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第29話 リオ・ブラボー



 私は黒フードの亡骸の前で屈んで、その覆いの下の面を覗き込んだ。

 正体不明の怪人の隠された素顔は、なんてことはない極々普通のただの人間の顔に過ぎなかった。

 いや、よく見ればその両耳はウィロー(柳)の葉のように、長く、先が尖っている。

 肌の色は違うが、エゼルと同じ「エルフ」の生まれであるらしい。

 ともかく、そいつが胸から血を流して死んでいる。

 そう、死んでいる。お亡くなりになっている。魂は天へと召され、ご臨終を迎えたというわけだ。


 つまるところ、血も出るし、銃で撃てば殺せる。

 そういう連中の相手なら、私やキッドには慣れっこだ。

 気分が、ぐっと楽になる。 


「使えそうかい?」


 連中の得物を拾った私に、キッドが訊いてきた。

 しばし眺めて、私は首を横に振った。


「……生憎だが、使い方が解らん」


 弓と銃を無理やりくっつけたような奇妙な得物は、どうにも呪いまじないしの武器らしい。

 イーディスならともかく、私にはサッパリな代物だった。


「イーディスはどうした?」


 黒フードの得物を投げ捨てつつの、私の問いにキッドは答えた。


「オッサンと同じ。散り散りになってからはまだ見てないね。ただ――」


 その答えを途切れさせたのは、どこかからの轟音だった。

 銃声とは趣を異にするその音に、私もキッドも聞き覚えがあった。

 間違いない。

 イーディスの得物、魔法仕掛けのコルト・ネービーの発射音だ。


「――まぁ聞いての通り元気みたいよ」

「らしいな」


 立て続く発射音は、彼女が生きて戦っていることの何よりの証だった。


「俺らも負けてらんないねぇ」

「だな」


 キッドはコーチガンに弾を込め直し、私は左右のコルトを引き抜いた。


「 LET'S  GO / いくか」

「 WHY  NOT / 応よ」


 今度はコッチのターンだ。

 男二匹、横並びになって表通りへと歩み出た。

 この期に及んで、身を隠しながら戦う必要はない。

 独りならば背中の心配が不可欠だが、二人ならば違う。

 あくまで堂々と、街路の真ん中を、連れ立って練り歩く。


「連中、攻めあぐねてるな」

「だろうね」

 

 自分達を取り囲んだ連中の、その視線を背骨で感じた。

 この背骨をビリビリと走る嫌な感覚は、他に似たものが無いのでどうにも人には説明しずらい。

 ただ、殺気の篭った眼で見られると、体の何処かがそれを感じ取って、私へと知らせてくれるのだ。

 幾つもの戦いを生き抜いたガンマンたちの多くは、私と似たような感覚を持っているらしい。

 さもなくば、内半分も今日までは生き延びていまい。

 ガンマンの多くは背中から撃たれて死ぬ。

 あのワイルド・ビル・ヒコックだって、最後は背中から撃たれてあの世行きだ。

 深酒で感覚を鈍らせ、背後より狙う相手に気づけなかったのだ。 


「こうも堂々と歩いて出られちゃ、却ってやりずらかろう」

「罠だと思うわねぇ普通」


 戦いにおいては常に、守る者よりも攻める者が強い。

 何故なら攻める者は、攻撃の時、場所、方法を自由に決められるからだ。

 だから戦いにおいて重要なことは、相手よりも速く攻めに転じて、戦場の主導権を握ることだ。 

 しかし安易に、がむしゃらに敵に攻め立てるのは賢いやりくちとは言えない。

 虚実を使い分け、隙をうかがい、あるいは作り出し、そこを突く。


「焦れたな」

「堪え性がない」


 私とキッドは同時に動いていた。

 私達自身という餌に釣られて、のこのこと姿を晒した黒フードに、コルトの、そして散弾銃の銃口が向く。


 2階建て、何かの店なのか屋上には横断幕が張られ、そこには店の名前がデカデカと綴られている。

 しかし私の視線の向く先は、無論店の名前などではなくて、その横断幕の向こう側に、チラチラと見え隠れする人影だった。

 私は左、右の順で構え引き金を弾いた。狙いをあやまたず二発の銃弾は横断幕の向こう側を射抜いた。


『ぅゎぁぁぁぁぁぁああああああっ!』


 断末魔の絶叫を遺しながら、黒フードが一人、地面へと向けて転がり落ちていく。

 ドシャリと土埃立てて地面に激突したのを私が見とめた時には、キッドの方も散弾銃で一匹仕留めていた。

 ヨロヨロと通りに歩み出て、そこでバタリと斃れる黒フード一匹。


「これで4匹目」

「残りは何匹?」

「解らん。それより弾はまだあるか?」

「コーチガンは、この2発で撃ち止め」


 装弾口を開いたキッドは、ポケットの中の散弾を指でくるくるともてあそび、軽く弾いて銃身へと弾丸を押し込んだ。


「スコフィールドにはまだ余裕はあるけどね。オッサンの手持ちは?」

「右左のコルトに5発ずつ。それに6連発のペッパーボックスが1丁」

「……そんだけ?」

「そんだけだ。さっきイエローボーイを落としちまったのが痛かったな」


 私のコートのあちこちにあるポケットの中身は、多くがイエローボーイ用の44口径リムファイア弾――発火用の雷汞が薬莢の縁側に入っているタイプの弾丸――であり、私の持つ他のどの銃とも互換性がない。

 どれだけ銃弾を持っていようとも、銃のほうがなければそれこそ宝の持ち腐れだ。


「あー……44ヘンリーかぁ。そいつを使うのは俺も持っちゃ――」


 不意に、キッドがその軽い口を噤んだ。

 何事かと思って見れば、そこにある重苦しい表情に驚いた。

 前にも一度だけ観たことがある顔だった。

 深く冷たい色の青い瞳。横一線に結ばれた口元。


 軽口まみれの軽薄男の気まぐれな顔に過ぎないのか、それとも今見ているような姿こそが本性なのか。

 私がその答えを考える間もなく、キッドはいつもの顔へ、ヘラヘラとしたニヤけ面に戻っていた。

 そして上着(珍しく着ている)の下、賭博師などが良く使うショルダーホルスターに吊った一丁のピストルを抜き、用心金で軽く一回スピンさせて、グリップを私の方へ差し出した。


「貸すよ。今回の仕事にゃ必要なさそうだかんね」


 右のコルトを一旦しまい、私は差し出されたピストルを受け取った。


「良いのか?俺に自分の得物を渡しちまっても」 

「前に一回俺っちのほうも借りたりしたかんね。これでチャラよ」

「なるほど」


 頷きつつ私は渡された得物を見て、少し意外な思いを抱いた。

 キッドが私へと貸し出したのは、やっこさんには似合わない古臭いリボルバーだった。


 ――コルト1860年モデル。通称“コルト・アーミー”。


 私が以前敵から奪い取ったコルト・ドラグーンの後継とでも言うべきモデルで、形式も同様、弾丸を先込めし雷管を使うキャップ&ボール式だ。

 44口径のこの銃を、前の戦争の時はヤンキー(北軍)どもが好んで使っていたのを覚えている。

 旧い銃だがその使い勝手の良さから、我が愛用のコルト・ネービーと同じく今なお愛用する者も多い。


 だがキッドのような若い衆が好んで使いそうな銃とは見えなかった。


「コンバージョンモデル(改造版)か」

「そ。44ヘンリー弾をそのまま使えんの」


 旧いキャップ&ボール式のリボルバーの、弾倉と撃鉄を改造し、そしてイジェクターロッドを増設して金属薬莢弾を使えるようにする改造は、わりと広く行われている。

 コルト・ネービーにもその手の改造を施して使っている奴は少なくない。

 私が昔ながらのキャップ&ボール式を相も変わらず使っているのは、それが私のこだわりだからだ。


 しかしそれにしても見れば見るほど年季の入っている銃だ。

 私のコルト・ネービーや、エゼルへ譲ったエンフィールドマスケットのような、前の戦争以来の年代物らしい。


「お前さんがこういうガンを得物にしてるとは意外だね。どんな由来が?」


 と、疑問に思って聞いてみようとして、この銃をさし出す一瞬前の、あのキッドの顔のことを思い出した。

 ……私は何も聞かないことにした。


「ありがたく使わせてもらうとするが、しかし問題なく使えるんだろうな?」

「そいつぁもう。いざという時の控えとして用意してたモンで」


 私はキッドの請け合いを聞き流しつつ、撃鉄を半分起こして、弾倉の回り具合などを聞いてみた。

 その音は澱みない。

 キッドの言うこともたまにはアテになるらしい。


「そうかい。なら早速――」


 私は撃鉄を起こし、コルト・アーミーをキッドの頭へと向けた――。


「試してみるとしよう」


 ――銃口を左にずらして、引き金を弾いた。

 普段はイエローボーイの銃床を通じて感じる、44口径のヘンリー・リムファイア弾の反動が、私の手首から腕へ、腕から方へと抜けていった。

 その重みに負けず、しっかりと点けられた狙いは外れず、不意打ちを狙っていた黒フードへと突き刺さった。

 反動を利用して、素早く撃鉄へと親指をかけ、それを起こした時には、再度照準は合わされていた。

 二発目の44口径弾は、さらに別の黒フードを撃ち落とした。


「これで6匹目。スコアは俺が2つリードだ」


 私が用心金に指をかけ、借り物のコルト・アーミーを軽くスピンして見せる。

 負けじとキッド、左右のホルスターからスコフィールドとコルト・シングル・アクション・アーミーを抜いて軽やかにスピンさせて見せ、そのまま左右別々の標的を同時に狙い撃った。

 別の黒フードが二つ、崩れ落ちる音が響いた。


「これでアイコさ」


 再びのガンスピンから、軽やかにホルスターへ得物が戻るのが見えた。

 この手の曲撃ちに関しては、やはりキッドのほうが一枚上手らしい。

 悔しいが、それは認めざるを得ない。


「トータルで8匹」

「そろそろキングにチェック(王手)と行くかい?」

「よし」


 私たちは再び連れ立って、街路をまっすぐ、屍術士リージフを目指した。

 恐らくはイーディスも生きてそこまで辿り着くだろう。

 

 あの屍体使いをどう料理するか、あるいはその脇を固める金色の仮面をどう片付けるか考えつつ、私は思った。

 「さっき見たこと」は、イーディスには黙っておこうと。

 キッドから借りたコルト・アーミーの、そのグリップの底に彫られた名前。

 年月により擦れ、薄れたその名前も、私の目には読むことが出来た。


 ――「フランク・スペンサー」


 イーディスの恩人、あの魔法のコルトの前の持ち主。

 その名前が、確かにキッドのコルト・アーミーには刻まれていた。


 

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