二人
一人の男が女を連れていた。女は黙って、男の一歩手前をついてきていた。この字面では、まるで昭和のいい女といった感じだが、この女はまるでそれとは違う人だった。
男は、真面目な性格である。今の事務職に就いてから、一日たりとも休んだことはなく、それどころか、遅刻したこともないほどであった。しかも二十歳で結婚した男は、妻である女に全ての金を預け、男は毎月一万円というお小遣いで生活していた。それに比べ、女は毎日友人と高級レストランで昼食、夕食をどちらも済まし、夫である男には、コンビニ弁当を買ってきてとメールする始末であった。男はその生活に少し不満を持ちながらも、日々仕事場へ向かっていた。しかし、ある日のことだった。男が仕事場から家へ帰ろうとしていると、女が仕事場にきていた。
「どうしたの、急に」
と、男が声をかけると、女は笑いながら
「今日までよ、私たち」
と、返した。男は何のことか一瞬理解ができなかったが、そういうことかと思い直し
「どうしたんだ急に。何か不満なことでもあったのか?」
男には女に不満を持たせているなんて思ったことはなかった。
「今までに不満なんてなかったわ。あんたのことは嫌いでも、お金は安定して入ってくるしね。ただ、あんた、もうこの仕事辞めさせられるのを、知らないの?」
男は愕然とした。女の奥で社長がため息をつきながらこちらを見ている。つまりそういうことだ。この不況でリストラなど、珍しいものではない。
「さぁ、お金が入ってこないならおしまい。私たちはこれで終わりよ」
男の前に一枚の紙が置かれた。言わずもがな、離婚届である。男はそれを持って、家に帰った。家には一人。女はホテルにでも泊まっているのだろうか。
一人の男が女を連れていた。女は黙って、男の一歩手前をついてきていた。目の前には交番があった。疑問に思った警察は男に問うた。
「出張ですか?大変ですね」
「違うんです、実は…」