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八強者  作者: アシタビト
第1章 闘争国バルト
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第1章第2話 狂闘ニヌエム

超人の住まう大陸、闘争国 《バルト》

彼の民、その闘争の歴史から、一人一人が常識外な力を秘めており、一般人ですらプロのアスリートとそう変わらないスペックを誇る。

しかし、かといって全てのバルト民が闘争好きと言う訳ではない。

当然都市があり、街があり、村がある。それを繋ぐ道があり、家を建てる大工がおり、農業を営む人々がいる。

宿屋、食堂、道具屋、八百屋、肉屋、魚屋、パン屋、雑貨屋、街を探せばそんな物は当たり前の様にあり、その街並みも至って普通、むしろ朗らかな雰囲気のいい国だ。

闘争国などと言うが、想像する程物騒な国ではない。ただ、一般人でもプロのアスリート並のスペックを誇るだけである。




軍部を除き。




-------------------ーー


「しっかしお前、よくその年齢でエンスの使者になぞなれたもんだな」


ゼズドはエンスからの書状を読みながら感心した様に言う。書状はオールから渡された物だ。内容は彼の言った通り〈気狂きぐるい〉(本当はキチガイと呼ばれていたが、世間一般的には〈気狂きぐるい〉で知れ渡っている)の面々を集め、戦争を阻止してほしいと言う物。


「ちょっと自慢っぽくなりますが、僕、人一倍頭がいいらしくてですね…まぁ、国の為なんて言われたらやらなくちゃって思うじゃないですか!」

「お前…利用されてるだけじゃね…」

「いやいやいや、僕は国の為世界の為にですね、海越え谷越えゼズドさんの威圧越えここまでやって来たんですよ!そこまで人を突き動かす原動力が嘘やはかりごとな訳ないじゃないですか〜。仮にそうだとしても、僕は僕の意思で正しい行いのため…」

「ダメだ、まるで聞いてねぇ…」


そんな事を話しつつ、首都バルフォルトの街をゼズドとオールが歩く。

バルフォルトは巨大な円状の都市であり、外郭には城壁よろしく民を守る為の壁がある。それは三層構造になっており

王や重鎮の住む第一市街部(貴族街)

大商人や、それに準ずる権力者、富豪の住む第二市街部(富裕街)

そして多くの市民が暮らす第三市街部(市民街)

といった具合だ。

それぞれ市街部の区切りには、これまた円形に城壁があるのだが、貴族街以外には市民でも普通に入れるので、バルト民にとってはあまり意味はない。

ちなみに、コロシアムは市民街と富裕街の間、城壁を無視した形で建っており、貴族街の住民もしばしば足を運ぶ。

現在、2人が居る場所はバルフォルト第三市街部。その石造りの大通りには様々な人種で満ち溢れ、住居や店以外にも露店や屋台が立ち並び、客引きの声がそこら中から上がっている。流石首都と言った具合の活気だ。

そんな中、【円刃えんじんニヌエム】を背負ったゼズドと、無手のオールと言う、非常に不釣り合いなコンビが歩く。


「しかし、ゼズドさんこそ、どうやって生活していたんですか?」

「んぁ?」

「コロシアムから報酬などは出ていないとの情報でしたが…」

「あぁ、そりゃ簡単だ、コロシアムから金をパクってだな…」

「ちょっと待って下さい⁉︎パクってって⁉︎」

「そうそう、どうせ一食分だ、俺が見せたコロシアムでの活躍をよか全然安いだろう」

「それでもパクるって…文句は言われないんですか?」

「言われねぇよ、突っかかって来たヤツなら居たけど、ブッ飛ばしたら静かになった」

「そんな無茶苦茶な……運営の苦労が目に浮かびますよ…」


オールの頭に涙を流す実況の男が浮かんだ。


「でも、それが通るくらいには活躍していたんですよね?」

「まぁな。一応コレでも、俺がどれだけの事をしでかして、世界にどれくらいの影響を与えたのかは理解してるつもりだ。そんなのが出てくりゃ客も湧くだろうと思ってよ」


実際、ゼズドはコロシアムを大いに湧かせて見せた。その絶対的力と、そこらの物なんでも武器にしてしまうというパフォーマンスから、登場当時は常に満席。国から『ゼズドに勝てたら罪人の罪を免除する』とまで言われた程である。

しかし、それを本気にし、ゼズドに挑戦する罪人が後を途絶えず、ちょっとしたお祭り騒ぎになったのは余談である。

ちなみにソレはまだ有効であり、今回の挑戦者、ロズ・トートライもまた、その美貌から淑女を騙す大罪人であった。


「成る程…」

「ま、実際のところは面倒なのと関わりを持ちたくねぇと思って引きこもっただけだけどな。俺はどうせ戦う事しか出来ねぇ、見合ったパフォーマンスしてりゃぁ多少の横暴も効くだろうって打算もあったし、コロシアムが丁度よすぎたんだよ」


手をヒラヒラさせながらなんでもない様に言う。するとオールは少し考えるそぶりを見せた。


「ん〜、でも、そうなるとゼズドさんが出て行っちゃうのは問題になるんじゃないですかね?」


コロシアムのチャンピオンにして〈気狂きぐるい〉の一人、そんな人物が突然姿を消して大丈夫なのか?当然の疑問だ、が…


「ならねぇだろ。書き置きもして来たし、最近は挑戦者もいなかったからなぁ〜。むしろ面倒なのが消えて清々してるだろうさ。ま、どっちにしろ俺が来る前のコロシアムに戻るだけの話だ」


ゼズドはそう言い切って見せた。


---------------------


コロシアム。


「か、会長!大変です!」

「なんだ騒々しい…」

「こ、こんな物が…」

「ん?なんだ?」


『旅にでま〜す

探さないで下さ〜い


ゼズド・カダエラ』


「はぁあ⁉︎奴は‼︎」

「コロシアム内をくまなく探しましたが、どこにも居りません!」

「何ィ⁉︎冗談じゃないぞ!い、一大事だ…四界大戦を終わらせた絶対強者チャンピオンが居なくなったなぞ、民衆が知ればどんな反応を起こすか分かったもんじゃない……」

「いかがいたしましょう…」

「か、会議!緊急会議だ‼︎直ちに招集をかけろぉ!」

「は、はいぃ‼︎」


--------------------ー


(絶対問題になってると思うんだけどなぁ)


なっていた。

しかし、そんなことはつゆ知らず。直ぐに別の話題へと変わってしまう。


「そう言えばゼズドさん、行くぞって言ったからついてきましたが、他の人達が何処にいるかは分かってるんですか?」

「分かってらぁよ、心配すんな。先ずはヒュー…お前にはこう言った方がいいのか【壁轢へきれきヴォッシュ】に会いに行くぞ」

「【壁轢へきれきヴォッシュ】…」


壁轢へきれきヴォッシュ】本名不明。〈気狂きぐるい〉の一人であり、大戦時は『壁が轢きに来る』と恐れられた重装兵。二枚一対の身ほどある大盾を持ち、己が身体は関節部まで完璧に覆ったフルアーマーを装備している。その超重量と二枚盾から放たれるぶちかましは、触れるものの一切を容赦なく轢き飛ばすと言う。猛進する貫けない壁【壁轢へきれきヴォッシュ】


「あいつはバルトにいるからな、この先行く方向にもカチ合ってる」

「バルトにいるんですか⁉︎でも、そんな情報は…」

「俺達は戦争が終わった後、それぞれ二人づつ大陸に散って、好き勝手生きてるからなぁ。アイツ等も上手く隠してるんだろうさ」

「へぇ〜、でも、ゼズドさんは隠してないどころか闘技場にいましたよね?あ、もしかして意外と目立ちたがり屋なんですか〜?」

「んな訳あるか!終戦後に、誰か一人くらい目に見えて分かる場所に置こうって話になって、俺が選ばれんだよ」

「信頼されてるんですね」

「いんにゃ、ジャンケンで負けた」

(決め方適当!)

「だけどヴォッシュにゃ気をつけろよ…俺はアイツが《キチガイ》なんて名称付けられた理由じゃないかと思ってる」

「え?そんなに怖い人なんですか…」

「いや、うん。危ない」

「危ない?」

「色々とヤバイ」

「は、はぁ?」


そんな話をしていると、そろそろ目的地が見えてくる頃だ。二人が向かっているのは馬車を貸し出す店。

幾ら一つの国とは言え、大陸一つ。当然その領土は途轍もなく広く、歩きでは海に出るのですら何日かかるか分かった物ではない。

その店は、仕事柄、首都バルフォルトに入って直ぐの場所にある(富裕層が使う物を除き)

ここで馬車に乗り換え、【壁礫へきれきヴォッシュ】を回収、後に海を目指す。


「ま、ジャンケンに勝ったのが俺でよかったな、他の連中じゃ手に負えなかったかもしれねぇぜ?俺は《キチガイ》ん中でも一番マ・ト・モだからな…っとあの店だ」

「へぇ〜あれ、が…ちょっと待って下さいなんですかアレは…!」


店が見えたところでオールが目を見開く。それもそうだろう、その店に馬はおらず、かわりとばかりに恐竜を小さくした様な爬虫類や、どう見ても危険な猛獣達が荷車を引いている。


「いや、普通に駿馬だけど?」

「馬じゃありませんよね⁉︎」

「馬のかわりだよ、ここから海に行くのにどれだけかかると思ってんだ。それに、少しでも早い方がいいんだろ?」

「それはそうですけど…大丈夫なんですかアレ…」


見れば猛獣が肉塊にむしゃぶりついている、それが檻どころか囲いすらなく置かれているのだから異常な光景と言えるだろう。だが、これもバルトでは普通である。

もう一度言おう”バルトでは”普通である。


「大丈夫じゃなかったら金にならねぇだろうが」

「え、えぇ〜…」

「ったく、あの程度にビビってどうするよ。ほら行くぞ!」

「ちょ、ちょっと待って下さいよ!」

「待たん」


怯むオールの襟首をつかんで引きずる様に進む。


「心の準備が〜…ってアレ?」


しかし、少し進んだところでゼズドはその歩みを止めてしまう。そのまま引きずられるとばかり考えていたオールはそれを不審に思い、自分を掴むゼズドを見上げてみる。


「……」


その顔は無表情、ただ、目線だけは真っ直ぐ前を見据えていた。何を見ているのか?オールもソレを辿ってみるとーー


「…え?」


ーー全身を白いローブで覆った7人の人物がいた。

彼等がいたのは進行方向、いつの間に現れたのか?どこから来たのか?さっぱり理解できない。

ただ、目の前に体格も背丈もバラバラな7人組が存在している。

一瞬、彼等が《気狂きぐるい》の面々なのではないか?と思考を巡らせるが、それはないだろう。四国にバラけた7人がこんなにも早く集合出来る筈がない、情報も回っていない筈。何より、雰囲気が違うと物語っていた。


「よぉ、遠足帰りか」


物々しい空気の中、ゼズドが言う。

それに答えるかの様に、恐らくリーダーであろう、真ん中に立っていた人物が一歩前へ出るーー


「やぁやぁやぁ!コレはコレはコロシアムのチャンピオン様じゃぁありませんかぁ!」


ーー前に端にいた人物が小躍りでもするかの様な足取りで前に出た。

身長はオールより一回り大きい160少しと言ったところだろう。やや高いが、声で男だと言うことが分かる。

まだ若い。

ゼズドがそう思った瞬間、その人物はローブを脱ぎ払った。


「僕はハルバ!ハルバロット・エシュゲード!最強になる男だ!」


年は16程度だろう。中肉中背、黒髪、黄眼。

スパイか何かの様に黒いアンダースーツを着こなし、防具が関節部にだけ付けられている。更に、隠すつもりもないのか全身に付けられているナイフや暗器が丸見えだ。前腕、手首、脇、横っ腹、脹脛、踝、他にもベルトや防具の影から柄の様な物が飛び出しており、それ以外にも普通の武器として刀と両刃の剣が両腰に据えられている。

そんな男がドヤ顔でゼズドを見ていた。そしてそのゼズドは…


「おいオール、キャラ被ってんぞ」

「え?僕全然あんな格好してませんけど…」

「ほら、一人称が」

「そこだけ⁉︎」

「無視するなッ‼︎」


ガン無視されたハルバが抗議の声を上げる。それに心底面倒そうな表情でゼズドは見返す。


「なんだよガキにゃ用はねぇぞ」

「ガ…キだと…?ぼ、僕は16だぞ‼︎」

「ガキみてぇなもんだろ‼︎」

「こ、このッ‼︎」

「で?お前等わざわざ俺の前に現れるなんて、なんのつもりだ?」


再びハルバを無視し、ゼズドはリーダーらしき人物を見返す。


「なに、貴方が人を連れて外を出歩くなど珍しいと思ってな。それも、その武器を持ちながら…」


低い声で指差すのはゼズドが背負う【円刃えんじんニヌエム】だ。


「何処へ行こうと言う?」

「言う必要があるか?」

「ふむ、では隣の人物は何者だ?」

「言う必要があるか?」

「分かった、言いたくないのだな。まぁ構わん、差し詰め、旅に出ると言ったところだろう。王には報告させてもらうぞ」

「好きにしろ」


睨め付ける様に相手を見据えるゼズド、顔こそ見えないが、その発せられる重圧から平常ではない事が伺える男。

酷く険悪な空気が二人の間に発生していた。


「お?喧嘩か?」「なんだなんだ?」「喧嘩?」「おぉ、軍の最高戦力じゃん」「アレ?チャンピオンじゃね?」「マジだ、外にいるなんて珍しいな」「え?アレがバトるの?最高じゃん」「まだ始まってねぇだろ」「でも始まったら世紀のタイトルマッチだぜ」「見よう見よう!」


こんな空気が流れ始めたのなら、足を早め、去っていくのが普通だろう。喧嘩にせよなんにせよ、巻き込まれたくないからだ。

しかし、反する様に外野は集まり出した。

何故か?

何度でも言おう、ここはバルト、闘争国と言われた国である。


「ッチ!野次馬が集まって来やがった…」

「あの。ゼズドさん、彼等は一体…」

「【七拳刃しちけんじん】名前くらいは聞いたことあんだろ。バルトの最高戦力、国内で強い者、頭から順に7人集めたゴリ押し部隊だよ」

「あれが、バルトの最高戦力…」

「お陰でこの有様だ、これ以上外野が増える前に行くぞ」

「え?あ、はい!」


外野を煩わしく思ったゼズドは、オールに一声かけてからズンズンと歩き出す。そして立ち並ぶ7人とすれ違う瞬間ーー


「待てよ」


ーーハルバがゼズドの腕を掴んだ。


「あぁ?」

「僕はね、最年少でここまで上り詰めたんだ。天才なんだよ」

「だからどうした?」

「気になるんだよねぇ。四界大戦の最中、ポッと出の君がなんでそんなに強かったのか?どのくらい強いのか?そして、本当に強いのか?」

「……何が言いたい?」

「いずれ最強になる僕は、今の僕より強いヤツら全員に勝って見せなきゃいけない。だから…」


一拍おき、瞬時にゼズドの腕を勢いよく引っ張る。その際、ハルバの右腕が振り被られながらも、刃を構えている事にゼズドは気がついた。


「ここで僕と戦え‼︎」


突き出される右腕、体制を崩したゼズドには避けられない。


「とでも思ったか?」


ザンッ!

音が響いた時、ゼズドは後方に飛び退いており、ハルバの暗器は空を刺していた。


「流石に、こんな簡単にはいかないか」

「なんのつもりだクソガキ、おいたが過ぎるぜぇ?」

「おいた?いつまでそんな余裕してられるかなッ‼︎」

「オォールッ!どっか離れてろぉ!」

「は、はいぃ‼︎」


横目でオールに言い放つと、敵に臨む。が、既にハルバは動き出していた。


「ハッハッハッハッ‼︎」


カシャカシャカシャカシャ‼︎

奇妙なステップを踏みながらも、驚くべき事に彼は、己が武器を抜いては投げ、別の武器を柄に収めるとキャッチした武器を更に別の鞘に収めると言う奇行を繰り返していた。見れば剣がナイフの鞘を突き破り刃が丸出しではないか。更にそのナイフは剣の柄に収まっている。


(違うな…)


それを見ながらゼズドはその行動の意味を悟っていた。

丸出しの暗器

奇妙なステップ

別々の柄に収まる武器

それぞれには全て意味がある。

丸出しの暗器は其方に注意を引かせる為。

奇妙なステップは足運びを読めなくする為。

別々の柄に収まる武器はリーチを狂わせる為。

全てが”敵を倒す”為だけに極められた高等技術。


(確かに天才か…面白れぇ)


思いながら首へ伸びる刀を紙一重で避ける。


「うぉぉお!始まったぞぉ‼︎」「すげぇ!早速魅せてくれるぜ!」「金無しでこんなもん観れるなんてツイてるなぁ!」「俺お隣りさん呼んでくるわ!」「俺も家族連れてくらぁ!」「おうおう皆呼んでこい!」


続く一閃をまた紙一重で躱す。

目の前でくり広げられる真剣勝負。それはなんの囲いもない大通りのど真ん中で繰り広げられており、普通なら女性が叫び声を上げ、野次馬達は逃げ惑う事だろう。しかしそうはならない。

何故かって?

しつこい様だが、ここはバルトである。


「逃げて!ばかりじゃ!僕には勝てない!よぉッ‼︎」


外野が盛り上がっている間にもハルバの猛攻は続く。手首から針が飛び出し、刀の鞘からナイフが現れれる。関節部のプロテクターからは小さな刃物が襲いかかり、明らかに短い鞘で抜刀の一撃が放たれる。そしてそれらは一撃繰り出す毎に別の鞘へと、ホルダーへと収まっていく。するとどうだろうか?一振りする度に別の武器が、全く違う刃が、読み取れないリーチが向かってくる。

恐ろしい技術。

だが、ゼズドには当たらない。全て一息に避けてしまう。それにイラついたのかハルバが吠えるも、涼しい顔をしたままだ。


「この!このッ!逃げるな臆病者‼︎」

(だけどよぉ…)

「どうしたぁ‼︎最強ぉ‼︎」


言いながら放たれたのは両手に握る剣と刀の同時攻撃。まるで大きなハサミの様にクロスさせたソレをゼズドの首めがけ突き出す。


「遅ぇ」


それでも空を斬る事しかできない。

ゼズドは鼻で笑いながらも、一瞬にして一歩後ろへと後退しており、気づけば己が武器【円刃えんじんニヌエム】を高々と振り上げているではないか。


「なぁッ⁉︎」


目を見開くハルバ、その巨大な武器でありながら途轍もないスピードだ。

突き出した双剣の軌道を何とか上へと修正、衝撃に備えて腰を下ろし、両足をしっかりと地面つけ、受け止めんと踏ん張る。

振り下ろされる円刃えんじん。それは真っ直ぐ重なった剣の間へと落ちて行きーー


「が…っ⁉︎」

「ヒヒッ!」


ーー轟音、一撃。


「ぐぉ…‼︎」

「フハハッ‼︎」


衝撃、二撃。


「う…ぁぁあ゛」

「アヒャヒャヒャヒャ‼︎‼︎」


高笑い、三撃。

何が起こったのか?頭上で剣をクロスさせる事しか出来ないハルバ、そこへ馬鹿みたいに笑いながら円刃えんじんを振り下ろすゼズド。

たったの三撃で状況が先程とは逆転しているではないか。


「ヒヒッ、ヒヒヒッ‼︎」

「あが…っ‼︎」


ゼズドは明らかに剣の間へ向かい、己が得物を振り下ろしている。だが、そのスピードが恐ろしく速い。ハルバは防戦一方だ。いや、剣を掲げる事しか出来てはいない。


「そん…な、バカなッ…⁉︎」

「オォラ、どうしたどうした!調子に乗ってた割にゃぁその程度かよ、エヘッヘッヘッヘッ‼︎今朝の犯罪者よか幾分マシだか大した事ねぇなぁオイ!もっと、もっとだ…もっと抗って見せろォォオオッ‼︎ウハハハハ‼︎」

「うわぁぁぁあ‼︎」


ゼズドはそれを楽しんでいる。


笑い声


衝撃音


笑い声


風圧


笑い声


振動


狂い笑う


狂闘きょうとうニヌエム】と呼ばれた男がそこにはいた。

そしてそれを見ていたオールは


(アレのどこがマ・ト・モなんだ…! )


と思っていた。


「ハッハッハッ…は?」


オールがゼズドをマトモでは無いと思ったその時、狂ったよう…いや狂った笑いを上げていたゼズドが急に静まる。

それもそうだろう、何故なら彼の両サイドから【七拳刃しちけんじん】の内2人が突貫して来ているのだから。

右からガタイのいいランスが、左から細身の短槍二槍流が、己が武器を強調し、迫る。

突き出される円錐。刺突される双槍。


「ふんッ‼︎」


直様ハルバへの攻撃を止め、両手で【円刃えんじん】の柄を掴む。そして2人が武器を突き出さんと、振り下ろさんとした瞬間、振り払う様に薙ぎった。


「「ッ⁉︎」」


円刃えんじん】に触れた途端に武器ごと弾き飛ばされる2人。追うことはしない、今度は上から背の低い鎖とノッポの鎌が襲いかかって来ているからだ。


「なんだなんだ?お前達も遊んでくれんの?」


狂気。笑みを浮かべながら言うゼズド。その【円刃えんじん】はどう言う訳か、薙った勢いのまま”刃だけが回転している”。

しかし、そんな事はどうでもいいとばかりに2人は攻撃に移る。

複数の鎖がゼズドへ迫り、大鎌が脳天を狙う。

よくよく見ればそよ鎖、一個一個が刃物となっており、絡みとられればただでは済まない。大鎌の方も先端が異常な程湾曲しており、最早斧だ。


「今代の【七拳刃しちけんじん】は武器の多彩さが売りってかよ!」


遠心力で大鎌を弾き、鎖を吹き飛ばす。後ろからはランスが再び突きを放たんとしているが、ゼズドは宙返りをして躱す。その際、対空時間中に第二撃を放とうとしていた鎖の胴へ蹴りを入れた。【円刃えんじん】の刃を股の間に通し、柄を眼前で縦にする。それだけで下にいるランスにとっては脅威だ。しかし、後ろに控えていた二槍がその槍をクロスさせ受け止め、更に上へと押し出す事により回避した。


「イヒャヒャ!」


着地と同時に柄を横に。瞬間、回転する刃に大鎌が弾かれ、二槍がその歩みを止めた。

背を向けてのこの行動、まるで後頭部に目でもついているかの様だ。


「キヒッ!」


振り返るゼズドの目に見えるは四人の強者。

四人の目に映るは一人の狂人。

二槍が軌跡をかき、鎖が波打ち、大鎌が振るわれ、円錐が穿つ。

それらは一つの円により虚空へと向かって行く。

ランスの突きを踏み落とし、同時に迫る鎖を【円刃えんじん】が弾き、右の双槍を刃の腹で叩き、左の大鎌を蹴り上げる。

縦横無尽に振り回される円が地面に幾多の爪痕を残し、機械的に攻撃を無力化する。


(凄い、何してるのか全然分からないや…コレが【狂闘きょうとうニヌエム】の力…)


それは到底常人の理解出来る戦闘ではなかった。どう動いているのかすら想像で補うしか無い。


「うぉぉお!やっちまえぇ!」「いいぞぉ!そこだ!」「もっとやれー!」「おい、賭けしようぜ!」「俺はチャンピオンに賭けるぞ!」「俺はあの鎖の奴だ!」「二槍流!」「ランス!」「なら俺は大鎌だ!」「あのガキんちょは?」「もう負けただろ」


が、バルト市民の皆さんには見えている様だ、それどころか賭けをしている。

ちなみにハルバは上の空でへたり込んでいる。相当恐ろしかったのだろう。

と、オールが其方に目を向けている間に爆音が響いた。何かと目を向ければ、すぐ近くにあった民家が玄関から煙を上げており、中からは絶え間なく何かが壊れる音がする。ゼズド、大鎌、ランスが見当たらない。


(うわぁ〜、家主さんドンマイ…)


ドゴォン!

音とともに民家の屋根に大穴が空き、上空に大鎌が打ち上げられていた。ほぼ同時に玄関からランスが飛んでいき、向かいの家へ突き刺さる。


「ヒャハハハ!」


ハチャメチャに壊れた玄関からゼズドが出てくる、それを残りの鎖と二槍が対応、戦闘は続く…

様に思われた。


ガシャン!

「あ?」


円刃えんじんの柄に鎖が絡みついたのだ。

その隙に二槍が右から襲いかかる。ゼズドは円刃えんじんを無理矢理動かしそれを防ぐ。が、今度は壁に刺さっていたランスが突貫しており、両手が塞がっているゼズドは足でそれを踏みつける。

そしてーー


「ッチ、ゲームオーバーか…」


ーー大鎌がその首に充てがわれた。


「決着がついたぞ!」「大鎌だ!」「ヒヤッハァ!賭けは俺の勝ちだァ!」「待てよ!まだ続くかも知れねえだろ!」「悪足掻きはよせ、賭けなんてしたのが行けねぇんだ」「違いねぇ!」「「「ワハハハハハ!」」」


野次馬が去っていく中、大鎌が外され、ゼズドが自由になる。【七拳刃しちけんじん】の面々はハルバを除き再び元の位置へ戻り、リーダーらしき男が前へ出た。


「パフォーマンスはこんなもんでいいか?」

「すまんな、助かった」

「え?どう言う事です?」


そのやりとりにオールは疑問をぶつける。


「我々は国の最高戦力、そして彼は世界最強の一人。どちらもバルトに住みながら啀み合う仲などと思われたらたまらん」

「二大勢力が喧嘩してるなんざ民間人に知られてみろ、不安だの不満だので騒ぎになっちまう。だったら一回喧嘩して勝敗をキッチリと決めてやりゃぁいい。バルト民ならそれで上下関係がハッキリしたって満足するだろうよ、演技だとも知らずにな」

「え、演技…」

「まぁそう言う事だ。迷惑をかけたな、我々はこれで失礼する」

「そのバカしっかり教育しとけよ〜」

「無論、さらばだ」


言ってハルバの襟首を掴んだ途端、【七拳刃しちけんじん】の面々は姿を消す。


「いくら手加減をしていたと言え、国最高峰の戦士が四人がかりでやっと優勢か…化物め」


そう言い残し。


「最後まで1ミリも動かなかったクセによく言うぜ。さて、行くかオール」

「あ、分かりました」


2人は馬車(馬じゃないが)を借り、御者をやとって移動し出す。その時、オールは馬の代わりに繋がれた巨大なトカゲを目撃したが、難色を示す事は無かった。

その代わりに、ある事で頭が満杯だったのである。

それはゼズドが戦う様子。

強く、速く、そして絶え間なく笑う。顔を歪め、笑う、狂った闘争の化身。


『アヒャヒャヒャヒャ‼︎‼︎』『ヒヒッ、ヒヒヒッ‼︎』『イヒャヒャ!』『キヒッ!』『ヒャハハハ!』


今さっき見たその光景を思い出し、オールは考える。


(キチガイって呼ばれたの…この人が原因なんじゃないかなぁ…)


正論だった。

次回予告!


無事【七拳刃しちけんじん】を除け、2人目のキチガイ【壁轢へきれいヴォッシュ】回収へ向かうゼズドとオール。しかし、ついた場所はなんの変哲もないタダの村だった⁉︎更に【壁轢へきれいヴォッシュ】はその村で守護者の様な存在だと言う!果たして彼はキチガイなのか?そしてゼズドを超えるキチガイなど存在するのか!

次回、八強者はっきょうしゃ、第一章第3話


村の守護者


お楽しみに!

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