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第08話 ザ・ストレンジャーズ・ガンダウン



 ――帽子を脱いで、風の流れを肌で感じ取る。

 次に、少し離れた所にある風見鶏――と言ってもドラゴンの形をしているから“風見竜”と言うのが正しいのだろうけど、ともかくそれを通じて風の向きと強さを目で見て感じ取る。

 最後に私は、ダスターコートのポケットからシルクのハンカチを取り出した。透き通るように薄く軽い、花がらのハンカチである。……先に弁解しておくと、別に趣味の品ではない。純然たる仕事用の道具なのだ。

 ハンカチの先っちょを掴んで、風に流してみる。紙より軽いシルクは風にそよいで、より詳細に風向と風力を私へと教えてくれるのだ。

 ――風向は東北東、勢いは微弱なれどやや横合いからの向かい風である。

 

「……」


 やや私に対し「不利」な状況に、唇をねじれさせつつも、ハンカチをたたんでポケットに戻す。

 そして改めて彼方に霞む「標的」を眺めた。

 おおよそ800ヤード向こう。すこし土が盛り上がった所のてっぺんに立つ枯れ木。その枝の一本のうち、まだ太くてそこそこ頑丈な枝に縄で結び付けられ、吊り下げられゆらゆらと揺れている。

 それは「こちらがわ」で言うところのカボチャに似た野菜だった。色は深い橙色で、ヘタは緑。そしてその表面には白いペンキのようなモノで大きく笑顔が描かれている。どことなく、コッチを嘲るような調子の嗤い顔だった。

 嗤い顔が風に揺られて、ふらふら、ふらふら……。


『降参するなら今のうちだぞ』


 そう横合いから掠れた声で誰かが口を出してくる。

 私は首だけ横に向けて「彼女」のほうを見た。

 ――スラリと背の高い金髪の女、それが「彼女」だった。

 長い金髪を三つ編みにして垂らし、その上には庇の大きな帽子が載っかっている。

 かなりの美人だが、その表情は冷たく、そして硬い。右目は大きな黒の眼帯で覆われ、顎先には刀傷らしきものが一筋走っている。彼女は女だが、その顔からくる印象は堅物の騎兵の将校といった感じだ。

 加えて言うならば、膝丈まである革ブーツに、上半身を覆うバフコート(なめし革のコート)にその上に纏ったマントという姿は、やはり大昔の騎兵の将校のような格好だった。

 「彼女」は腰にサッシュ(トルコ風の腰帯)状の青布を巻いているが、そこに差し込まれたモノは、私にはあまりに見慣れすぎた代物で、しかし「こちらがわ」の人間である彼女には、あまり似つかわしくないものだった。

 ――陽光を浴びて輝く真鍮のフレームは、私の左腰に吊るしたコルトと同じモノだった。


「――風向きを見てただけだ。そしてそれも今済んだ」


 私は真鍮の輝きに目を細めつつ、そう返した。

 今から私は、あの嗤い顔のカボチャもどきを狙い撃つ。その様を「彼女」――「イーディス」へと見せつけ、私の力量を証明せねばならないのだ。

 なんでそういう事になったかと言えば……時間は少しだけ前へと戻る。

 

 





『――率直に言って私は反対だ』


 私達が元首殿からの提案にイエスともノーとも答える前に、横合いからそう口を挟んできた誰かがいた。

 声の方へと顔を向けてみる。本棚の陰で解からなかったが、壁により掛かるようにして誰かがそこに居たのだ。

 その誰かは壁から背中を起こし、私達の前へと立ちふさがる。


『いかに「まれびと」が特別な存在とは言え、氏素性も知れぬ流れ者を街の護りとして迎え入れるなど、な』


 その誰かがイーディスであったのだが、この時点では私達は彼女の名前を知らない。


『イーディス……これは神託に基づいた決定なのだ。如何に貴公と言えど、口出して良い話ではない』


 そう元首が彼女へと窘めた時、私達は彼女の名前を知った訳なのだ。


『失礼いたしました。彼女はイーディス。市の守備隊の指揮官の一人を務めている者でありまして……職務に誰よりも忠実ではありますが、やや融通の利かない所が――』

『しかし元首』


 元首殿の私達への弁解をイーディスは横合いから遮った。

 元首殿と側近と思しき御歴々は彼女を睨みつけるが、当のイーディスは気にした様子もない

 面の皮が厚いのか、それとも肝っ玉が据わっているのか。あるいはその両方か。


『この市の防衛の指揮を預かる身の上としては、やはり余所者の傭兵をそうそう受け入れる訳には参りません』


 元首へと反論しつつ彼女は私達三人の顔を次々と見回す。

 その挑むような、測るような視線は、余り気分の良いものではない。


『彼らは信用できると思うわよイーディス』

『……どうかな、フラーヤ。私には今ひとつそうは思えんが』


 フラーヤとイーディスは知り合い同士、それもそれなりに親しい間柄であったらしい。私達へと向けられていた厳しい視線も、フラーヤへと向けられた瞬間に緩んだのが見るからに解った。


『君には話したかどうか定かじゃないが、私は「まれびと」を一人知っている』

『……そうなの?初めて聞いた話だけど』

『昔の話だがな。だが私はかつて一人の「まれびと」と出会った。「彼」と比べると――』


 イーディスはまた私達へと視線を戻した。視線も当然厳しいものへと戻る。

 彼女の硬い視線にはお調子者のキッドですら居心地を悪そうにしているが、一方私は自然とムスッとした顔になった。呼んでおきながらこの扱いは無いだろう、とやはり思ってしまう。


『この連中は随分と頼りなく見える。彼はちゃんとした軍人だったが、この連中は無頼の輩にしか見えん』


 まぁあながち間違ってはいないだろう。土まみれ埃まみれの私達はどう見ても無頼漢だし、実際無頼漢なのだから仕方がない。――だがしかし、である。


「無頼だからと言って、頼りにならないとは限るまい。街に籠もってばかりで生白い連中よりはマシだろうさ」

『……ほう』

 

 負けん気の強い私は思わず、そう言い返していた。

 イーディスは私を真っ向睨みつけたが、私はそれを真っ向睨み返す。

 気まずい沈黙が部屋の中を流れ、鮫みたいな顔した元首殿ですらどうして良いのか戸惑っている有り様である。

 しばし、見つめ合う。

 しばし、見つめ合って後、私のほうが先に口を開いた。


「なんならそれを証明して見せても良いぞ」

『その腰の武器を使うのか?「まれびと」の武器を』


 彼女は私のダスターコートの下から見え隠れする、コルトの銃把を目ざとく見つけて言う。


『確かにその武器は強力だが……私のほうが扱いは上手い』

「……何?」


 イーディスの言った意味が良くわからず、「それはどういう意味か」と問わんとした時、彼女はマントをめくり上げて見せた。

 彼女は今に至るまでずっとマントの下に上半身を隠していたが、ここでそれが露わになる。

 露わになって見えたモノに、私は驚いた。

 腰帯に差してあるのは、間違いなくコルトM1851ネービーのシルエットである。

 フレームの一部に真鍮を使い、純正品のオクタゴンバレル(八角形銃身)とは違う普通の筒状の銃身を有するその拳銃は、私の愛銃と同じグリスウォルド&ガンニソンのイミテーション(海賊版)コルト・ネービーに間違いなかった。


『彼から受け継いだこの武器よりも、お前が上かどうか……見せてもらうとしよう』





 ――こういう流れで、なにやら気づけば、決闘染みたことをさせられるはめになったわけだ。

 現在私とイーディスは、決闘の舞台となった市の弓の練習場に居る。

 決闘と言っても元首殿の意向もあって命のやりとりは絶対に禁止となっている訳だが、つまりはこれは競技であり、ゲームなのだ。――だがメンツがかかっている以上、手は一切抜けないだろう。

 ちなみにキッドとスリーピィは我関せずと、フラーヤと並んで私達を見物している所だ。フラーヤはともかく、男二人は気楽なもんだと私は鼻を鳴らした。


 まず最初にイーディスがその腕前を見せる事になった訳だが。これには正直、私も肝を潰した。

 彼女は彼女の手下らしいのに命じ、壊れて誰も着けなくなった甲冑を一式、練習場の一角に立たせ、そこから50ヤードばかり離れた場所で自身のコルトを抜いたのである。

 その射撃のフォームを見た時は正直、「素人め」と内心でコケにしたモノだった。それぐらい、彼女の射撃のフォームは素人臭かったのだ。

 ――だがそんな私の余裕も、次の瞬間には木っ端微塵に吹き飛ばされることとなった。

 イーディスのコルトはよく見ればかなり手が入っているのが解る。具体的に言えば、彼女のコルトには銃身にも弾倉にも銃把にも隈なくエングレーブ(彫刻)が施されていたが、それは装飾のためにモノでは無いのは私にも気配で察することができた。幾何学文様と数字らしきもの文字らしきものの彫刻の組み合わせは、学者の書く「数式」というやつに雰囲気が近かったのだ。それは何かひとつの目的へと向かって拵えられたモノだった。

 ――ではその「目的」とは何だ?


『……見ていろ』


 彼女が私を横目に見ながら薄く笑った。

 彼女の親指が撃鉄を起こし、人差し指が引き金を弾き――閃光がはじけ飛んできた!


「うわ!?」

「うへ!?」

「うお!?」


 私も、観客席のキッドもスリーピィも突然の閃光に驚き、反射的に目を覆ってしまう。

 ――閃光の次には轟音がやって来る。

 覆っていた腕をどかせば、ダイナマイトで吹き飛ばしたように、あるいは榴弾が直撃でもしたかのように、爆発四散し炎上する甲冑の姿があった。


『……』


 イーディスはまたも横目に私を見つつ笑うと、今度は100ヤードほど向こうにある岩を狙い、撃つ。

 今度の閃光には目を閉ざすことなく、何が起きたかを私は目撃することができた。

 銃口から光の矢が飛び出したかと思えば、矢のような速さで岩めがけて直進し、突き刺さり、そして爆ぜたのだ。今度も岩は発破をかけられたように弾け飛んだ。あるいは大砲の直撃さながらの様相だった。


『「彼」から受け継いだこの武器を私は改良し、魔導に基づいた武器とした』


 イーディスは今度こそ私へとまっすぐ向き直って、自信満々の顔で高らかに言う。


『私の言った意味が解るだろう。お前にこんなことが出来るか?魔導の技を知らぬお前に』


 少しの間呆然とイーディスのいうことを黙って聞いていた私だったが、それでも必死に頭を動かし、考えていた。

 そしてふと、ひとつの問が浮かんだ。


「その技、確かに凄いが……間合いはどうだ?」

『なに?』


 イーディスが眉をひそめる。


「間合いはどうだと聞いてるんだ。あの程度の距離ならば、いかに威力はすごくても逃げられない距離じゃない」

「間合いの外から、弓を射掛けることだってできるだろ?」


 イーディスは何だそんなことか、と言った顔でやはり自信満々に告げる。


『私の術の間合いは200ガールはある。生半可な射手など逆に蹴散らしてくれる』


 200ガール……というのはコッチでいうところの200ヤード程度らしい。何となくそれが解った。

 だから私は言った。


「俺の間合いは800ガールあるぞ」




 ――しかして今に至るという訳である。

 風を量り終えた私は、手にした細長い革製のケースを封じた結び目を解いた。

 サンダラーの鞍に繋いであるロールケース、その中に収まった7つの銃のうちの1つであるが、他の銃とは違ってコレだけはロールケースに収めてある時も、必ず別に革ケースに2重に入れてある。

 コレは私の商売道具の中でも特に重要で、とても大切なモノだからだ。

 果たしてケースから出てきたのは――……。


「……なんだありゃ?」

「……見たことのないライフルだ」


 その姿を見てキッドとスリーピィが漏らした。

 無理もない。

 ケースから出てきたライフル銃はイギリス製で、アメリカではあまり知名度の高い銃とは言えない代物だ。

 私はその銃身を手袋越しになでて、思わず顔にニンマリと笑みを浮かべる。

 ――「マルティニ・ヘンリー・ライフル」

 それがこの銃の名前である。

 二人の設計者の苗字に因んだ名前を持つこの銃は、45口径単発式でフォーリング・ブロック機構を有している。スリーピィの使うシャープス・カービンと基本的には同じ構造で、銃身下部のレバーを下ろせばブリーチ(装弾口)が開き、上げれば閉じる。シャープスと違う点があるとすれば、シャープスは弾を込めた後に外付けの撃鉄を起こす必要があるが、マルティニ・ヘンリーにそれはない。撃鉄は内蔵式で、レバーを戻した時に自動的に撃鉄が銃機関部内で起こされる仕組みになっているのだ。

 つまり一手間少ないぶん、単発式でありながら素早い連射が可能なのだ。

 イギリス軍が現在制式の歩兵銃として使用している代物で、私が持っているのはそのカスタムタイプだ。ある知り合いの銃職人を通じて手に入れたモノで、彼の手によって私の要望通りの改良が施されている。

 ――単に狙撃に適したライフルであれば、アメリカ製にも充分に選択肢はあった。

 スリーピィのシャープス銃もそうだし、レミントン製のローリングブロックも実に良い銃だ。

 だが私にはイギリス製へのこだわりがあった。拳銃はともかく、やはりロングキル(遠い間合い)用ライフルはイギリス製じゃないとしっくり来ないのだ。


「……さて」


 私は銃身の上に金具で繋がれた真鍮製スコープを調節し、標的への照準を合わせる。

 レバーを下ろせば、銃機関部の一部が沈み込み、装弾口に出現する。

 ポケットから取り出した45口径専用弾を装填し、レバーを上げる。ガチャっと音がなって、ブリーチが閉ざされる。


 ――準備は整った。


 私はイーディスを横目に見て、笑い返し言った。


「見てろよ」


 そしてスコープを覗きこむ。800ヤード先に、ふざけた笑い顔のカボチャを捉える。

 瞬間、私の周囲から音が消えた。私とマルティニ・ヘンリー、そして標的だけが世界の全てとなる。

 そして遂には、私とライフルの境さえ曖昧になっていく。銃は手の一部となり、スコープは目の延長となる。

 望遠レンズの向こうで、風にカボチャが揺れる。

 風の強さは知っている。向きも知っている。だから揺れ方のリズムも解る。

 カボチャが右に振れ切った時、そのときを逃さず、私は引き金を絞った。

 まず銃声が来た。45口径のライフル弾の、大きな大きな銃声が来た。

 次の衝撃が来た。まるで散弾銃を撃った時のような、重くずしりとした反動が体を通り抜けた。

 そしてそれら全てに僅かに遅れて、800ヤード先のカボチャもどきは爆ぜた。

 もうふざけた笑い顔はできないぐらい、粉々になって大地へと散らばった。

 

 私はスコープから目を離し、イーディスを見た。

 目を丸くした彼女に、私は言い返す。


『お前さんにこんなことが出来るか?銃の技を知らぬお前さんに』


 そして微笑んでみせるのだった。



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