしていた。
そう。
お互いの初恋が実った瞬間でもあった。
「うん…?
文人、何かすごい熱いんだけど!?」
口付けをし、予想外の熱を文人の頬から感じ取った茜は、慌てて手のひらで文人のおでこに触れた。
「熱っ!
てか、文人、大丈夫?
ちょっとしっかりしてって!
文人~!!」
茜が異変に気付いた時には、すでに意識を失っている状態の文人であった。
【予告】
茜はこの日を境に、文人に対して恋愛感情を持ち続けていた。
文人、陸に結香、それぞれの関係性を保ちながらも…
心のどこかに、文人との関係性が変わることを望んでいた。
次回【(18)怯える文人】




