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第31話 ザ・ビッグ・ガンダウン




 ――間一髪だった。

 あと一瞬でも遅れていれば、ベシャリと潰れて地面のシミになっていたかもしれない。

 半ば無意識に体は動き、土を蹴飛ばし己が前方へと跳ね飛んでいた。

 ゴロゴロと転がる私の背中のほうで、土と砂の煙が舞い上がり、衝撃は地を震わせる。


「退却ーっ!」

「おしきた!」

『逃げるのか!?』

「他に手が!?」

『何もない!』

「じゃあ言うな!」


 耳が裂けそうな程の雄叫びが上がった。

 背後より迫る馬鹿でかい存在感より逃げ切るべく、私は走る。キッドも、イーディスも走る。


「おわあっ!?」


 頭のすぐ後ろを、バッファローが出し抜けに駆け抜けたような感覚だった。

 屍巨人の拳、おそらくは横殴りの拳が、私のすぐ背後を薙ぎ払ったのだ。

 うなじが総毛立ち、流れる冷や汗はまるで滝だ。


 勘弁してくれ。


 なんでこう、スツルームの連中はドでかいバケモノを使いたがるのか。

 私がこれまでアメリカやメキシコで出くわした生き物どもの中で、デカイといえばせいぜいグリズリーが関の山だ。

 あの熊公とかち合っちまった時ですら寿命が縮まる気分だったのに、コッチに来てから象なみのデカブツばかりと出くわす。

 お陰でこっちは撃たれるより先に心臓が止まって、手前一人でくたばっちまいそうな気分だ。

 余談ながら私は生まれてこのかた象を実際に見たことはない。何かの本の挿絵で見ただけだったりする。


『喰らえ!』


 などと私が現実逃避気味なことを考えている間に、イーディスが背後へと一発ぶっ放していた。

 狙いもつけない盲撃ちだが、撃ちだす弾はなにせ魔法の弾だ。

 ――ぎゃおおおん。

 と、屍巨人の図体通りの大きさの悲鳴が響き渡る。

 走りながらも振り返り見れば、ヤツの頭から火を吹いている。

 光の矢がドタマを掠めたのだろう。もくもく煙が立ち上り、やっこさん、必死にソレを叩いて消さんとしていた。


「どーすりゃ良い!?」

『とりあえず術士を斃す!それでだいたいどうにかなる!』


 私は走りながら、再び振り返り見た。

 相変わらず火を叩き消している屍巨人の傍らには、あの気色悪い鳥仮面の姿は見当たらない。


「野郎逃げたぞ!」

『なに!?』


 イーディスも走りながら振り返り見た。

 私もみたび振り返り見れば、屍巨人はようやく頭の火事を消し終わり、怒りの咆哮を私達へと向け吐いてるところだった。


『――くそったれベルグル!それじゃあ別の手だ!……別の手とはなんだ!?』

「俺に聞くな!」


 イーディスはぶつぶつ呟き必死に別の手を考えていたが、しかし次の手とやらが思い浮かぶよりも、屍巨人が私達への攻撃を再開するほうが早かった。


「話し合いは後!今は一目散に逃げるにしかず!スタコラサッサにハイサッサだ!」


 言うが速いかキッドはスピードをぎゅんと上げ、瞬く間に私達を抜き去り駆け抜けた。

 負けじと私もイーディスも全力で疾走し、キッドの背を追った。


 駆け去った場所から響き渡る屍巨人の怒号に追われながら、ひとまず私たちは逃げ出したのだった。






「そんでもって……結局どーすんのさ?」

『待て。今考えている』


 適当な家屋の中へと私たちは逃げこんだ。

 キッドが鎧戸の隙間から外を伺い、私も同様にしつつ耳をそばだて屍巨人の出す音を探っていた。

 ヤツの叫び声、暴れまわる時の様々な騒音はまだ少々遠い。やっこさんはこちらを見失ったらしい。


「やつが俺たちを見失ってる内に、市庁舎まで退却だ。大砲でも何でも持ってきて、目ん玉にぶち込んでやる」

「賛成賛成。前にカチコミに来た連中のダイナマイトがあったでしょ!あれ使えばええんでないの!」

『駄目だ。そんな時間は無い』


 私とキッドの案はあっさりとイーディスに切り捨てられた。


『ヤツは普通の獣じゃない。操る術士がいるのを忘れるな』

「俺っち達が見つかんねーとなると、痺れ切らしたあの仮面野郎が適当にバケモノを暴れさせるかもってこと?」

『そういうことだ。幸いここはひと気が少ない。街の中心地に来ないよう、足止めしなくては……』

「だが今の俺達の装備で、あのバケモノを止められるのか?」


 私の問に、イーディスは己のこめかみをピシャリと叩いて唸った。

 彼女も市の治安に与る者。何とか被害を最小に抑えたいという気持ちは解らなくもない。

 だが現実問題、あんなバケモノを相手にするには数をたのみに行くほかあるまい。


『……屍巨人も、基本的には大傀儡フォーストゥルの一種だ。呪印サンリクリンを消せさえすれば……』

「フォーストゥル?サンリクリン?」

「???」


 イーディスがまた訳の解らない言葉を呟いた。

 私とキッドは頭上に疑問符を浮かべ、顔を見合わせ肩をすくめる。


『大傀儡というのは、魔法使いが使う……極めて簡潔に言えば一種の操り人形だ』


 眉間を指先でぐりぐり抑えながらイーディスは、無学な私達へと解りやすくあのデカブツが何かを教えてくれた訳だが、その中身をかいつまんで記せば次みたいになる。

 曰く、本来は土だの木だの屑鉄だのを使って作るモノである。

 曰く、人の形に材料を形作り、その頭に当たるところに呪印という呪文の一種を刻み込めんで作る。

 曰く、大傀儡はその作成者の意のままに動かすことができる。

 曰く、その動きを止めるには、作成者を殺すか、あるいは刻み込まれた呪印を壊すしか無い。


『他にも細かい動きの制御に用いる七十二文字の副呪印の話などもあるが……これは今は無関係だから省く。重要なのは頭の呪印だ』


 イーディスは徐々に大きさを増す騒音に、鎧戸の隙間からせわしなく外を窺いながら説明を続けた。


『ラウトゥヌム・トロルは死者の血と肉でフォーストゥルをつくる禁忌の技だが、基本原理は普通のフォーストゥルと同じはずだ』

「ほんじゃま話は簡単じゃねーかい!あのデカブツのドタマに一発ぶち込んで呪文の書いてる所をぶっ壊しゃ良いだけなんだろ」


 キッドが膝をポンと叩いて言った言葉は私も大いに同感する内容だったが、イーディスは即座に首を横に振った。


『そう簡単なら私も悩みなどせん。一昔前ならいざしらず、今じゃ大傀儡も作りが複雑になってきてるんだ。弱点である頭の呪印をいかに隠すか、七十二文字の副呪印をいかに組むか……これはまさに術士の力量が最も試される部分だからな』

「素人目に見て解る部分には、その呪印とやらはないということか」

『そういうことだ』


 これには私も腕組みしつつ唸った。

 魔法使いのイーディスが悩むような難題を、魔法のマの字も知らない私やキッドが解ける筈もない。


『フラーヤが、彼女がここにいれば話も別なんだが……彼女は今やこの街一番の魔法使いだ』

「これだけドンパチ賑やかにやってりゃ、彼女のほうから来てくれそうなモンだけどねぇ」

「……?」

「どったの、オッサン」


 キッドが問うてくるのにも返すこともなく、私はハタと考え込んだ。

 言われてみればそうだ。いかにマルトボロが大きな街であるとはいえ、これだけドタバタやって何故誰も応援に来ない?


「……キッド。俺たちだけであのデカブツを殺るしかないかもしれんぞ」

「……援軍が来ないのには訳がある、と?」

「あの大きさなら市庁舎からでも暴れている様は見える筈だろ」

『こっちは陽動で、市庁舎に本命の攻撃が来ているとでも言うのか?』

「さあな、そこまでは知らん。だが俺たち以外誰も、覗きにも来ないのはどう考えても妙だ」


 イーディスがクソッと小さく毒づき、髪をぐしゃぐしゃと掻いた。

 別に私の言うことが正しい保証はどこにもないが、手持ちの情報から判断すれば正しい可能性も低くはないことを解っているのだろう。


『……話し合っていても埒が明かん。とにかく今、ここで屍巨人を止める。他の話はそれからだ』

「手は思いついたか?」

『まだだが、こんな所で座っていても考えがまとまらん。ヤツの様子を探って――』

「あのさぁ」


 ここでキッドが会話に割って入り、こんなことを言い出した。


「その一番大事な呪文って必ず頭にあるんだろ?それじゃあ首ごとちょん切っちまえば良いんでないの?」 


 こんなことを言い出した。

 キッドの提案に、イーディスは暫し隻眼をパチクリさせていたが――。


『それでいこう。それしかあるまい』


 とまぁ、そういうことになった。






 借り物のコルト・アーミーの撃鉄を半分起こし、弾倉を廻してみる。

 回転の滑らかさと、ちゃんと弾が込められているかの確認だ。

 終わった所でベルトに銃身を挿しこみ、軽く両手を伸ばしてゴキゴキと関節を解した。

 腰の左右のコルト・ネービーにも弾は込めなおしてある。

 背中にはペッパーボックスも控えていた。


「~~♪♪」


 キッドは左右のホルスターに挿したシングル・アクション・アーミーとスコフィールドを何度も抜いたり戻したり。

 用心金に指を掛けてクルクルと回したりもしている。

 私はああいう曲撃ちは事故のもとにしかならんので絶対にしない。

 しかしキッドがやると暴発の心配など何処吹く風。手品のような鮮やかで軽やかな手並みが心地いい。

 ちゃらんぽらんな男だが、銃の手並みだけには信を置くことができる。


 互いに準備が済んだ所で、各々が前方を睨み見た。


 のしのしと街を蹂躙する巨体が、離れていてもハッキリ見えた。

 まだこちらには気づいていない。

 まあ良いさ。

 今から気づいてもらうだけだ。


「 LET'S  GO / いくぜ」

「 WHY  NOT / 応さ」


 私はコルト・アーミーをベルトから引き抜いた。

 キッドは抜かず、両掌を両の銃把にそっとのせた。


 巨人がこっちに気づき吼えた。

 私たちは犬歯を剥いて笑みを返した。


 さあてビッグ・ガンダウン(大立ち回り)の始まりだ。








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