5.変な研究者が現れました
「えっ、この中に飛び込むのか?」
「はい。この中に飛び込むんです!」
俺は耳を疑った。
目の前の小さな悪魔はこの赤黒くよどんだ液体に飛び込めと仰る。
いやいや、冗談じゃない。
「こんな所に入ったら死ぬだろ? 少しでも触れただけでも傷を負うんじゃないか?」
「大丈夫です。ライク様のお身体なら へっちゃらなはずですよ!」
「なんでそんな事言えるんだよ……お前がこの中に入ったことあるから言ってるのか?」
「いや、ないです」
……って、ないのかよ!?
俺、もしかしてとんでもないことさせられようとしてねえか!?
「そんなんでどうして大丈夫だって言い切れるんだよ?」
「だって以前の邪龍様はこの場所に頻繁に出入りしているって聞いたことありますし。同じお身体をしているライク様も大丈夫だと思うじゃないですか?」
「同じ見た目をしているから大丈夫―――って、そんな訳ないだろ! 何か対策の魔法とか使っていたかもしれないじゃないか!?」
「うっ、それはそうですね……」
この悪魔、結構考えなしに思いつきで行動するクセがあるな。
ちゃんと注意していないと大変な事になるぞ……
とはいえ、あまりもたもたしていられない。
神力所有者はもうあと100メートルの所まで迫っている。
その上、俺がいる場所を理解しているらしく、まっすぐこちらの方に向かって進んできているんだよな。
本当、この世界の奴らって厄介すぎるだろ。
「仕方ない。ネルム、ちょっとこっちに来い」
「はい。何でしょう?」
「俺からあまり離れるなよ……”見守り”ー”み”で”守り”!」
俺は自分の周囲にバリアを展開する。
そしてそのバリアでネルムも包み込む。
バリアを張り終わった俺は、そのまま不気味な液体の湖に飛び込んだ!
湖の中も視界が悪い。
というか、視界はほぼゼロだ。
そんな中、俺はバリアを盾にして下へ下へと進んでいく。
すると、ある時突然液体から抜け出して、謎の空間へと躍り出た!?
「な、何なんだ、ここは?」
「おお、ここです、ここ! どうやらボクの予想は当たったみたいです! もしかしたら助かるかもしれませんよ!?」
どうやらネルムが目指していた場所らしい。
周囲に液体はないようだし、多分安全な場所だそうなので俺はバリアを解除した。
「あらあら、こんな所にお客さんなんて珍しいわねぇ? って、まさか……邪龍様!?」
どうやら誰かがいるようだ。
声がする方向を振り向いてみると―――そこには水着の上に白衣を来た人間の女性がいた。
って、何で水着に白衣なんだよ!?
変態すぎるだろ、この人!?
「イシュナ、久しぶりですー!」
「あら、ネルム。久しいわね。もしかしてあなたが邪龍様を復活させたの?」
「いや、この方は邪龍様であって邪龍様じゃないんです。邪龍様呼びすると怒られますしぃ……」
ネルム、その声、全部聞こえているから。
というか、邪龍様と少し嬉しそうに言っていることからして、このイシュナという人も邪龍の配下だったっぽいな。
人間の配下もいるのか。
「邪龍様じゃない? どうみても邪龍様にしか見えないのだけれど?」
「実はですね……」
ネルムはここまでの経緯をイシュナに話した。
すると……
「つまりこの邪龍様……ライク様は異世界から来たと?」
「そうらしいです。ね、ライク様?」
「ああ、そうだな」
ふーんと興味深そうに俺をまじまじと見てくるイシュナ。
見てくるのはいいが、やっぱりその格好何とかなりませんかね?
「ずっと気になっているんだが、どうしてイシュナは水着に白衣姿なんだ?」
「だってここ暑いんだもの。こういう格好じゃないとやっていけないわ。……ってライク様、水着をご存じなのね!? 以前の邪龍様は全く興味も示さなかったのに!?」
まあ俺、人間ですし。
元々龍だった邪龍にとっては全く気にならないのかもしれないけどさ。
「それよりもイシュナ、大変なんです。近くまで神力所有者がやってきてしまって……」
「あら、それは大変。だから地上の防護液が減っていっているのね。少し厄介な相手みたい」
「地上の防護液って……あの赤黒い液体の事か?」
「ええ、そうよ。ここの研究拠点が壊されない為の防衛策としてね。神力の高い腐食作用のある液体を地上に張って侵入されないようにしているの」
えっ……?
腐食作用のある液体って、やっぱり触れちゃまずい奴だったって訳じゃねえか!?
「ネルム、やっぱり触れたらまずい奴だったじゃないか!? あのまま飛び込んでいたら大変な事になっていたぞ!?」
「あぅ……すいません」
「だとしても不思議だな? 神力がある液体といっても、神力で負けている俺のバリアが壊れずにここまで来れたし、どうなっているんだ?」
神力が含まれているということであれば、それに対しては俺は無力だということ。
つまりバリアを張っていても、その液体からは守りきれないと思うんだが……
「あっ、実はその液体には私達の力”イビルマナ”が含まれているの。だからイビルマナと相性の良い、つまり私達の仲間にだけはこの液体は効かないようになっているわ」
そ、そうなんですか……。
難しくてよく分からないが、とにかく俺達には無害な液体だったってことか。
心配して損したわ。
「ライク様、やっぱりボクの言う事は正しかったみたいですね!」
「………………」
調子に乗るネルムがうざいので、しばらくすねたフリをして相手にしないことにした。