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第09話 ザ・ティン・スター



 ――夜明けとともに、自然と目が覚めた。気持ちのいい目覚めだ。

 ベッドの上で軽く伸びをして、軽く体をほぐす。「いつも」に比べると、寝起きの私の体が驚くほどやわらかくなっているのが解る。なにせ野宿や安宿が普通の私にとっては、きちんとしたベッドはそれだけでこの世の天国である。びっくりするぐらいに熟睡できて、体もきちんと休まっているのだ。

 枕の下へと手を突っ込み、そこに隠してあったコルト・ネービーを引っ張りだす。

 少しばかり寝心地は悪くなるが、コイツを欠かすとそもそも寝付くことが出来ないので仕方がない。ガンマン故の哀しきサガというやつである。

 大きく欠伸をしながらベッドから降りる。カーテンを開いて、柔らかな陽の光に目を細めつつ、欠伸をもう一回。

 普段寝泊まりしている部屋よりはずっと上等な内装が目に入る。一晩明けても、どうもこの内装の上品さだけはいただけない。上品すぎるのだ。身の丈にあってないような、そんなむず痒い感じがするのだ。――つまりさっさと身支度を済ませて出るに限る。

 ベッドから降り、コルトを丸机に置いて、着替え、身だしなみを整える。

 「街」へと繰り出す以上、多少は格好に気を使わねばならない。

 ベッド脇の天井から垂れた綺麗な組紐は、小さなベルに繋がっているが、コレを引く。

 カランカランと耳に心地よい音が響いて、少し待てば女中さんが湯の入った陶器のボウル、それにひげ剃り用のクリーム――に似た何かを持ってきてくれた。使った感触的に原料が別物らしい。しかたがない。ここは異邦の地なのだから。

 カミソリは自前のがあるので、鏡を前にヒゲを整える。荒野を旅するときはヒゲなど気になった時以外はほったらかしだが、一時的にとはいえ「街の人間」になるのなら身だしなみは見苦しくないようにしとく必要があるだろう。別に洒落者を気取りたい訳じゃないが、田舎者扱いも気に食わないので。

 髭剃りが終わった所で普段はサドルケースの奥に丸めてしまってあるチョッキを取り出し、シャツの上に纏う。薄い赤のスカーフを取り出し、首に巻いてみる。

 上着を羽織り、腰にガンベルトを締める。右の空いたホルスターにコルトを収める。

 最後にダスターコートを着ようとして、一旦止めて、やっぱり着る。丈の長いコートは内側に色々と隠せるので便利なのだ。野暮ったいかもしれないが、仕方がない。

 帽子を被り、鏡を見ながら角度などを調節する。

 これで身の回りの用意は整った。

 ――それでは仕上げを御覧じろ、と。

 丸机の上に置かれた「それ」を手に取り、上着の下、チョッキの左胸の辺りに取り付ける。

 ブリキで出来た、星形のバッジ。星の内側にはマルトボロの紋章が刻まれている。

 こういうものを自分が身につけることになるとは、となんとも感慨深いモンである。

 ――昨日カボチャもどきを撃ちぬいてみせたことで、ともかく私の腕前はイーディスにも、そして元首殿にもお眼鏡に適ったらしい。合わせてキッド、スリーピィも同程度と見なされたようだった。

 彼女はしぶしぶと私達を雇うことを認め(ぶつぶつと文句を言っていたが)、元首殿やお歴々は私の見せた狙撃の腕前に良い拾い物をしたといった調子でご機嫌の様子だった。

 そして元首殿は、例のワニみたいな獰猛な笑顔で私達へと告げた訳だ。


『――あなたがた三人を、市の保安官に任命します』


 しかして私の胸に輝くブリキの星。「こちらがわ」でも保安官なる職があり、しかもバッジをつけるとは驚いた。

 だが人の世は世界の境を跨いでも変わりなく、必要とされる仕事もまた変わりないらしい。

 そんな事を思いつつ、私は貸し与えられた部屋より外へと出た。

 保安官としての仕事の、一日目の始まりだった。





 私達の寝床として与えられたのは、街のなかでも上等な部類の属する宿屋の1軒である。

 もともとそこまで大きい宿屋な訳でもないが、それでも上等な宿屋を余所者三人のために貸し切りにしてくれるのだから今度の雇い主は実に豪勢だ。

 ちなみにフラーヤは別の所に寝泊まりしていたりする。実は彼女は街に持ち家があって、定期的にマルトボロに来て暮らしているとのことだった。飽くまで一人住まい用の家なので、むさい男を他に3人も入れるスペースは残念ながら無いようだった。彼女はごめんなさいね、と言っていたが、まぁ年頃の御婦人の家に余所者男が三人というのもなんとも格好がつかないので、コレで良いのだろう。

 さして長くない廊下を歩けばすぐに1階への階段に辿り着く。

 1階からはなかなかに良い匂いが漂ってくるのを階段の口で嗅ぐ。昨日、フラーヤも交えてここで夕食をとったが、味はなかなかに良かった。――何の料理なのか解らないのが大半だったが、まぁ美味けりゃ良いだろう。そういうことにしておく。

 スリーピィかキッドかどちらかが先に朝飯を摘んでいるのか、食器の触れ合う音や女中さんと誰かが話す声などなどが聞こえてくる。

 階段を下りながら、あくびをしつつの挨拶をしようとする。


「おはよ――」

『遅いぞ貴様。どれだけ待たせる気だ』


 だがその途中で向こうからご挨拶が飛んできた。掠れたその声には聞き覚えが充分にある。


「……こんな朝っぱらから何用で?」

『貴様の仕事ぶりの監督だよ。腕が良いのは解ったが、それ以外のことは別の問題だ』 


 長い金髪に眼帯、騎兵風のその装束は言うまでもなくイーディスである。

 階段は1階の広間に通じていて、広間が食堂になっているのだが、イーディスは大股開きでどっかりと椅子に座って卓に向かい料理を口にしつつ話す。


『当たるかも解らん神託が、まぁまかりまちがって実現してしまうまでは、貴様も普通の保安官として仕事をしてもらわねばならん』


 何かビスケット的なものをガシガシと齧り、合間合間に椀に入ったスープを啜る。仮にも「街の人間」、それも御婦人とは思えぬ豪快で粗野な食べっぷりだった。西部の町じゃ肝っ玉母ちゃん姐ちゃんは珍しくないが、それにしてもイーディスのそれには私も驚いて目を丸くする。

 やや呆け気味な私へと、構わずイーディスは言葉を続けた。


『職務の説明もいるし、街の案内もせねばならんだろう。城壁の具合や警邏の配置なども貴様に教えねばならん』


 イーディスは食べ終わって口を拭きつつ、手をパンパンと叩いて色々と払い、手袋を嵌める。

 彼女の朝飯は終わったらしい。

 私は姿の見えぬ男二人が気になったので聞いてみる。


「……スリーピィやキッドはどうした?」

『他の二人か?黒服のほうは私とすれ違いで先に街へと出たそうだ。軽薄男のほうは知らん』

 

 黒服とはスリーピィのことだろうし、軽薄男はキッドのことだろう。

 それにしてもあの連中、いったいなにをやっているのやら――私は朝も早くから顔をしかめてしまった。

 幸せが逃げそうだ。言ってもそんなモノは、もうとうの昔に夜逃げして、欠片ひとつ残していないのだろうけれど。


「……取り敢えず飯を食わせてくれんかね?腹が減っちゃ戦もできんぜ」


 あくびしつつ、席に着く。何も言わない内から女中さんが私のぶんの朝食と、イーディスへと何か飲み物を持ってきてくれた。

 ビスケット風の焼き固まった薄いパン状のものに、赤いドロドロしたシチューである。それぞれの匂いを嗅いでみる。ビスケット風パンのほうはエゼルの村で見たモノに似てるが、色合いや匂いが異なる。あっちは小麦とさして変わらない印象だったが、こっちは違う香りがした。何か木の実の類を挽いた粉が入っているらしい。齧ってみると独特の癖のある風味が口の中に広がった。余り食べた記憶の無い味だ。だが悪くない。


「……なかなかイケるなこいつは」

『当然だ。アコルテはマルトボロでは名物だからな。それにしても余所者にしてはまともな舌を持っているな貴様は』


 隣で茶じみた何かをずずずと啜りつつ、イーディスはフフンと得意げに笑った。

 そして横合いから私のぶんのアコルテとか言うらしいビスケットもどきを一枚掠め取ると、断りもなくバリバリとかじりはじめたではないか!


「俺のだぞ!」

『金を出してるのは市だ。だから私はコレを食べてもいいのだ』


 そんな理屈があるものか。私は皿をグイッとイーディスから遠くにずらすと、体の向きを変えて急いでかき込んだ。

 食事中の間、飢えた狼のような騎兵女は虎視眈々と私の朝食を狙っていたが、なんとか守り切ることができた。

 あとシチューのほうもパプリカに似た風味が中々に美味だったことを最後に言っておこう。




 誰かさんのせいで慌ただしく終わった朝食の後、イーディスに連れられて私は街へと繰り出した。

 職務の説明とやらは、街の案内と合わせて行うとのことだった。


『基本的には街を見まわって騒ぎあれば仲裁し、喧嘩があれば両成敗するのが保安官の仕事だ』

「つまり俺のところの保安官と大差無いわけか」

『「まれびと」の国にも保安官がいるのか?』

「まぁね」


 話しながら私達は街の目抜き通りを進む。サンダラーは宿の馬小屋で留守番で、私もイーディスも歩きだ。

 今日の彼女は腰にサーベル風のだんびらを一振り吊るしており、歩く度に金具がガチャガチャと音を立てて嫌でもひと目を惹く。例のコルト・ネービーは相変わらずサッシュに差し込んであって、フレームの真鍮部分が陽光で輝いていた。

 ついさっき朝食をたっぷり食べて人のぶんまで強奪した癖に、もう屋台で買ったトルティーヤ(トウモロコシ粉のパン)的な何かをぱくつきながら歩いていた。つくづく行儀の悪い。


「酔っぱらいをどつきまわしたり、博打打ちをどつきまわしたり、チンピラをどつきまわしたり、盗人をどつきまわしたり……まぁそんな感じだ」


 一方私も人目をそこそこ惹いていた。

 格好が風変わりで物珍しいのもあるが、それ以上に私が肩に負ったモノが注目を集めているのだ。

 我愛用の8ゲージ散弾銃である。2本ならんだ大口径の長い銃身は嫌でも人の注意を掻き立てる。「こちらがわ」の住人の大半は銃というものを良く知らないようだが、それでもこのデカブツがただの棒っキレでないことは解るらしく、すれ違う通行人もチラチラと横目後ろ目にこっちをうかがっているらしいのが感じられた。

 以前、ほんの短い間だったがサルーン(酒場)の用心棒のような仕事をしていたことがあったが、あの時は10ゲージの散弾銃がお供だった。駅馬車の護衛役も愛用する強力なヤツなので、そいつを持ったヤツが居るというだけで脅しになるのである。ましてや8ゲージとなるとちょっとした大砲のようなのだ。その大きさだけで見るものを圧倒する。

 少なくとも私が知る限りでは、保安官という職業においてまず必要とされるのは「腕っ節」と「度胸」、そして「ハッタリ」である。

 無法者を大人しくさせるには法律について講釈してやるよりも一発拳骨をかましてやるほうが早い。そしてコイツは怒らせるとすぐに強烈なパンチが飛んでくると相手に思わせるのが何よりも最適だ。人を殴るのは好きでも殴られるのが好きな輩は少数派なのだから。


『この街は辺境の無法の巷とは違う。法と秩序の世界だ。そのことを忘れるなよ』

「へぇへぇ」


 適当に相槌をうちつつ、街の様子を見回しながら歩く。

 まだ朝もはやい時間帯だが、もう通りは人々に満ち溢れている。道の両脇には行商や屋台がひしめいていた。人気が多い割には確かに、罵声怒声が飛び交っているわけでもなく、店々の客への呼び込みの調子もどこか品が良いように感じる。こういう街に来るのは本当に久しぶりだが、何となく背中がむず痒くなってくる。

 居心地の悪さをごまかすように、傍らのイーディスにそう言えばまだ聞いていなかった向かう先を聞こうとした――その時であった。

 ガラスの割れる音と、何か重いものが落ちる音。


『イッデェェェェ!?』


 そして明らかに酔っ払いのモノと解る淀んだダミ声。

 見ればやや前方右側の酒場(だと思う)の窓が割れ、そこから地面へと投げ落とされたらしい男の姿がある。

 赤ら顔の大男で、身の丈は6フィートを超え、目方は200ポンドはありそうである。早い話が太っちょだ。


「どうしたー。そっちから売ってきた喧嘩だぜぇ~~ひひひ」


 衆目を集めながら地面でもがく太っちょへと、そう例のお気楽な調子で声を掛けつつひとりの男の姿が店の中から現れた。

 ――思わず私は自分の額をピシャリと平手で打っていた。

 昨晩から姿の見えなかったキッドの、あからさまに酔っ払った姿がそこにあった。



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