きしょう
竜鎧という人種がいる。
食物連鎖の頂点に君臨する生物、竜。奴らを倒すために作られた、いわば世界のシステムそのものにケンカを売る唯一の反逆者。それが竜鎧だ。
俺を含めた竜鎧たちを、力を持たぬ一般市民は恐れるようになった。当然だ、竜という怪物に匹敵するほどの力を持つのだ。恐怖するのも仕方ない。
しかし、竜に対抗できるのは竜鎧だけであり、いくら俺たちを恐れようとも、頼らざるをえない状況なのは変わりようのない事実。
結果、俺たち竜鎧は徒党を組み、憎むべき支配者の情報を集め討伐するギルドなる組織を発足。今では、ギルドによって人々の安穏が保たれていると言っても過言じゃない。
「どういうことだ、これは」
ギルドの仕事を終え、依頼を出した村まで報酬を受け取りに来た俺は、額に青筋が走る感覚を自覚した。
小さな麦畑が緑色に染まっている。特徴と呼べるものはそれぐらいしかなく、後は民家がいくつか建てられているだけ。先ほどの竜一匹が襲ってきただけで滅んでしまいそうな小さく無力な村に、俺は来ていた。
竜鎧である俺がこんな何もない村に来たのは、言うまでもないが仕事のためだ。
ギルドの仕事には三つの手順がある。まず、依頼人が依頼を出し、俺たち竜鎧が依頼を達成する。そして、依頼を達成したことを依頼人に報告することだ。
無駄で無意味で面倒極まりない決まりだ。しかし、俺たちはその面倒をしなければならない。何故なら民衆は俺たちを信用なんてしておらず、俺たちも無力な連中を見下しているからだ。お互いに懐疑的な以上、直接のやり取りを得ないと収まりが付きにくい。
俺はその事実を知っているからこそ、無価値な話をしにこの場に降り立った。
ちなみに、今の俺は鎧を付けていない。
無用な警戒を生まないために、という理由もあるが、一番は鎧を纏ったままだと俺の消耗が重なるからだ。重いモノは、早く下ろしたいだろう?
「話が違うみたいだが」
「ヒィッ! すみません殺さないで!」
波を立てないように、出来るだけ穏やかな口調と言葉を選んだつもりだったのだが、村人の老人、恐らく村長なのだろう、が仰々しく両手で顔を隠しながら後ずさりをする。
「殺されたくないなら、さっさと理由を言え。自殺願望があるってんなら、話は別だが」
俺の声は、気付かぬうちに随分と冷え切っていた。
報酬として出されたのが鎖に繋がれた少女となれば、仕方ないだろう。ニンゲンとして当然の反応に違いない。
「理由と言われても、ワシにも何がなんだか」
凛とした鈴のような声だった。俺のモノでも、目の前でうろたえている老人の声でもない、第三者の声。持ち主は一人しかいない。
「なんじゃ? 話をすれば殺さんのじゃなかったのか?」
鎖をジャラリと鳴らして小首をかしげる少女に、俺は言葉が出なかった。
妙に、落ち着いてないか。
年は十を超えるかどうかと言ったぐらいだろう。白い絹のような髪を頭の上で二つに結い、真っ赤な瞳は大きく輝いている。肌はどこを見ても薄汚れているが、素材そのものは至って上質なようだ。磨けば価値が出る、宝石の原石みたいだ。
首には鎖が繋がれた首輪が付けられており、両手にも同様の手錠が装着されている。もっとも、少女は煩わしそうにそれら拘束具に視線を送るだけで、他に一切の感情を持っているようには感じなかった。慣れているのか、それとも見た目の割に冷静なのか、そこまでは観察しただけでは分からない。
「今度はジロジロ見るか、そんなにワシの魅力的な肉体に興味があるのかの?」
「……お前には聞いてない」
「オマエではない。ワシの名はヤトじゃ」
「そうか。ヤト、黙れ」
ヤトが不満げに頬を膨らませたが、無視して俺は村長を冷めた視線で射抜いた。怖がってくれているのだろうか、さっきから村長は青い顔になりながらかすれた呼吸をしていた。
「こ、コイツを金に換えようと思っていたんです」
「それで、換えた金で報酬を支払おうと?」
「はい。しかし、肝心の奴隷商が依頼に出した竜にやられたようでして」
「残ったのはこのガキ一人、というわけか」
「は、はい」
言葉の節々を震わせて、村長は経緯を説明してくれた。
このガキ、ヤトをどこから見繕ってきたのか説明はまったくしなかった。恐らく後ろめたい方法で取ってきたか、誰かに犠牲を出させたか。どちらなのか俺は知らないし、興味もなかった。
「なるほど、そりゃまた大変だったな」
話を聞いて感じたのはその程度、他愛のない感想だけだ。ギルドにいる以上、金を供養するために汚いことに手を染める人間や村を見てきたし、それが真っ当な人間としての反応だと分かっている以上、俺はそこら辺の事情に口を出そうとは思わない。
「でもな?」
俺の言葉に、村長の肩が大きく揺れた。
「スグに決済出来るだけの金を用意し、どれだけの不確定要素があろうとも全額払い切ること。そういう約束のはずだろ?」
強盗に襲われ村が全滅したとしても、依頼が失敗し村人が皆殺しに遭おうとも。いついかなる状況であろうとも出された依頼分の金はきっちり支払うこと。
ギルドにある数少ない決まりだ。破ってしまえば、ギルドとしての面子を保てなくなり、人間と竜鎧のバランスが崩れる可能性だってある。
だから、このやり取りだけはきっちりとしなければならないのだ。面倒ではあるが。
「今回は大目に見てやる。金じゃないが、報酬は用意していたことだしな」
俺の言葉に、安堵したように首をすくめる村長。一体何をどう勘違いしたら、そんなお気楽なことが出来るんだろうか。俺には見当もつかない。
「ただ、次はない」
はっきりと簡潔に少々の殺気を加えることも忘れなく、俺は断言した。
俺と対峙している村長はもちろん、村全体が俺の殺気にあてられ震えているようにも思える。なんてな。いくらなんでも、そこまでの殺意は込めてない。せいぜい、村長の再犯を防ぐ程度の効果しかないぐらいのはずだ。
「化物め」
くだらないこと考えている場合じゃないか。余計な音まで聞こえてきたことだし。
「ったく、面倒な」
俺は、どうでもいい考えをため息と一緒に吐き出して、腐った村なんかよりもよっぽど重要な問題に視線を送る。
「ん? 話は終わったかの?」
俺にとっての大きな問題が、小さい腕を組みながら堂々と胸を張っていた。どうでもいいが、本当にお前は奴隷になりかけていたのか? むしろその逆、奴隷を買いそうな金持ちに見えるんだが。
無意味な疑問が湧いて止まらない。色々と話がしたい衝動に駆られる。
しかし、今することではない。俺はこんな麦しかない村を出発して、早く寝たいのだから。
「話は終わった。お前は――」
「何度も言わせるでない。ワシの名はヤトじゃ」
「……ヤトはこの瞬間から俺の所有物だ。よって、連れ帰ることになった」
「ほぉ、お主のモノになるのは構わんが、美味しいご飯は食べられるんじゃろうな?」
「ここよりはマシのはずだ。もっとも、おま――ヤトの行動次第だが」
「そうか」
そう締めて、ヤトは再びふんぞり返った。
主導権が、主たる俺ではなくこの少女に渡っている気がするのは、きっと気のせいだろう。そう思わなければ、やってられない。
「はぁ……帰るか」
俺はまたため息をこぼして、独り言を呟く。
すると、俺を黒い粒子が渦を巻きながら包み、中からは外の様子が窺い知ることが出来なくなった。バリッと、何かが破れる音がする。
ヤトと村長がそれぞれ興味と恐怖に顔を染めているが、やはりどうでもよかった。
安心しろよ、村長。もうお前に興味などない。
黒い粒子が弾け、中心にいた俺も姿を現す。黒い甲冑に二つの太陽を背中に背負った姿、竜を狩る俺の正装だ。
「おぉ、おぉ! なんじゃそれは! どうなっておるんじゃ!?」
ヤトが、変身した俺に興奮を隠せないようで、さっきからピョンピョンと俺の周囲で飛び跳ねる。
「うるさい、黙れ」
「んぅっ!」
楽しそうに動いて、すごく目障りな少女の首根っこを、ゴツゴツとした鎧が掴む。ヤトの顔が真っ赤に歪んだ気がしたが、俺はそんなことを気にしている場合ではなかった。
――なんだ? 体の力が抜けるような、そんな違和感を感じる。
「舌噛むなよ」
それだけを告げて、俺はヤトを肩に担いだ状態で翼に力を込める。
幸い、まだ空を翔けられる程度には力があるらしい。
「ピィイヤアァァア!?」
耳元で、すぐ前まで落ち着いた雰囲気を見せていた少女の叫び声が聞こえた。
何故か少しおかしくなって、俺は口元だけを歪ませてさらに炎の勢いを強める。
俺の気合いに呼応するように、叫び声もどんどんと大きくなっていった。