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八強者  作者: アシタビト
第1章 闘争国バルト
9/13

第1章第9話 暴走タンク

戦場は混沌としていた。次々と現れる賊にエルフが翻弄され、その強さの前に少しづつ数を減らしていく。しかし、一方的に殺られている訳でもない、エルフもまた、敵を確実に仕留めていく。

血で血を洗うとは正にこの事だろう。


「右に行ったぞ‼︎逃すな‼︎」「了かぎゃ!」「ハッハッー‼︎七人目だぁ」「ぐっ…が…」「こっちは九人だがぁ⁉︎」「私は6人目だ、賊如きが図にのるな‼︎」「おい!あれ見ろ!エンダイアだ‼︎」「マジだ!スゲェ賞金首じゃねぇか!」「そう言うお前はラバタだな?200万の首だろ!」「クソ!バルト中の賞金首が集まっているとでも言うのか⁉︎」「嘆く暇があったら腕を動かさんか!死ぬぞ‼︎」「死ね死ね!みんな死んでしまえ‼︎俺に殺されてなぁ‼︎」「へヒャヒャ!エルフの里を襲おうなんて大胆な事考えるヤツもいたもんだぜぇ!」「そっちに行ったぞ!逃すな‼︎」「何人倒せばいなくなるんだコイツ等は⁉︎」「そうだ‼︎エルフを皆殺しにした後は俺等で殺し合おうぜ⁉︎こんな機会滅多にねぇ!」「そりゃいい!やろうやろう‼︎」「取らぬ狸の皮算用とは余裕だな!」「エルフの戦士をナメるなよ‼︎」「の前に〈気狂きぐるい〉だろ!俺は奴等とやりてぇから来たんだぜぇ?」「俺もだ!」「俺も俺も‼︎」


エルフと賊の声、剣戟の音、そして断末魔が入り混じる戦士で、ニールは歯噛みしていた。


「く…マズイですよコレは…」


現状、数の差もあって被害は少ない。が、コレだけの差があって被害が出ている時点で、少なくはないのだ。更に、この賊を単騎で抑えられる程の猛者が、賊の数だけいる訳でもない。何人かは抜け、雑兵へと襲いかかっている。

そして何よりーー


「うぉぉぉおおおらぁぁぁあ‼︎」

「グヒヒ‼︎どうしたどうした⁉︎弱っちいなぁ!」

「雑魚に用はねぇんだよ…」


ーー三十人に1人程度の割合で、飛び抜けた強さを持った者が混じっており、厄介極まりない。


「シル、ウェイン、ザンジールはアレを抑えて下さい、時間稼ぎで構いません」

「「「はっ!」」」

「アンデラ、コートス、ラビリーはここで抜けてきた賊を仕留めなさい」

「「「了解しました」」」


ニールは護衛に付いていたエルフの内、上位6人に指示を出すと、前へと歩き始めた。

このまま戦いが続けば、勝利する事は出来るだろう。だが、被害は甚大な物となる。


(それは何としても避けなければならない)


故に、族長にして里最強のエルフ、エイグニール・アリュッセルは敵へと向かい始める。

彼から発せられる物凄い殺意に、賊達は顔を向けた。


「中々いいのがいるじゃねぇか‼︎」「殺し甲斐がありそうだ‼︎」「強そうじゃねぇか!」「俺に殺らせろ‼︎」「いんや俺だ!」「巫山戯んな俺だ‼︎」


ニールは直ぐに取り囲まれる。それは彼も予想していた事だった。

何せ、敵はイカれた戦闘狂。より強い者を求めて彷徨う廃人。彼等が国から逃げている理由なんてたった1つ「もっと強者と戦いたいから」「軍隊に押しつぶられるだけの戦いなんて面白くないから」だ。中にはそれでも殺し殺されるならいいと詰所に喧嘩売りに行く者だっている。バルトでは常識だ。

そんな彼等が、ニール程の人物を放っておく筈がなかった。

もし彼が先頭で指揮をとり、戦乱に身を投じていたなら、瞬く間に集まった賊によって殺されていただろう。そうなれば指揮系統は狂い、里は落ちる。故に彼は動かず後方で指揮をとっていた。だが、もうそんな事を言っている場合ではない。


「被害を減らす為です。やむを得ないでしょう」

「はぁ?何言ってんだコイツ?」「おかしくなっちまってんじゃねぇの?」「安心しろって1人づつ相手するからよぉ〜⁈」


自分が出る事で少しでも敵の注意を引き、倒す事で被害を減らす。イヴィードの事が気がかりではあったが、もう2度以上地震が起きている。つまりあの一撃を持ってしても〈気狂きぐるい〉は倒せていないのだろうと予想がつく。ならば此方に専念出来ると言うものだ。


(それに…もしもの時の策もあります)


ニールはなにも、命を賭して進んだ訳ではない。


被害を減らす為だけに進んだのだ。


「先ずは俺だ‼︎ウヒャヒャ‼︎」

「あ!抜け駆けしてんじゃねぇぞコラ‼︎」


身軽そうな賊が輪から抜け、駆け出す。上段から斬り下ろしが放たれ、その湾曲した長剣が頭へと落ちてくる。


「力み過ぎですよ」


ニールはそれを極々冷静に見極め、対処する。内から払うように手を動かし、己が剣の腹で去なすと、刃先が賊へ向く。そのままスッと首へ突き込み、お終いだ。


「最初に打ち合った方のほうがまだ強かったですね、抜けて来ただけはありますか。さぁ、次は誰ですか?」


賊の目つきが変わる。確かに、先程突き殺された者はこの中では弱い方だ、だが、その首に賞金をかけられる程の実力者ではあった筈。それをたった一合で倒してしまうニールの力は、明らかに彼等の上を行っている。


「まだ一対一でやりてぇヤツいるか?」「俺はパスだな」「なら俺がやるわ」「待て、俺もやりてぇ」「なら間を通って俺が先か?」


1人、2人とニールへ向かっていき、その全てが傷1つつけられずに倒れ伏す。


「ハッ!こりゃダメだな‼︎」「どうする?」「決まってんだろ!」「全員で押し潰せ‼︎」


残る全員がニールへと襲いかかった。

強者を追い求める戦闘狂、それでも負けると分かっている試合をする程バカではない。新たな死闘の為、彼等は少しでも長く生きなければならないのだ。


(問題はここからですね、他の皆さんも戦っているのです、援軍は望めない。一体どれ程持ち堪えられるか…)


長剣、大剣、短剣、曲剣、槍、ハルバート、ランス、鉾、三叉槍、メイス、ナイフ、モーニングスター。

様々な武器がニールの四方八方を行き交い、その身に刻もうと迫る。

対するニールの動きは凄まじい。

長剣を去なすと半歩動き大剣を躱し、それを盾に短剣を防ぎ、脇から通した緑の刃で曲剣持ちを屠る。抜き払うと同時に槍を弾き、それをハルバートに当て進路をズラし、2人の間をを縫うように走り、斬る。ランスを左手で逸らし、後ろから迫る鉾を剣で流してすれ違わせる。メイスを仰け反り躱すと、片手のバク転をして飛び上がり、ナイフを避け、肩に乗り、迫るモーニングスターをぶつける。

まるで舞でも披露しているかの様だ。

しかし、その心境は厳しい。


(ぐ…思った以上に厳しいですね…酷い連携、強さのバラつきが何ともやりにくい! 思ったより早く手の内を曝け出す事になりそうですよ…)


賊に仲間意識なぞ有りはしない、もし剣を振るって当たりよう物なら、それは全て当たった方が悪いのだ。そんな彼等が織り成す連携は酷い物で、周りの事など気にも留めない。

おまけとばかりに強さ、つまり技術のバラつきまである。正面から突っ込んでくるだけなら大した事はないだろうが、四方から向かってくる相手の技量を一瞬で見切り、最小限の動きで対処するとなると、今度は集中力を著しく失う。

斧が足元を通り過ぎ、空中でランスを受け止める。後方に飛びながらも身を翻し、長剣を弾き飛ばす。が、側方から振り下ろさらた大剣を回避し切れず、肩を少し斬る。回避した先にはクローを装備した小男が構えており、屠るものの、生傷を増やす結果となる。

攻撃は止まない、倒しても入れ替わる様に別の者がその穴を埋める。そして倒せる数もそう多くはない。

時間が経つにつれ、小さな傷が増えていき、それに比例して体力も減っていく。このままではマズイ。


(仕方ありませんね、使いますか……)


瞬間、ニールの表情が険しくなった事に賊が気づいた。


(((何かくる)))


感じ取ったのは苦痛や憤りではない、まるで見せたくない何かを見せなければならないと言う顔に、賊の警戒心は高まりーー


ズシャ…ドシャ…


ーー3人の上半身が地に落ちた。


「な、何ッ⁉︎」

「気づくのがおせぇ…」


驚き振り返った賊の顔が掌に覆われ、更に首を回される。180度後ろを向かされた賊は絶命し、その場が静まり返る。

誰もが注目する、その先に立つのは傷だらけの男、ゼズドだった。


「…な⁉︎イヴィードはどうしたんですか⁉︎ヒューロ君は⁉︎」

「は?ああ、あのハンマー野郎ならヒューロに任せて来た。なぁに問題はねぇ、あの程度の実力ならアイツ一人で十分だろ」

「本当に大丈夫なのでしょうね⁉︎ヤツを逃せば大変な事になるんですよ⁉︎」

「あ?お前もヒューロの力を知ってんだろ?なら心配ねぇ筈だぜ?それとも何か?ヒューロが負けるとで…」

「いつまでくっちゃべってんだ‼︎」


賊をガン無視して会話を始めた2人に痺れを切らし、襲いかかる。

渾身の力で振り下ろされた大剣を、ハエでも払うかの様な手捌きで逸らし、地面へ落とすと、己は半回転し、ニヌエムの柄頭にある刃を掴む為の金具で顔面をぶん殴り、頭蓋を割る。そのまま振り切り、今度は刃が長剣持ちへと向かい、防がれる。


「お?防いだな」

「コイツ⁉︎ゼズドだ!【狂闘きょうとうニヌエム】がいるぞぉ‼︎」「マジか⁉︎マジでいやがるぜ!」「ヒャハハ!わざわざ来たかいがあったぞ!」「おーい来たぞー‼︎〈気狂きぐるい〉だぁ‼︎」「なんだと⁉︎」「クソッ!邪魔だエルフ共‼︎」


ゼズドに気が付いた賊が声を張り上げ、それは次々に連鎖する。集まりだした彼等は止まらない、瞬く間に賊が集結し、それに対立する形でエルフも陣形を組んだ。


「ッチ…話は後だ、取り敢えずコイツ等片付けるぞ?」

「そうですね、今は敵を殲滅する事が先決です。共に戦いましょう!」

「あ〜?な〜に言ってんだ?テメェは下がってろよ、こう見えて俺は今、物凄く、虫の居所が悪いんだ。ちょこまか動かれると間違って




殺しちまいそうなんだよ」

「ッ⁉︎…正気ですか……」

「俺達が一体何度万兵相手に戦ってきたと思ってやがる⁈百や二百、一人や二人と大して変わらねぇんだよ」


ゼズドの顔は無表情に近い。しかし、額には青筋が浮かび頬が引き攣り上がっている。


(本気ですか…)


溢れ出す怒気と殺気からニールは悟った。下手に手を出せば問答無用で斬り殺されるだろうと言う事を。


「分かりました…しかし、私は共に戦います」

「死にてぇのか?お前」

「賊に混じって貴方に殺される程、脆弱ではありませんよ。私も戦士です」

「ぞ、族長!そう言う事ならば我等も…」

「ゼズドさん、貴方に巻き込まれない為にはどの程度の力が必要ですか?」

「自信あんだろ?だったらテメェ以上だ」

「と、言う事です。貴方達は引いていなさい」

「そ、そんな訳には‼︎」

「うるせぇよ、足手纏いはすっこんでろ」

「な、なんだと⁉︎」


瞬間、抗議の声を上げたエルフの顔面に掌が覆い被さる。それは一瞬にして軋む程に力が込められ、エルフの体が宙に浮いた。


「がぁぁああぁぁぁあああああ゛あ゛あ゛‼︎」

「もう一度だけ言うぞ、俺は!今!頗る機嫌が悪い!視界に入ったヤツは皆殺しにすっから気を付けて盲点に行ってろ‼︎」


絶叫が響く中、ゼスドは叫ぶエルフをゴミでも捨てるかの様に放り投げ、賊の方へ振り返る。

仲間を傷つけられ敵意を剥き出しにしたエフル達が構え、一歩踏み込むが、ニールが手で静止を呼びかけ、彼もまた賊へと臨む。

その間賊は、ただ黙って2人、いや、ゼズドを凝視していた。何も空気を読んだなどと言う訳ではない。腐ってもバルト民の猛者、ゼズドの一挙一動を脳裏に焼き付け、その動きを出来る限り予想、予測、推測する。自ら動く事はない、もし1番乗りになれば確実に死ぬと分かっているからだ。先手を譲り、周りを犠牲にして隙を探る。例えその時”周り”が自分だったとしても、確率の大きい方へ迷わずベットする。


「さぁて…見学料は命だ。精々足掻いて俺を楽しませろ、何たってテメェ等は”サプライズ”なんだからなぁっ⁈」


いいながらニヌエムを振り上げる。勢いよく動き始めたソレは形状を変え、再び輪に棒をつっかえた様な形となり、猛回転を始める。

賊軍が一斉に構えを取り、五感を最大限に尖らせた。


「後頼むぜ‼︎」


そう叫んだ獣人の大男は、飛んで来たニヌエムによって、盾の防御も虚しく両断された。そのまま2人程肉塊に変えたニヌエムは、己が回転により逆走を開始、走るゼズドの方へ戻って行く。

そうして掴んだニヌエムを掲げ、人海へ突っ込もうとすると、先頭に立っていた賊が両手を広げ



死を、受け入れた。



異常な事だった。

殺す事が好きで、死闘が好きで、常に闘争に身を興じ、少しでも多くの死線を得るために生きている彼等がその命を捨てた。自ら死ぬ事で、敵に隙を作らせ、周りの者に殺させる。

しかし、その実態は仲間意識などと言う物ではない。ただ単に”絶対的強者に勝つ”と言う事が、その勝利への渇望が、天秤に載せた自分の命を上回ったのだ。

死んでも構わない、その先にある勝利へ少しでも貢献する。その勝利は全体の、ひいては自分の勝利と同じなのだ。

高く血飛沫が上がり、それを中心として100を超える賊が群がる。そして血飛沫へと変わり、紅い花が咲く。


「殺れ!ぶっ殺せ‼︎」「周りに構うな!周りごと殺せ‼︎」「前に出たヤツはもう死人だ!」「死ぬまで殺せ!」「皆殺しにしろォ‼︎」

「そうだよなぁぁ!バルトの民はやっぱりこうじゃなくっちゃなあぁ‼︎」


歓喜するゼズドは、円刃の中に自分を入れる様にし、周りから殺到する攻撃を最低限の動きで防いで行く。その内誰かが放った斬り上げが、抵抗なく円刃を持ち上げた。ガション!と言う音と共に、ニヌエムが鉾へと形を変え、対面にいた賊がその輪の内に入いる。つまりリーチが倍近く広がった。前面にいた賊に悪寒が走り、一斉に後ろへ飛ぼうとするが、後ろも賊が押し寄せているので不可能だ。

赤い花が咲いた。

2列目が前へ出て、その刃を振るい、ゼズドの体に小さな傷を刻む。そして3列目が進みだした。

ニヌエムが大剣に受け止められ、その瞬間コインをひっくり返す様に裏返り、持ち手をその輪の中へ入れ、回転。

4列目が動き出す。

真上から降ってくる賊を突き上げにより、両断、その隙に前後から突貫する者がおり、前の槍をサマーソルトで弾き、ニヌエムを円形に戻すと、そのまま下方でぶつかっている2人を両断。

5列目。

蹴飛ばされた死体がゼズドへ向かい、左右と前後からソレに合わせて6人が走り出す。一瞬にして鉾に戻すと、円刃を後方に向ける。突然目の前に現れたソレを避ける事の出来なかった賊2人が息絶え、ゼズドはそのままニヌエムを右へと振るい、更に2人。左から迫る刃を、手を斬りながらも摘む様に受け止め、へし折り、持ち主に返す。


(勝った‼︎)


死体を蹴り飛ばした賊はそう確信する。自分から見てニヌエムは左、右腕が他の奴を屠っている。今のゼズドに攻撃の手立てはな…


(へ?)


死体が上へと移動していく、開けた空から見えたゼズドの右足は天を突く。

そして、賊を挟み、地を踏み抜いた。


「残念賞だ!」


6列目。

防ぎ

防がれ

斬り

斬られ

殺し

生きる

地獄絵図


「…桁が一つ…いえ、二つは違いますね」


群がる闘争心の塊達の外から、確実に1人づつ狩っていたニールが呟く。そんな彼の元にも、気づいた賊や、その殺気を向けられた敵が向かっていくが、後退前進を繰り返し、危なげなく斬って行く。

その光景を、エルフの戦士達は呆然と見ていた。同じ土俵に立つことが出来ないと理解したからだ。

そうして死体が積み上げられ、やがて立っている賊は1人だけとなった。


「ははは…マジかよ……」


いいながらもその笑みが絶える事はない、まるで無邪気な子供だ。どうやら死を前にしても、この結果に納得し、満足している様だった。


「お前等の敗因は周りに頼り過ぎた事だ。じゃぁな」


影が2つに崩れ落ち、戦闘の終了を告げる。


「ふぅ……中々にいい闘争だった」


満足気なゼズドの体の傷は多い、そんな彼を気遣う様に無傷のニールが声をかける。


「大丈夫ですか?」

「問題ねぇ。しっかし随分元気そうだな?連戦と洒落こむか?」

「遠慮しておきます…残るは一人です、ゼズドさんは休んでいて下さい」

「いや…俺も行くぜ。そろそろアッチも終わってるみてぇだしなぁ?」

「言われてみれば、揺れも音もしませんね…急ぎましょう」


-------------------ーー


(何考えてるんですかゼズドさん⁉︎)


生命の樹から戦いを見守っていたオールは激怒した。何故なら、勝利を目前にした筈のゼズドが、傷ついたヒューロを置き去りにして何処かへ行ってしまったからだ。

あの金槌の破壊力だ、どう考えても無事な筈がない。視界に広がる災害の後の様な景色が物語っている。


(ヒューロさんを殺す気ですか⁉︎)


豆の様に小さくしか視界に捉える事は出来ないが、ヒューロがどれ程のダメージを負っているのかは想像がつく。恐らく歩くのでやっとなのだろう、何か話しているのか、敵と距離を置き、1分ほど経ったその時。

イヴィードが飛び出した。


(ダメだ!殺られ…)

「え…?」


思考は途中で止まった。


ドォオン…


遠くから大きな音が響き、その発生源、木に叩きつけられていたのはイヴィードだった。


---------------------


(な、何が起きた⁉︎)


大木に体をめり込ませながら、イヴィードは状況を理解する為に頭を動かす。


(あ、ありえねぇ…攻撃したのは俺だぞ⁉︎な、なぜ……)


イヴィードはヒューロと対峙した瞬間こそ焦った物の、レベンナの一撃が効いている事には直ぐに気づいた。ゼズドとの戦いで温まった今の状態なら勝つのは難しくないだろうと考え、適当な言葉で時間を稼ぐ。

そしてヒューロの注意が揺らいだほんの一瞬。その一瞬でレベンナを叩き込もうと突貫し、今に至る。

何をされたのかさっぱり分からない、攻撃したと思ったら全身に衝撃が走った。


(何をされた⁉︎なにを…)


更に頭を働かせるが、それは中断せざるを得なくなる。目の前に盾を振りかぶったヒューロが迫っているからだ。


「クソが‼︎」


木の幹から体を抜き、飛び退く。直後、表現の出来ない様な轟音が鳴り響き、


大木が千切られた


「なんつー力してんだコイツ⁉︎」


当然ヴォッシュは刃物ではなく、レベンナの様な攻撃効果もない。己が腕力のみで大木を穿ったのだ。

余りある勢いでソレを貫通したヒューロは、ヴォッシュを激しく回転させながら向き直る。


「避けないでよ、森が壊れちゃうじゃないか」


子供の様な戯けた声でいいながら、ヴォッシュの側面同士を強くぶつけ、鈍い音を響かせる。


(ふ、ふざけんな…壊してんのは自分だろうが‼︎つーかレベンナの一撃食らってなんであんなに動けんだよコイツ‼︎【狂闘きょうとう】といいコイツといい化物ばっかじゃねぇか⁉︎畜生‼︎)

「じょ、冗談じゃねぇ‼︎付き合ってられるか‼︎」


叫び、直様ヒューロと反対方向に走り始める。そのスピードは早く、ヒューロでは追いつけないだろう。

しかしーー


ゴウッ‼︎


ーー凄まじい突風と共に、先程倒れた大木がイヴィードの横を飛び去った。その速さたるや弾丸にも匹敵するだろう。鬱蒼とした森に消えソレは、遠くで大きな音を鳴らし、あまりの出来事にイヴィードの足が止まった。


(な、投げたのか…⁉︎あの質量を⁉︎あのスピードで⁉︎)

「逃がさないよ?君もバルト民ならその瞳に狂気を宿して戦いなよ、この恥さらしが。闘争と逃走を履き違えているのかい?」


ゆっくりと歩みを進めるヒューロに、おおよそ普段の温厚さは見られない。代わりにあるのはその目に宿る怒気、そしてその向こう側に見え狂気だ。


(逃げられない…)


覚悟を決めたイヴィードは、ヒューロへ向き直ると、レベンナの柄を握る。


(大丈夫だ、コイツはダメージを負っている!鎧ももうありゃしねぇ!あと一発!あと一発食らわせてやればそれで終わりだ!終わりなんだ‼︎俺がこんな奴に負ける筈がない‼︎コイツを殺した後はあの腐れゼズドをぶっ殺してエルフの女をさらい金を貰ってもっと踏んだくって……)

「震えているのかい?」


ヒューロのその声に、イヴィードは初めて自分の体が震えている事を自覚する。瞬間、死への恐怖が駆け巡り、頭が上手く回らなくなる。


「へ、へへは!そんな事あるかぁあ‼︎こりゃ武者震いだ!お、俺が、この俺がこんなところで終わる筈がねぇんだよ!今までだってそうやって生きてきたんだ!生きているんだ!俺が死ぬ事なんぞあるかぁぁあ‼︎」

「自己暗示か…情けないねぇ。バルトの民が楽しめなくなったらお終いだよ?ま、その点で言ったらワシ等も終わっとるがのお…」

「うるせぇぇええええ‼︎」


冷静さを失い、癇癪を起こしたイヴィードがヒューロに襲いかかる。そんな状態でも、その軌道はしっかりと彼を捉えていた。


カキィインッ‼︎


今までとは少し違う音が鳴り響き、地面が割れた。


だが、それだけだ。


「う…嘘だ…」


当たったのは彼の持つ盾、ヴォッシュだ。両足を起点に地面が割れているが、それ以上の事はない。

ヒューロは確かにレベンナの一撃を受け、そして



受けきっていたのだ。



(う、受け止め⁉︎あ、いが…う、嘘だ⁉︎)

「あ、あ、あああ!あぁりえないぃいい⁉︎ありえないありえないありえぇなぁあいいぃィィイイイ!!?!」


それはイヴィードの許容範囲を大きく超えた出来事だった。レベンナの一撃を食らって立っていた者などおりはしない、ましてや受け止めるなど以ての外だ。

半狂乱でレベンナを振り回す。その全てがヒューロへと向かい、ヴォッシュに当たる。

異様な鈍い音が連続で鳴り響き、地面の割れが広がり、彼の足元が沈んで行く。その表情は限りなく無表情に近い。


「そんな訳がねぇ‼︎効かない筈がねぇ‼︎死なねぇ筈がねぇんだ‼︎」

「ぐっ…」

「‼︎」


しかし、幾度となく繰り出される強撃に、さしものヒューロも苦悶の表情を浮かべる。そこに活路を見出したイヴィードは、頬を吊り上げ、より一層強くレベンナを打ち付け始めた。


「ホラ見ろ!やっぱり効いてるじゃねぇか!そのまま悶えしね…」

「い…たいなぁ!もうッ‼︎」

「ごゔぁッ……」


一方的な攻防に、調子に乗った頃、ヒューロが動きを見せた。膝まで埋まった足を、水にでも浸かってるかの如く軽々しく引き抜くと、そのまま一方踏み込み、タックル気味に左のヴォッシュを叩き込む。

尋常ではない勢いで飛び去ったイヴィードは木に衝突、それをへし折り、地面を滑る。


「あ〜!腕が弾けそうだよッ!痩せ我慢するんじゃなかった‼︎」


そんな事を言いつつ、倒れ伏す敵の元へあるく。そこにはヨロヨロと立ち上がるイヴィードの姿があった。その目にはもはや怯えしか宿っていない。


「そんなに死ぬのが怖いかい?」


問いかけに、ビクリと肩を震わせる。


「その感覚は正しいよ、死ぬのが怖くないヤツなんて普通いない。きっとバルトを作った人は、闘争心でソレを覆い隠し、狂気に酔ってたんだろうね、そうしないと生き残れなかったから。だからこそ、君みたいな素で狂ってる人は、武器を持っちゃいけなかったんだよ、特にその武器は。欲は悪しき心を生む、力はそれを叶える手立てとなる。そして大きな力は人を狂わせる。それがズルして手に入れた物なら尚更だ。君は欲をかき過ぎた」

「な、何を言ってやがるんだ…テメェは!」

「最後にチャンスをあげるよ、これから僕の十八番を君にぶつける。もし君が勝って、逃げ果せたなら、もう悪い事しちゃダメだよ?」

(い、意味が分からねぇ…なんなんだコイツは!何がしたいんだ⁉︎)

「ま、十八番って言っても思いっきりぶちかますだけだけどね。じゃ、いってみようか」


ヒューロはヴォッシュの下方を腕先へと回し、上下に構える。

まるで壁だ。


(嘘か⁉︎罠か⁉︎)


混乱する中、ヒューロが一歩目を踏み出した。


「必殺‼︎暴・走・タンクッ‼︎」


地面が揺れる。

続いて二歩。まだ距離はある。


(本気かコイツ⁉︎)


繰り返し足を動かし、直線上を走るヒューロに、イヴィードは驚愕する。彼は本気だ、本気でぶちかましをしようとしている。連続で踏み出される足から地震が起きているが、そんな事はどうでもいい。


(バカなのか自信があるのかは知らねぇ…だがコレは、本当にチャンスだ)


イヴィードは直線上からズレると、レベンナを振り被る。振り被り過ぎてレベンナの頭がヒューロの方へ向く程だ。


(ハハッ!素で狂ってるだぁ⁈そりゃテメェ等だろうが!ズルして手に入れた力だぁ⁉︎俺はそんな事しちゃいねぇ!コイツは正当に勝って手に入れた物だ!テメェが何しようとしてたのかはサッパリ分からねぇが、そのぶっこいでる余裕が命取りなんだよ‼︎)

「死ねぇッ‼︎」


ヒューロが迫り、真横へと来たその時、火を噴いたレベンナがヴォッシュと衝突する。

先程までは火をつけていなかった、ヒューロはシッカリと地に足をつけて踏ん張っていた。だが、今回は違う。ヒューロの突進力、イヴィードのフルスイング、レベンナの噴射による加速、そこへあの破壊力が加算される。

結果ーー


カパァンッ!!!


ーーまるでホームランの様に打ち上がったソレーー


「が…あ…」


ーーレベンナが地面に落ちた。


「あ、あぁぁああぁぁぁぁあ゛あ゛あ゛あ゛‼︎うわぁぁぁ゛ぁ゛あ゛あ‼︎う、腕がぁぁああ゛あ゛あ゛‼︎⁉︎」


イヴィードの腕が、それ等の力の合計にキャパシティーを超え、砕け散ったのだ。指先から肩まで骨が粉々になり、皮膚が裂け、原型を留めていない。

悶え喚くイヴィードの後方で、停止したヒューロが振り返る。


「ゼズド君が言ってた”全然”ってそう言う事だよ、武器が無事でも君が壊れてる。いきなり強くなったから自分がどれ位なのか把握できないし、一度近道ドーピングを体験しちゃうと普通の道トレーニングが面倒になる。君はズルした上にその力で好き勝手やり過ぎた。欲に負けたバルト民の最期なんてこんなもんさ、もっと身の丈にあった生き方をするべきだったね」

「た…助けでッ……たすげでくれッ…‼︎」

「別にワシャ殺したりせんよ、情報が欲しいからの。引き渡すワイ。ま、死罪は逃れられんじゃろうが」

「うわぁぁぁあああぁぁあああ‼︎嫌だぁぁああぁぁああ‼︎」


戯けた調子に戻ったヒューロが告げ、絶叫が木霊した。


(コレがネーレちゃんの言ってた結末か…人がここまで壊れるなんて、あの子が後悔するのも頷けるね)

「ヒューロ!貴方凄いわ!よくそんな体で勝てたわね!」

「あぁ、ミリーナちゃん。どうだいかっこ良かったろう?」

「えぇ…まぁ、そうね…」

「え?何その反応?」



飛び出したミリーナが駆け寄り、そんな会話をした。そのやりとりに、ヒューロは懐かしさとミリーナの心配してくれた気持ちを感じ、少し以前の関係に戻れた様な気がしてほくそ笑んだ。

しかし、ヒューロの笑みは消え失せる事となる。


「きゃっ⁉︎」

「う、動くな‼︎」

「っ⁉︎」


突然ミリーナが倒れたと思えば、その首筋に刃物が当てられている。その刃は靴から飛び出しており、履いているのはイヴィードだ。


「テメェ‼︎」

「は、ははっ!なんかして見ろ‼︎この女をぶっ殺してやるぞぉ!ははは!ざまぁみろ!」


ヒューロは動く事が出来ない。激情を抑えられず怒りの形相を浮かべる。


「…!」


その時、ヒューロは気付いた。ミリーナの眼光が彼を見据えている。


(構うなって言うのか‼︎そんなの出来る訳がない!)


ミリーナは個人の命より皆を助けようとしているのだ。しかし、ヒューロもはいそうですかと動く事など出来はしない。場が膠着する。

その時


「クッソ!騙しやがってあの野郎!こんなの聞いてねぇぞ!次会ったら殺すとエイグニールに伝えとけ‼︎」

「「⁉︎」」


その一声が2人の思考を吹き飛ばす。様子に勘付いたイヴィードは、直様飛び去り、腕をブラブラさせながら森へと消えていく。

2人は呆然とするばかりだった。

その頃になり、やっとオールが生命の樹を降りてくるも、その様子に慌てふためくばかり。ゼズド達が合流したのは、それから数分後の事だった。

次回!

第一章最終回!

お楽しみにッッ‼︎

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