第06話 ファー・カントリー
さて、取り敢えず私達がどういう状況にあるのかをフラーヤに教えてもらったわけだが、今度は彼女のほうが私達へと質問をする番になった。
問いに答えてもらった以上は、コッチも問いに答えを返すのが義理ってもんだからである。
彼女が真っ先に聞いてきたのは、今現在私の頭を一番悩ませている例の魔法使いについてであった。
『それにしても……アッシュさん、あなたいったい何をしでかしたの?スツルームの魔法使いに、それもあの屍術士リージフに付け狙われるなんて尋常じゃないわね』
――全くもって尋常でないにも程がありすぎる。
まだ「こちらがわ」にふたたびやって来て一日と経っていないのに、空飛ぶバケモノに襲われるわ生きる屍体の群れに襲われるわ、しまいにゃテメェの首を頂くと得体のしれない魔法使いに果たし状を突きつけられる始末である。あまりまっとうな人生を送ってきたとは言えない身の上だが、ここまでひどい目にあういわれはない。そう強く言いたい。
『リージフはスツルーム党きっての使い手の一人で、特に「死せるものども」……人間や動物の屍体に呪いをかけて使役することにかけては随一の腕前を持ってるわ。スツルームがそんな腕前の魔法使いを差し向けてくるとすれば……考えられる理由は……』
彼女が少し考えてから言った。
『同じスツルームの同胞を殺された仇討ち…かしらね』
そして見事にそれは図星であった。頭がもっといたくなってきた。
「白のヴィンドゥール、青のレイニーン、赤のリトゥルン……この名前に聞き覚えは?」
私がこめかみを指先でぐりぐりと押しながら聞くと、フラーヤはハッとして、次の瞬間には納得の表情に変わっていた。
『あの三人組……風の噂で謎の風来坊に斃されたと聞いたわ。それも随分と妙なやりかたで、とも』
そして興味津々といった感じで私や、テーブルの上の私のコルトをつぶさに見つめつつ言う。
『その風来坊の正体。アッシュさん、あなたって訳なのね』
「……まぁね」
美人にそう見つめられると照れてしまう。隣でキッドが「いい歳こいて照れてんなよガキかよ」みたいなこと呟いてニヤニヤしていたので、取り敢えず小突いておいた。
「例の三人組は、それなりに名の知られた連中だったのか?」
エゼルがあの三人組に向けていた恐怖の視線を思い出しながら、聞いてみる。殴りやがってイテェとか呻いてるバカは無視する。
『悪名、という意味では確かに名高い連中だったわね。奪い、盗み、焼き、殺す。あらゆる悪事に手を染めたお尋ね者三人組』
『それでいて魔法使いとしても充分に一流と来てるわ……無論、その心のありよう以外での話だけど』
確かに連中のとの戦いでは何度死にそうな思いをしたことか。特にヴィンドゥールに吹っ飛ばされた時に貰った怪我の数々は、もうあれから1年経つのにまだ痕が微かに残っているのだ。
あんな綱渡りはもうゴメンだと思っていたのに……またも魔法使いが私の前に立ちふさがる。
「例のその……リージフってやつと俺の片付けた三人組は、同じスツルームとかって党派に属してる訳なのか?」
『そうね。加えていうならリージフはその三人組の兄弟子にあたる連中の一人よ。スツルーム党のかなり上位位階に属する連中だわ』
「結局のところ……そのスツルームってのは何なんだ?」
彼女は私の問いにちょっと考える仕草をした。口の中で小さく呟きながら思案している。どういったものかと、言葉を探している感じであった。
『早い話が、魔法使いの派閥のひとつよ。宗派と言ってもいいかもしれないわね』
そこで一旦、言葉が止まって、フラーヤはまた思案顔になった。
おそらく魔法使いでない者には解りにくい、何か専門的な部分があるのだろう。彼女は私達にも意味が通じるように、言葉を噛み砕いているらしかった。
『私達のような「ガルードル」とは……知恵を授かった神が違うののだけれど……うーん、うまく説明するのは難しいわねぇ』
「あー……専門的なコトは良い。たぶん聞いても、俺のような学の無い者にはわからんだろうし」
ガルードル、とかまた聞き覚えない単語が出てきたので、ここで彼女の言葉を制しておく。
私には「こちらがわ」の魔法使いたちの細かい事情など、知った所でどうにもならない。聞きたいことはひとつ。
「つまりリージフと例の三人組は仲間同士で、仲間の仇討ちに来た、ってことで良いんだろう?」
『まぁそうね。スツルームの魔法使いは執念深いから、諦めるというということを知らないわ。標的は地の果てまで追い駆け追い詰める。それが連中よ』
「……なるほど、実にありがたくない話だ」
私としては降りかかった火の粉を払っただけなのに、本当に、全くもってありがたくない話だ。言葉が通じる相手とも思えないし、金で買収できる相手とも思えない。つまり今度も命のやりとりが必須と言うわけだ。
――などと考えて私が難しい顔をしていると、何故か向かいのフラーヤも顔をしかめている。
美人は顔をしかめても美人なのでこのまま見ていても良いが、しかし何に顔をしかめているのかのほうが今は気にかかる。
「どうかしたのか?」
『ん……ええ。少し気になることがあったんだけど……あなた達、ここに来るまでに他に何か変わったことが無かったかしら?』
私達は思わず顔を見合わせた。「こちらがわ」に来たこと自体が既に変わったことだが、来てそうそうの椿事は忘れたくとも忘れられない。
「いやぁ変わったことも何も、空飛ぶトカゲのお化けに襲われちゃったりなんかりして――」
などと私に代わってキッドが話し始めた。
かなりの脚色を交えながら面白おかしく空飛ぶトカゲとの死闘を物語る。
「んでもって俺がやつの首にまたがって角を掴んで首ぶん回すと、やつさん目を回しちまって頭から地面に岩にごつーんと!やっこさん今度は目の玉を飛び出して――」
そしていつのまにか、あのバケモノを斃したのはキッドということに、やつの話ではなっていた。縛られてた癖に酷い大法螺吹きだが、訂正するのも面倒なので無視した。それに、話をクスクスと楽しそうに聞いているフラーヤに水を差すのもなんだと思った。
私は、今日何度目になるかも解らないため息をついた。
ため息をつくと幸せが逃げるというが、私から逃げる幸せなんて、もう残っているのだろうか。
などと取り留めもないことを考えるのだった。
『……それにしてもやっぱり変ね』
キッドの与太話が一段落ついた所で、またもフラーヤは思案顔に戻ってしまった。
そしてこんなことを言い出した。
『あなた達に襲いかかったのは、たぶん「ウェルベルン」だと思うのだけど、あの生き物は普通なら人を襲って食べたりはしないのよ。――そう仕立てられたモノを除いてはね』
随分と剣呑な話が飛び出してきた。スリーピィが彼女へと問う。
「つまりだレディ・フラーヤ。ウェルベルンと呼ぶらしい、あの空飛ぶ怪物は、人の肉を喰らうように調教されたモノだと?」
『その可能性が高いわね。それに……屍術士リージフがなぜこんなところにいたのかも気にかかるわ』
彼女が気になることを言い出したので、思わず私も疑問を呈する。
「俺を追って現れたんじゃないのか?」
彼女は首を横に振った。
『いかに熟練した魔法使いでも「まれびと」がいつどこに現れるかを知るすべは無いわ。だとすればリージフはたまたまこの辺りにいた訳だけれど……問題はリージフがなぜこのあたりにいたかよ』
なるほど、そういうことか。確かにそのリージフとかいうのが例の三人組の同類だというならば、それは気になる話ではある。盗人の仲間がいったい何のためにこんなところにいたのか、という話だからだ。
『――やはり気にかかるわね、色々と。でも判断を下すには情報が足りないわ』
言うなり彼女はスッと立ち上がった。そして私達三人をひと通り見回して、訊いた。
『夜が明けたら向かいたい場所があるのだけれど、あなた達、付いて来るかしら?』
私達の答えは言うまでもない。いずれにせよ、このままでは手詰まりである。
道を前に開くには、いずれにせよ動くほかはないのだから。
屋敷の床で軽く一眠りし、夜が明けると共に私達は出発した。
彼女と共に、ここから一番近い街へと出かける為にである。馬で半日ほどの距離にあるとのことだ。
グアールは馬を食べないらしく、当然厩舎は手付かずのままで無事であった。
私はサンダラーに、スリーピィは彼の馬に跨る。
そしてキッドは厩舎から出してきたフラーヤのボルグに乗ることになった。
最初こそ出てきたボルグに驚いていたキッドとスリーピィだったが、もういい加減に「こちらがわ」の調子にも慣れてきたのか、ものの数分でスリーピィは巨大な狼にも馴れ、キッドはと言えばもうボルグを乗りこなしていた。『筋がいいわね』とはフラーヤの評であった。
「この屋敷の番はどうするんだ?使用人はいなかっただろ?」
いよいよ出発となった気になったので、ボルグにちょこんと腰掛けた(跨るのではなく、横向きに座っていた)フラーヤへと訊いてみた。
『番は必要ないわ。それほど長く空けるつもりはないし。それに――』
「それに?」
『泥棒や不意の訪問者を避けるちょっとした工夫があるのよ』
彼女は私へと片目を瞑ってみせると、何か小さな声で呪文らしきものを唱え、例の杖の先を屋敷へと向けた。
すると予期せぬことが起きた。
「あ!?」
「い!?」
「う!?」
私達三人は揃って妙な声を上げて驚いた。
それも仕方のない話で、私達の目の前で屋敷はみるみる内にその姿をぼやけさせたかと思うと、ものの数秒の間に、全くその姿を消してしまったのである。
『姿隠しのまじないよ。最も、これは簡易的なもので、人の住んでない空き家にしか使えないから、魔法使いがあちこちに持っている仮住まいを隠す場合に使うのね』
フラーヤはそう説明してくれたが、私達の耳には彼女の言葉は殆ど届いていなかった。
あんまりにもキレイに屋敷が消えてしまったものだから、そのありさまに私達は圧倒されていた。
「……」
さっきまで屋敷があった方へとサンダラーを進めてみる。
するとどうだろう。何か陽炎のような物を通り抜けたかと思えば、目の前にフッと屋敷が姿をあらわしたのだ。
「おい!?消えたぞ!?どーなってんの!?」
「……蜃気楼の一種か何かなのか?」
背後からはキッドとスリーピィの声が聞こえてくるが、どうも私の姿も屋敷同様に見えていないらしい。
私が引き返せば、消えた時同様に突然現れたらしく、男二人は豆鉄砲を食らった鳩みたいな顔をしていた。
『どう?なかなかに面白い趣向でしょ?』
「まぁね。だが幻を抜ければそこに屋敷は在るわけだから、うっかり入り込むヤツも居るんじゃないかと思ったんだが」
『その心配はないわね。考えない内にここを避けるように、そういう術も掛けてあるのよ。ここに家があると知って出向かないなら、まず見つけることは無理ね』
「なるほどね」
私は顎を撫でながら感心していた。魔法というやつは、私の思っている以上に色んなことが出来るモノであるらしい。
キッドが私同様に屋敷を覆う幻の霧へと出たり入ったりを繰り返すのを見ながら、そんなことを考えていた。
キッドが一通り幻の霧で遊び倒した後、私達はフラーヤの言う街へと向かって出発した。
日が出て見てみれば、なかなかに壮観なる景色である。エゼルの村の辺りよりずっと肌寒いが、反面空気は良く澄んで、遥か遠くまで見通すことが出来る。
空は抜けるように青く、一面の平野の彼方に見える山々は、その青い背景の中で良く映えていた。
日差しはさほど強くはなく、私達は風景を楽しみながら進む余裕があった。
仮に何か悪意を持ったモノ、魔法使いであったり怪物であったりが私達を襲う意思を持っていても、この見晴らしのいい場所ならそいつらが近づいてくるのをすぐに察知できることが出来る。
それにコッチはガンマンが3人、魔法使いが1人だ。負ける筈もない。
なので特に問題もなく、半日も進めば彼女の言うとおり、遠くに街らしいのが見えてきた。
『あれが「マルトボロ」の街よ』
フラーヤが街を指さし、その名を告げた。
周りを高い城壁に囲まれた城塞都市、というやつである。砦や要塞はこれまでの人生で何度か見た経験があったが、こういうのを見るのは初めてであった。せいぜい、ヨーロッパの風景を描いた絵でしか見た記憶が無い。
キッドも同様らしく、わぁーおと子供みたいな嬉しそうな声を上げて、はしゃいでいる。物見遊山に来たんじゃないというのに呆れたやつだが、その気持は解からなくもない。
マルトボロの街はかなりの大きさで、大小様々な建物がひしめき合っているのがここからでもよく見えたのだ。
いずれも日干しレンガで作られているのか、全体的に白っぽい印象で、青い晴れ空の下ではそれが随分と爽やかに見えるのである。
スリーピィも景観に感じ入っているらしく、眠たげな目を珍しく見開いて、街を眺めていた。
『あら?』
私達と並んで街を見ていたフラーヤが何かに気づいたらしい。
彼女の見る方を眺めれば、街から延びた道の一本に、上がる土煙があった。
そして道は私達の今いる道へと繋がっており、そして土煙はどんどん近づいてくる。
「……」
念の為にいつでも腰のコルトを抜けるよう、コートの裾をまくりあげておく。
キッドもスリーピィも、私と同じく、いつでも銃を抜けるように身構えた。
何のために近づいてくるかは解らないが、いずれにせよ用心は必要だった。
いよいよ土煙は間近に迫り、それが馬に乗った三人ばかりの誰かだということが解った。
こっちに来て、私達以外で馬に乗っているのを見るのは初めてである。
先頭に老人一歩手前の身なりの良い男に、その両脇後方に鎧兜に身を包んだ男たちが続く。
『どうどう!』
その男たちは、私達一行の手前で止まる。そして私達一同を見渡し、大きな声で言ったのだった。
『魔法使いフラーヤ殿に、導かれし「まれびと」諸君。よくぞお越しになった!』
『我々は君たちが来るのを待っていた。ようこそマルトボロへ!』
予期せぬ歓迎の挨拶に、私はむしろ嫌な予感を覚えた。
厄介事の臭いが、むせ返るほどの勢いでしていた。
そしてこの感覚が正しかったことを、私はほんの数時間後には思い知らされることになるのだった。