第05話 ヘヴンズ・ゲート
――突然、何かの砕ける音が響いた。
その音でようやく、キッドの「ショー」に惹きつけられていた私とスリーピィの意識は現実へと立ち返る。
見れば、今度は一番左側の窓が突き破られ、そっちからもグアールの群れが屋内に雪崩込もうと殺到してる。
「腐った脳みそを少しは使ったか!」
二方面作戦とはふてぇ真似をしてくれる!
私はイエローボーイを構え、まずは先頭の一匹の脳天に1発。だが当たりどころが悪かったのか死にきらない。
舌打ちをしつつレバーを素早く下ろせば、空になった薬莢が外へと飛び出し、レバーを戻せば次弾が装填される。
今度は胸板にもう1発!頭と胸に銃弾を撃ち込まれれば、流石の動く屍体も動かない屍体へと戻っていく。
そして私は次々と、第二の入り口から飛び込んでくるグアールたちへとイエローボーイを乱れ撃ちにした。
15連発の威力は一時的にヤツラの侵攻を押しとどめるが、しかしグアールの数には本当に限りが見えない。
「チッ!」
撃鉄が空の薬室を叩く虚しい音が響いた。
イエローボーイは再装填に手間がかかる。そして今の私には、15発の弾を悠長に込め直してる時間はない。
遂に数匹のグアールが、窓枠を超えて屋内に完全に入り込んで来た!
「こん畜生めが!」
私に噛みつかんと跳びかかってきたグアールの顔面に、銃床で一撃を叩き込む。
腐った血と肉と、そして若干の黄ばんだ歯が飛び散るが、そしつは死にきらない。
わたしは腰ベルトに捩じ込んであった一丁を抜くと、足元にすがりついて噛み付かんとするグアールの目の無い眼窩へと銃口を向け、引き金を弾く。
44口径の銃弾は眼窩から入って頭蓋を突き抜け、血と脳みそを床へと撒き散らし、グアールは斃れる。
私は手しているリボルバーの、「2番目」の引き金を弾き、弾倉を回し、撃鉄を起こす。
迫る4体のグアール。みな歯をカッと剥き出しにし、その両手を私へと伸ばし、掴みかかろうとする。
八本の腕が私へと辿り着くよりも僅かに、私の動きの方が速かった。
――四連射。
左手の薬指と人差し指を交互に動かし、上下2つの引き金を弾く。弾倉は回転し撃鉄が上がりそして落ちる。
昔ながらのボール状の大きな弾丸は三匹のグアールの頭蓋を爆ぜさせ、最後の一匹の頭の一部を削り取る。
それでも向かってきたソイツには、右手のイエローボーイの銃床をお見舞いしてやった。
「……あとで良く拭かないとな」
銃床にこびり付いてしまったグアールの肉と血の臭いに顔を顰めながら、私は弾切れのリボルバーをベルトに戻した。
上下に2つの引き金を有する極めて特徴的な外見をしたこの拳銃は、イギリス製の「トランター・リボルバー」だ。
44口径の5連発。コルト・ネービー同様、弾丸を先込めし雷管を使うキャップ&ボール式。
下側の引き金を弾けば弾倉が回転し撃鉄が起きる。下側の引き金を弾けば撃鉄が落ちて弾が出る。いちいち親指や空いた方の手で撃鉄を起こし直す必要がなく、片手で連射することが出来る。
今じゃ旧式な上に他に似たような構造の銃が殆ど無い「個性的」な代物だが、私はそこそこコイツを気に入っている。私の師匠が吊るしていた拳銃もコレだったし、やはり片手で連射できるのは咄嗟の時に悪くない。
――そう、特に今のような火急の時には悪くない。
「しかし……どうするね」
弾切れのイエローボーイの代わりに床に置いておいた8ゲージ散弾銃を手に取る。そして呟く。
今や二箇所から入り込んできているグアールの群れに、私は思わず顔うを引きつらせてしまった。
「どうにもならんさ。弾はあっても、込め直す暇がない」
私同様にシャープスの銃床に血と肉をこびり着かせたスリーピィが後退してくる。
「左に同じ。キリがないねホント」
スコフィールドに弾を込めながら、キッドもやってきた。
グアールは2つの入口から途切れなく、加えて次なる入り口を作ろうと別の窓をも叩き割らんとしている。
屋敷の中は死臭腐臭に溢れ、鼻はもう曲がる寸前で涙が溢れそうだった。
肉が欲しい血が欲しいと黄ばんだを歯を剥き出しに、腐った息を吐き、手を私達へと伸ばしてくる。
「万事休す、か?」
『そうでもないわ』
思わず呟いた私へとそう返したのは、男三人の前に颯爽と立ったフラーヤだった。
背の丈と同じぐらいの長さを持った杖を掲げ、くるりと華麗に一回転させた後、その先端をグアールたちへと向ける。杖の先には白い水晶のようなものが取り付けられ、篝火を受けて仄かに黄色に輝いていた。
彼女の頭の上には、さっきまでは被っていなかった庇の広い、先の尖った帽子を被っていた。
『持ちこたえてくれて助かったわ。準備は整った。もう問題はない』
彼女は振り返り、片目を瞑ってみせる。
そんな彼女へと、肉付きの良いその体に食欲をそそられたのか、一層の勢いでグアールで迫る。
しかし彼女は慌てない。慌てずに、その呪文を高らかに唱えた。
『――光よ来たれ』
果たして彼女の言うとおりになった。
私もスリーピィもキッドも、彼女の言葉と共に現れた眩い光に、反射的に我が目を覆ってしまう。
戦いの途中でガンマンが目を瞑るなどあるまじきことだが、瞳が潰れるのではないかと思うほどの閃光だったのだ。
「――ッッッ!」
薄目を開けて窺い見れば、光の鞭……としか言いようのない太い光の奔流が数条、のたうち回る蛇のように屋内をグネグネと駆け巡り、窓から外へと飛び出していく。
グアールの断末魔が屋敷の中で反響し、今度は耳のほうが潰れそうなぐらいだった。
光の鞭に貫かれ、あるいは薙ぎ払われたグアールは、その体が一瞬発光したかと思うと、まるで竈に投げ込んだ蝋燭のように「融けだした」のだ。どろどろっと、火にくべたチーズみたいに。
――人の形をした化け物どもが光の中、一斉に溶けていく光景は圧巻だった。
光の奔流が収まり、ようやく目をちゃんと開いて見ることが出来るようになった頃には、さっきまで地面全部を埋め尽くすほどにいたグアールの群れは、文字通り跡形もなく消え去ってしまっていた。
私は思わず目を擦り、床などを見直す。たしかに塵ひとつとてなく、全ては失せていた。
グアールの叫び声が消えてしまい、辺りは嘘みたいな静寂に包まれ、響くのは背後の暖炉の薪が燃える音だけだった。
『グアールの身に罹っていた呪いを解いたのよ。哀れな魄は地に帰したわ』
フラーヤはそう言って微笑んだが、余りの出来事に私としては「はぁそうですか」と呆々然々と返すしかなかった。
スリーピィは深呼吸しながら何度も十字を切り、キッドは目をぱちくりさせつつ、四つん這いになって床をつぶさに探っている。
「……外は!?」
不意にキッドは立ち上がり、突き破られたままの窓から外を見に行った。
私とスリーピィ、そしてフラーヤがその後に続く。
眺めてみれば、窓の外に広がっているのは何一つ無い月夜の荒野――ではない。
「誰かいるぜ」
キッドの言うとおり、誰かがいた。
人影は2つ。満天の月光の下、長い影を伸ばし、そいつらは立っていた。
無人の荒野に立つ二つ並びの影。
左側の人影は光の加減で良く見えないが、右側に関しては別で、しかも私はその姿に見覚えがあった。フラーヤも同様であったらしく、その名を思わず口にしている。
「ッ!」
『――スツルーム!』
――「スツルーム」。
嫌な思い出しか無い名前だ。
黒くツバの広い帽子にケープ付きの外套を羽織。長いクチバシのようなもの真ん中から伸びた仮面は、灰色をしているらしい。仮面の色以外は、前にエゼルの時に遭遇した三人組と兄弟のように同じ格好だった。
ふと、そいつのガラス越しの瞳と目があった。そしつは右手で私の顔をハッキリと指差した。そして左手の親指以外を握ると、唯一立った親指を自分の首筋に当て、ぴぃーとそれを横に引いた。
首を掻っ切ることを暗示した仕草である。それが意味をすることは言うまでもあるまい。
――つくづく、私は妙なのと縁がある人生らしい。
『屍術士リージフ……グアールはアイツの仕業ね』
フラーヤがその名を告げたかと思えば、リージフとか言うらしいスツルームの魔法使いとその片割れは、霞のようにその姿をぼやけさせ、遂には掻き消えてしまった。最初から誰もいなかったように、幻であったかのように。
キッドは自分の顔をピシャリと叩き、スリーピィはまた深呼吸して、連中の消えた跡を見るが、やはり連中の姿はそこにない。私はこの手の現象はもう何度目か解らないので別に驚かず、ただため息をついた。
相方の顔はついぞ見えないままだったが、どうせ碌な相手ではあるまい。
「DUCK YOU SUCKER / 勘弁しろよ、糞ったれ」
私はひとりでにそう呟いていた。
――修羅場を乗り越えて暫し経った後。
破られた窓を取り敢えず嵌め直して応急処置をした後、私達はテーブルを囲んでほっと一息ついた。
「……んでさぁ、結局なにがどーなってるわけなのさ?」
耳をほじった指の先へと、息をふぅーと吹きかけつつキッドが聞いてくる。
「そんなもの俺が知るか」
コルト・ネービーの銃身を掃除しながら、私が答える。
「……事情通ではなかったのか?」
ニッケルコルトの空薬莢を外しながら、スリーピィが問うてくる。
私は口を逆Vの字に曲げて少し考えてから、苦々しい調子に乗せて答えた。
「今どういう状況かは知ってる。だが何でこうなったかは俺が聞きたい」
私達三人の表情や、その武器を眺めていたフラーヤがここで初めて口を開く。
『「まれびと」の話は時たま聞くけど、こちら側に来るのが二度目っていうのは珍しいわね』
私達は揃ってフラーヤの顔を見て、同じ言葉を合唱のように吐いていた。
「まれびと?」
「まれびと?」
「まれびと?」
男三人分の声が思いがけずかぶさって、なんとも微妙な調子になった。
私達は思わず気恥ずかしげに互いの顔を見つめ合い、フラーヤその様子がおかしかったのかクスクスと上品に笑う。余計に恥ずかしくなってきたので、改めてフラーヤに聞き直してみる。
「まれびと、っていうのは?」
『あなたたちみたいに「むこうがわ」から「こちらがわ」に迷い込んだ人のことを指すのよ』
「……ひょっとして俺達みたいなのはしょっちゅういるのか?」
彼女の口調に物珍しげな様子が無かったので聞いてみる。彼女は首を小さく傾げ、少し思案する。
『……そう頻繁なことでもないわね。私が実際にそういう事態に遭遇したのも、あなた達の今回が初めてよ』
しかし彼女は『ただ――』と言ってからこう続けた。
『「ここではないどこか」から異邦人が迷い込むことがあるって話は私みたいな「魔法使い」なら誰でも知ってる話よ』
彼女の口から出てきた「魔法使い」という単語に、キッドとスリーピィは顔を見合わせていたが、私は得心がいっただけだった。まぁ杖から光を出して動く屍体を天に送ってやるなんてことが出来る彼女が、普通の人間の訳もないのだが、それ以上に彼女のまとったどこか現世離れした気配にこそ私は納得する事ができた。スツルームの三人組と似通った空気なのだ。ただ、彼女からは連中の出してる気配にある剣呑さは感じられないが。
「あーその……つまり俺っち達は、お伽話にあるみたいに、妖精の国に迷い込んでしまたって?」
『そうね』
キッドの問いにフラーヤは最も端的に答えた、
「それでそんな俺ら助けて下すったフラーヤは魔法使いだって?」
『そうね』
キッドは次の問いかけが見つからなかったのか、困った顔をして頬をポリポリと掻いた。
こうも現実離れした事態の連続に、流石の軽口男の口も閉じてしまったようだ。ざまぁねぇ。
「それで……私達が元いた場所に帰るにはどうすれば良いのかな?フラーヤ嬢は何かご存知の様子だが」
言葉に詰まったキッドの代わりに彼女へと問うたのスリーピィだ。
一方この男は相変わらずの沈着さで、こんな現状にも途方に暮れた様子も無い。
実にガンマン的と言っていいガンマンだ。ピンカートンは良い賞金稼ぎを持ったもんである。
『生憎だけど、具体的な話は何もできないわ。私もそこまで詳しく知ってる訳ではないし……でもね、こういう話はいつも決まった法則があるよの』
「法則?」
彼女は頷き、説明を続ける。
『あなた達みたいな「むこうがわ」からの異邦人は、決まって何か、あるいは誰かと戦うために呼ばれる、ということ。これだけは昔から変わりがないみたい』
その説明に、今度は私が頷いた。
エゼルの時に私が呼び出されたのは完全にそのパターンであったし、村の占い婆さんもそんな事を言っていたきがする。。
「呼ばれるって……誰にさ?」
今度は、キッドが最もな質問をした。
『……さぁ?』
フラーヤは困った顔をして言った。……「さぁ」て何だ、「さぁ」て。
「いや、さぁ、とか言われても」
『誰もしらないのよ。神様の御業っていう人もいれば、邪なる悪魔の仕業って人もいるの。でも答えはどこにも無いわ』
――その誰だか知らない何者かに振り回されるコッチの身にもなって欲しいモノである。
そう思うとため息が出るのが止まらなかった。