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八強者  作者: アシタビト
第1章 闘争国バルト
6/13

第1章第6話 襲来

風が吹く。

里の象徴。族長の城こと”生命の樹”。その太枝の上に、一人のエルフが立っていた。

彼の名はミンレン。エルフ族屈指の視力の持ち主である。彼は賊軍の襲撃が始まって以来、毎日里を見渡せるこの場所に来ては見張りを続けている。

睡眠時間を最低にとどめ、クマを作り、青白い顔をし、充血した目で眼下を見下ろしている。

誰がどう見ても限界だった。

だが彼はそこから降りようとはしない。


「里の為…」


譫言の様に呟いた。


「頑張らねーとな」

「あぁ…」


恐らく疲れが溜まっていたのだろう。万全の彼ならこんなミスを犯す筈がない。

一人しか居ない筈のこの場所で、声をかけられあまつさえ返事を返すなど…


「誰だ‼︎⁉︎」


急ぎ振り返れば、後光の様にリング状の得物を背負った男が目に入る。


「おっつかれ〜ぃ」


男、ゼズド・カダエラは右手をあげ、気さくに声をかけた。


「お、お前は…さっき里へ入った」

「援軍のキチガイだ、よろしくな!ハッハッハッ!」

(一体何時の間に⁉︎気配も音も、何も感じなかったぞ⁉︎どうやってここまで登って来た⁉︎)

「何の用だ!」

「まぁそんなカッカしなさんなってぇ、オレァ目が良くってね、見上げたらクマ作って死にそうな顔したアンタがいたもんだから、変わってやろうと思ってヨォ」

「要らん!外部の者など信用出来るか!」

「出来るさぁ!だって俺が敵だったとしたら……」


瞬間、吐き気を催す程の殺気が噴き出す。


「声掛ける前にぶっ殺してらぁ」

「ッ⁉︎」

(ダ…ダメだ!勝てる相手じゃない‼︎)

「キヒヒ!そう身構えるんじゃぁねーよ、何もケンカしに来た訳じゃねーんだ。さっきも言ったろ?変わってやるって」

「こ、交代の必要はない…ここにいたいなら勝手にいればいい。私には使命があるのだ、退くつもりは無いぞ…」

「あ〜あ〜、使命とかプライドとか面倒くせ〜なぁオイ。ツエー奴が減ると被害が広がんだよ。どうせ独断なんだろう?ここの族長様は無無理に働かせる様な奴じゃぁなさそうだしなぁ」

「そ、それは…」

「独断で足引っ張って里が滅びました〜、なんて洒落にならねぇぞぉ?帰って休め」

「……ま、任せていいのだな?」


疲労による思考能力低下、強者を前にした重圧、ゼズドの囁き。彼は本当に疲れていたのだろう、普段なら絶対に口にしないだろうその言葉を、口にした。


「おうとも!タップリ休んどけ」


ミンレンは生命の樹を降りていき、遂にはその姿が見えなくなる。


「さ、てと…」


確認し、一度伸びる様にしてからそう呟いたゼズドはーー


「一丁気張ってやりますかァ‼︎」


ーー己が気を解放した。

この里にいる一定以上強い者や、鋭い者は直ぐに気づく事だろう。

案の定、一人の戦士が生命の樹を遠くから見上げる。


「……‼︎…お前等、今日の警備は終いだ。帰るぞ」

「へ?何言ってるんですかコナードさん?」

「警備の意味がなくなった、分からんのなら貴様もまだまだと言う事だろう。行くぞ」

「え?あ、コナードさん⁉︎」

(里を、いや、里の外まで覆いやがった……上には上がいるとは言うが、コレは桁違いだな…)


里のエルフが家へと帰っていく。そんな中、ゼズドは太枝に腰掛け、幹を背もたれにして眠るのだった。


-------------------ーー


「ゼズドさんどこ行っちゃったんでしょうね?」

「はて?どこ行ったんじゃろな?あの人は気紛れだからねぇ」


オールとヒューロは部屋を出た後、コレと言ってする事もなく、城内をぶらついていた。


「しかし、作戦とか立てなくって良かったんでしょうか?」

「いんじゃね?ここの皆は団結力スゴイけど、オイラ達がどのくらい強いのか向こうはしらへんし。上手く連携取れなくなっても面倒だしね」

「なるほど」

「内通者がいる状態での作戦会議なんて無意味なのら」

「え?」


そんな中、何気なく言った言葉に意外な回答が返ってきて、オールは困惑する。

それはこの日2回目の否定、同族に対する批難だ。


「ヒュ、ヒューロさんはエルフの皆さんを疑ってなかったのでは…?!」

「ニール君達がいた手前、頷いたけど、ぶっちゃけソレしか考えられないとは思ってたんだよね〜」

「ヒューロさんから見ても内通者がいると…意外ですね、エルフは悪しき心を持たない者だと思っていましたが、そんな事をする人物がいるなんて」

「エルフだって人族さ、欲もあるし意志もある、根元部分が違うだけで結局は同じなんだよね。でも、そこが大きな差の筈なんだけどなぁ…」

「もしかして…もう当たりをつけていたり?」

「いや、そこまでは分かりませんわ。皆を疑いたくない、って先入観もあるんだけど、何よりそのエルフにとっての”利点”が全く分からないぜ!」

「全く分からないんですか…何かないんですか、例えば〜こう…!ほら!次期族長の座を狙っている人とか!」

「心当たりが微塵もねぇや!オール君が言った通り、エルフは悪しき心を持たない者が多いからなぁ。そこから外れた人を探すのは難しいよ、なんせここ出身の我輩ですら分からんのですからな!ここはゼズドはんに任せた方がいいだろうね。あの人、嘘とか見破るの上手いから」

「僕の時普通に脅されたんですけど…」

「……ま、そう言う時もあるさ!」

(あの人絶対拷問とかやるよ……)

「あ」


そんな話をしていると、ヒューロが突然何かに気付いた様に足を止めた。

オールはそこに一軒解決の糸口があるかもしれないと、期待する。


「何か思い出したんですか?」

「いんや。ただ、ゼズド君は上にいるみたい」


が、ゼズドの気配を感じ取っただけである。

オールはズッコケそうになるのを堪えた。


「なんで急にそんな事…」

「いや〜ゼズドさん張り切ってるみたいだね〜。とんでもねぇ気だ、オラワクワクすっぞ!」

「本当どうしたんですか!」


その後も雑談を交えながらアテもなく、見学ついでに移動を続ける。すると前から1人の男が歩って来た。

緑の衣に身を包む、高貴な雰囲気を纏った優男。ニールだ。

彼は2人を探していた様で、少し足早に近づいてくる。


「皆さん、ここにいましたか」

「どしたん?」

「先程の力の波動は…」

「ヒューロさん曰く、ゼズドさんの仕業だそうです」

「やはりそうでしたか…」


眉を顰め、目をつぶり、顎に手をやる。ニールのその表情は、どこか焦っている様にも見えた。


「申し訳ありませんが、あまり勝手な言動はしないで頂きたい、混乱を招く…彼にもそう伝えておいて下さい」

「あ、ハイ…」


それだけ言うと、ニールはすれ違う様に去っていく。


「どうしたんだろ…?普段ならあんな事言わないのに…」


ヒューロは素にもどってその背中を怪訝そうに見つめる。オールもつられて彼を見ていると、向かう先の角からダークエルフの巨漢が現れた。コナードだ。

その姿を見た瞬間、ニールの目がコレでもかと言うほど見開かれる。


「何をしているんですか⁉︎」

「ああ族長、ここにいましたか」

「里の警備はどうしたのです⁉︎」

「その件で参りました。先程の気配、族長も感じたでしょう。最早警備の意味ない。コレはまたとないチャンスです、戦士達は皆休ませたので、その報告にと」

「事後報告ですか…」

「申し訳ありません。ですが、族長も同じ判断を下すであろうと思いまして」

「……分かりました、いいでしょう。では貴方もゆっくりと休みなさい、いいですね?」

「ハッ」


頭が痛いとばかりに頭部を手で押さえながら遠ざかっていく。


「ニールさんも疲れているのでしょうか?」

「だとしてもあんな事一々聞かないよ、予想出来る筈だもん」

「偶々調子が悪かったとか」

「それも無いね。オール君は、エルフの族長ってどうやってなると思う?」

「え?さ、さぁ?バルトですから、強いとかでは?」

「ううん、エルフの族長って言うのはね、誰でもなれる物なんだ」

「どう言うことですか?」

「でも、なるのは途轍もなく難しい。誰よりも正しい、それが族長の条件。聖人の様なエルフでないとなれないんだよ。そして、ニール君は正に聖人だった。差別せず、平等に、時に叱り、時に笑いあう、全員の家族の様な、親の様な存在、それが僕の知ってるエイグニール・アリュッセルなんだ」

「は、はぁ…?」

「だから、ニール君の言葉にはどんな時も思い遣りが含まれてる。でも、今のにはそれがなかった。つまり様子がおかしいって事」

「…どんな人でも欠点はあるものです、完璧超人なんて僕には考えられません。そう言う時も、きっとあるんだと思います。そのうち相談でもされますよ」

「…だと、いいけどなぁ」


ヒューロはそう言いながらニールの背中を見つめていた。


---------------------


「ゼズドさ〜ん!器!片付けるそうです〜!」

「…!…?……」


時は過ぎ、現在は夕食後。ゼズドは相変わらず生命の樹の上に陣取り、ヒューロは何処かへ行ってしまっい、残されたオールはとりあえずゼズドの食器を回収する事にした。


「ゼズドさ〜ん?!」


しかし、ゼズドは樹の上で誰かと話しているようで、返事が遅れていた。


「わーった!今行く!」


声が響き、ゼズドが飛び降りる。

ちなみに生命の樹はちょっとしたビル並の大きさがあり、寸胴で幹は短く見えるが、その高さはゼズドいる地点でも数十mはあるだろう。


ズウゥン…


周囲の地面を僅かに揺らし、ゼズドが着地に成功する。


「ほいよ、悪りぃな」

「いえいえ、暇でしたから」


食器を受け取るオールが冷静なのは、ゼズドを見つけた時、同じ様に飛び降りた場面遭遇したためである。


「誰と話していたんですか?」

「あぁ、中々面白いヤツに絡まれてな、ちっと話し込んでた」

「ういっス!サンロっていいます!よろしくっす!」

「うおっ⁉︎ビックリした!」


2人が話していると、いつの間にかオールの背後に1人のハイエルフが居た。


「コイツだ、俺と喋ってたのは。面白いぞソイツ、しかも足が速い、かなり」

「いやぁゼズドさん程でもねっスよぉ〜」


後頭部をガシガシとかき、照れるサンロ。その雰囲気は何処かルミールを思わせる。一旦その思考へ行き着くと、どこか顔立ちも似ているように見え…


「もしかしてルミール王の!」

「よく分かったっスね!ルミールは俺の兄貴ッスよ」

「は〜、あのルミール王に兄弟が。初耳です」

「な、面白ぇだろ?兄弟揃って軽いでんの。ハイエルフってのは皆こんな感じらしいぞ。フハハハ!」

「いやウチの家系だけっスって!」


体育会系敬語のサンロは、それだけ言うと、背を向け、


「ういじゃぁ!オレは用事があるんで帰るっス!ま〜た今度〜!」


目にも留まらぬスピードで駆けて行った。


「はっや!」

「ヒヒッ!クソ元気なヤツだ。さて、俺も戻るかな」


しかし、入れ違う様にして新たな人物が現れる。


「と、思ったけど、何の用かな?族長さんよ」

「少しお時間、よろしいですか?」


---------------------


その頃、ヒューロは城内部のある一室を尋ねていた。

ノックをすると、透き通る様な声で返事が聞こえ、直ぐに扉が開く。


「どちら様ですか?」


扉を開き覗くは頭にティアラを乗せた絶世の美女。ミリーナだ。


「ヤッホー、ヒューロお兄さんだよ!」

「あら、ヒューロさんでしたか」


変な顔をしながらそう言うヒューロを見て、ミリーナはほんの一瞬動きを止めたものの、慣れているのか直ぐに返事を返す。


「どうしたんですか?」

「ちょっと聞きたい事がね。後普通に話していいよん、それ疲れるだろぉ?」

「じゃぁそうするわ。ま、入って、お茶でもだすから」


ミリーナは砕けた口調になり、ヒューロは招かれるまま部屋に入った。

と同時に深呼吸を開始する。


「女子部屋!芳しい香り!」

「や め な さ い !!!」


しかし、一瞬にして修羅と化したミリーナに言われ、光の速さで土下座をするのだった。


「で、聞きたい事ってなぁに?」

「ニール君の事なんだなも」


2人はテーブルを挟み、向かい合う形で座り、手元では紅茶が湯気を立てている。


「ニールがどうかした?」

「うん実はね…」


ヒューロはニールの様子について語った。話が進むにつれ、ミリーナもその表情を緊張させる。

ヒューロ。ルミール、ニール、ミリーナの4人は、幼い頃から慣れ親しんだ仲だ。お互いの性格や癖、好きな物嫌いな物から幼少の恥ずかしい秘密まで知り尽くしている。

だからこそ、ヒューロの言うニールの異変はミリーナにもよく分かった。


「と、言う事なんだ。何か知らへん?」

「う〜ん…ごめんなさい、分からないわ。少なくとも、私が見ている限りじゃそんな変化なかったのだけれど。確かにそれはニールらしく無いわね」

「困ったなぁ、やっぱり今回の件が負担になっているんかな?」

「そうね、あの人隠し事上手だから、私達が気付いてあげなきゃ行けなかったのに…」

「ミリーナちゃんが気にする事じゃないでしょ!ニール君が隠すのが悪いのさ、あのアホ。おいどんがガツンと言ってやるでゴワス!」


ミリーナの頬が一瞬引き攣る。違和感を覚え顔を見ても、既に微笑みが浮かべられており、ヒューロは気のせいかと話を続けた。


「とにかく、近日中にニール君を呼んで3人で話そう。ルミール君がいないのは残念だけど、王様になっちゃったしね」

「そうね、私もそれに賛成よ。ところで、貴方のお友達は今どうしてるのかしら?」


再び違和感を覚える。ニールは2人にとって大切な友の筈、だと言うのに全く関係のない話に切り替えられてしまったからだ。

確かに話を切れるタイミングだ、おかしくはない。だが、もっと話し合う事がある筈だ、それが親友の事ならば尚更。


「ゼズド君は生命の樹この上で里の見張りをやってくれてるよ、オール君はちょっと分からないかな〜。で、ニール君の話に戻すけど、ニール君はどのくらい仕事してるんだい?」


少々強引に話を戻す。またミリーナの頬が引き攣った気がした。


「寝る間を惜しむ程って事はない筈よ、私と同じくらいだし、多くなれば出来る人で分配するから」

「う〜ん…じゃぁ死んじゃった人に親しいひとがいたとか?」

「死人が出てしまった時は皆悲しんだけど、ニールと頻繁に会うような人はいなかった筈よ。それに対しての責任感はかなりあったみたいだけど…」

「じゃぁそれが原因かな?」

「だからってあの人が他にあたると思う?」

「思わない……けど、ほら、ニール君って怒ると怖いじゃん?もしかしてストレスとかが限界まで来てて、人にあてちゃってるのかも知れないよ?」


引き攣った。今度は完全に捉えた。

古い付き合いだ、ヒューロはその動作に覚えがある。


(……怒ってる?)


そう、ミリーナが怒りを押さえている時の動作だ。ヒューロは即座に何か不味い事を言ったか思考を巡らせるが、それが分からない。


「ま、まぁ、俺等だけで話し合っても仕方ないし!ニール君も一緒の時に話そっか!ね!じゃぁ俺は戻るよ!」


誤魔化す様にしてヒューロは口早に告げる。そして逃げる様に席から立った。


「送るわ」

「え?あ、はい」


同じく立つミリーナ、その顔には微笑みが張り付いており、感情が読み取れない。それはヒューロの恐怖心を煽るには十分だ。


(いやぁ!ミリーナちゃんってこうなると何考えてるか全く分からないから怖いのよね!)


ソファから扉までの短い距離を2人で歩く。そして扉を開け、出る時、居心地の悪くなったヒューロはある行動に出た。


「じゃ!次はニール君も一緒にね!」


それは怒れる友人を宥める時、さも何事も無いように振る舞う為に行う行動。興奮した相手に、それとなく「何そんな事でキレてんの?」と暗に伝える手段。

ヒューロはミリーナの両肩に手を置く。

ボディタッチだ。


パシッ…!


しかし、その両手は何かに叩き落とされる。いや”何か”ではない。ミリーナの手だ。


「え?」


ヒューロは理解出来なかった。何をそんなに怒っているのか、自分が何をしたのか、何が起こっているのか。

直後ーー


「私に触れるな豚がッ‼︎」


ーーミリーナの平手打ちがヒューロの頬を叩く。

痛みは無い。しかし、心へのダメージは大きい。


「み、ミリーナちゃん!ど、どうたの!」

「煩い化物!ぁぁあああ気持ち悪い!気持ち悪い!」


どうにか宥めようと、アタフタするヒューロ。それを嘲笑う様にミリーナなの豹変は止まらない。頭を掻き毟りながら、身をよじる。


「ミリーナちゃん!」

「気安く私の名前を呼ぶな!」

「ッ⁉︎」

「私が本気で貴方とお友達だたったとでも思っているの⁉︎そんな訳ないじゃない!貴方の様な醜いエルフ、誰が近づく物ですか‼︎いいえ、2人程居たわね、あのお方達はお優しいもの、それは聖人の様に…あぁニール様、ルミール様ぁ……」


激情を露わにする彼女は、怒りを見せたと思えば直ぐに顔を紅潮させ、恋する乙女の様に頬を抑える。

ヒューロはただ呆然と聞き、見ている事しか出来なかった。


「何時まで私の部屋にいるのよケダモノ!」


淑女とは思えない前蹴りが炸裂し、転がる様に部屋から飛び出した。わざと飛んだのは彼の優しさだろう。


「私が貴方に近づいたのはお2人とお近づきになる為よ!貴方みたいな醜い化物が私と仲良くなれる訳ないじゃない!今まで我慢出来たから大丈夫かと思ったけどもう限界だわ!このエルフ族の恥晒しめ!二度と私に近づくな!」


エルフの寿命は長い、ミリーナとヒューロの関係は、それこそ100年を超える。

その関係の真実を突きつけられ、彼は絶望した。

勢い良く閉じられる扉の前で、両手膝をつき、項垂れる。


「部屋の中に招いたの…そっちやんけ……」


小さな呟きが廊下に響いた。


---------------------


「つまり、ヒューロさんは自ら里を去った訳ですね」

「はい、彼は里にいる事に限界を感じた様でした」


ニールが2人の前に現れ語った事はヒューロに関しの事だった。

なんでも、彼はその容姿から常に異端視され、迫害を受けており、そんな時、声をかけたのがニールとルミールだったと言う。

それから3人は頻繁に会う様になり、やがてミリーナが加わり、4人で良く遊ぶ様になる。

しかし、周囲からの風当たりは強く、心優しいエルフとは思えない様な罵詈雑言が彼に浴びせられ続け、成人になる頃にはすっかり3人以外とは接しなくなってしまう。

3人はどうにかしようと訴えかけるが、若僧の話を聞き入れてくれる様な人物は当時の族長以外おらず、その族長が呼びかけても一瞬で改心させる事など出来る筈もなく、結局状況は変わらなかった。

そんなある日、事件が発生する。

村を一匹の獣が襲う。体長8メートルはあろう狼の様な体、頭部は2つあり、それぞれ熊と虎、足は6本もあった。獣と言うよりは怪物だ。里の戦士に緊急招集がかかり、それを迎え討つ事となるが、最早遅い。

突然現れた怪物は次々にエルフ達を食い荒らし、駆けつけた戦士達を蹴散らしていく。その場にいた誰もが生きる事を諦めかけたその時、現れたのがヒューロだった。

拳の一振り。

彼は横合いからのその一撃だけで2つの頭を潰し、怪物を絶命させる。

助けるつもりだった。だが、彼がその時見せたそれは”圧倒的な力”ただそれだけ。

彼への迫害はなくなる。変わりに押し寄せるは恐怖。自分達の行いを思い出し、あの怪物の様にならない事を祈るばかり。

最早精神の限界だった、歪んだ感情をぶつけられ続けた彼は、怪物が里を襲った数日後、その地を去った。


「酷い話です。皆助けられたと言うのに、彼へ向けたのは恐怖の念、オマケに今となっては殆どが憶えていない。気高く正しい、それが得るなどと言っても、結局は上っ面だけ…内を見れば他と大差ありません」

「そりゃ族長さんも大変だなぁ。で?何が言いたい?」

「はい…私は族長と言う身の上、里を離れる事は出来ません。しかし、お二人はコレからも彼と行動を共にするでしょう。ですので、どうか彼を支えてやって欲しいのです。彼の心は、弱いんです」


それを聞いたゼズドは溜息を吐き、


「くだらねぇ」


そう言い放った。


「く、くだらない⁉︎くだらないとはなんですか⁉︎貴方には分からないかも知れませんが彼は…」

「分かってねぇのは手前だよ、いいか?ヒューロの精神はとっくにイカれてる。それこそアイツの住んでた村が蹂躙された時にな。俺が初めて会った時、アイツは血塗れの服を着て荒野につっ立ってやがったんだぞ。一体何をして来たのか、それが意味してた」

「そ、そんな…」

「だが今となっちゃぁあの調子だ、お前はヒューロを見くびってる。お前が思ってる程、アイツは弱くねぇ。支えなんぞしなくても、勝手に杖を見つけて立ち続けるんだよ。さって俺は上に戻るかぁ」


ゼズドは地面を蹴り、大樹を登って行く。それをニールは鋭い眼差しで見上げていた。


「あ、あの…」

「オールさん」

「は、はい!」

「友情とは…なんでしょうかね?私は彼の事を知ったつもりで、どうやら何もしらなかった様です」

「いや、そんな事ありませんよ!きっとニールさんの知らなかった部分をゼズドさんが知っていただけですって!」

「全く、思った通りにはなりませんね。では、私はコレで戻りますので。今夜はどうぞごゆっくりお休み下さい」

「はい…あ!仕事のし過ぎには注意して下さいね!」

「何の話です?」

「え、いや、ヒューロさんが様子がおかしいと言っていたので、疲れているのかと思いまして…」

「……そうですか、それはお気遣いありがとうございます。ではコレで」


それから2日間、何事も無く時が過ぎた。強いて言うならヒューロの元気が無くなったと言う事だろう。

そして3日目の早朝。


「…‼︎」


枝の上で目を覚ましたゼズドは飛び起きる。


「来やがった!」


頬を吊り上げ、空を仰ぎ見


「来やがったぞぉオオーーーー‼︎」


叫ぶ。

同時に物凄い殺気が無差別に飛び散った。里の者は子供から老人に至るまで、全てが本能に呼び覚まされ起きる事となる。そして戦士達はそれが何を意味するか、一瞬で理解した。

ゼズドはその場から飛び降りると、ニヌエムを掴み、落下途中で生命の樹へ突き立てる。刃が大木へ突き刺さり、体が急停止。そのまま目の前の窓を突き破ると、そこはニールの部屋だ。

族長であると同時に一戦士である彼も、当然の様に起きていた。


「敵だ!北東と北西から約30ずつ!南から約50!予想より多い!」

「数まで分かるのですか⁉︎」

「んなこたぁど〜でもいい!北西に戦力を集中させろ‼︎南は押さえられる最低限でいい!北東は俺1人で殺る‼︎」


裂けそうな程頬を吊り上げ、目を見開きながら言うその姿にニールはたじろいだ。


「1人⁉︎最低限通⁉︎どう言う事ですか!」

「直ぐに兵を集めろ!10分とせず来るぞぉ!ヒューロは放っておけ!勝手に動く筈だ!」


答えも聞かずにゼズドは窓から飛び出し、北東へ走る。更に視線を下げ、下を見れば里の戦士達が指示を受ける為続々と集まって来ていた。


「なんと無茶苦茶な!ええい仕方ありません!皆よく聞きなさい!コレから指示を出します!従って動きなさい‼︎」

「「「オォォオオオオ‼︎」」」


戦士達が万全の状態で、敵を討つ準備を整える。来る方角、おおよその数、全て分かった上でだ。

賊軍の奇襲はここに失敗した。


------------------ーーー


鬱蒼とした森の中を、ある集団が動いていた。ある者は木の上へ登り、別の木へと飛び移る。ある者は茂みから茂みへと、素早く動く。皆一様にその姿を隠し、進んでいた。


「見えてきやしたぜ!」


先頭を歩くバンダナを頭に巻いた小男が言う。前方にはまるで灯火でもあるかの如く、淡い光が見える

エルフの里だ。


「慎重に進めよ〜!本隊が気を引いている内になぁ!」

「まぁ、かりに見つかっても一瞬で撃ち殺してやるがなぁ!」


彼等こそがエルフの里に幾度となく奇襲を成功させた賊軍〈怒鎚いかづち傭兵団〉である。

その姿は山賊さながら小汚く、浮かべた下品な笑みがその程度を知らせている。手には様々な剣や槍、ナイフなどの近距離系の武器を持ち、暗殺者が如く森に潜む。

しかしら、それは半数にすぎない。後列に控える残り半数、それ等は手に火器を持ち、驚く程堂々と歩いていた。

前列の動きが全くの無駄だ。しかし、見つかっても大丈夫だと言う自信が、彼等にはあった。


「ふははははは‼︎」


突如、笑い声が響く。それは木々に反響し、何処から聞こえて来るのか分からない。だが、音の変わりに纏わりつく様な殺気が声の主の居場所を知らせる。

前方、エルフの里からだ。

見ればリング状の刃物の内側に一本棒を刺した様な得物を持った男が猛スピードで駆けてきている。

ゼズドだ。

傭兵団の面々もソレを視界に捉え、声を張り上げる。


「なんか来るぞぉお‼︎」「バレてんじゃねぇか巫山戯やがって!」「おい?アレ【狂闘きょうとうニヌエム】じゃねぇか⁉︎」「はっはっはっ!そっちの情報はマジだった見てぇだな!」「誰が殺る?俺でいいか?」「待てよ!こんな機会メッタにねぇんだ!俺に殺らせろ!」「いいや俺だ!」「俺だ!」「巫山戯んな俺だ!」「殺せ!」「殺せ!」

「「「殺せ!」」」


バルトの賊には2パターンいる。私利私欲にとりつかれ、奪い取ってでもソレを手にしようと言う強欲の化身。戦いの中で、人殺しに快感を覚え、快楽殺人者となった殺人鬼。どうやら彼等はその2パターンの内、殺人鬼の部類だったようで、強者ゼズドを殺せると武者震いしている。

答える様にゼズドも笑みを絶やさず、集団の前に出ると足を止めた。


「バルト民がマッドサイエンティストの機械に染まっちまうとは情けねぇなぁ!オイ!」


左手に持った【円刃えんじん】を地面に突き立て、敵に囲まれていると言うのに全く動じず言い放つ。

それに対し、四方から野次が飛ばされるが、次の瞬間、それも掻き消えた。


「お前等!どけぇええい‼︎」


集団の後ろから咆哮の様な怒号が響き、人海が割れる。


「よぉぉ…テメェが【狂闘きょうとうニヌエム】か!」


現れたのは2メートルを優に超える巨体。その全身はこれ筋肉と言った具合で、無精髭を生やし、ニヤニヤと笑うその口からは、蛇行して並ぶ汚い歯が覗く。一体いつから洗っていないのか?汚く、ボロボロの服の上から、何かの皮でできた無骨な鎧を身につけている。だが、注目すべきはそんなところではない。巨漢のその手にはなんと、両手持ちのガトリングガンが握られていた。


「俺様はデット‼︎〈怒鎚いかづち傭兵団〉三幹部が1人!デット様だぁ!お前はこの俺様直々にぶち殺してやる!」

「そりゃねぇっすよデット様〜」「いいとこ取りじゃねぇですか〜」

「黙れぇい!俺様に逆らう気かぁ!貴様等も殺すぞぉ!」

「やっべ!デットの兄貴がキレちまったぁ!」「怒りはソイツに浴びせて下さいよ!」

「元よりそのつもりよ!」

「あーあー、終わったなぁ【狂闘きょうとうニヌエム】ー」「俺等の出る幕ねぇじゃん」「ま、そりゃエルフ共をぶち殺して補ばいいっしょ?」

「「「ギャハハハハハ!」」」


下品なやりとりを、ゼズドはただ冷めた目で眺める。


「待たせたな【狂闘きょうとう】!あぁ、お前。さっき機械がどうのとか言ってたが、兵器ってのは案外いいもんだぜ?まぁ見ろよ!」


デットは構え、ゼズドの隣にあった巨木に狙いを定めると引き金を引く。

砲身が回転を始め、けたたましい音と共に、弾頭が猛威を振るい、ものの数秒にして巨木は横たわる事となる。

およそ普通のガトリングガンの威力ではなかった。


「科学国が作り上げた最新の兵器!バルト民の怪力にすら耐え!全てを破壊するこの威力‼︎もうオメェ等の時代は終わったんだよぉぉおおお‼︎」


お披露目が済むと直様銃口をゼズドに向ける。


「死ねやぁぁああああ‼︎」


怒号と共に、再度砲身が猛回転を始めーー


「馬鹿かテメェは?」


ーーへしゃげた。


「は?え?」


デット気の抜ける様な声が飛び出す。それもそうだ、彼の自慢の武器であったソレは、今や針金よろしく砲身がひん曲がり、捻れている。いくら引き金を引いても反応はなく、完全にオシャカだ。

それをゼズドが”素手”で行っているのだ。


「あ?何コレ、お前腕にくっつけてんの?」


鷲掴みにしたガトリングガンを上へ上げると、どうやらソレは左腕に据え付けられているらしく、つられてデットの巨体も嘘の様に浮く。ゼズドはそれを面白そうに見るとーー


「教えてやるよ、コレがバルト民の力だ!」


ーーそのまま一気に地面へと叩きつける。


「科学だぁ⁉︎」

「ぐぶっ⁉︎」

「んなもんでぇ‼︎」

「ぎゃばっ…‼︎」

「俺が殺せるならぁ‼︎」

「ドゥ…ッ」

「バルトなぞとっくの昔に滅んでらぁぁぁああ‼︎」

「ぅがッ…⁉︎」


持ち上げ、叩きつける、持ち上げ、叩きつける、持ち上げ、叩きつける。

まるで子供がカエルで弄ぶ様に

持ち上げ


「ヒヒャ!」


叩きつける


「ヒャハハ!」


持ち上げ


「ギャハハハハハッ‼︎」


会心の一撃で近くにあった大樹へ叩きつけた。

ガトリングガンは見るも無惨に破壊され、デットの腕から壊れ外れる。

投げ出されたデットの体は彼方此方が折れ、左腕に至ってはグニャグニャと曲がり、骨が突き出している。


「た…助…け……」


そう言うデットの頭を容赦なく踏み抜くと、ゼズドは集団へ向き直った。


「確かに科学は強ぇよ、だがそれに純粋な力で対抗出来たのがバルトの民だ。それが力欲しさに科学に頼り、横着しちまえばこのザマよ」


賊はあまりの光景に声も出す、只それを眺めているだけだったが、ゼズドの声により目を覚まし、その顔を恐怖に染めーー


「やべぇ!スゲェ!」「あのゴリラが瞬殺かよ!」「こりゃ楽しみだ!」「殺るぞ!」「ぶっ殺せ!」「たまんねぇなぁ!」「次は俺だ!」「いいや俺だ!」「俺だ!俺だ!」「やっは俺っしょ!」


ーーる事はなく、それどころかゼズドと同じ狂気的な笑みを顔に貼り付けた。


「そう言うのいいから、纏めてかかって来いよ」


その一声が開戦の合図となり、敵が駆ける。


「ッ⁉︎」


しかしどう言う訳か、ゼズドは驚き振り返ってしまう。そんな隙が許される筈もなく、その身に銃弾を受け、血飛沫が舞った。コレを好機と銃を持った者たちは一斉に発砲。


「オイオイ…冗談だろ」


一つ呟き、ゼズドの姿は銃弾の雨に消えた。

次回予告ッッッッ‼︎


まさかの負傷どうなるゼズド!ショックから引きこもるヒューロ!現れる傭兵団の頭!果たしてキチガイ達はエルフの里に迫る危機を退ける事が出来るのか⁉︎


次回、八強者はっきょうしゃ第一章第7話


怒鎚傭兵団


お楽しみに!

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