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第07話 ザ・ハイアード・ハンド



 私達の「出迎え」に現れた連中は、こちらがわでコレまで私が出会った人々とは明らかにその種類が違っていた。

 先頭の初老の男は膝まで長さのある上等な革のブーツ履きに、明らかに仕立ての良い上下に、ちゃんと裏地のついたマントを羽織って綺麗な意匠の金具で留めてある。金具はキラキラと光っていたが、それは真鍮ではなく本物の金の輝きであるらしいのが見て取れた。ひさしの広い帽子を被り、白い鳥の羽根飾りがついている。顎鬚も口髭も綺麗に切りそろえられ、卵の白身か何かちゃんと固めてある。

 ――早い話が一見して「紳士」というか「名士」と解る上等な格好なのである。

 その両脇に控えた騎兵二人の装備も見るからに質が良い。鶏冠型の飾りのついた兜に、鉄をベースに所々真鍮製の装飾が施された胸甲、足にはやはり膝丈まである革ブーツに、手には籠手を兼ねた長い革手袋を嵌めていた。手にしたランス(騎兵槍)には紋章の染め抜かれた旗が取り付けられていて、風にバタバタと音立ててたなびいていた。

 紳士がまず、フラーヤへと言葉をかける。


『フラーヤ殿とお会いするのはこれで二度目ですゆえ、先に「まれびと」の方々にご挨拶を――』


 男は私達の顔を眺めつつ言う。


『名乗りが遅れましたが、自分はマルトボロ市政府にて参事官を務めさせて頂いている者で、名をハールドルと申します。以後、お見知り置きを』


 ハールドルを名乗った男は帽子を脱いで、軽く礼と思しき仕草をした。

 一応コッチも帽子を脱いで、「こちらがわ」のやりかたで例を返す。スリーピィ、キッドも私に続いた。


「アッシュ……と呼ばれてる」


 取り敢えず、フラーヤにも名乗ったように私は言った。今回は「アッシュ」の呼び名で通すとしよう。


「ヴァージル・ヒル。だが親しい者はみなキッドと呼びます」


 帽子を胸にあてつつ、気取った調子でキッドが名乗る。


「トマス・ソーントンだ。好きに呼んでくれれば結構」


 そして最後にスリーピィが名乗った。それにしてもスリーピィのやつのフルネームを聞いたのは今が初めてである。だが別に名前で呼び合う中でもなし、私が呼ぶ限りはスリーピィで良いだろう。


『アッシュ殿、キッド殿、そしてソーントン殿』


 一度の名乗りで名前をちゃんと覚えたらしく、私達の顔を順繰りに見つめながらハールドルは名前を繰り返す。

 そして不意に白い歯を見せてニカッと笑うと言った。


『マルトボロ市はあなたがた三人を歓迎します!つきまして是非は市庁舎の方へおいで頂きたい』

『フラーヤ殿も是非、「まれびと」のお三方と共に。先導は我らが致しますゆえ』


 言ってまたも、ことさらにニカッと笑って見せた。よく出来た爽やかな笑みだが、作り笑いなのは私にも解った。それに言葉の字面としては招待だが、その語気の調子には明らかに「命令」の色がある。

 ――要は黙ってついてこい、ということなのだろう。

 若干ムッとするものがあったが、現状他に為すべきアテも無い。連中についていくしかなかろう。

 私はキッド、スリーピィ、そしてフラーヤの顔を見渡した。

 キッドは口を逆Vの字に曲げて、肩を竦めた。スリーピィは黙って頷いた。

 最後にフラーヤは、私へと頭を振ってみせた。『付いて行く以外に無い』という意味の仕草だった。


 結局、私が代表してハールドルへと返答した。


「では言葉に甘えさせてもらうよ。どんな歓迎をしてくれるか楽しみだ」


 ――と。そして私も作り笑いを返してやったのだった。





 ――連れられて城門を潜ると、なかなかどうして、随分と立派な町並みであった。

 ほぼすべての建物が2階建て、中には3階建てやそれ以上のモノも珍しくない。どの家も日干し煉瓦づくりらしく、白と淡い黄色で町並みは形作られている。

 見た目だけならメキシコの大きな街もだいたいこんな感じだが、コッチのほうが遥かに豊かで、そして上品に感じるのはたぶん路行く人の格好や雰囲気のせいだろう。色とりどりの外套をまとい行き交う人々の姿は鮮やかで、長旅でホコリまみれな「まれびと」三人などと比べると、その華やかさは一目瞭然だった。ただ1人、街の人々と比べて見劣りしないのはフラーヤだけで、むしろ彼女は美しさ故にもっと華やいで見える程だった。


『どうかしたかしら?』


 彼女にそう言われて、「いや別に何でもない」と早口に言いながら私は視線を逸らす。

 ――全く、キッドの言うとおりコレではガキのようじゃないか。彼女は美人だが、女を知らぬ若造ならまだしも、そうでない私がどぎまぎするのも情けない。

 どぎまぎを誤魔化すのも兼ねて、私はフラーヤから街の様子へと意識の向かう先を移した。

 辺りを見渡してみて気づいたのは、物珍しげに私達の姿をうかがう街の連中の視線だった。

 無理もない。マント姿の人々の中にあって、私やキッドのダスターコート姿はかなり浮いて見える。スリーピィはまだ身なりは綺麗な方だが、やはり服の意匠は明らかに街の人々とは性質を異にしている。

 一見して、私達は「余所者」であると解る姿なのだ。


「……なんだぁ?あれ?」


 次々と浴びせられる好奇の視線に、流石にうんざりしてきた所で、不意にキッドが呟いて空を見た。

 それにつられて私も空を見上げてみる。すると確かに、妙なモノが私達の頭上にはあった。


「洗濯物干し……じゃあないな流石に」


 頭上高い位置に張り巡らされている、何本ものロープがそこにはあった。

 空を覆う程に多くはないが、それでも思わず気にかかる程度には本数の多さが目立つ。ロープの根本を辿って見れば、家屋の間から所々に木製の柱が伸びていて、柱同士をロープで繋いである構造なのである。

 一瞬、私は電信柱――文字通り電信線を繋いだ柱――を思い出したが、繋いでいあるのは電線ではなく見たところ普通のロープである。せいぜい目につく部分といえば、等間隔に何か布切れのようなものが結びつけてある点ぐらいだった。

 空を揃って見上げる男二人に、フラーヤが説明をしてくれる。


『あれは防御用の結界よ。空からの攻撃を防ぐための、ね』

「……空から?」


 思わず聞き返すと、フラーヤが少し意外そうな顔をしてこう返す。


『そうよ空よ?……なにかおかしなことを言ったかしら?』

「んんあああいやべつに」


 私は手を振って違うと返す。昨日の空飛ぶバケモノのことを思い出したからだ。

 今更言うまでもないが、私達の側で空を飛べる人間というやつは基本的にいない。「熱気球」とかいうのがあるとは噂で聞いた覚えがあるが、それにしたって空を自在に飛べる訳じゃないとの話だ。

 つまり敵からの空からの攻撃といえば、せいぜい飛んでくる砲弾以外には無いのだ。

 だが「こちらがわ」では違う。空飛ぶバケモノが、普通に飛び回っている世界なのだ。


『これぐらいの規模の街じゃ、珍しいものじゃないわ。逆に言うとコレぐらいの街じゃないと用立てできないとも言えるけど』

「と、言うと?」


 私の問いに、フラーヤの代わりにハールドルが答えてくれた。


『便利なんですが、ひと月に一回は取り替えない効果が切れてしまいます。替えの費用も馬鹿にならないもので』

「ただの縄っきれにしか見えないのになぁ」


 キッドのこの言葉に、ハールドルは心底驚いた表情をした。


『とんでもない!あれはシーザルの葉を取って百日もの間天日に干した後、アノゼの神水に浸してそれから――』


 そしてこれでもかと聞いてもない講釈をまくしたててきた。

 キッドの物言いが何かハールドルのツボを押してしまったらしい。そう言えば参事官だとか名乗っていた男である。小役人というやつはドケチな連中が多いが、ハールドルもその例に漏れなかったようだ。

 小役人の講釈は濁流のように激しかったが、向かう相手はキッドなのだ。

 所詮は対岸の火事、私はニヤニヤしながらやつがてんてこ舞いする様を高見の見物するのだった。




 小役人がまくし立ててる間にも、私達はマルトボロの市庁舎へと辿り着くことができた。


「……すげー」


 思わずそう漏らすキッドに私も内心で同意するぐらい、目の前の市庁舎は確かにそうそうない立派な代物だった。

 「市庁舎」とは言っても、その実態は殆ど「城」と言っていいだろう。

 おそらくは3階建てから4階建ての四角形の建物で、やはり四角い尖塔が一本、その角のひとつから天へと延びている。また建物の上には胸壁――凹凸構造の、胸の高さぐらいの防護壁――が設けられ、そこから攻撃が可能なような構造になっていた。窓もあるが、位置はかなり高く、頑丈な窓枠を嵌められている。梯子による攻撃への対策だろう。正面の両開き式扉は分厚い板で作られ、やはり金属の枠で頑強に補強されているのが見て取れた。

 明らかに攻撃からの防御を想定し、いざという場合は立て籠もって戦える造りになっているのだ。だから私はこの市庁舎を「城」と評したのだ。


「……物々しい造りだ。この街は思いのほか物騒なようだな」


 スリーピィも同じ考えに至ったらしく、ハールドルへとそう話しかける。

 彼は心外だという顔をして反論した。


『とんでもない!マルトボロは安全な街です。少なくとも、この辺りでは一番の街だ』


 そして市庁舎を見上げ指さしながら言う。


『確かにこの市庁舎は頑丈に造られていますが、それは100年以上前、市の政治が荒れていた時代の名残です。ここ数年は目立った争いもなく、市庁舎は市民にも開放されています!』


 彼の言うとおり、扉の右半分は開け放たれ、街の住人と思しき人々が出入りする姿が見て取れる。

 衛兵らしき男もたっているが、長さ10フィート程度の棒を持って立っているだけで、欠伸をしたり気が抜けている様子だった。街が少なくとも「今」は平和なのは確かなようだ。


『厩舎は中に入って奥の、中庭の横にあります』


 ハールドルの先導に従い、私達は市庁舎の門をくぐった。

 くぐりつつ、ふと隣り合う形になってフラーヤに聞いてみた。


「ここに入るのも二度目か?」


 彼女は微笑みながら答えてくれた。


『ハールドルさんとは会うのは二度目だけど、市庁舎には何度も入ってるわ。魔法使いとして街から仕事を頼まれたこともあるのよ』

「なるほどね」

『――気をつけてね』


 不意に、彼女はボルグを寄せて、私の耳元で囁いた。


「……何にだ?」


 私も声の大きさを合わせて囁き返す。


『たぶん貴方達が引き合わされるのは市の上のほうの人達よ。殆どが名士の家の出で占められてるわ』


 彼女はいったん囁きを切るが、私は続きを目で促す。


『アッシュさんたちみたいな「余所者」は、あちらから呼んでおきながら不愉快な思いをさせられるかも』


 ……有難くない話をどうもありがと、と小声で感謝すると、彼女は静かに微笑むのだった。




 ――連れてこられたのは、三階の奥の、縦に長い長方形の部屋だった。

 床には白と黒の正方形の石板が交互に敷かれており、まるでチェスの盤のようだった。

 右側には採光用の大窓が幾つか、左側には窓はない。そして左側の壁にはびっしりと、右側の壁には窓以外の部分を埋めるように本棚が置かれている。

 丸卓型の作業台のようなものが幾つも置かれ、その上にはインク壺や羽ペンと思しきものもある。仕事机らしいが、今は誰の姿も見えない。

 ――視線を部屋の奥へと伸ばし……見つけた。

 縦長の部屋の一番奥、そこにある立派なテーブルを囲む数人の男たちの姿を見つけることができた。

 何やら議論を交わしているらしい男たち。その立ち居振る舞いを見ればが、ハールドル同様な「紳士」「名士」の類であると解る。

 そして、ハールドルよりも数段「上」の種類の人間たちであろうこともだ。

 本当に「いい育ち方」をしてる連中は、黙ってそこに立っているだけでも周りを畏まらせてしまうような空気を放ってしまうものだが、この連中はその例にピッタリ当てはまったのだ。

 そんな空気に呑まれる私でもないが、それでも自然と背筋は伸びてシャンとした姿勢になっていた。

 それはスリーピィも同様で、ヤツさんなどまるで軍人のようにスラリとした綺麗な立ち姿になっている。

 例外はキッドぐらいで、この脳天気お気楽男はまるで動じた風もなく、呑気に欠伸などしていた。その姿に私も何か敗けたような気がしたので、体の力を抜いてほぐす。変わらぬのはスリーピィだけだった。賞金稼ぎとは言えピンカートンというちゃんとした組織に属する者だからかもしれない。


『ただいま帰参いたしました!』


 ハールドルが奥の名士連中へと向けて大きな声で告げれば、連中は議論を止めてこちらを見た。

 その視線を受けてハールドルが一歩前に進み出て、さらに大きな声で告げる。


『御神託そのまま、確かに「まれびと」が三名参りました故、ここに同伴を願いました次第であります!』


 報告を受けた名士連中は一斉に私達のほうを見た。

 値踏みするような視線が幾つも突き刺さり、少しだけ居心地が悪い思いをする。

 遠慮のかけらもない視線には仕返しとばかりに、私は愛想笑いを返してやった。すると名士連中の真ん中の、白髪をすべて後ろに撫で付けた紳士がニヤリと愛想笑いを返してきた。

 椅子に座っていたその紳士は立ち上がると、大きく両手を広げて歓迎の意を示しつつ言った。


『ご苦労ハールドル。君は下がってよろしい……』

『そして「まれびと」の皆さん、そして偉大なる魔法使いフラーヤ殿。ようこそお越しくださった。さぁどうぞこちらへ』


 彼に倣い、周りの名士連中も同様に歓迎を動作で示した。

 ハールドルが部屋の外へと下がるのと入れ違いに、私達4人は彼らの方へと長い部屋を進む。

 近からず遠からずといった距離まで近づいて止まる。名士連中は机から離れて歩み寄り、そして適当な距離でやはり止まった。

 そこで互いに見つめ合った。

 しばらく、気まずい沈黙が広い部屋を歩き回る。

 ――果たして、沈黙を追い出したのはフラーヤだった。


『御神託とあったけど……元首殿、それはまことなのかしら?』


 彼女が話しかけたのは、やはりと言うか例の髪を撫で付けた紳士だ。

 猛禽のような鋭い相貌をした紳士は顔を余りぞっとしない笑みの形にすると、落ち着いた調子の声で答える。


『フラーヤ殿、その通りなのです。先日、丘の上の神殿の巫女が神懸かり、御神託を賜ったのです』


 続けて紳士――元首と聞くに、この街のトップのようだ――はやはり落ち着いた調子で静かに詠う。


『――天と地より災い来るとき、魔女に導かれし三の稀人、雷放ちこれを去るなり』


 詠い終われば、元首殿の視線は私達三人の方へと向いてる。


『現状……まだ「災い」が具体的に何を指すかは解らないが……』


 元首はにこやかな微笑みを見せた。だが両目は笑ってはいなかった。

 透き通った深い蒼色の瞳には、あたかも全てを見通す魔力を備えてでもいるような気味が悪いほどの深みが備わっている。


『確かに「まれびと」は現れた』


 そんな目で見られると実に居心地が悪い。だがそれでも視線をそらすことなく、私もキッドもスリーピィも、向けられた青い瞳を真っ向から見つめ返した。

 返された視線に対しては、元首殿のほうは歯を見せる笑顔で応えてくれたのだった。

 それはまるで、サメかワニかと思うような、ゾッとしない獰猛な笑顔だった。


『マルトボロ市は貴方がたを歓迎いたしますよ。「まれびと」……いや、神に遣わされし戦士のかたがたよ』


その笑顔のまま彼は言った。


『この街へと来るやもしれぬ厄災のために、一時あなたがたを傭兵として街に招き入れたい。むろん、報酬は必ず支払いましょう』


――かくして、「次なる戦い」はその始まりの狼煙を上げたのだ。



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