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第03話 イグジット・ヒューマニティー


「ねぇさぁ」

「なんだ」

「なぁ俺の銃を返してくんないかね。オッサン確かちゃんととってあったでしょ、取り上げた俺の銃も、ホルスターも」

「ああ」

「でしょ!だから一生のお願い!後生でございます!俺っちの銃を返してくんしゃい!」

「駄目だ」


 キッドから出てきたふざけた提案を一蹴した私は、昼間かと思うほどの月明かりの下をただ歩いていた。

 右手ではサンダラーの手綱を曳き、左手ではキッドに結んだ縄の端を強く握りしめ引っ張っている。

 バケモノは斃したが、あの馬鹿でかい死骸の側に留まることはできなかった。とにかく臭いがキツく、五分と近くに居続けたくは無かったのだ。それに臭いに惹き寄せられて、スカベンジャー(屍肉漁りの動物)がわらわら集まってきても面倒だ。そのスカベンジャーにしたって「まともな生き物」である保証は、今私達が居るのが「こちらがわ」である以上どこにも無いのだ。

 しかし走りりっぱなしのサンダラーは疲れきっていた。なので私はサンダラーを降り、ついでにキッドの野郎を下ろして、こうして牽いて歩いているという訳である。目的地は……夜営に向いた場所ならどこでも良いのだが、それがなかなか見つからなくて今に至るという訳である。


「いや別に逃げようってんじゃないのよ。ただね、さっきみたいなお化けが今度は二匹同時に襲ってきた場合を考えてみようよ。オッサン一人であんなの二匹相手する気?流石に勝負になんないよ」


 何やら色々言っているが、もう返事もしないで無視する。

 一戦やらかしてコッチは疲れてるのだ。コイツも死にそうな目にあってるのは私と同じなのだから、もうすこし疲れた顔でもしてりゃ良いものを、本当に無駄に元気がいい。


「その点、俺っちは役に立ちますぜ旦那!何せこれでもガンマンの端くれだもんね!このあいだの時なんかよ――」


 もう私は何も聞いてはいなかった。とにかく疲れていた。

 ふとコートのポケットを探り、中に入れてあった懐中時計を取り出した。ゼンマイ式のそれが指す時間は、午後3時10分をとっくに過ぎていた。私は思わず乾いた笑みを浮かべた。ただ汽車にコイツを乗せて、ユーマの街まで行くだけの仕事の筈だったのに。

 それが何で空飛ぶバケモノと命がけの戦いをしでかし、しかもこうノロノロと宛もなく夜道を歩かされる破目になるのかと。

 前の時は「戦う相手」を村に着いてすぐに知ることが出来たが、今度の場合、少なくともあの空飛ぶトカゲではなかったらしい。

 まだ帰ることが出来ずにこうして彷徨っているのが、その何よりもの証拠だった。

 では私は何処へ行って、誰と、いや「何」と戦えば良いのか。教えてくれるものは誰もいない。

 

「――なんでこうなるのかね」


 私は思わず呟いたのだった。




 

 この後もたぶん1時間ほど、私とキッドは歩き続けた。

 途中からは流石のキッドも静かになって、ただ黙々と歩き続ける。

 そして遂に見つけた。野営地ではない。もっと良いものだ。


「ありゃあ……」

「家だ」

「ああ家だ」

「あの光ってんの……灯りだよね?」

「だな」

「……」

「……」


 思わず黙って顔を見合わせた。キッドの顔は疲労困憊の中でもその口元はニヤけて釣り上がっている。きっとキッドには私が似たような顔をしているのが見えているだろう。

 ふたりして喝采を上げて……とはいかない。ふたりとも流石に疲れて、その元気も無かった。やっこさんは嬉しそうに夜空を仰ぎ、私は「よっしゃ」と小さく拳を掲げた。

 民家を見つけて少し元気が出たので、ふたりして小走りに向かう。

 もうとにかく今は、屋根の下に入って休みたかった。ただそれだけだった。

 近づくにつれて、目指す家の詳細が明らかになってくるが、まず最初に解ったのは思いの外のお屋敷だと言うことだった。二階建てだし、屋根は赤い焼き瓦でちゃんと葺いてある。傍らの厩舎も大きく立派な造りだった。


「……なんか心配になってきたよ俺」

「奇遇だな、俺もだよ」


 こんな夜更けに小汚い流れ者の二人連れである。こんなお屋敷の住人が、こんな胡散臭い余所者二人組に果たして敷居を跨がせてくれるだろうか。

 相手が普通の農家だったり牧場だったりの場合は、たいてい金を見せればそれで解決するし、幸い今は持ち合わせにもそこそこ余裕がある。一晩夜露を凌ぐ程度の勘定ならば払える。ただ相手が金持ちの場合はこの手も通じない。先方が、ただ気前が良くて親切なことを祈るしか無い。


「最悪、馬小屋のほうでもいいから寝かせてもらう」

「ええ~~」

「じゃあ、あんなバケモノがお空を飛んでる所に屋根無しで一晩明かしたいか?」

「馬小屋で充分ですよハイ」


 やはり凝った意匠のドアノッカーが、ぶ厚い木の扉に備え付けてあった。もう真夜中なので少し遠慮して、ごんごんと弱めに打ち付けた。

 扉はすぐに開いた。しかしほんの少しだけ。わずかに開いた隙間からは家の中は殆ど窺えない。


『……どなた?』


 隙間から聞こえてきたのは、女の声だった。ややハスキーな、かなり色っぽい印象の声だった。

 背中越しに、キッドが嬉しそうな気配を出すのを感じる。まだ姿も見てないのに気の早い野郎だ。


「旅の者です。道に迷ってしまいましてね。どうにも難儀している。一晩で良いので、軒先を貸して頂けるとありがたい」

『……』

「こんな夜更けに、無作法なのは承知しています。別に中に入れてくださる必要はない。馬小屋でも――」


 ここまで言った所だった。前触れもなく、扉が一気に開け放たれ、むしろコッチがびっくりした程だった。


「かまわな――……」

「~~♪」


 そこで言葉が途切れた。キッドはひときわ上機嫌な調子で口笛を奏でる。

 家の中から漏れ出てくる暖かい空気と共に現れたのは、おもわず見とれてしまう美女であったのだ。


『お入りなさい、旅のかたがた。迷える旅人は持て成すのが家訓よ。……それにしても今日は客の多い日ね』


 やはり色気に溢れた声でそう言った彼女は、その声から来る印象に違わなぬ妖艶な姿の持ち主だった。

 腰まではあろう長い栗毛は淡い色で、屋内よりの光を受けて燃えるようである。双眸は切れ長で、まつ毛も長い。抜けるような白い肌に、整った鼻筋。そしてその肢体は実に豊かで、出るべき部分は充分に出ていながら、それでいてスマートな印象を見るものに与える素晴らしい体つきだった。しかも身に纏うのは、その艶やかな双丘を惜しげも無く晒す胸元の大きく開いた形の、ナイトドレス風の黒い衣である。

 その派手な格好に一瞬「商売女」かと思ったが、違う。目の前の彼女からは、娼婦たちの誰もが持っている一種捨鉢な空気は微塵もない。むしろ淑女のように落ち着いて静かな気配だった。

 妖しさと艶やかさが、そして上品さと静かさが同居した、なんとも不思議な雰囲気をもった女であった。


「……」

「……」

『あら?驚いたみたいな顔をしちゃって、どうなさったのかしら』


 まじまじと彼女の持つ抜群の体つきと顔立ちを眺めていた私とキッドだったが、口元を手のひらで隠しながら彼女がくすくすと微笑うので、思わずどぎまぎとしてしまう。


「い、いやぁ何でもない。では……お言葉に甘えて――」


 気まずいのを笑顔で誤魔化し、帽子を脱いで軽く礼をし、中に入ろうとしてふと気付く。

 ――「客の多い日」?確かにこっちは私とキッドの二人連れだが、彼女の言葉はそのことを指していた訳ではない感じであった。

 不躾を承知で、彼女の後ろのほうを覗きこむ。

 すると――やはりいた、他の客人が。しかもそいつは見知った顔だった。


「やぁおふたりさん。お先に失礼してるよ」


 トカゲ鳥に襲われた時、一足先にに姿を消したスリーピィの姿がそこにはあった。

 私とキッドは互いにしかめ面しながら顔を合わせた。

 やっと寝床にありつけたかと思えば、またも問題発生であった。





「……」

「……」

「……」


 パチパチと音を立てて薪が燃える、かまどを兼ねた暖炉の前。そこにでん、と置かれた大きな円卓を囲む私達の間には、なんとも嫌な緊張感が流れていた。この場合、「私達」とは私とキッド、そしてスリーピィの三人を指す。この屋敷の主である彼女は今席を外している。奥から何か食べるものを持ってきてくれるらしい。

 ――私は対座のスリーピィの姿を改めて見なおした。

 確かにアダ名通り、他人からはいつも眠たそうに見えるであろう厚ぼったいまぶたの持ち主だった。ヒゲは綺麗に剃ってあり、身だしなみは全体的にかなりキチッとしている。屋内で、しかも夜なのにその黒い帽子は脱いでいない。襟の高いシャツに濃灰色のネッカチーフ。黒いチョッキに黒い上着。ベルトもズボンも黒なら、ブーツまで黒い。今は砂と土に汚れてくすんでいるが、磨けば良く黒光りするであろうブーツだった。


「……」

「……」

「……」


 ――そんな黒まみれの装いの中にあって、その腰に吊るしたリボルバーだけが銀光を放っているのには嫌でも注意が行ってしまう。グリップ(銃把)が白い上に、銃身はニッケルメッキが施されていてピカピカに輝いているのである。恐ろしくひと目を惹きつける派手な銃だった

 コルトの1873年モデル――いわゆる「シングル・アクション・アーミー」――のリボルバーで、しかもその銃身は8インチもあるのだ。派手なだけじゃなくて恐ろしくデカい。ハッタリの為に良く光るニッケルメッキのコルトを持ち歩いているガンマンはよく見るが、ここまでの度を越したハッタリにはなかなかお目にかかれるモンじゃない。


「……すげぇのを吊ってるな賞金稼ぎの旦那は。眠たそうな顔して、意外と派手好きなのね」


 キッドもやはり注意を引かれたらしい。スリーピィの顔に似合わぬ派手な銃を、しげしげと見つめている。

 スリーピィははにかんだように薄く笑うと、ニッケルコルトを抜いてかざして見せた。


「確かに下品な銃だが、この派手な見た目が良い脅しになるんでね。気の弱い相手なら、抜いて見せるだけで縮み上がってくれて、実に商売がやりやすい」


 言いつつ、スリーピィは私のほうへと視線を移す。


「それは君の左腰の、真鍮フレームのコルト・ネービーも同じなんじゃないかね?」

「まあな」


 私の方も左のコルトを抜いてみせた。暖炉の炎を受けて、真鍮が赤金色に鈍く輝く。

 金と銀の光が空中で交錯し、私とスリーピィの視線もまた交錯する。

 ワンアイド・ジャック一味と対峙した際は一時共闘という形になったが、私達が商売敵同士であるのは変わっていないのだ。


「……」

「……」


 どちらも再び黙りこんで、見つめ合う。どちらも銃口は相手に向けていないし、撃鉄も起こしてはいない。

 だが私とスリーピィの間には、今にも撃ち合いが始まりそうな空気が渦巻き、勘弁してよと言いたげな顔のキッドが、私達の顔を交互に何度も首振り見る。


『ごめんなさいね、こんなのしか今はないんだけど……どうかしたかしら?』


 彼女が大きな鍋を持って戻ってきたことで、私達の間に満ちていた殺気は一瞬で消え去った。互いにピストルをしまい、同時に空腹を思い出して彼女の方を微笑み見た。


「いやぁなんでもない」

「なにもありませんよレディ」


 ほとんど同時に彼女へそう言ったあと、私達は視線でこう告げあった。

 ――今は一時休戦といくとしよう。

 それを見て、キッドはやれやれと首を左右に振ったのだった。




 鍋の中身はシチューらしかったが、何のシチューかは良く解らない。

 彼女は木の器と匙を持ってくると、私達の前に並べてくれた。

 そして言う。


『……そちらの色男さんの縄を解いたらどうかしら。食事の時までそれじゃ可哀想よ』


 ――そうキッドはまだ両手を縛られたままだったのだ。

 このすばしっこい男を解き放ったら何をしでかすか解らないので、屋敷の中に入れてもらってからもぐるぐる巻きままにしておいたのである。


「いや、この男はこんな顔ですが凶悪なヤツでしてね。食事だからと縄を解いたらどうなることか」


 そういう私に、彼女は少し困ったような顔をする。


『食卓を囲む時に悪さをする人はいないわ。お腹が減っているときは特にね。だから大丈夫よ』

「いやぁ大丈夫と言われましても……」

『大丈夫と言ったら大丈夫よ。それにね』


 彼女はイタズラっぽい顔をして、クスクスと微笑み言う。


『この館の主は私よ。その門をまたいで入った以上、主の言葉に従うのが筋ってものでしょ』


 ……そんな魅力的な顔をして、そんな色っぽい声で言われたら、どうにもしようがない。

 別に色気に弱い方でもないはずの私だが、思わず肩を竦めた後にキッドの縄をほどいてやった。

 キッドは大きく伸びをし、欠伸をし、そして全身の関節をぽきぱき鳴らした。その上で彼女のほうへと向き直ると、別人のような澄ました顔を作って、こう言ったのだ。


「ありがとうお嬢さん。貴女のお陰で自由の身だ。改めてお名前を伺いたい」


 その声の調子があんまりにもキザったらしくて、私は思わず吹き出してしまった。だがキッドの野郎はそんなのお構い無しの澄まし顔だ。


『フラーヤ、よ色男さん』

「フラーヤ……素敵なお名前です」


 ――などと言うなりヤツさん、フラーヤの手を取って、その甲にキスなどしてみせたのだ。

 フラーヤは「まぁお上手」などと言ってからから笑っていたが、こちとら笑うのを堪えるので精一杯だった。スリーピィなんかは完全に呆れた面をしている。

 確かにここまでキザったらしいことを平然と人前でやってのける男もそうは居ない。この男が変にモテる理由もなんとなく解った気がする。


「わたしの名前はヴァージル。ヴァージル・ヒル。ですが親しい者は皆『キッド』と呼びます。貴女にもそう呼んで頂けると幸いです」

『まぁまぁ。じゃあキッドさんと呼ばせてもらうわね』


 と、彼女は今度は私のほうへと視線を向けてくる。


『ソーントンさんには最初にお名前を聞かせてもらったけど、あなたはまだでしたわね』


 ソーントンというのはスリーピィの本名なのだろう。そう言えば先にここに辿り着いていたのはヤツのほうだった。

 それにしても……「私の名前」か。


「そうだな……『アッシュ』とでも呼んでくれないか」

『アッシュさん?』

「瞳が灰色だろ。だからアッシュだ」

 

 そう自分自身の目を指さして私は言った。

  ――ガンマンには「名前」など必要ない。本当の名前なんて、自分だけが知ってれば良いのだ。

 エゼルに私の名前を教えたのは、彼が私の相棒だったからで、飽くまで特別なことなのだ。

 相手が美人だろうと、出会ったばかりの相手に名前は明かしはしない。

 フラーヤは察しの良い女性であったらしく、私の名乗りに黙って頷いてくれた。


『それじゃあキッドさんに、ソーントンさん、そしてアッシュさん。我が館にようこそ』


 笑った彼女の顔はやっぱり魅力出来だった。

 ――ちなみに食べた料理の味は少々微妙(不味くはないんだが……)であったことを付け足しておこう。





 腹もいっぱいになり、食後は何か飲もうという流れになった。

 フラーヤが持ってきてくれた素焼きの水差しには、何やら嗅ぎ覚えのある匂いの飲み物が入っていた。エゼルの村でも同じモノを出されたことがある。名前は知らないが、結構強い酒だ。「こちらがわ」ではこの酒が一般的なのかも知れない。

 私は舐める程度に飲み、スリーピィに至っては手もつけていない。本人は酒が駄目だと言い訳していたが、恐らくは違う。酒で手先の感覚を鈍らせない為だろう。ガンマンであれば誰しも酒には気を使うものだ。

 それに比べて――……。


「いやぁこりゃ美味い酒だねぇ~いっくらでも飲めちゃうよ」

『あらあら結構お強いのね』

「わたくしそれが持ち味でしてね」


 コイツ自分がべろんべろんに酔いつぶれてた所を私に捕まったのはもう忘れたらしい。

 こんなヤツが銃を持った相手を3人も斃したというのが信じられない。仮に不意打ちでも、余程の相手がヘボでないと出来ない勘定だ。


「ましてやこれほどの美人が傍らにあるとなれば酒も進もうというもんですよ」


 フラーヤはキッドのアホな台詞に付き合って笑ってあげているが、見せられてるこちとらたまらない。

 ――ここで、ふと疑問に思う。

 こんな広い屋敷で、今のところ姿を見たのは彼女一人だ。使用人ぐらい居ても良さそうなものだが、まさか主に客の相手をさせて自分は引っ込んでいる使用人もいるまい。

 スリーピィのやつも同じ疑問を感じたのだろう。フラーヤとキッドの会話をのんびり眺めているような顔をして、その右手の指はちゃんとニッケルコルトのグリップに伸びている。賞金稼ぎらしく用心深い野郎だ。

 だが私はというとそこまでのことはしていなかった。あくまで直感的なモノだが、例えば彼女が私達を酔い潰させて金品を奪うような追い剥ぎの類にはどうしても見えなかったのだ。なんというか、彼女の立ち居振る舞いはその手の人間には無い上品さを感じるのである。

 なので、疑問を晴らすためにも思い切って聞いてみることにした。


「そういえば――」


 私がそこまで言った所だった。

 ――ドンドンドン、っと音がした。


『玄関のほうね。またお客様かしら』


 彼女の言うとおり、音は玄関の扉から聞こえてきた。フラーヤが席を立って応対に出ようとした所を、私が手で止めた。


「もう夜分遅い。俺が代わりに出ましょう」

「あ!その役目は俺に!」

「酔っぱらいは座ってろ」


 なんとなくだが、嫌な予感を覚えた私はコートの下のコルトに手をのばしつつ、玄関に向かった。

 相変わらず、ドンドンドンと扉を叩く音は続いている。しかし呼び声ひとつない。怪しい。どう考えても怪しい。


「誰だ?こんな時間に、何の用だ?」


 私の誰何にも、扉の向こう側の誰かは応えない。やはり怪しい。


「なんだか様子が妙だ。下手に開けないほうが良い」


 言いつつ、私は左でコルトを抜いて後ろ手に回す。そしてもう一度聞く。


「誰だ?」


 だが相手は応えない。


「誰――」


 もう一度聞こうとした所で、ドンドンドンと今度は別方向から音がした。

 私も皆も驚いて見れば、表のほうに設けている窓のうちのひとつ、その木戸が外から叩かれているらしい。

 いや、叩かれている木戸はひとつではない。他の窓の木戸もまた、ドンドンドンドンと叩かれ始めた。

 大きな音が屋内に満ち、異様な空気が立ち込め始める。

 スリーピィは壁に立てかけてあったシャープス・カービンを手にとった。キッドですら、例のとぼけた面を止めて真剣な面持ちである。


『……おか……わね。結界の……まだ……筈だけど』


 フラーヤも眉を潜めて何か小さな声で呟いている。

 私の位置からは外からの音のせいで何を言っているかは判然としないが。


「この家には裏口は?」

『あるけれど、ちゃんと頑丈な鍵がついてるから入るのは無理よ。むしろ不安なのは、一番右側の木戸の立て付けが緩いことなのよ』


 彼女のその不安は的中した。ドガンとひときわ大きな音が響くと同時に、木戸が内側に向けて破り開かれたのだ。そしてぽっかり開いた夜への入り口より、闇を抜けて現れたのは――。


『グアール!?』


 彼女がその名を呼ぶのと、私がその「腐った顔面」に弾丸を撃ち込むのは殆ど同時だった。

 「腐った顔面」とは比喩でも何でもない。乱入者のその顔は、文字通り「腐っていた」のだ!

 右目の目玉などは既にこぼれ落ち、眼窩からは蛆が湧く地獄の亡者の顔だったのだ!

 反射的に私はコイツが「敵」であり「バケモノ」であることを察知し、躊躇いなく引き金を弾いた。

 スリーピィが私の一撃に続き、シャープスの強力な銃弾をヤツへと叩きこんだ。

 乱入者は物凄いうめき声を上げて外へと吹き飛んでいく。

 私とスリーピィ、そしてキッドは壊れた木戸を嵌め直すために、落ちている木戸を拾って開いた窓へと駆けよった。

 そして見た。


「マジかよ」


 とキッドは思わず呟いた。

 スリーピィは反射的に十字を切っていた。

 そして私も呟いた。


「DUCK YOU SUCKER / なんてこった、糞ったれ」


 屋敷の外には、今しがた撃ち倒した歩く死者の同類共が、地面を埋めつくすようにひしめいていた。

 そしてソイツらは、開いてるこの窓目掛けて殺到してきたのだ!



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