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けつき

数えるのもバカらしい人間たちが、一か所に視線を集中していた。

視線を集めているのはアン女王。

熱い視線を彼女に送っているのは昨日命を拾った歴戦の猛者たち。

「それでは、無事竜を迎撃出来たことを祝いまして」

ゴクリ、と誰かの喉が鳴った。

この場にいるすべての人間が、彼女の言葉を待ち焦がれている。それを分かっているから、アン女王は敢えて言葉を途中で切り、皆を焦らして楽しんでいた。

だが、長く続けるつもりはなかったらしい

「かんぱーい!」

「「「「「かんぱーい!!」」」」」

複数が重なった空気の波が、兵士の持つグラスに注がれた色とりどりの液体を揺らす。

そして女王の音頭を皮切りに、蓋をしていた熱狂に身を任せて兵士が動き出した。

「昨日の今日で、元気なこった」

まるで水のように飲み物を空にしていく一部の兵士に呆れながら、クロガネはグラスの液体、微量のアルコールを含んだヒトの嗜好品を、一口含んだ。

今ここにいる彼らは全員、宴に誘われた勇者たちだ。

昨日に起こった襲撃を退けたお礼として国が主導して行っている宴に、彼らは参加していた。

「ヒャッッハァァァアア!! 宴じゃあああ!!」

一番はしゃいでいる声に視線だけを向けると、そこには見知った赤い髪の女性がいたので、取り敢えずクロガネは静かに距離を取った。

「バカじゃねーの。いくら国が主催だからって、あそこまでハメを外していいのかよ」

クロガネが呆れたまま呟く。カイナだけではない。ミーレスも普段の無愛想からは想像もつかない真っ赤な顔で、チョビチョビとグラスを傾けている。

女王の見てる御前で晒していい醜態ではない。少なくとも、クロガネがアン女王と同じ立場だったなら、こめかみを抑えながら重いため息を吐いていたことだろう。

「いいのですよ。今日は無礼講ですから」

いつの間にいたのか、アン女王がクロガネの独り言に返事した。

「なっ、いたのか」

「フフッ、はい」

独り言を誰かに聞かれていると、ましてや返事されるとも思っていなかったクロガネが若干彼らしからぬ顔をしながら飛び退いた。

気配を感じなかった。どうやら酒に酔っているのは、クロガネも一緒らしい。

「兵には命を預けてもらいました。労わないのは、王として許せません」

「立派な王だことで」

アン女王はクロガネが知る限り最も王らしい王だ。

臣下の扱い方を心得ていて、大切な物のように可愛がっていて、有事の際には非情に切り捨てられる彼女こそ、王にふさわしいだろう。

「傷の調子はいかがですか?」

クロガネを心配するこの言葉も、この国に唯一残っている竜鎧だから、という理由だけで、他意はまったくないに違いない。

「別に。一晩寝れば大体治る」

だから言葉少なに話すクロガネは、仕方ない態度だと言えた。

「本当ですか? クロガネ様は昔から無理をしますから、わたくし心配です」

「誰がその言葉を言う。殺すぞ」

祝いの場だから極力控えめに、クロガネはアン女王を殺気を込めた瞳で睨みつける。

「心配ですよ。クロガネ様がわが国が竜鎧として製造した最初の成功例なのですから。わたくし個人にも特別な感情の一つや二つぐらいあります」

「チッ」

クロガネがアン女王の近くから離れようと、一気にグラスの酒を飲み干し歩き始める。

彼女の近くにいては、せっかくの酒がまずくなってしまう。

「次はわたくしの番です」

クロガネの足はすぐに止まった。

「クロガネ様が、たくさんの兵が守ろうとしてくれたこの国を、今度はわたくしが守る番です。戦いに参加したこの場にいない方々のためにも、わたくしが尽力する番です」

昨日の戦いに参加した人間は、全員この宴に参加するよう命令されている。参加しない人間は女王の顕現で無期限の懲罰を与えるとも言われていた。職権乱用にも程がある。

だからこの場には戦いに参加した兵士が全員いる。いないとすれば、それは戦場で命を落とした人間だけだ。

――こういうところが、嫌いなのだ。

クロガネは胸中に溜まった不満を、一息に纏めて宙に逃がした。

王として、人間として、完璧すぎるこの女が、クロガネはどうしても好きにはなれない。

「カイナにも手伝ってもらうよう言っておく。名前を貸すだけでも動きやすくなるだろ」

この戦いで、そして元々クロガネに依頼が来た原因である遠征で、この国の兵士の数は激減した。この国に、新たな脅威を呼ぶぐらいに。

「それはありがたいです。彼女ほどの武勲と能力を持つ人材なら、優位に動ける場面も増えますし、手を貸していただくことにします」

脅威、というのは侵略者のことだ。それも、竜ではなく人間。

卑劣にして残忍な頭の切れる生物が、次にこの国を狙うだろう。

抵抗の力を弱めている今こそ、連中にとっては絶好の好機なのだから。

数で劣る以上、一騎当千の猛者を少しでも集めたいアン女王にとって、紅蓮のカイナという怪物の助力は助力というには十分すぎるカードだった。

「クロガネ様も、当然手伝ってくれるのでしょう?」

一騎当千の猛者に、竜鎧の青年も含まれている。彼も、人間ぐらいなら圧倒出来るだけの力を持っているのだから。

アン女王の期待に輝いているとも命令に従わせるつもりとも取れる瞳を向けられて、クロガネはたまらず目を逸らした。

「あら? まさかお手伝いしてもらえないのですか?」

「悪いな。俺にも都合がある」

「その都合というのは、わたくしを憎んでいるから、などと言う稚拙なものではないのですよね?」

差し伸べた手を払われて、女王は大層ご立腹のご様子だった。

「違う。いや、違わないが、それだけが理由じゃない」

「本当、ですか?」

訝しげな視線。

権力者というのは、どれもこんなワガママな存在なのだろうか。そうなると、出来るだけ関わりは持たない方がよさそうだ。

「……はぁ、分かったよ。ちゃんと説明する。明日、カイナの酒場に来てくれ」

「あら、デートのお誘いですか? 楽しみですね」

「冗談はその笑顔の仮面だけにしてくれ」

クロガネは苦笑しながら、つい本音を口からこぼす。

酒の影響というのは、どうやらバカに出来ないようだ。

「本当はカイナだけに話そうと思っていた。でも、それじゃあ女王陛下は納得してくれないんだろ?」

「よくわかっていますね。クロガネ様もわたくしに興味津津というわけですか」

「……カイナと一緒に説明してやるから、忘れるなよ」

とうとう無視して、クロガネは話を終わらせた。

「ここでは教えてくれないのですか?」

「あぁ、教えられない。内緒の話だからな」

「あら、あらあら。それはまた、胸躍る言葉の響きですね」

手を叩き、アン女王は顔を綻ばせる。

クロガネには仮面に見えない表情で、彼女は喜びという感情を表現する。

「内緒、ということは大勢で押し掛けたらダメですね」

「当たり前だ。その時点で、女王陛下に話をする機会はなくなる」

「ミーレスぐらいは許してもらえますか?」

「ああ、いいぞ。一国の主が護衛を付けずに町はずれの酒場に出向くなんて、何言われるか分からないからな」

「護衛が一人の時点で変わらない気もしますが」

ポツリと、アン女王が仮面ではない苦笑と一緒に呟いた。

「何か言ったか?」

「いえ、別に」

クロガネが呟きに反応した時には、既にいつもの表情で彼女は笑顔を作っていた。

「明日、太陽が真上を過ぎたころに出向きますね」

「了解した。少しでも遅れたら俺の話はないと思えよ」

「それは困りました。何としても遅刻するわけにはいきません」

女王とクロガネがそれぞれ表面上での笑いを交わし、どちらが先でもなく相手から離れるように足を進めた。

――この嫌な予感が、外れてしまえばよかったのに。

戦いに行く前の会話でも感じたこの予感。当たっているのだろう虫の予感を胸に、アン女王は声にも出さずに、宴会の盛り上がりに混ざらない思いをなぞることしかできなかった。


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