第1章第1話 気狂い
ほんの十年ほど前の話。
大きな戦争があった。
この世界に存在する四つ大陸
東の大陸、科学国 《エンス》
南の大陸、闘争国 《バルト》
西の大陸、魔導国 《マジク》
北の大陸、能力国 《センサ》
その全てが総力を挙げて争った、悍ましいとすら言える程の大戦。
元々、それぞれの大陸は、お互いにお互いの存在など知らず、一つの大陸で世界を確立し、その中でずっと争い続けていた。一つの大陸を一つの世界だと信じ込み、欲深き者達は世界を手に入れんと争う。
そして一人の欲深き覇者により、世界が統括されたのは、奇しくも同時だった。
大陸を、世界を手に入れた覇者達はやっと海の向こうへと目を向け、お互いの存在を知る。
新たに見つけた三つ大陸。その技術を、力を、魔法を、能力を、欲深き彼等が欲しない道理はなかった。
侵攻は始まる。
戦火は瞬く間に四つ大陸、世界中へと渡り、果ての見えない戦争が幕を開けた。
賢人が銃火器を振るい、超人が破壊を生み、魔導師が魔法を使い、能力者が超常を放つ。
お互いの力は拮抗、果てなき大戦は多くの物を奪い、踏みにじり、そして殺す。その時、間違いなく世界は滅びへと向かっていただろう。
しかし
戦争は終結した。想像を絶する形で。
八人。戦争を終わらせたのは、たったそれだけの人物だど言われている。
いや、果たして彼等は”人”だったのか?
巨大な円形の得物を持つ狂人。
【狂闘ニヌエム】
二つの大盾が特徴的な重兵。
【壁轢ヴォッシュ】
まるで体と一体になったかの様な鎧を身に付けた巨漢。
【暴帝エビヲン】
誰もが見上げる程の身長を持つ拳闘士。
【天災ペッツァー】
花の様な外見と、無数の蔦の様な鞭を持った貴人。
【死飼ファーヴィール】
目まぐるしく形を変える大棍を持つ小人。
【小鬼センシャッタ】
空を駆け、その軌跡を爆発させる怪人。
【爆侵パルズラムル】
そして名前だけは知れ渡っているものの、誰も姿を見た事がない、いるかどうかも分からない八人目。
【無有フォラス】
彼等を表すなら異常強者、その一言に尽きる。
こんな結末を、一体誰が予想出来ただろうか?
賢人は逃げ、超人は地に伏し、魔導師は宙を舞い、超能力者は叩き落された。
どの国も、どの軍も、どの兵も彼等には敵わない。技術も、力も、魔法も、超常も、大差はなかった。
彼等の戦いは活躍だったのか?殺戮だったのか?どちらにしろその異常性は明白、戦争をしようものなら何処にだろうと現れ、そこにいる全てに一切の差別なく災厄をもたらし、狂った様に殲滅する化物。その正体は誰にも分からず、何者にも退けられない。
人々は恐れ、彼等をこう呼んだ。
〈気狂い〉
それでも戦争を続けようとする欲深き者は、全てから反感を買い、それが終止符となった。
反乱が起きたのだ。それぞれ欲深き者は討ち取られ、新たに民を導く事になった者達は手を取り合い、完全に戦火は消える。
時を同じくし、彼等もいなくなった。
彼等が何処に行ったのか?彼等は何者だったのか?様々な説が飛び交ったが、その答えが見つかる事は無い。
四界大戦が終戦を迎え
世界に平和が訪れ
新たな時代が幕を開ける。
そんなある日の事だ、闘争国 《バルト》に一人の男が現れる。
その男、巨大な円形の得物を背負い、自らをこう名乗った。
【狂闘ニヌエム】
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ここは闘争国 《バルト》、その名の通り、闘争によって繁栄を続けた一風変わった文明の国だ。
と、言うのも、この国は大陸一つで国なのだが、その大陸にいる獣は常人では太刀打ち出来ない程に強い。逃げる者も逃げぬ者もやられてしまう為、単純に強い者が選別されたのだ。
その為か、この国の人々は好奇心旺盛で、何より闘争心が高い者が多い。そんなバルトの首都、バルフォルトにあるコロシアム。まんま中世のコロッセオと同じ形をしたその場所は、庶民にとって最大の娯楽施設であった。
近年はその中で行われる超人同士の戦いを見ようと、多くの観光客も訪れるこの施設。そんなコロシアムの闘技場、それも中央に一人の男が立っていた。
歳は30くらいで、身長170後半の引き締まった体、深緑の短髪、緑眼の男。
その服装は、紺色のロングコートの様な服をだらし無く着、靴と一体になった様な黒いゴテゴテとしたズボンを履いている。明らかに私服か何かだろう。
そんな男が心底気怠そうに立っていた。
その隣には、どういう訳か女神像が置いてあり、なんとも珍妙な図が出来上がっている。
『お集まりの皆さん!あなた達は本当に運がいい!今日はなんと!我等がチャンピオンに挑む命知らず!挑戦者が現れたぞぉおおお‼︎』
「「オオォォオオオオォオオ‼︎」」
コロシアムの実況の声が、耳が痛くなる様な音量でスピーカーから聞こえてくる。しかし、そんな事を気にした様な客は誰一人としていない。何故なら、そんな実況の声が霞む程の歓声を上げているからだ。
『もう待ちきれないだろう!私も待ちきれない!手早く選手紹介を始めるぞ!今日の武器はまさかの女神像!何と言う異端!反逆!罰当たり!しかし彼にそんな言葉は通じない‼︎』
異様な熱気の中、実況の声が響く。
そう、彼の隣にあるのは武器。彼は武器を選ばない、そこ等にあるものを適当に武器にしてしまうのだ。明らかに舐めきったその行為、しかし、それが罷り通ってしまうのが彼。
それもそうだろう、観客の目線の先、そこには10年間近くコロシアム最強として君臨し続ける猛者が立っている。そのあまりの強さから、近年は挑戦者もメッキリと減り、彼がこの闘技場に立つ事など実に一年ぶりの事だった。
『ここに立ったのは実に一年ぶり‼︎知らぬ者などバルトに無し!いや世界に無し!そして挑戦者も無し‼︎コロシアムの帝王!ゼズド・カダエラァァアア‼︎」
誰もが見知った絶対強者ゼズド・カダエラの姿がそこにはあった。
「ったくよ〜。クソ面倒くせぇなぁオイ…さっきまで寝てたのによォ〜…あ〜だりぃ〜」
しかし、観客とは裏腹に当の本人であるゼズドはこんな調子である。
『続いてまさかまさかの挑戦者登場だぁぁあああ‼︎』
「「ウォォオオオオオ‼︎」」
実況の声と共に、ゼズドの視線の先にある鉄格子がガラガラと音を立てて開く。
現れたのは男。
まるで冒険譚の英雄をそのまま持ち出したかの様な男だ。
一見中肉中背に見える引き締まった体。顔は恐ろしい程に整っており、輝かんばかりの金髪、全てを見通す金眼。青い衣に身を包むその姿は正に芸術。
『神に愛されたかごとく美貌‼︎世界を震撼させた凶悪者‼︎ロズ・トートラァァアアイッ‼︎』
ロズ・トートライ、それが彼の名前。
手にはロングソードを持ち、しっかりとゼズドを臨む。
だが、そんな美男子を差し置いて観客の声援はゼズドへ向けられており、挙げ句の果て彼にはゴミが投げつけられている。
それでもロズはそんな事を気にした様子はなく、ゆっくりと、しっかりとゼズドへ近づいて行く。
やがて二人の距離は声援罵倒の中でもお互いの声が聞こえる程度になり、言葉を交わす。
「君がゼズド?思ったより痩せてるんだね。もっとゴリゴリの戦士を思い浮かべてたよ」
「へぇ、そうかい。だからどうした?それよりロズだったか?テメェよぉ〜、俺さっきまで寝てたんだわ…睡眠邪魔してどうしてくれんだ?あぁ?」
「ふふ…そう言う苛立ちとかは試合でぶつけようよ、ここはそう言う場でもあるだろう?」
「ふはッ!確かにそうだなぁ?しっかしお前、その武器はどうした?長物が得意だと聞いたんだが」
「僕は基本なんでも使えるんだよ、よくそんな事しってたね?」
「対戦相手の情報はある程度提示されるだろうが、見てねぇのかテメェ?」
「見る必要ないだろう?君は有名人なんだから」
「不本意ながらな」
そうこうしている間にも観客席からはロズに向けてゴミが飛ばされている。
彼は涼しい顔をしているが、この有様では試合どころではない。
『んん皆さん‼︎観客席からの投げ込みはご遠慮ください!試合が始められませんよォ‼︎』
当然こう言った声がかかる。すると、さっきまでバカの様に騒いでいた観客は一斉に静まり返る。洗脳でもされているのではないかと思う程の団結力だ。そこまでして見たい一戦だという事が伺える。
『それでは始めます!最強!ゼズドVS挑戦者ロズ!レディィィイ……』
「最後になんか言っておく事あっか?」
いいながらゼズドが女神像の台座を蹴る。するとどうだろうか?女神像は勢いよく足をすくわれ、空中で横倒しの状態になる。ゼズドはすかさず中心となる部分に右手を置き、指をメリ込ませ
あろう事か片手で持ち上げた。
「そうだね、じゃぁ、これだけ…あんまり調子に乗ってると痛い目みるぞ?」
対してロズは剣を構える。なんの変哲もなく正面に。
「クヒヒ…いいねその威勢、嫌いじゃない。精々楽しませてくれよ?」
ロズが足に力を込め、ゼズドが女神像を持った腕を引く。
そしてーー
『ファイトォォオオ‼︎』
ーー試合開始のゴングがなった。瞬間
ズドォォオン‼︎‼︎
轟音がコロシアムに鳴り響く。
それは実況を含め、全ての人々が言葉を失った瞬間でもあった。
あまりにも予想外な結末に口を開けて目を見開くしかない。
何が起きたのか?理解出来た時にはもう遅い、決着はついていたのだ。
『な…なんという事でしょう……コロシアム始まって以来の大事件です。使用時間1秒以下…勝者…』
実況がやっとの思いで声を出した。それでも観客は凍りついたまま。
女神像は粉々に砕け、立っている人物は一人。
『ゼズド・カダエラァァァアアア‼︎』
「「ウォォォオオオオオオ‼︎‼︎」」
第一次四界大戦より約10年、コロシアム最強として君臨し続けた男。
【狂闘ニヌエム】ことゼズド・カダエラその人だった。
「ふぃ〜…大した事ねぇなぁオイ」
「くぉぉおらぁぁぉああ‼︎ゼズドォォォオオ‼︎」
しかし、そんな彼に嗄れた声が飛ばされる。
観客は静まり返り、見れば観客席と闘技場の間にある高低差を飛び越え、一人の老人が駆けてくるではないか。
「貴様‼︎よ、よよよ、よくもワシの教会の女神像を〜〜‼︎」
怒り心頭と言った具合の御老体。
実はこの人物、教会の神父なのである。ゼズドが武器にしていた女神像はその教会の物であり、それに気づいた彼は急いでコロシアムへ乗り込んだのだが、時既に遅し。女神像は木っ端微塵になっていた。
「ッチ…バレたか…」
『おおっと〜!神父バラシャの乱入だー!どうやらあの女神像は彼の教会から持ってきた物の様です!』
ノリノリで入ってくる解説。
闘争の次は笑い、観客はいい演目とばかりに「ぎゃはは!」と大笑い。
人の不幸を見て笑う不良の集まりの様に見えるかも知れないが、これもバルト特有の感覚だ。彼等は心の底からこの茶番を楽しんでいる。
『どんな事でも楽しめるのがバルト民の良いところ』とはよく言ったものだろう。
「笑うなお前等‼︎ぅおい!ゼズド!この始末どうしてくれる!」
「るせぇな〜」
『人の物を壊してこの態度!ゼズド選手の横暴はとどまるところを知らないぞぉ!さぁどうなる!』
笑う観客、煽る実況、怒れる爺、心底面倒そうなゼズド。
酷い絵面である。
「るせぇじゃぁ無いだろうに!弁償しろ!弁償‼︎」
「あぁ分かった分かった、弁償すっから」
『おぉ?おお⁉︎なんと!ゼズド選手が折れたーー!最強は神父バラシャだったのかー!』
「コロシアムの運営が」
「マジで?」
『え?ちょ…』
「俺がそこ等にあるもん使うのは目に見えてた事だろ、止めなかった時点でコロシアムにも責任はあるんじゃないか?」
「なるほど…」
『アレ?勝手に話進んでる?待って、ちょっと待って』
「それに俺は支払う気ねぇし。じゃ、そう言う事でよろしく〜」
「オイ実況!何故こんな男をこの場に出した!コラ!言ってみぃ‼︎」
『あ、ハイ、すみません…え?俺悪いの?ちょ!ゼズド選手帰らないで!待って!誰かあの男を止めてくれ〜〜‼︎』
実況の叫びを尻目に、ゼズドは笑いに包まれた会場を後にする。
そんなゼズドの後ろ姿を興奮した面持ちで見据える人物がいた。
〔【狂闘ニヌエム】本名ゼズド・カダエラ〈気狂い〉の一人にして、現状唯一居身元のハッキリとした人物。身ほどある円形の得物を武器とし、四界大戦時は関節部を覆わない、最低限に留めた全身銀鎧に、目の部分が縦格子となったヘルムを被っていた。その戦いぶりは二つ名の通り”狂い””戦う”。如何なる状況でも高らかに奇声を上げ、裏返る程に笑い声を響かせ、臨む物を斬り裂く狂人。現在はバルト闘争国にてコロシアムのチャンピオンとなっている。大戦終了以来彼が”人殺し”をした事は無いという〕
「間違いない、あの人だ!」
本とゼズドを幾度か見比べ、閉じると同時に立ち上がりーー
「伝えなくちゃ!」
ーー言って観客席を後にしたのだった。
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「ったく。散らかってんな…」
ある一室に着いたゼズドはそう呟く。
その部屋は、木片や鉄片が転がっており、まるで何年も使われていない様な有様だ。
よくよく見ればタダのゴミもちらほらと落ちていて、人が生活している事がうかがえる。が、同時に刃物や鈍器などの武器も散乱しており、人が生活するには少しばかり物騒な場所だ。
ココはコロシアムの地下にある武器庫。しかし、それは本来の姿であり、ゼズドがバルトに現れた日から役10年、彼が自室として陣取っている部屋なのだ。
突然最初はコロシアム側も抵抗したが、その余りの強さから退けるのは不可能と判断。更に、試合に出てくる事から客が増え、その利便性から現状放置状態である。
そしてゼズド自身、寝る以外に部屋を使わないのでこの荒れよう。
「ま、いいか…」
構わずベッドに腰を下ろす。コレだけが彼の持ち込んだ私物。いや、もう一つだけあるが、それはゴミの中。
「あ?」
ふと気付いた。人の気配だ、滅多に人が近づかないこの部屋の前で、それも試合をした直ぐ後だと言うのに。
彼に報酬額支払われる事はない。
ここに一般人が訪れる事もない。
そして職員は誰も近寄りたがらない。
ならば一体誰れなのか?
「誰だ」
ゼズドはその疑問をなんの躊躇いもなく口に出す。部屋の中、一人でそんな事を言っているのだから滑稽に見える事だろう。
「うっそ…ドア越しなのに…」
が、確かに反応はあった。聞こえたのは女とも男ともつかない、幼い声だ。
「え、えぇ〜と。私はエンスから参りました!オールと申します!この度はゼズド様に折り入っておたの…」
「口上はいい、用があるならさっさと言え。つか扉越しに喋んな、入れ」
「は、はい!失礼します…」
扉を開け、入ってくるのは当然オールと名乗った人物だ。
年は10代半ばと言ったところだろうか。まだあどけなさが残っており、身長も160に届かないだろう。
栗色の髪に灰色の目。きりりとした顔は、かなり中性的で、どこか微笑ましく思える。
スーツの様な小綺麗な上着とズボンを着ており、富豪の子供にも見える。
ゼズドは服装から男と判断し、話を続ける。
「で?頼みだったか?」
「はい!」
「あぁ、固っ苦しいのもいらねぇ。普通にしろ」
「あっ、ハイ」
オールは胸ポケットからメモ帳の様な物を取り出すと、ペラペラとページをめくり、あるページで手を止めた。目線はそのままに口を動かす。
「その前に質問を…いいですか?」
「普通にしても敬語か。ま、いいが?」
「10年前、四界大戦時、〈気狂い〉として恐れられた8人の強者達。貴方がその内の一人【狂闘ニヌエム】だと言う事で間違いありませんね?」
「あぁ、ニヌエムって呼ばれたのは俺だ」
「大変失礼ですけど…その証拠を見せて欲しいんです」
瞬間、ゼズドが目を鋭く細める。
「オメェ、エンスから来たっつってたよな?」
「え?は、はい」
「ここはコロシアムの中でも一般人は立ち入り禁止だ。こんな所に来た時点で、お前が只のガキじゃねぇってのは分かる。そして、そんな場所にいる俺が普通じゃねぇってのも、お前はよ〜く理解している筈だ」
「……」
「それでも尚、お前は俺が【狂闘】だと言う証拠を見せろと言う……どんな厄介事だ?言っておくが、国だの金持ちだのに加担するつもりはねぇぞ?10年前、俺がここにやって来た時、そんな奴等がアホみてぇに押しかけて来たが、全部蹴った。武器を持ち出す奴は全員叩き伏せた。俺は誰の指図も受けるつもりはねぇ」
身を乗り出し、睨みつける。物凄い圧力だ。
オールは額に汗を浮かべ、顔を引きつらせながらも何とかその圧力に耐え続ける。
「もう一度聞こう、頼みってのはなんだ?外部に漏らさねぇように俺だけに伝えなきゃならねぇ頼みってなんだ?まさかとは思うが、暗殺だの従属だのじゃぁねぇよなァ?」
緑色の眼光がオールを貫き、まるで重力が増したかの様に体が重い。反面、後ろへと進む事に関しては体が羽根の様に軽く感じられる。
逃げろ!
そう、オールの本能が警笛を鳴らしていた。それでも彼は踏み止まらなければならない。そうしなければ成らない理由があるからだ。
「魔導国マジクで…」
「…あ?」
それは呟き程の小さな声、それでも彼は呟いて見せた。それにゼズドの興味が行き、圧が一瞬緩まる。その隙を見逃さず、オールは伝えた。
「マジクで……戦争を起こす予兆があるんです!」
「なん、だと…⁉︎」
その言葉にゼズドは目を見開く。当然だ、彼は〈気狂い(きぐる)い〉の一人、どんな理由であれ戦争を終わらせた8人の強者の一人。驚かない訳がない。
「おいガキ!その情報はマジなんだろうな!」
「は、はい!エンスの暗部が独自ルートで手に入れた情報です、信頼出来る物かと…」
ゼズドは苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべ、ブツブツと何かを喋り出す。
「マジクにはウィザーとマリアナがいる筈…如何して気付かなかった…?マザナは何してやがる……」
その内容をオールが理解する事は出来なかったが、傍観している訳にも行かないので、続け様に口を開く。
「〈気狂い〉は戦場で多くの物を屠りましたが、終戦後、目立った行動はなく、唯一確認されている貴方も特に問題を起こす事はありませんでした。この事からエンスは〈気狂い(きぐるい)〉を戦争非難者と判断し、今回僕が派遣されました。僕の、いや、エンスの頼み事は『貴方達8人の強者に、再び戦争を止めて欲しい』と言う物なのです!」
オールが言い切り、室内に静寂が訪れる。聞こえるのは自分の鼓動くらいだ。
そんな中、ゼズドの目がギョロリとオールへ向く。
「で?」
「ふぇ?」
言葉の要領が掴めず、おかしな声を上げてしまう。
だが、この時、オールは忘れていた。目の前の男が”狂い闘う【狂闘】”として恐れられていた事を。
狂気的な笑みを浮かべたゼズドはオールへ迫る。
「で?だからどうしたんだよ?そんで俺が『そりゃ大変だ〜是非力を貸そう〜』なんて言うとでも思ったかよ?」
「え、いや…」
「クヒヒ!馬鹿だろお前!ハッハッハッ!確かに他の奴等は戦争止めたくて戦ってたのかも知れねぇ、だが俺は違う!俺は楽しんでたんだよッ!戦争が起こるってんなら大歓迎だ!また沢山ブッ殺せるからなぁ!」
「そんな⁉︎」
「最後にもう一回だけ聞いてやるよ…俺に頼み事ってのはなんだ?」
尋常ではない殺気、異常な圧力、悍ましい笑み。その全てが物語っていた。
コイツは狂ってる
「あ、あ…」
恐怖から足が竦む、最早後ろへ進む力すら出はしない。口からは意図せず声が漏れ、全身から汗が噴き出す。
そこにあったのは紛れも無い”死”への恐怖。
「あ、貴方達…8人のきょ、強者に、再び戦争を、を…止めて欲しいんです。そ、その為に、先ずは貴方に、ほ、他の7人を、探して頂きたく…」
それでも、それでも彼は屈しなかった。己が願いを目の前の狂人へ確と伝える。
弱者の無謀で非力な、途轍もない勇気。
「いいだろう」
「はへ…?」
その勇気は奇跡を呼んだのか?狂人から予想外の返事が来た。
「いいっつってんだよ、やってやらぁその頼み事」
「え、あ…なん、で?」
「悪いな、ちょっとお前を試した。エンスからの使いってのは嘘くせぇと思ったんでよぉ。何せ、お前みたいなガキを、たった一人で俺の所へ向かわせるんだ、流石の俺だってちったぁ疑うっつーの。そんで威圧よ、こん位で逃げ出す様なら、どう考えたって戦争阻止なんて重役、任せられる筈ねぇもんなぁ?」
ゼズドの言葉からオールは察する、先程までの行動、その全ては演技だったのだと。気付いた瞬間、全身の力が抜け、ヘナヘナと床に座り込んだ。
「お、驚かせないで下さいよ…」
「フハハ!悪りぃ悪りぃ!ま、大人でも失神するレベルの殺気は出したつもりだ、それでその程度なんだから、お前が普通のガキじゃねぇって事もよ〜く分かった。お陰でお前の言葉の信憑性も上がったって訳」
「心臓が止まるかと思いました…でも、よかった」
「さて、お前の話を簡単に纏めると『また戦争始まりそうだから他の奴等集めて止めてくれ』って事でいいんだな?」
「はい!四界大戦から10年が経ち、それぞれの国の進歩も目覚ましい今、再び戦争が始まればその被害は計り知れません!何としても、この争いは回避しないといけないんです!」
「あぁ〜分かった分かった。んじゃ、全員集めんのに全部の国を旅する事になるぜ?覚悟はいいだろうな?」
「当然そのつもりです!伊達に一人でここまで来てはいませんよ」
「さぁて、なら準備するかぁ!」
ゼズドは一度寝起きの様にのびると、部屋の一角へ向かう。そこには壊れた棚や、錆び付いた武器が散乱し、酷い有様だ。
その中で何かを探す様に、瓦礫をひっくり返す。
「あ、そういやお前、俺が【狂闘ニヌエム】だって証拠見せろとか言ってたよな?」
「へ?あ、はい。しかし、元から貴方が【狂闘ニヌエム】だという事は確定していましたし、要件も言ってしまったんで、もうその必要は…」
「ならコイツがその証拠だ!」
オールが言い切る前にゼズドは崩れた棚に手をかけた。その棚の上には剣や他の木片がのしかかっており、とてもでは無いが一人で持ち上がる様な質量ではない。
にも関わらず、ソレは軽々とひっくり返され、大きな音を立てて倒れた。
その下から何かを掴むと、ゼズドはソレを、もう一つの私物を掲げる。
「俺達はあの大戦の中、それぞれをそれぞれの武器の名前で呼びあっていた。コイツが【狂闘ニヌエム】の由縁、俺の武器【円刃ニヌエム】だ」
直径180㎝はあろうリング状の両刃。内側にはその円を支える様に一本の柄が走り、その両端は、柄についた四角い鉄製のソレがガッチリと刃を”掴んでいる”。
この風化した部屋で、今尚朽ちた様子を欠片も見せない綺麗な得物。
「【円刃ニヌエム】…確かに四界大戦時【狂闘ニヌエム】の持っていた武器と一致する…」
「あ、悪りぃけどあん時着てた鎧はないぜ、ありゃ戦争終わった後、そこらに捨てた」
「捨てちゃったんですか⁉︎」
「あぁ、もう使わねぇと思ったし、邪魔だったんでな」
「そ、そうですか」
「さてと、んじゃ出るか!旅によ!」
「うぇ⁉︎もうですか⁉︎」
「おう!俺の持ち物なぞコレしかありゃしねぇ、さっさと行って、さっさと終わらせんぞ!」
「は、はい!」
そうして2人は旅に出かける為、部屋を後に…ずる前、ゼズドが振り返りオールに言う。
「そうそう。お前の情報だが、一つ間違ってるぜ」
「嘘⁉︎」
「俺達は〈気狂い〉なんて呼ばれちゃいねぇ、こう呼ばれてたんだ」
《気狂い》
「……ゑ?」
こうしてオールのキチガイを集める旅が始まった。
次回予告。
無事【狂闘ニヌエム】ことゼズド・カダエラと協力し、キチガイを探す事になったオール君。二人が街へ繰り出し、次のキチガイを探そうとしたその時、7つの影が立ち塞がる!
次回、八強者
第1章第二話
狂闘ニヌエム
お楽しみに!