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第04話 ザ・クイック・アンド・ジ・アンデッド




 ――ひとくちで言えば、地獄のような光景だった。


 満天の月明かりの下、青白い大地を埋めつくすように立ち並ぶのは、冷たい土の下より這い出した亡者の群れだ。

 動く死体。生ける屍。小さな子どもへと大人たちが語って聞かせる、怖いお伽話じゃ定番の怪物ども。

 そいつらが今、私達の前に現れ、そして……怒涛となって襲い掛かってくる!


「――ッ!」


 私は右のコルトを抜きながら、左のコルトを手近な屍体――フラーヤの言う「グアール」――へと向けてぶっ放した。

 狙うのは相手の眉間。そこを狙ったのは腐っても「人」である以上、頭をぶち抜けば斃せると思ったからだが、どうやらそれが正解だったらしい。


『グアールを斃すには、頭か心臓を狙って!それ以外の部分への攻撃は余程の威力が無いと無意味よ!』

『噛まれたらおしまいよ!グアールの仲間入りだわ!だから連中の口には特に気をつけて!』


 背後よりフラーヤの助言が飛んでくる。

 なるほど、よおく解った。つまり近づかせることなく、ドタマか胸板にぶち込めば良いのだ。

 さっきの銃弾は相手の眉間へと的中したが、やっこさん頭を仰け反らせるだけだった。

 だからすかさず右のコルトの銃弾を叩き込み、左のコルトでさらに1発!3発も頭に貰って、ようやくグアールが一匹、地獄へと叩き戻された。

 だが「再び」地へと斃れたソイツの躰を踏み越えて、グアールの群れはどんどんどんどん迫まってくる!


「――主よ、我に慈悲を」


 再装填を終えたスリーピィが、祈りと共にシャープスを撃った。

 バッファローを一撃で斃す強力な一撃は、一匹のグアールの胸に風穴を開けながら、その後ろのグアールの腐った心臓も木っ端微塵にした。

 スリーピィは再装填しようとするが、グアールはやっぱりキリなく押し寄せくる。

 ニッケルコルトを抜き、撃鉄を起こす。片手で真っ直ぐに構えた姿勢はかなり整っていて、月明かりの中では銀の銃身の輝きと共によく映えた。


「父と」


 そして次の瞬間には、銃火で銀が黄色に輝く。

 44口径の銃弾は亡者の額に突き刺さり、腐った頭を爆ぜさせる。


「子と」


 冷静に次の標的に照準し、殆ど同じ箇所を狙い撃つ。精確で冷静な射撃だ。


「聖霊の」


 さらに次の標的を狙い撃つ。またもや額のど真ん中。


「御名に」


 4匹目も額にズドン!そして無論――……。


「おいて!」


 5匹目も額のど真ん中を見事撃ちぬいていた。


「地に還るべし!」


 そしてスリーピィが6匹目を斃す所を私は見ていなかった。

 彼とは別の標的へと次々に、コルトの銃弾を弾倉が空になるまで撃ち続けつつ、屋敷内へと持ち込んでいた私の荷物の所まで駆け寄っていたのだ。

 外された鞍と、鞍に繋がれたロールケースがそこにはあった。素早く開き、イエローボーイと8ゲージ散弾銃を取り出す。

 右手に散弾銃、左手にイエローボーイを携え、リロードの為に後退してきたスリーピィに代わって私が前へと出た。そしてイエローボーイをひとまず床に置くと、窓枠を乗り越えようするグアールへは散弾銃の2つ並びの銃口を向けた。


「DUCK YOU SUCKER / 地獄に還んな、糞ったれ」


 強烈な反動が体を伝っていくのと、物凄い銃声と散弾の雨が部屋の空気を突き破り、轟かせたのは殆ど同時だった。窓枠を越えんと殺到していた数匹のグアールが、ズタズタになりながら一気に夜空の下へ吹っ飛んでいく。

 銃身を窓枠から外へと突き出し、適当なグアールの集団を狙い、2番目の引き金を弾く。左側の撃鉄が降り、左側の銃身が火を噴く。そして今度はもっと大勢のグアールが薙ぎ倒される。

 ――それでもヤツラの数は尽きない。

 他の窓を抉じ開けようとしていた連中までもが、開いた窓から屋内へ入ろうと殺到しているのである。

 敵の入ってくる場所が一箇所だけなのは守りやすく、しかも標的が固まって狙い易くもある。

 だがしかしだ。


「キリが無いぞ!」

 

 叫びつつ私が再装填の為に退がれば、今度はスリーピィが前に出てシャープスをぶっ放す。今度は一列に3体のグアールを一突きに斃したが、だがヤツラは同類が撃たれるのも構わず、ひたすらに私達へと迫り来る。


「チッ!」


 散弾銃への再装填が間に合わない。私は床に置いたイエローボーイのほうに手を伸ばそうとするが――。


「!?」


 ない!?っと思ったのと同時に、傍らで鳴り響くイエローボーイの銃声。

 キッドだった。キッドがイエローボーイを素早く連射し、グアールの群れを押し戻す。

 その動きは私が予想していたのよりも、ずっとずっと素早い。


「キッド!俺の銃だぞ!」

「オッサンが俺っちの銃を返してくんないからでしょが!」

「手配書の罪状に窃盗も追加だ!」

「言ってる場合!こんな時は一蓮托生!」


 ――キッドもやはりガンマンであった。

 酒が回ってるにしては、動きには大した澱みはなく、口から出る言葉とは裏腹に表情からは巫山戯た気配は消えている。

 キッドが15連発で相手を牽制している間に、私もスリーピィもそれぞれの得物に再装填を済ませる。

 そして私達はキッドの左右に並び立ち、撃つ。

 散弾の一部は部屋の所々を抉り削りながら、グアールを吹き飛ばし、シャープスの弾丸は錐のようにグアールの体を刺し貫く。そしてその合間を縫って、イエローボーイの銃弾が空を走る。

 圧倒的な銃弾の嵐。それは連中の第一波を見事に押し返した。

 ――だがそれでも対する大群のすべてを打ち消すには、足りない。

 若干の空白を開けて、第二波がじりじりと迫ってくる。


「……この数を蹴散らせるだけの弾、持ってきてるか?」

「生憎だが……無いな」


 私の問いにスリーピィは首を横に振った。

 そらそうだ。こんな馬鹿みたいな数を相手にするとは私すら考えてなかった。


「俺っちの銃は、オッサンのサドルケース(鞍に付属した鞄)のなか?」

「……ああそうだ」

「とってきても?」

「どうぞお好きに」


 私に弾切れのイエローボーイを投げ渡しつつ、サドルケースへと走るキッド。

 それと入れ違いに、私達のほうへとやって来たのはフラーヤだった。


『もう少しだけ……もう少しだけ時間を稼いでくれるかしら?』

「なにか手でも?」

『少しね』


 フラーヤは何処から持ってきたのか、彼女の身の丈程の長さのある太い杖のようなモノを携えていた。

 それを構えて片目を瞑って微笑む彼女に、スリーピィは怪訝な顔をしたが、私は得心が行った。

 その杖から私が感じた気配は、前に体験したことのあるモノだった。彼女のよりもずっと小さいが、同じようなモノを携えた3人組と、私は過去に戦ったのだから。


「ご婦人に戦わせる気?」

「彼女は特別だから大丈夫だ」

「特別?なにが?」

「とにかく特別なのさ」


 サドルケースの中身をごそごそ探るキッドの問に、私はそう答え、フラーヤの方へと向き直る。

 そして彼女へと頷いてみせた。いずれにせよ私達ガンマンだけでは現状は手詰まりだ。

 ここは彼女のような人間の手助けが必要だった。


「時間は稼ぎます。手立てのほうは……頼みます」

『ええ任せて』


 彼女と頷き合い、私は散弾銃へ弾を込めつつ窓の方へ出た。

 傍らのスリーピィが、ニッケルコルトへと弾を込めながら聞いてきた。


「随分と『こういう状況』に慣れているらしいな」

「そういうお前さんも、初めてにしちゃ充分落ち着いてる風に見えるがな」


 私に言われて、スリーピィは少し不安そうに笑った。眠たげな瞳に、微かに動揺が流れて消える。


「……私の場合は単に考えないようにしてるだけだ。本心を言えば訳が解からなくて頭が痛いよ」

「それだけ冷静なら充分立派さ。俺の場合は単に前に似たような目にあったことがあるだけだ」

「……そうか。なら先達より色々と教わりたいモノだな」

「構わないさ。だが……それも生き残ってからの話だ」

「そうだな」


 私達は揃って窓の外を眺めた。死の群れは未だ尽きることなく、着実ににじり寄ってくる。

 なぜ私達を襲ってきたかは解らない。ただヤツラの腐った顔からは何故か、「飢え」というものを強く強く感じ取ることが出来る。何に対する「飢え」かは言うまでもなかろう。この手のバケモノの好物など人間の血と肉と相場が決まっているのだから。


「キッド」

「なにさ」

「鞍をもう、コッチまで持ってきてもらえるか。足元に置いておきたい」

「俺っちあんさんの小間使いになった気は無いぜ?」

「一蓮托生だろ」


 キッドはしぶしぶ重い鞍を引きずって来た。

 イエローボーイの弾を取り出し、立膝ついて込めなおす。

 このレバーアクション・ライフルの機関部横には給弾口がひとつ開いており、そこから銃身下に長く伸びたチューブ状の弾倉に弾丸を装填するのである。この作業は地味に面倒だが、それでもエンフィールドのような先込めマスケットに比べればずっとマシだ。弾丸の威力の差はひとまず置くとしても、同じ時間でかたや15発、かたや1発しか装填できないのだから。

 15発込め終わった所で、ふと腰の二丁コルトのほうも弾切れだったことを思い出した。

 再装填している時間は無い。グアールはすぐそこまで迫っている。

 私はロールケースから一丁、ピストルを選んで取り出した。

 

 ――ソイツをベルトに捩じ込みつつ私が立ち上がったのと、連中の第二波が開いた窓のすぐ近くまで到達したのはほぼ同じ時だった。


 雄叫びが上がった。獣のような咆哮が、グアール共の喉から迸り出た。

 そして一斉に窓へと向けて走り寄って来る!

 私もスリーピィーもヤツラへと銃口を向けようとする。

 が――私達の動きを遥かに凌ぐ素早さを見せた男が、私達の隣にいた。

 ――6発の銃声は殆どひとつなぎの音のように響いた。

 私もスリーピィも、一様に心臓を撃たれ一気に地に臥す6匹のグアールを尻目に、それをやってのけた男の方を見た。

 言うまでもなく、撃ったのはキッドだった。

 キッドの手にあったのは、私が没収していた彼の愛銃、スミス・アンド・ウエッソンの「スコフィールド・リボルバー」。

 スコフィールドは中折れ式のリボルバーだ。留め金を外せば銃身はUの字状に折れ、空薬莢は一気に弾倉から押し出される。落ちた薬莢が床板の上で跳ねる音の中、キッドは目にも留まらぬ早業で再装填すると、迫り来る次のグアールの群れへと銃口を向け、撃つ。

 本来、スミス・アンド・ウエッソンのリボルバーは早撃ちに向かないと言われる。だがキッドは銃の反動を活かし、流れるような動きでスコフィールドを連射してみせた。つい数秒前に展開されたのと、同じ光景が目の前へに広がる。前の6匹に折り重なるように、次の6匹が地面へと斃れていく。

 ――こんな早撃ちは今まで見たことがない。

 私もスリーピィも、キッドのショーのような鮮やかな腕前に見惚れていた。

 そして瞬く間に12匹の敵をしとめてみせた、この陽気な早撃ちガンマンの顔には、今まで見たことのないような獰猛な笑みが浮かんでいるのに気づく。

 その笑みに私は、今は味方ながら、思わず背筋に冷や汗が流れるのを感じていた。

 



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