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20:「彼女の望むもの。」  作者: 郡山リオ
2/2

2.その子の大切なもの

1.

その子が懐から風車を取り出したのを見つけた。日差しの差し込まなくなった縁側。風は少し吹いていた。

その子の風車が、からからと回り始めるのを見たとき、僕は遠い昔の記憶を思い出した。


お祭りで見つけたかざぐるま。それに息を吹いて回し歩いていた。お母さんと来た中、屋台を見ながら歩いていたとき、気がつくと、僕のとなりに浴衣を着た女の人が立っていた。お母さんは見当たらない。お姉さんと言うには少し若くて、でも同じくらいの歳でも無さそうだった。僕より背の高い女の子は、勢い良く回り続ける羽をじっと見ていた。夏の夜の匂いを運ぶ風の中、ぼくの回す羽をじっと、すぐ横で。


その先を思い出そうとしたとき、その子が僕を見た。僕と目が合い、僕に目で言う。

……なに? と。

「なんにも」

その子は、ふん、とすぐに興味を失ったように、また空を見上げては、足をぶらぶらと振っていた。


ある日、玄関に見慣れない履物を見つけた。僕の靴と同じ大きさのその履物に、僕は首を傾げる。

お母さんのかな、と手を伸ばそうとしたとき、視界の隅に、その子の足が映った。

僕は動きを止め、見上げる。その子の、むっとした表情。何かを訴えかけるように尖らせた唇。僕が履物から手を引くと、さっと、その子がその履物を手に取った。

私のものに触らないで、とでも言いたげな視線を感じながら、僕は僕でそんなのは理不尽だ、という視線を送った。

視線と視線が重なり、お互いに譲らなかった。やがて、ふんっと顔を背けたその子が、とたとたと履物を持って僕の横を抜けて行く。夏の終わり、蜩の鳴き声を乗せた風の中、僕はなんなんだよ、と呟いていた。



2.

紅葉が始まり出した木々の葉の中を赤トンボは泳ぎ始めていた。ほんの少し高くなった空を見上げることが、知らないうちに僕の日課になり、その隣には足をぶらぶらさせるその子がいた。それは、落ち葉が舞い始めても変わらなく、僕に取っての日常へと変わっていた。


ふと、母に呼ばれる。僕は振り返る。


「なに?」

「少しは外で遊んできたら? 友達にも、誘われていたでしょ?」

「ああ、うん」僕は少し考えた。

母があまり見ない笑顔で言葉の続きをまっている。

「そうだね、でも今日は、家に居たい気分なんだ」

「……そう」母は、笑顔のまま、少し何か言おうとして居るようだったけれど、僕が空を見上げ始めた頃には、ため息をついて、ぱたぱたと遠ざかって行った。


隣に座るその子も、足をぶらぶらさせて空を見上げていた。


雲のはっきりとした形が曖昧になり、枯れ葉が舞い尽くし、縁側が寒くなったころ、家族で焼き芋をやることになった。


僕と、その子は、いつもどおり縁側に座って、空を眺めていたりした。

母と父は、落ち葉の山にサツマイモをアルミホイルでくるんだ物をひょいひょいと入れていた。

隣を見た。その子は、何かの紙で折り紙をしていた。


ふと顔を戻すと、もう火を起こし始めている。古新聞が燃えていく。

視界の隅に何かが入り、顔を向ける。出来上がった折り紙の鶴をその子は自慢げに差し出してきた。

僕は自然とそれを受け取る。満面の笑顔をつくるその子が、懐から、かざぐるまを取り出した。

その笑顔とかざぐるまに、僕は何かを思い出しそうになった。

頭の中で引っかかる光景の中、僕がすぐなにか大切なことを思い出せそうでいるとき、目の前のその子の目が庭の真ん中に向けられていた。

僕もつられて目を向ける。庭の真ん中では、落ち葉がひときわ大きく燃え上がっているところだった。空高く上がる炎に、冷たい風は止んでいた。

気がつくとその子は立ち上がっていた、涙を伝わせながら奥歯を噛み締めじっと炎を見つめていた。と思うと家のどこかに向かって走って行く。僕はその突然の光景にあっけにとられ、動けずにいた。

母と父は、炎を反対側から眺めるように立って、何かを話しているようだった。


3.

焼き芋は、家の中で食べることになった。

父と母と僕がテーブルに向かい合って座る。僕の横の席は空いていた。

話は盛り上がっていた、父と母だけで。僕は、もそもそとした焼き芋を頬張り、注いであった牛乳で流し込む。

父と母は、ひとしきり話し終えたのか、父も同じように芋を頬張り、むせた。急いで、近くに注いであった湯のみを口に流す、吹き出した。どうやら注ぎ込んだのは熱いお茶だったらしい。思いっきり頭を母に殴られて、台拭きを投げつけられていた。


僕が隣の空いた席に座っていたら大変なことになっていただろうと思いながら、もそもそと芋をかじり続けていた。

そう言えば、と母が僕に尋ねた。「今日、回覧板が回ってきたのだけど、中身の紙、知らない? バインダーに挟んでいたのにどこにも無いのよ」

僕は、もそもそと答えた。「……知らない。」

「そう、じゃあ、犯人はあなたね」母が台の上を拭き上げている方を向いた。

「えっ、どうして!?」

「この家には3人しか居ないからよ。」

「嘘をついているかもしれない!」

「この子が嘘をつく訳無いでしょ」

僕は焼き芋を置いて、落ち着いた声と鋭い目つきではっきり言った。

「僕は嘘をつかない」

「まて! その発言が既に嘘だ!」

父は、その後も母からしつこく問いただされていた。

その横で僕は、もそもそと焼き芋を口に頬張りながら、そういえばその子の姿が見えない、ことに気がついた。と、ふと、あの折り紙を思い出す。僕はポケットを探る。手の中に紙の感触。僕は焼き芋を置いて、その折り紙を取り出した。

丁寧に折られた紙の中に、何か文字が浮かんで見える。

「……?」僕は、自然とその折られた鶴を崩し始めた。

一折、一折広げて行くと、現れたのは、町内のお知らせと、書かれていた文章だった。

問いつめられ視線を泳がせていた父が、その紙を見つける。

「あっ!」

父の声に母が僕の手元を見る。僕は、口を開いた。

「お母さん、これが動かない証拠だよ。さっきお父さんがゴミ箱にこれを捨てているのを見たんだ。わざわざ、一目じゃ分からないように、折り紙の鶴にしてさ」

「まあ、あなた! 手先が不器用だったっていうのは、嘘だったんですね!」

「いや、ちょっと待て! ……それを疑うの!?」


ちょうどその時、とたとたと足音が聞こえた。僕は部屋の出入り口を見た僕は、その子と目が合った。片手に履物、いつもの青い朝顔の模様の入った白い浴衣に、見慣れない風呂敷を担いでいた。



僕とその子の重なった視線が、それる。その子が目が手元の紙に向けられたのが、僕には分かった。

その子の手から履物と、背負っていた風呂敷が床へと滑り落ちた。僕はその子の反応にどうすればいいのか分からなかった。一瞬の無言の瞬間を挟む、その子はわなわなと震える。そして、くるっと方向を変えると、廊下へと消えてしまった。

僕は、急いで廊下を覗き込むが、その子の姿は見えない。

「あらやだ、あなた! またこの近くで火事ですって」

「ここら辺も、物騒になってきたなぁ」

後ろを振り向く。父と母は、のんびりとお茶を飲みながら、回覧板の話しをしていた。


4.

その日からだった。その子は、何かと僕に冷たく接した。


僕を見つけるなり、アイスを咥えたまま知らん顔して消えるようになった。

お父さんの後ろにくっついて隠し場所を確認しているときの彼女も、お母さんの楽しみにしていたプリンを食べた濡れ衣を着せられ怒られるお父さんとお母さんの前を通り過ぎながらプリンを食べる彼女も、縁側で日に当たりながら空を眺めている彼女も、みんな僕を見つけると、決まって、むっとして、ふんっと顔を背けては、どこかへと姿を消した。


僕は、どうにかしようと考えていた。アイスを咥えたまま知らん顔して消えた後の台所で。お父さんのお菓子の隠し場所をしっかり確認した後、僕を見つけて消えた部屋の入り口で。プリンを食べ終えたあと、僕を見つけ反転した廊下の角で。彼女が立ち去った後の縁側で、空を眺めながら考えていた。どうすれば、いいのだろうか、と。そして、何も思いつかない。ただ、時間だけが過ぎて行った。


今日も、縁側に座るその子は、ただ楽しそうに足を動かしては、お父さんのアイスをちびちびとかじり空を見上げていた。僕は、それを遠目から眺めている。たかが折り紙で、こんなにも怒っているのだろうか? 何をすれば、その子の機嫌が良くなってくれるのだろうか。どうしたら……。


「どうだ、気分転換に外にでも出ないか?」

休日、テーブルで新聞を読む父が聞いてきた。

僕は頭を横に振って答える。

「いいよ、遠慮しとく」

「そうか……」

そこで、父のため息とともに会話は終わった。僕は、父に構わずその子を眺めていた。

窓の外は秋と冬の間、とても暖かい陽の光が降り注いでいた。


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