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第30話 ザ・ハンティング・パーティー




 私たちにお仲間を殺されすぎて怖気づいたのか、あるいはもう一人残らずくたばってしまったのか。

 私とキッドは黒フードたちの攻撃を受けることなく先へと進むことができていた。


「却って、気色悪いよねぇ。こういうの」


 キッドが注意深く左右前後に視線を配りながら呟いたが、私も同感だった。

 パタリと、攻撃の手どころか殺気までもキレイに消えてしまっている。

 まるで嵐の後に急に凪が来たかのような、そんな感じだった。

 たいていの場合、この手の凪は次の大嵐の前触れだ。


「準備は良いか?」

「当然」


 私は借り物のコルト・アーミーを抜身のまま、右手に握りぶらぶらと下げながら歩く。

 キッドはコーチガンを肩に負い、左手はホルスターに収まったままのコルト・シングル・アクション・アーミー、その銃把に指を這わせている。

 いつ攻撃されようとも、即座に反撃できる備えは済んでいるのだ。


 しかし結局、黒フード連中からの攻撃は一切無く、そうこうしている内に例の墓地近くのT字路まで私たちは辿り着いていた。


「お」


 キッドが上げた声に顔を向ければ、私達がやってきたのと反対方向から歩み寄る人影がひとつある。


『生きてたのか』

「互いにな」


 イーディスだった。

 外套の端々が焼け焦げ、若干顔が砂や泥に汚れている点を除けば、五体満足で至って元気そうだ。


『こっちでは八人斃した。そっちはどうだ?』

「俺が八匹。キッドも八匹」

『全員同スコアか。これじゃ勝負がつかんな』


 イーディスが口角を釣り上げ、獰猛に笑った。

 私も同じ表情で返しつつ言う。


「なあに。ビッグ・ゲーム(大物)を獲るまでは、勝負の行方はわからんさ」


 キッドがコーチガンの撃鉄を起こしながら頷いた。


「ちげぇねぇや」


 横並びになった私達の視線の向かう先、通りの向こう側。

 黒くツバの広い帽子にケープ付きの外套を身にまとった不吉な姿。

 長いクチバシのようなもの真ん中から伸びた灰色の不気味な仮面。


 ――屍術士リージフ。


 手に杖を携えヤツは、街路のど真ん中を陣取り私達を待ち構えていた。

 その両脇には、横一列に並び立った黒フード達。

 斜め後方には、「金色のマスク」。

 さらに背後には、勢揃したグアールの群れたちが控えひしめいている。


「皆様お揃いで」


 キッドが鼻で嗤った。

 私も内心同意だった。

 数で攻めようというのならば、それは既に失敗した手だ。

 私とキッドだけならともかく、イーディスがいるのならば今更単純な力押しが通じる訳もない。


『どういうつもりだ?』

「知らん。いずれにせよ、やることは変わらん」


 私は左手で真鍮フレームのコルト・ネービーを抜いた。

 イーディスも合わせて魔法のコルトを腰帯から引き抜き、小さく呪文を口ずさむ。

 キッドが犬歯を見せながら言った。


「 LET'S  PLAY / やろうぜ」


 私とイーディスは頷きを返した。

 今度は三人で横一列に、ゆっくりとリージフ達の方へと歩み始める。


『……』


 リージフが近づく私たちに向け、手にした杖の先を向けた。

 黒ローブ達がやはり横一列に歩き始め、グアールの群れもそれに続いた。

 当のリージフと、「金色のマスク」だけはその場を動かず、己のが軍勢の後ろからじっとこちらを伺っている。


 この期に及んで高みの見物のつもりか。

 良いだろう。もうそんな場合じゃないことを思い知らせてやろう。


「例の散らばる光の矢で、正面に風穴をあけられるか?」

『当然だ』


 小声でイーディスに聞けば、やはり小声ながら力強い返事が来た。

 キッドの方にも目配せすれば、やっこさんは私へとウィンクしてみせる。

 イーディスの魔法に、キッドの散弾銃。

 それでリージフまでの射線が開けば、後は間合いを詰めてコルト・ネービーで奴の脳天と心臓を撃ちぬいてやれば良い。

 早撃ちはともかく、精確さでは誰にも遅れをとるつもりはない。

 たとえ拳銃であっても、確実にしとめてみせる。


「残り十五歩」


 彼我の歩む速さから、あと何歩で「間合い」に届くのかを計算する。

 私の口からボソッと出た呟きに、キッドもイーディスも即座に歩調を合わせてくる。 

 十四。十三。十二……。

 一歩一歩確実に間合いは狭まる。私は肩の力を抜き、来るべき瞬間に備える。

 八、七、六、五……。

 あとものの数歩で間合いに達する、と思った時。

 異変が起きた。


 黒フード共の前進が止まったのだ。合わせて、グアール共の前進も止まった。


 自然、私達の動きも止まる。

 敵を目前にして敢えて動きを止めるのだ。何か理由がなくてはいけない筈だ。

 その意図が読めないのならば、迂闊に前に進むことはできない。


「……」

「……」

『……』


 だが敵さん共は彫像か何かのようにぼけっと突っ立っているだけで、まるで動きがない。

 そんでもって敵さんが動いてくれないとコッチも動けない。


 決闘でもあるまいに、互いが互いを睨みつけたまま全てが止まってしまったのだ。

 しかし私の体を満たすのは、ピリピリと体を痺れさせる立ち合いの緊迫感ではない。

 何をすべきかが解らない困惑から来る、ネットリとした嫌な緊張感。

 じりじりとすぎる時間に、額に汗の玉が浮かぶのが解る。

 キッドも、イーディスも焦れてきている。

 特にイーディスは、何か物音でもすれば即座に引き金を弾きかねない様相だった。


「……」

「……」

『……』


 だが相変わらず敵さんに動きは見えない。

 最初に痺れを切らしたのは、やはりイーディスだった。


『貴様ら!どういうつもりだ!何が狙いだ!答えろ!』


 腰帯に挿した魔法のコルトを引き抜き、手近な黒フードに突きつける。

 こういう場面で銃弾よりも先に言葉が出る辺り、彼女はやはり「法の側」の人間だということだろう。

 賞金稼ぎのスリーピィはともかく、私やキッドならば口より先に指が先に動いてしまう。

 右の頬を打たれるよりも速く、左のガンが相手の心臓目掛けて火を吹くのだ。


 だが「アウトロー(法の外)」の世界に生きる私たちは、そうでなければならない。

 でなきゃ今日私達が居る場所はココではなくて棺桶の中だったろう。


『何が目的だ!降参でもする気か!それとも飽くまで戦うか!』


 イーディスが怒気満々の声で問う間も、私とキッドはつぶさに連中の様子を観察していた。

 黒フード連中は揃って例の弓と銃を組み合わせたような妙な得物をぶら下げていたが、それを持つ手には戦いに必要な力の張りがまるで感じられない。

 例えて言うなら弾の入ってない銃のようなもんだ。あれでは咄嗟に相手を狙い撃つことはできない。


 つまり、連中には戦う意思はまるでないということだ。


(……本気で白旗でも上げにきたのか?)

(俺っちに聞かれてもね)


 キッドに目配せで訊いても、知るかよと肩をすくめるばかり。

 本気で連中の意図が読めない。何がしたいんだ?


「……あ」


 ここでようやく気がついた。

 黒フード、グアールの群れの向こうに見え隠れする筈のリージフと「金色のマスク」。

 あるべき筈の、ついさっきまではあった筈の、金色の輝きが――。


「そこか!」


 私が左のコルトを向けた先、銃口の真っ直ぐ先にはあやまたず「金色のマスク」の姿があった。

 屋根の上からこっちを見下すその手には槍が逆手に握られている。

 私がヤツを撃つのと、ヤツが槍を投げ放つのはほぼ同時だった。


『!?』

「よし!」


 澄んだ金属音が鳴り響き、槍が宙空で回転する。

 私の銃弾は、ヤツの槍の穂先に命中し、その軌道を変えたのだ。

 槍が明後日の方へ飛んで行くのを見届ける……までもなく、私は「金色のマスク」へと次弾を放つ。


「チィッ!」


 しかし次弾はヤツの影を射抜くのみ。

 相変わらずの獣染みた動きでヤツは屋根の上を走ると、たちまち物陰の向こうへ姿が失せてしまう。


『よろしい!やってやる!』


 標的を見失う私を尻目に、吠えたのはイーディスだった。

 魔法のコルトが光を吐き出し、黒フードが数人、暴走する牛に跳ねられたように躰が宙に舞う。


「 HEY GENTLEMEN! / 喰らいな、旦那がた! 」


 キッドの散弾銃が続いた。

 二連発の散弾に、血の華が霧となって咲き乱れ、雨となって乾いた地へと降り注ぐ。


 黒フードどもは何一つ反撃することなく射的のマトのように撃たれるに任せた。

 力なく崩れ斃れていく黒い影からは鮮血が溢れ出し、後ろに控えていたグアールどもへとぶち撒けられる。


「――」


 不安が私の体のなかを過った。

 木偶みたいにバタバタとくたばっていく黒フードどもの姿に、あまりに当然な疑問が湧いたからだ。


 ――「なぜこいつらは抵抗一つせず、木偶のように死んでいったのか?」


 そんな当たり前の疑問だ。

 答えはすぐに得られた。

 黒フードども自身が、というよりその死体から流れでた真っ赤な血が、答えを教えてくれた。

 リージフが操るのは、何も罪もない死体たちだけじゃない。

 味方の、いや「元」味方の死体も同じように操れるのだ。


「!?」


 揃って斃れ、崩れ落ちた黒フード達の死体から噴き出した血は「一斉に動き始めた」のだ!


「……は?」

『!これは!?』


 キッドは唖然とし、イーディスは戸惑いの声をあげた。

 それも道理だった。

  地に落ちた雫のひとつひとつが、まるで意思でもあるかのように動き出し、より大きな血だまりへと次々と合流していくのだ。

 しかもその動きの速さときたら、鼠のように素早いのだ。

 合流し合体し、どんどん大きくなった血だまりは、次々と縄状に変わっていった。

 次に蛇のようにぐねぐねと地を宙をと這いまわり飛び回り、最後にグアールの群れへと跳びかかったのだ。

 血だまりの蛇は次々とグアールの腐った躰に突き刺さり、動く死体連中をひとつなぎにしていく。

 ちょうど、ボタンの穴に糸を通して繋いでいくような塩梅だ。

 ああいう感じで、グアールとグアールを次々と縫い留めていく。


『――』


 そんな珍妙奇天烈摩訶不思議な光景の後ろで、屍術士リージフが杖を手に何かぶつぶつと唱えているのに今更ながら気がついた。

 私は左のコルトの銃口を向け、ヤツに狙いをつけたが……止めた。

 何故って?そりゃ「こうなっちゃ」もう無駄だと解ったからだ。


「……ありゃまおったまげた」

『――ラウトゥヌム・トロル(屍巨人)!ふざけるな禁忌の術だぞ外道め!』


 血の糸で繋ぎ合わされたグアールたちは、またべつの一条のグアールの連なりと絡み合い繋がり合い、ものの数数秒のうちにひとつの巨大な人型をなしていた。

 頭、両手、胴、両足。全部ちゃんと揃っている。

 死体で作った巨大な人形。

 イーディスはコイツを『屍巨人』と呼んだが、なるほど確かに死体の巨人だ。

 そんなことを考えている内に、屍巨人の姿は更に変化を重ねていく。

 血の膜がグアールの塊の表面を覆い、赤黒い皮を形作っていく。

 人間で言うところの耳の辺りまで裂けた馬鹿でかい口がバックリと開けられ、そこには牙のような棘がサボテンみたいに生えそろっているのも見えた。

 両手両足の先がハゲタカの爪の様に尖り、最後に顔の半分を占めるような巨大な一つ目がカッと見開く。


 身長、およそ30フィート(約9メートル)。

 全身真っ赤っ赤で。

 グリズリーの胴ほどの太さの手足には全て爪が生えそろい、巨大な口には無数の長い牙が備わっている。

 そしてたぶん私などの何倍も広くを一度に見渡せるような、馬鹿でかいひとつ目の化物


 その名はラウトゥヌム・トロル。

 意味するところは屍巨人。


 屍巨人は天へと向けて吼えた。

 聞いてるコッチの耳が裂けそうな、図体のバカでかさそのままのデカイ声で吼えた。


 私の耳がまだきーんと奥で鳴っているのも治まらない間に、やっこさん、私達三人の事を気味悪い一つ目で見つめてきやがった。

 眼が合った……と言っていいものか。ともかくやっこさんの視界のなかに私の視界が入りこんだ訳だ。


「ハロー」


 私はにこやかに手を振った。


「御機嫌いかが?」


 キッドも微笑みながら軽くウィンクをした。

 イーディスはというと、何も言わず自分のこめかみに手のひらを叩きつけていた。


 ――咆哮。

 をデカブツは返してきた。


「お気に召さなかったみたいね」


 みたいだな、などと私が返すよりも先に、降ってきたのは屍巨人の拳だった。

 


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